artscapeレビュー

山内道雄『基隆』

2010年11月15日号

発行所:グラフィカ編集室

発行日:2010年10月20日

今や希少種になりつつあるストリート・スナップ一筋の撮り手として、山内道雄はこれまで東京、上海、香港、カルカッタ、ワイキキなどの路上を彷徨してきた。2007年と2009年に撮影されたこの『基隆』のシリーズも当然その延長上にある。10月18日~31日にギャラリー蒼穹舎で同名の展覧会が開催されており、壁一面に全紙のプリントを張り巡らした展示もよかったのだが、ここでは写真集を取り上げることにしよう。これまでの山内の写真集と比較しても、出色の出来栄えと思えるからだ。
写真集のあとがきにあたる文章で、「今までは私の興味、好奇心は人へ直に集中していたが、基隆では少し引いて、街の中の人をみていたような感想が残った」と書いている。たしかに「むし暑く、車も多いので埃っぽい」都市の環境が、やや引き気味に写り込んでいる写真が多い。だがむろん、山内のトレードマークである「人」に肉迫する写真も健在であり、むしろこれまで以上に都市そのものが内在しているエネルギーが多面的、かつ立体的に捉えられているともいえる。もうひとつ、写真集はモノクロームの写真が中心なのだが、そこに実に効果的にカラー写真が挟み込まれている。モノクロームとカラーを混在させるのは、それほど簡単ではない。そこでくっきりと二つの世界が分離してしまうことになりがちだからだ。だが、このシリーズでは、カラー写真のプリントをやや白っぽく処理することによって、前後の写真と違和感なくつなげている。カラー写真のページがアクセントになることで、基隆という街の手触りがこれまた立体的に浮かび上がってくるのだ。
ストリート・スナップの醍醐味は、たしかに山内本人があとがきに当る文章で書いているように「ただ見ているだけで体がゾクゾクしてくる」ような歓びを味わわせてくれることだろう。彼の写真には、いつでも理屈抜きで手足が勝手に踊り出すようなビート感が備わっている。写真集を見終えて、山内と一緒に港町の起伏の多い路上をずっと歩き続けていたような、心地よい疲労感を覚えた。

2010/10/22(金)(飯沢耕太郎)

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