2018年07月15日号
次回8月1日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

猪熊弦一郎展 猫たち

会期:2018/03/20~2018/04/18

Bunkamura ザ・ミュージアム[東京都]

美術家や文豪にはなぜか猫好きが多い。熊谷守一や朝倉文夫などが記憶に新しいが、猫ブームも相まって、彼らの猫作品に焦点を当てた展覧会が近頃よく開かれている。美術に詳しくない者でも、猫を媒介にその美術への興味を持てるのだから、猫は偉大である。画家の猪熊弦一郎も部類の猫好きで知られていた。それも「いちどに1ダースの猫を飼っていた」というから半端ではない。本展は、タイトルどおり、猪熊が描いた「猫たち」に注目した内容だった。

猪熊が猫を飼い始めたきっかけは、もともと、妻が猫をかわいがり始めたことにある。猪熊の作品には妻をモデルにした人物画が多くあるが、最初は妻のそばに猫がたまたまいたため、ついでに猫も描いたという程度であった。それが多くの猫に囲まれて生活をするようになると、どんどん積極的に猫を描くようになる。戦前、パリに滞在してアンリ・マティスに師事していた頃は、マティスの影響を強く受けた色鮮やかな具象絵画のなかに猫を忍ばせた。また戦後、猪熊はニューヨークに渡って抽象絵画で大成するのだが、その移行期とも言える具象と抽象が入り混じった絵画を描いていた頃は、猫の姿形も徐々に抽象化されていった。このように自身の画風に合わせて、猫の絵も変化していったところが面白い。猪熊は猫を描くときに「写生したことはなかった」と言うほど、頭の隅々にまで猫の生態や特徴、さまざまなポーズが刻み込まれていたようだ。だからこそ、猫を題材に自由な絵が描けたのである。

猪熊が生前に作品を寄贈した丸亀市猪熊弦一郎現代美術館には、猫の絵だけでも約900点収蔵されているという。これら猫の絵のなかにはカンヴァスにきっちりと描かれた油彩画もあれば、スケッチブックにペンや鉛筆でさっと描かれた絵もある。むしろ後者の方が多いだろう。本展も大半がそうであった。最初は何かの作品の下絵なのかと思ったが、そうではない。まるで子どもが描いた絵のようにも見えるし、そのときのひらめきや思い付きを留めておくための備忘録のようにも見える。そのあまりの力の抜け具合に、思わず微笑んでしまう絵が多かった。このように猪熊が猫の絵をスケッチブックにさっと描いた行為はきっと、現代の私たちが猫をスマホで撮ってInstagramに写真を上げるような行為に近いのかもしれない。



公式ページ:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_inokuma/

2018/03/28(杉江あこ)

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Three Tones 3人のデザイナーがつくるテキスタイル空間

会期:2018/03/27~2018/04/01

スパイラルガーデン[東京都]

テキスタイルの展覧会というのは、これまでにあまりなかったのではないか。そもそもアパレルや繊維メーカーに属していない独立したテキスタイルデザイナー自体が、他のデザイン分野に比べると少ない。本展は、第一線で活躍する3人のテキスタイルデザイナー、鈴木マサル、清家弘幸、須藤玲子による合同展だった。

鈴木は作品タイトルを「目に見えるもの、すべて色柄」とし、赤、ピンク、オレンジ、黄、緑、青、紫、グレーなど、彩度の高い色をふんだんに布に取り込んだ。色柄の異なる布と布とを縦に継いだ垂れ幕を天井から何枚も吊るしたほか、片側の壁面にはさまざまな色柄の傘を開いて何本も設置したインスタレーションを行なった。印象的だったのはこれだけ空間を色柄で埋め尽くしたにもかかわらず、まったくうるさく感じなかったことだ。むしろ、明るさや元気をもらえたのである。その理由は色柄の素材が電飾ではなく布だったためか、配色のセンスが良かったためか……。

「目に見えるもの、すべて色柄」展示風景 スパイラルガーデン[撮影:繁田諭]

清家の作品タイトルは「通路」。和紙の原料によく用いられる楮を黒く染め、その楮紙をシルクオーガンジー、富士絹、シルクベルベッド、ポリエステルオーガンジーの4種類の黒い布にプリント加工した。これらを服に仕立てたほか、「空間に布を着せつける」という発想で天井と両端を布で吊るし覆ったインスタレーションを行なった。黒い布でできた通路は厳かでありながら、楮紙の独特の質感や、格子状にプリントされた目地から漏れる光が見たことのない不思議な雰囲気をつくり出していた。

「通路」展示風景 スパイラルガーデン[撮影:繁田諭]

須藤は3人のうちもっともベテランで、日本の伝統的な染織技術や現代の先端技術を駆使したテキスタイル開発を行なってきた実績がある。作品タイトルを「布、色と間」としたが、ここでいう色とは素材そのものの色のことである。したがって白を基調とした34種類もの布を縦横に継いで、円形の空間を余すところなく利用し、円弧状に布をぐるりと吊るし巡らせた。34種類の布はそれぞれに素材や織り、加工方法が異なるため、同じ白い布でもよく見ると微妙に異なる表情を持っている。このインスタレーションについて、須藤は「気配を感じてもらえれば」と言う。私たちは普段あまり意識することがないが、衣服だけでなく、実は暮らしのあらゆるところでテキスタイルは用いられている。本展はそのテキスタイルの存在を印象的に示し、テキスタイルデザイナーという職域にスポットを当てた展覧会と言えた。

「布、色と間」展示風景 スパイラルガーデン[撮影:繁田諭]

公式ページ:https://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_2542.html

2018/03/27(杉江あこ)

くまのもの ──隈研吾とささやく物質、かたる物質

会期:2018/03/03~2018/05/06

東京ステーションギャラリー[東京都]

建築家の隈研吾に私は何度かインタビューをしたことがあるが、そのなかで印象に残っている発言が「コンクリートは嫌い」である。私が言うに及ばず、隈のコンクリート嫌いは有名なようだ。その理由は、コンクリートが20世紀モダニズム建築の象徴であるから。コンクリートは世界中どんなところにも建てられる利便性から、グローバリゼーションのうねりが起きた20世紀に一気に広まった素材だ。しかし木や石のように土地の固有性がないため、面白みに欠ける。また重く固いコンクリートは周囲の環境に威圧感を与える。「負ける建築」を標榜する隈としてはそれにも耐えられないのだろう。

本展は、隈が着目する10種の物質(素材)を取り上げた興味深い内容だった。10種の物質とは、竹、木、紙、土、石、瓦・タイル、金属、樹脂、ガラス、膜・繊維である。つまりコンクリート以外の物質で、いかに建物を建てられるのかという挑戦の記録のようにも見てとれた。例えば中国・北京郊外に2002年に竣工した《竹の家》では、CFT(コンクリート・フィルド・チューブ)という技術にヒントを得て、節を取った竹の内部にコンクリートを流し込み、それを柱にした。2019年の竣工を目指す《新国立競技場》は、「大きなスタジアムを小径木の集合体としてデザインした」という。また糸のようによったカーボンファイバーを用いて、既存のコンクリートの建物に耐震補強を施した。

その既成概念にとらわれない柔軟な発想には感心するばかりである。いずれも隈が建築に求めるのは優しさや柔らかさ、暖かさといったもので、それを表現しうるのが10種の物質というわけだ。しかもそれぞれを積む、包む、支え合う、編む、粒子化、螺旋、多角形、格子という8つの方法に分類し、各物質をどのように使って建物を建てたのかを図式で示していた。「竹を編む」「石を積む」などといえば、建築の専門用語がわからない一般人でもなんとなくイメージがつく。さらに物質ごとに建築事例が写真と模型、モックアップ(原寸大の部分模型)で紹介され、本物を見なくとも、頭のなかでその全体像がイメージできる展示内容となっていた。

《Great (Bamboo) Wall》(2002)[Photo: Satoshi Asakawa]

《COEDA HOUSE》(2017)[Photo: Kawasumi・Kobayashi Kenji Photograph Office]

公式ページ:http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201803_kengo.html

2018/03/03(杉江あこ)

thinking tools プロセスとしてのデザイン ──モダンデザインのペンの誕生

会期:2018/03/03~2018/04/08

21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3[東京都]

世界を見渡しても、筆記具ほど二極化している製品はない。つまり何万円もする高級ブランド品か、使い捨てを前提とした数百円程度の廉価品か、多くがそのどちらかしかないのである。前者は富裕層や持ち物にこだわりのある人が買い求め、後者はそれ以外の人が買い求めるという構図だ。しかしドイツのペンブランド、ラミーはその中間にあると言っていい。豪華さや色気はないが、優れたモダンデザインを特徴とし、ラインナップの多くを一万円前後か数千円のペンが占める。特に「ラミー サファリ」は数千円という低価格とカジュアルさが受けて、もっとも売れた万年筆と言われている。万年筆を初めて使う人にとっては、非常に取っ付きやすい製品なのだ。

そのラミーのデザインに焦点を当てたのが本展だ。ラミーはドイツ・ハイデルベルグに本社を置く企業で、1960年代に創業者の息子のマンフレッド・ラミーがデザインの礎を築いた。彼が規範にした企業は、イタリアの事務機器メーカーのオリベッティやドイツの家電メーカーのブラウンだった。デザインに詳しい人なら、これらの名前を聞いて納得がいく。幸運だったのは、独立したばかりの元ブラウンのデザイナー、ゲルト・アルフレッド・ミュラーと出会い、新しいタイプの万年筆「ラミー 2000」の開発ができたことだ。これを転機に、ラミーはデザインを企業戦略としていく。

デザインといっても、その内容は製品の形や色を考えることだけではない。アイデアの収集に始まり、プロトタイプ、製造、物流まで、製品開発プロセスには約140もの作業ステップがあるという。そのプロセスにおいてデザイナーは一部の作業を担うにすぎない。デザイナーのほか、デザインの知識を有した経営者、技術者、マーケティングスタッフらによるチームワークによって、説得力のあるデザインは実現するのだという。本展では「ラミー アルスター」を大量に使った壮大なインスタレーションや歴代製品がわかる展示とともに、その製品開発プロセスを示すチャートが大きく掲げられていた。それはそれで圧巻だったのだが、チャートに示されていた用語はドイツ語と英語のみ。しおりや図録を見れば日本語も書かれていたことにあとから気付くが、英語力がやや乏しい私にとっては、その場で理解に苦労した部分があったことも否めない。

展示風景 21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3

展示風景 21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3

公式ページ:http://www.lamy.jp/thinkingtools.html

2018/03/03(杉江あこ)

練馬区独立70周年記念展「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」

会期:2018/02/22~2018/04/15

練馬区立美術館[東京都]

かわいらしくユーモラスな作風で知られるフランスのポスター作家、レイモン・サヴィニャック。日本にもファンは多く、その層はクリエーターからフランスかぶれまでさまざまだ。何を隠そう、私もそのひとりだった。彼らが共通して抱くサヴィニャックに対するイメージは、冒頭の言葉に集約されるのだと思う。しかし本展を観て、そのイメージが変わった。サヴィニャックはコミュニケーションデザインに非常に長けた作家だったことに改めて気付いたのである。

編集の仕事で、私がいつも心がけることはワン・ビジュアル=ワン・メッセージである。ひとつのビジュアルで伝えられるメッセージはたったひとつ。あれこれといくつもの要素を盛り込んでしまうと、そのイメージは希釈され、本当に伝えたいメッセージは伝わらなくなる。これはコミュニケーションデザインの基本と言っていい。サヴィニャックはこれを熟知していた。モチーフ、色使い、キャッチコピーなどにおいて徹底的に無駄を削ぎ落とし、その製品の特徴やメッセージが一目でわかるポスターを描いていたからだ。

本展では、サヴィニャックの黄金期の作品を10項目のモチーフに分類した展示を行なっていた。なかでも、サヴィニャックのコミュニケーションデザイン力がもっとも表われていると思ったのは「製品に命を吹き込む」の項目だ。これは製品そのものでできた人物や、製品と一体化した人物を描いたポスター群である。例えばベッドから起き上がる人物がマットレスとなっているポスター、毛糸が自分で自分を編むポスターなど、まさにワン・ビジュアル=ワン・メッセージの究極のかたちである。「動物たち」の項目に分類されていたが、かの有名な出世作《牛乳石鹸モンサヴォン》も動物と製品が一体化した同様の構図である。

また一部、デッサンや原画も併せて展示されており、デッサンの画面全体には薄い線でグリッドが引かれているのが見てとれた。フリーハンドで描いたかのような大らかな筆致に見えて、実はとても計算して描いていたことを思い知る。サヴィニャックが第一線を降りた1980年代以降はコンピュータが登場し、ポスター作家はグラフィックデザイナーへと名を変え、さらにアートディレクターが台頭する時代となる。しかし道具が筆からマウスへと変わっても、サヴィニャックの斬新なアイデアや表現力に学ぶべきことは多分にあるのではないか。

レイモン・サヴィニャック《牛乳石鹸モンサヴォン》(1948/1950)

ポスター、カラーリトグラフ 150×100cm パリ市フォルネー図書館所蔵 © Annie Charpentier 2018


レイモン・サヴィニャック《フリジェコ:良質の冷蔵庫》(1959)

ポスター、カラーリトグラフ 120×160cm パリ市フォルネー図書館所蔵 © Annie Charpentier 2018


公式ページ:https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201709181505718201

2018/02/27(杉江あこ)

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