2018年05月15日号
次回6月1日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

thinking tools プロセスとしてのデザイン ──モダンデザインのペンの誕生

会期:2018/03/03~2018/04/08

21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3[東京都]

世界を見渡しても、筆記具ほど二極化している製品はない。つまり何万円もする高級ブランド品か、使い捨てを前提とした数百円程度の廉価品か、多くがそのどちらかしかないのである。前者は富裕層や持ち物にこだわりのある人が買い求め、後者はそれ以外の人が買い求めるという構図だ。しかしドイツのペンブランド、ラミーはその中間にあると言っていい。豪華さや色気はないが、優れたモダンデザインを特徴とし、ラインナップの多くを一万円前後か数千円のペンが占める。特に「ラミー サファリ」は数千円という低価格とカジュアルさが受けて、もっとも売れた万年筆と言われている。万年筆を初めて使う人にとっては、非常に取っ付きやすい製品なのだ。

そのラミーのデザインに焦点を当てたのが本展だ。ラミーはドイツ・ハイデルベルグに本社を置く企業で、1960年代に創業者の息子のマンフレッド・ラミーがデザインの礎を築いた。彼が規範にした企業は、イタリアの事務機器メーカーのオリベッティやドイツの家電メーカーのブラウンだった。デザインに詳しい人なら、これらの名前を聞いて納得がいく。幸運だったのは、独立したばかりの元ブラウンのデザイナー、ゲルト・アルフレッド・ミュラーと出会い、新しいタイプの万年筆「ラミー 2000」の開発ができたことだ。これを転機に、ラミーはデザインを企業戦略としていく。

デザインといっても、その内容は製品の形や色を考えることだけではない。アイデアの収集に始まり、プロトタイプ、製造、物流まで、製品開発プロセスには約140もの作業ステップがあるという。そのプロセスにおいてデザイナーは一部の作業を担うにすぎない。デザイナーのほか、デザインの知識を有した経営者、技術者、マーケティングスタッフらによるチームワークによって、説得力のあるデザインは実現するのだという。本展では「ラミー アルスター」を大量に使った壮大なインスタレーションや歴代製品がわかる展示とともに、その製品開発プロセスを示すチャートが大きく掲げられていた。それはそれで圧巻だったのだが、チャートに示されていた用語はドイツ語と英語のみ。しおりや図録を見れば日本語も書かれていたことにあとから気付くが、英語力がやや乏しい私にとっては、その場で理解に苦労した部分があったことも否めない。

展示風景 21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3

展示風景 21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3

公式ページ:http://www.lamy.jp/thinkingtools.html

2018/03/03(杉江あこ)

練馬区独立70周年記念展「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」

会期:2018/02/22~2018/04/15

練馬区立美術館[東京都]

かわいらしくユーモラスな作風で知られるフランスのポスター作家、レイモン・サヴィニャック。日本にもファンは多く、その層はクリエーターからフランスかぶれまでさまざまだ。何を隠そう、私もそのひとりだった。彼らが共通して抱くサヴィニャックに対するイメージは、冒頭の言葉に集約されるのだと思う。しかし本展を観て、そのイメージが変わった。サヴィニャックはコミュニケーションデザインに非常に長けた作家だったことに改めて気付いたのである。

編集の仕事で、私がいつも心がけることはワン・ビジュアル=ワン・メッセージである。ひとつのビジュアルで伝えられるメッセージはたったひとつ。あれこれといくつもの要素を盛り込んでしまうと、そのイメージは希釈され、本当に伝えたいメッセージは伝わらなくなる。これはコミュニケーションデザインの基本と言っていい。サヴィニャックはこれを熟知していた。モチーフ、色使い、キャッチコピーなどにおいて徹底的に無駄を削ぎ落とし、その製品の特徴やメッセージが一目でわかるポスターを描いていたからだ。

本展では、サヴィニャックの黄金期の作品を10項目のモチーフに分類した展示を行なっていた。なかでも、サヴィニャックのコミュニケーションデザイン力がもっとも表われていると思ったのは「製品に命を吹き込む」の項目だ。これは製品そのものでできた人物や、製品と一体化した人物を描いたポスター群である。例えばベッドから起き上がる人物がマットレスとなっているポスター、毛糸が自分で自分を編むポスターなど、まさにワン・ビジュアル=ワン・メッセージの究極のかたちである。「動物たち」の項目に分類されていたが、かの有名な出世作《牛乳石鹸モンサヴォン》も動物と製品が一体化した同様の構図である。

また一部、デッサンや原画も併せて展示されており、デッサンの画面全体には薄い線でグリッドが引かれているのが見てとれた。フリーハンドで描いたかのような大らかな筆致に見えて、実はとても計算して描いていたことを思い知る。サヴィニャックが第一線を降りた1980年代以降はコンピュータが登場し、ポスター作家はグラフィックデザイナーへと名を変え、さらにアートディレクターが台頭する時代となる。しかし道具が筆からマウスへと変わっても、サヴィニャックの斬新なアイデアや表現力に学ぶべきことは多分にあるのではないか。

レイモン・サヴィニャック《牛乳石鹸モンサヴォン》(1948/1950)

ポスター、カラーリトグラフ 150×100cm パリ市フォルネー図書館所蔵 © Annie Charpentier 2018


レイモン・サヴィニャック《フリジェコ:良質の冷蔵庫》(1959)

ポスター、カラーリトグラフ 120×160cm パリ市フォルネー図書館所蔵 © Annie Charpentier 2018


公式ページ:https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201709181505718201

2018/02/27(杉江あこ)

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君と免疫。展

会期:2018/02/24~2018/02/25

SO-CAL LINK GALLERY 表参道[東京都]

「君と、免疫を、アートでつなぐ展覧会。」というテーマに、興味を惹かれた。主催は乳酸菌研究で第一線をいく明治だ。最近は「腸活」という言葉が生まれるほど、健康のため、腸内環境を整えることに意識を傾ける人々が増えている。かくいう私も毎日ヨーグルトを食べるなど、実生活で「腸活」を実践しているひとりだ。本展は週末2日間だけの開催だったが、東京・表参道という場所柄もあり、大変な混み具合だった。

まず正面に大きく展示されていたのは、DAISY BALLOONというバルーンアーティストユニットの作品《bridge》。白と茶色2色で構成された無数の風船が複雑に絡み合った様子は、いかにも体内に棲む細胞のように見える。これは「樹状細胞」を表現した作品で、外敵の特徴を分析し、それを「獲得免疫」に伝える架け橋のような役割があることに共感したのだという。《bridge》をくぐると、目の前には顕微鏡3台が陳列されていた。その顕微鏡を覗くと、細胞らしきものがうごめいて、最終的にはメッセージが現われる。このユニークな演出には微笑ましくなった。

展示風景 SO-CAL LINK GALLERY 表参道

さらに壁づたいに歩を進めると、イラストレーター、石井正信の「幻想免疫図鑑」と題した作品が続く。これが秀逸だった。「その名も、『殺し屋』。NK細胞」「目覚めよ、エリート。ナイーブT細胞」「最後の希望は、彼だけに。B細胞」といった、まるでゲームやアニメのキャラクター紹介をするかのような見出しも目を惹いたが、モノクロームで描かれた細密な細胞のイラストレーションが「美しい」のひと言に尽きた。また隣の個室の床一面には映像作家、勅使河原一雅の作品「混沌の王国」が繰り広げられていた。プログラミング操作によって流れる極彩色の映像の中に身を置くと、ここはまるで腸内フローラで、自分自身も細胞の一部になったかのような感覚に陥る。

他にも建築家、音楽作家とさまざまな分野のアーティストによる作品が展示されていた。アートには爆発力がある。観る者に直感的に何かを伝える力があると、本展を観て改めて思った。その点で、「むずかしく感じがちなその免疫を、あえて、アートとして表現してみる。」というコンセプトは成功していたように思う。

展示風景 SO-CAL LINK GALLERY 表参道

公式ページ:http://www.meiji.co.jp/do-wonders/exhibition/

2018/02/24(杉江あこ)

東京造形大学 山手線グラフィック展

会期:2018/02/17~2018/02/28

山手線E231系 ADトレイン1編成[東京都]

2018年2月17日〜28日の12日間、JR東日本の山手線で一風変わった1編成のADトレインが走った。それが本展である。通常、ADトレインというと、一目でそれとわかる派手派手しい車体広告や、全車両においてほぼ同じグラフィックの壁面と中吊り広告で埋め尽くされることが多い。ところがこれはADトレインを利用しているものの、趣旨は展覧会。電車が“走るギャラリー”と化した。

展示風景 山手線車内

本展には、東京造形大学造形学部デザイン学科グラフィックデザイン専攻領域の学生たちによる「TOKYO」をテーマにしたグラフィック作品と映像作品約300点が展示された。前日には内覧会が開かれ、団体貸切で山手線を一周した。まず車体は控えめで「山手線、お借りします。東京造形大学」などのコピーが入ったプレーンなデザインのロゴマークが貼られているのみである。車内に入ると、窓上と窓横の壁面、中吊りをフル活用して、グラフィック作品が展示されていた。さらにドア上のモニターには映像作品が流れている。東京タワー、渋谷のスクランブル交差点、都心のビル群、夜景、雑踏、寿司などをモチーフに、写真やイラストレーション、タイポグラフィなどを活用したさまざまな表現が見られた。

約300点の作品展示と聞いて身構えたが、なんだか拍子抜けするほど、第一印象は「いつもの電車と違和感がない」だった。それは規定の広告スペースで、普段目にしている広告と同じ印刷物や映像といったメディアを展示する試みだったからかもしれない。これがギャラリーに展示されていれば作品としてとらえられるが、電車に展示されていれば広告としてとらえてしまう、人間の習性によるものだろう。あくまでも乗客は作品を観るために電車に乗るわけではない。たまたま乗った電車がADトレインだったという巡り合わせによるので、作品に無関心であることが前提だ。そうしたシビアな条件下で、人の心をいかに動かせるかというのが、おそらく学生たちに与えられた課題だろう。本展ポスターのコピーのひとつに「作品を世に出すプレッシャーは、大学では教えられない。」とあり、まさにと思った。山手線という非常に多くの人々の目に曝される場で、学生たちの作品がどう位置づけられるのかが試される展覧会だった。

展示風景 山手線車内ドア周辺

公式ページ:http://www.zokei.ac.jp/news/2018/7994/

2018/02/16(杉江あこ)

棟方志功と柳宗悦

会期:2018/01/11~2018/03/25

日本民藝館[東京都]

名アーティストに名プロデューサーあり。棟方志功と柳宗悦の関係性を知れば知るほど、まさにその言葉が当てはまる。本展は前期と後期で一部展示を替えながら、2人の師弟関係に主眼を置いた日本民藝館らしい内容だった。

そもそも2人の出会いは昭和11年の春、「国展」の準備中。棟方が20図におよぶ連作「大和し美し」を幅一間(約1.8メートル)の額4枚に収めて持ち込んだところ、「額1枚しか展示できない」と対応する係員と押し問答になった際、同展の工芸部の審査のため訪れていた柳宗悦と濱田庄司がたまたま通りかかり、その展示交渉をしてくれたことがきっかけだった。柳は棟方の版画を見て「これはただものではないぞと思った」と振り返っている。それゆえ、同年の秋に開館する日本民藝館のために高値で同作を買い上げることまでした。後日、柳邸に作品を届けに上がった際、棟方は座敷に置かれていた《二川松絵大捏鉢》に心を奪われ、民藝運動の本質を知ることになる。それ以来、棟方は柳にすっかり懐き、自らの師と仰いで、柳が亡くなるまでの25年間、ほぼすべての作品を柳に届けては助言を求めたという。一方、柳は同志とともに、極貧だった棟方にしばらく生活費援助を行い、小学校しか出ていなかった棟方に教育係までつけさせた。

柳は良くないと思った棟方作品に対しては、彫り直しを命じたり、彩色方法を変えさせたり、ときには大作の一部を抜き刷りしたり、部分的に気に入らない箇所を切り取って表装したりと容赦がない。もちろん、作品をより良くしようと思うあまりの行動である。棟方はそれに対し、いつでも素直に従ったという。本展では2人の間で交わされたたくさんの書簡や、後年に病床の柳を励ますべく、柳が詠んだ「偈(げ/心境を表す俳句より短い詞)」を棟方が版画にした「心偈(こころうた)」などを観ることで、2人の深い信頼関係を垣間見ることができる。どれほど優れた作家であっても、自分の作品を客観的に見ることは難しい。そこで必要なのが作品の良否を見極め、作家のポテンシャルを最大限に高めるプロデューサーだ。柳は棟方のプロデューサーであると同時に、パトロンでもあった。後に大きく羽ばたくことになる世界のMunakataの原点がここにある。

華厳譜《薬師如来の柵(改刻)》(1936)30.0×39.0cm


水谷頌《布施の柵》(1959)41.0×31.0cm


公式ページ:http://mingeikan.or.jp/events/

2018/02/10、2018/02/16(杉江あこ)

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