artscapeレビュー

吉村和敏「MAGIC HOUR」

2011年03月15日号

会期:2010/12/22~2011/02/12

キヤノンギャラリーS[東京都]

「MAGIC HOUR」というのは「夕陽が沈んだ直後から、空に一番星が現れるまでのわずかな時間」のこと。たしかに空や大気の色が一瞬のうちにみるみる変化し、家々のイルミネーションが宝石のように瞬くこの時間には、魔術的な魅惑がある。「奇蹟」とか「永遠」とか言う言葉がよく似合うこの「MAGIC HOUR」の風景を、吉村和敏はアメリカ、カナダ、フランス、ドイツ、ベルギー、スウェーデン、フィンランド、ニュージーランド、そして日本など世界各地で撮影した。そのなかから厳選された作品が小学館から写真集として刊行されるとともに、品川のキヤノンギャラリーSの会場に、スポットライトに照らし出されて並んでいた。
「MAGIC HOUR」はたしかに美しく魅力的だが、それは同時に「黄昏時」であり「逢魔が時」でもある。つまりどこか禍々しさを秘めた、死者たちの領域と近接する時間でもあるのだが、吉村の作品はひたすら安らぎの微光に満ちあふれていて、そんな気配は微塵もない。だが、それはそれでいいのではないだろうか。風景を品のよい上質の「絵」として定着するのが彼の本領であり、多くの観客を引きつける理由にもなっているからだ。一方で吉村は、ほぼ同時期に『CEMENT』(ノストロ・ボスコ)という写真集も刊行している。北海道の石灰岩採掘現場とセメント工場を大判カメラで撮影したこのシリーズは、「MAGIC HOUR」とは対極にあるハードな仕事だ。風景写真家としての野心と志を、彼は多様な領域にチャレンジすることで、さらに強く発揮し始めているように感じる。

2011/02/04(金)(飯沢耕太郎)

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