2019年03月15日号
次回4月3日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

パッドマン 5億人の女性を救った男

会期:2018/12/07〜

渋谷シネクイントほか[全国]

パッドマンのパッドとは生理用ナプキンのこと。本作はインドで安価な生理用ナプキンを普及させた男の物語である。生理用品というテーマに対し、日本でも公に語らうことにはやや恥ずかしさが伴なうが、しかし素直に良い映画だった。私はことにソーシャルデザインの面で着目した。本作は実話をもとにしたフィクションである。主人公のモデルとなったのは社会起業家のアルナーチャラム・ムルガナンダムで、その功績は海外にも知れわたり、2014年には米国『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた人物だという。

物語は2001年、インドの小さな村に住むある夫婦の結婚式から始まる。主人公の男は妻を持って初めて、インドの女性たちの生理の実態を知る。生理中の女性は「穢れ」とされ、家の外廊下で寝起きして過ごしていた(これは昔の日本でも似たような状況だったのではないかと思うが……)。なかでも男がショックを受けたのは、妻が汚いボロ布をあてがっていたことである。なぜならインドでは市販の生理用ナプキンが非常に高価で、貧しい家庭では日常使いできる値段ではなかったからだ。しかし汚いボロ布を使うことで身体に雑菌が入り、病気や不妊を招く危険があると知り、男は妻のために奮起する。清潔で安価な生理用ナプキンづくりへの困難な旅はここから始まった。

「パッドマン 5億人の女性を救った男」[配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント]

何しろインドで生理はタブー視されていたため、男性が生理用品をつくるというだけで、周囲からは奇異な目で見られ、女性たちからは変態扱いされ、ついには家庭崩壊を招く。それでも男は諦めず信念を持ち続け、最終的に行き着いたのが、最適な材料のセルロース・ファイバーを入手することと、大型のナプキン製造機からヒントを得て、小型のナプキン製造機を開発することだった。セルロース・ファイバーを分解し、圧縮し、包み、殺菌する。この4工程を分割することで、低コストで製造機をつくることに成功。市販の生理用ナプキンが1袋(10枚入り前後)55ルピーだったのに対し、1枚2ルピーで販売可能となったため、約半値である。さらに特筆すべきは、男が優秀なビジネスパートナーを得て、この製造機をインドの貧しい女性たちの自立支援に役立てたことだ。女性たちは銀行から融資を受け、その資金で製造機を購入し、生理用ナプキンを製造販売し収益を得て、その一部を返済にあてる。この仕組みづくりを考案し実現させたことがソーシャルデザインであると思った。まさにSDGsに沿ったビジネスモデルである。とはいえ本作は決して堅苦しい映画ではない。全体に明るく楽しく、インド映画ならではのミュージカルシーンも盛り込まれていて、良質なエンターテイメントとしても楽しめる。

「パッドマン 5億人の女性を救った男」[配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント]

公式サイト:http://www.padman.jp/site/

2018/12/09(杉江あこ)

ギンザ・グラフィック・ギャラリー第370回企画展 続々 三澤遥

会期:2018/12/03~2019/01/26

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

透明の容器の中で、水泡が一つひとつゆっくりと上から下へと移動する。やや狭い輪の中を水泡は形を歪めながらすり抜け、そして下までたどり着くと、針のように細い口の中にスッと吸い込まれていく。この延々と続く水泡の有機的な動きに心をつかまれた私は、思わず立ちすくんでしまった。この作品《Form of Gravity》を見て、子どもの頃に飽きずに眺めていたあの情景を思い出した。それは窓ガラスに貼りついた雨の雫が細胞分裂するように形をどんどん変え、最後はスッと流れ落ちていくさまである。理由もなくただ無心に眺めていたい事象というのは、大人になってもある。デザイナーの三澤遥の作品群は、そういう類のものだった。

展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー[写真:藤塚光政]

正直、本展を観るまで、三澤について私はほとんど何も知らなかった。彼女のプロフィールを見ると、「ものごとの奥に潜む原理を観察し、そこから引き出した未知の可能性を視覚化する試みを、実験的なアプローチによって続けている」とある。一読しただけでは、それがいったいどういうことなのか理解しづらいが、本展を観ると合点がいく。彼女の代表作である「waterscape」は、水中環境を新たな風景に再構築した作品群だ。例えば浅く水を張った水槽の中に、大きな球体状の水槽がもう一つあり、そこには水が満杯に張られている。水槽には金魚が数匹泳いでいて、浅い水と球体の水の中を自由に行き来する。両者はつながっている水なのに、水深がまったく異なることから、そこでは不思議な光景が繰り広げられる。

もう一つの代表作「動紙」は、磁力を使って紙に動的な機能を持たせた作品群だ。これは「takeo paper show 2018 precision」でも観たことを思い出した。円や三角にくり抜かれた小さな紙片の集合体が、磁力によってパタパタと起き上がったり、うごめいたりする。その様子はまるで意思を持った生物のようである。不思議な動きにまたもや心をつかまれ、これもじっと見つめてしまう。普段見慣れたものにも、まだ未知の領域は潜んでいる。三澤はあの手この手を使って、その扉をこじ開け、私たちに見せてくれる。そのたびに、私たちは図らずも童心にかえってしまうのだ。

展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー[写真:藤塚光政]

公式サイト:http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000730

2018/12/04(杉江あこ)

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クリエイターと福島の窯元がつくる「大堀相馬焼167のちいさな豆皿」

会期:2018/11/27~2018/12/22

クリエイションギャラリーG8/ガーディアン・ガーデン[東京都]

国の伝統的工芸品に指定されている大堀相馬焼(おおぼりそうまやき)を知っている人はどれほどいるだろうか。たとえば益子焼や九谷焼、有田焼といった焼物産地に比べると、それほど全国的に知られた産地とは言えないだろう。大堀相馬焼の集積地は福島県浪江町。2011年の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の影響を受け、窯元は避難を余儀なくされ、一時、産地は崩壊の危機にさらされた。

何をもって「◯◯焼」と呼ぶかの定義は産地によって異なるが、一般的にはその土地で焼いていること、その土地で採取された陶土や釉薬を使っていること、そこの組合に所属していることなどの条件が挙げられる。また、伝統的な技法や様式を踏襲していることも重要なアイデンティティーとなる。しかし土地を奪われ、汚染により陶土や釉薬も採取できなくなった大堀相馬焼は、そうした定義自体が揺らぐ危機にさらされた。それでも現在、組合や窯元は福島県内の別の地域に拠点を移し、愛知県瀬戸市の瀬戸土を使い、互いに散り散りになりながらも、大堀相馬焼の伝統を守るため製造を続けているという。

本展はチャリティープロジェクトとして開催されたが、単なる被災地支援という枠を超え、そうした土地に深く根づく伝統工芸のあり方を改めて考えさせられた。両会場に縁のある167人のクリエイターが豆皿のデザインを提供し、大堀相馬焼の三つの窯元がその豆皿を製作。会期中に販売も行なわれた。著名なグラフィックデザイナーやアートディレクター、イラストレーターらが提供した豆皿のデザインは種々様々だ。大堀相馬焼の伝統的な文様「走り駒」を意識した馬の絵もあれば、豆皿だけに豆の絵、クスッと笑える絵、端正なグラフィックアートなどが見られた。豆皿の生地は職人がろくろで一つひとつ制作したものだが、絵付けは筆で直接手描きしたものではなく、当然、転写シートである。その点は伝統的な技法とは異なり、味わいがやや薄まるが、それでも大堀相馬焼の名前を周知させるには十分な機会だっただろう。これまであまり知られてこなかった焼物産地ではあるが、奇しくも、危機にさらされたことにより周知の機会を与えられたのである。会場の壁面には、大堀相馬焼の窯元の風景や製造工程をとらえた写真が大きく掲げられていた。その明るく健やかな写真を見ていると、この焼物産地を危惧する気持ちも少し救われたような気がした。

展示作品

展示風景 クリエイションギャラリーG8

展示風景 ガーディアン・ガーデン

公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/creationproject/2018

2018/11/30(杉江あこ)

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眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展 vol.2

会期:2018/11/15~2019/01/13

銀座メゾンエルメスフォーラム[東京都]

いま、フランスでは工芸作家や職人が伝統技術や素材をベースに新たな表現を探る挑戦が顕著になっているという。これをフランス工芸作家組合は「ファインクラフト運動」と呼び、強く推進する。つまり工芸作家や職人のアーティスト化である。本展を観て、このファインクラフト運動をふと思い出した。

しかし本展の趣旨は少し異なる。エルメス財団が2014〜2017年に実施した、第2期「アーティスト・レジデンシー」で生まれた作品の紹介だ。これは世界中から9人の若手アーティストをエルメスのさまざまな工房に招聘して、職人と協働し、滞在制作を行なってもらうというプログラムである。それぞれの工房で扱う素材は、シルク、皮革、銀、クリスタルガラスと上質なものばかり。エルメスの卓越した職人技に触れながら、まったく自由な構想で、若手アーティストに作品づくりに集中してもらう。展示作品は、絵画を薄いシルクに分解プリントし重ね合わせた作品、カラフルな英国製の靴のオブジェ、皮革を寄木細工のように貼り合わせた絵画、謎めいた皮革道具一式、シルクの端切れを縫い合わせた、おぞましさを誘う人形の集合体などだった。vol.1では、ピュイフォルカの銀のスプーンをワイヤー状になるまで引き延ばした作品などがあった。

アナスタシア・ドゥカ、イオ・ブルガール / Anastasia Douka, Io Brugard
Installation view / 展示風景
©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

冒頭に述べたファインクラフト運動は工芸をベースにした創作性の拡張になるので、工芸作家や職人が素材とじっくり向き合った末、見た目に驚きのある作品を生み出す傾向にある。ところが、本展の展示作品は工芸の力を借りたとはいえ、若手アーティストの内面や概念をベースにした創作性の拡張になるので、一筋縄ではいかない。驚きの前に、正直、理解に苦しむ点は多かった。またエルメスの職人技をこんな風に惜しげもなく、若手アーティストの創作に利用してもいいのだろうかとさえ思ってしまった。もちろん企業には社会貢献としてメセナがあることは理解している。職人が若手アーティストに触発されたり、若手アーティストからの突拍子もない要求によって職人技が向上したりする相乗効果があることもわかる。いずれにしても高い企業文化と資金力がなければできないことだ。エルメス財団の懐の深さを感じた展覧会だった。

ルーシー・ピカンデ、アナスタシア・ドゥカ / Lucie Picandet, Anastasia Douka
Installation view / 展示風景
©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès

公式サイト:http://www.maisonhermes.jp/ginza/le-forum/archives/761518/

2018/11/21(杉江あこ)

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民藝 MINGEI─Another Kind of Art 展

会期:2018/11/02~2019/02/24

21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1&2[東京都]

これまで私は陶磁器をはじめとする工芸品をさんざん見て、取材し、文章を書き、気に入ったものがあればときどき購入もしてきたが、たいていどこの産地で、誰がつくり、どんな素材や技が使われ、骨董であれば何年代のものなのかといった情報ばかりを追ってしまう癖があった。癖というより、伝え手としての基本姿勢であると思っている。しかし「民藝」という言葉を生み、民藝運動を推進してきた柳宗悦はその姿勢を真っ向から否定する。「知識で物を見るのではなく、直観の力で見ることが何よりも肝要である」と。日本民藝館五代目館長でプロダクトデザイナーの深澤直人は、その精神を忠実に受け継ぎ、本展をディレクションしたのだろう。

展示風景 21_21 DESIGN SIGHT ロビー[撮影:吉村昌也]

もっとも広い会場のギャラリー2では、日本民藝館の所蔵品から選び抜いた146点の工芸品を数点ずつグルーピングし、それらを展示台に載せて展示していたのだが、そこには展覧会に必ずあるはずのキャプションや解説がなかった(キャプションは配布資料にまとめられていた)。その代わり大きく表示されていたのは、深澤による1〜2言コメントである。「シンプルだ!」「ファッショナブルだ。大胆だ。」「デフォルメがいい。かたちが愛らしいんだ。」「『民藝はヤバイ』と思った。」など、いずれも短く端的に、かつ感情的に、その魅力を伝えている。そのコメントを見たときに、ちょっと拍子抜けしてしまった。しかし実はこうしたコメントの方が多くの人々にとってはわかりやすく、共感しやすく、肩の力を抜いて観ることができるのだろう。どこの産地で、何年代につくられたのか……といった情報は二の次でいいのだ。

展示風景 21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー2[撮影:吉村昌也]

また、伝え手として、その魅力を率直にコメントすることは大変勇気がいることではないかとも思う。どこの産地で、何年代につくられたのか……といった情報は、正直、誰にでも書ける。しかし工芸品を見て何を感じ取ったかは、その人の観察力や感受性が大きく問われるため、それを発言することには気恥ずかしさやためらいがややともなうからだ。それにもかかわらず、深澤が恐れることなくやってのけていた点には感服した。もうひとつ感服した点は、何より、その編集力である。2006年に深澤がジャスパー・モリソンとともに開催した展覧会「スーパーノーマル」を彷彿とさせる卓越した編集力で、工芸品を丁寧に見せられると、どれもが魅力的に思えてくるから不思議だ。現代の柳宗悦は、やはり深澤しかいないのだと思う。

公式サイト:http://www.2121designsight.jp/program/mingei/

2018/11/09(杉江あこ)

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