artscapeレビュー

息もできない

2011年03月01日号

会期:~2011/01/28

ユナイテッドシネマ豊洲[東京都]

名作中の名作である。身体の内側をきつく絞られるような映画とは滅多に出会えないが、この映画はまちがいなくそのひとつと断言できる。見終わった後、ほんとうに息ができなくなるほどだ。何がすばらしいのか挙げていけばきりがないが、そのひとつは残酷で無慈悲な現実を徹底して描き切っているところ。父親に暴力をふるわれて育てられた主人公のチンピラは、仲間はおろか女にも平気で手を出すくらい暴力に染まっているが、ヤン・イクチュン監督はこの男の悲劇をこれでもかというほど鑑賞者に直視させる。手持ちのカメラとクローズアップを多用した画面が、えもいわれぬ緊迫感を醸し出しているのかもしれない。しかも、『ヘブンズ・ストーリー』のように最後の最後で空想的な「神話」を持ち出すのでもなく、『冷たい熱帯魚』のように物語に無理やり決着をつけるわけでもなく、暴力が果てしなく続く絶望的な現実を最後まで描き切る冷徹な粘り強さがすばらしい。かつての被害者がいまの加害者となる暴力の連鎖については、たとえば『風の丘を越えて』(イム・グォンテク監督、1993年)でも主要なモチーフとなっていたが、この旅芸人の一家の物語にはパンソリという音楽芸術がまだ救済として残されていた。しかし『息もできない』には救済や贖罪のための芸術がまったくない。希望もないし、未来もない。その意味で、これは芸術が終わった後の、まさしくいま現在の時代に生まれるべくして生まれた映画である。正直に言って、精神的にはかなりしんどい。けれども、それが何ら嘘偽りのない現実であるなら、この映画を出発点として歩いていかなければならないのだろう。記念碑的な映画である。

2011/01/26(水)(福住廉)

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