artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

ガウディとサグラダ・ファミリア展

会期:2023/06/13~2023/09/10(※)

東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー[東京都]

「人間は創造しない。人間は発見し、その発見から出発する」。これはスペインの建築家、アントニ・ガウディの有名な言葉だ。本展でもこの言葉が印象的に使われていて、改めて強い言葉であると感じた。ガウディが「発見」の対象とした創造の源泉は、西洋建築の歴史やスペインに根づくイスラム文化、自然の造形、幾何学、また生まれ故郷であるカタルーニャ地方の風土だったという。世界の名だたる建築家のなかでも、ガウディほど独創性の高い建築家はいないと思うのだが、にもかかわらず、この言葉である。本展ではそんなガウディの独自の建築様式を紹介しつつ、かのサグラダ・ファミリア聖堂へと迫る。


サグラダ・ファミリア聖堂、2023年1月撮影 ©Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família


いまなお建設が続いている「未完の聖堂」として有名なサグラダ・ファミリア聖堂だが、いよいよ完成の時期が見えてきたと言われる。本展ではこの謎多き聖堂の経緯や背景を詳しく紹介しており、興味深く観覧した。そもそもこの聖堂は貧しい庶民たちのための救いの場として計画され、彼らから広く集めた献金で建設が始まったこと、ガウディは実は2代目建築家として起用されたことなど、あまり知られていない事実が列挙されていた。そしてガウディが設計を引き継いだ後、巨額献金が入ってきたことを機に、工事途中であったにもかかわらず、彼は「降誕の正面」と呼ばれる大きなファサードを計画し、聖堂のスケールを一気に拡大するのだった。そこから百数十年にわたる建設計画が始まったのである。


展示風景 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー


そうした建設の推移が年代ごとにわかる写真や、ガウディが外観や内部構造を練り上げるためにつくったという膨大な数の模型の一部、聖堂に一時期設置されていた彫刻の一部などが展示され、サグラダ・ファミリア聖堂の一端を感じることができた。自身は完成を見ることなく後世の人々に建設を託したという点で、いわばガウディの覚悟や執念のようなものがそこにはあった。ちなみにガウディは享年73歳で亡くなるのだが、その死因が路面電車にはねられたからという衝撃の事実も知った。きっと無念だっただろうなと推察すると、サグラダ・ファミリア聖堂がますます尊いものに思えるのだった。いつの日かの完成を機に、私もバルセロナを訪問したいところである。


右奥:外尾悦郎《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面:歌う天使たち》サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面に1990-2000年に設置 作家蔵



公式サイト:https://gaudi2023-24.jp/

※巡回展あり。
佐川美術館:2023年9月30日(土)〜12月3日(日)
名古屋市美術館:2023年12月19日(火)〜2024年3月10日(日)

2023/06/23(金)(杉江あこ)

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Less, Light, Local

会期:2023/06/16~2023/06/25

TIERS GALLERY[東京都]

会場に入ると、独特の香りがふわっと鼻をかすめた。本展のお知らせを受けたとき、「海苔」を使った作品という解説を読んで、最初に思ったのがそこに香りはあるのだろうか? という点だった。だから、会場に入ってやっぱり! と思ったのだ。ほんの微かな香りなので、もちろん鼻に付く程ではない。個人的には、私は海苔が大好きである。夫が佐賀県出身ということもあって、特に海苔にはうるさく、わが家の食卓には有明海苔がよく並ぶ。夫曰く「海苔は香りが命」である。


展示風景 TIERS GALLERY[撮影:太田拓実]


食品を題材に使った実験的作品やプロダクトをごくたまに見るが、私の基本的な考えとしては、人間が食べられるものを食べずに別の用途に使うなんてもったいない! その食べ物があれば飢えた子どもたちを救えるのに……である。が、本展の解説には、「近年、気候変動による水温上昇や海流・生態系の変化により、十分な栄養を摂取できず色褪せて育つ海苔が大量に発生。食用に適さず買い手がつかないことから、その多くが焼却処分されています」とある。なるほど、廃棄される運命にある海苔を使ったのか。もし仮にその海苔が色褪せていても食用として問題がないのなら、買い手がつくようにおいしい食べ方の提案や新たなブランディングが必要だろう。しかし色褪せの原因は、本来、海苔に含まれるタンパク質などの成分が十分ではないためだという。栄養価も風味も落ちてしまったのでは、確かに食用には向きづらい。となると、この問題を周知させるのに印象的な作品にして発表するというのは、デザインのひとつの手法なのかもしれないと思えた。


展示風景 TIERS GALLERY[撮影:太田拓実]


荒川技研工業のワイヤーシステム、ARAKAWA GRIPを使い、海苔をまるで薄いシートのようにピンと円盤状に張ってつないだインスタレーションや、障子のように用いた照明は、これまでに見たことのない幻想的な風景をつくり出していた。薄いシートをよく見れば、確かに海苔のテクスチャーである。鼻を近づければ、潮の香りもする。本作品はミラノデザインウィーク2023で発表され、評価を受けた凱旋展示だという。海苔を見慣れた日本人でさえ驚きをもって見るのだから、海外の人からすればなおさらだろう。気候変動問題とともに、日本人の食文化も伝える最適なメタファーとなったに違いない。食用に向きづらい未利用海苔をプロダクトやインテリア向けの新素材として可能性を見出すというのは、今後の海苔産業の生き残りの道となるのかもしれない。その場合、海苔の香りをどうするのかが新たな問題として浮上しそうではある。


公式サイト:https://weplus.jp/work/less-light-local/

2023/06/23(金)(杉江あこ)

第25回亀倉雄策賞受賞記念 岡崎智弘 個展「STUDY」

会期:2023/06/06~2023/06/28

クリエイションギャラリーG8[東京都]

NHK Eテレの子ども向け教育番組「デザインあneo」で、岡崎智弘が制作したコンテンツ映像「あのテーマ」が第25回亀倉雄策賞に選ばれた(三澤遥と同時受賞)。白い紙の上に載った「あ」の文字が分解され、いろいろな動きを小気味よく見せる様子は、子どもに限らず大人も見ていて飽きない。岡崎はこの手のコマ撮りアニメーションを駆使した映像制作を得意とするデザイナーである。本展は同賞受賞記念の個展なのだが、展示作品は「あのテーマ」以外、すべて彼が「スタディ」と呼ぶ個人的な活動で生まれた映像作品ばかりだった。題材とするのは平仮名、漢字、アルファベット、数字、記号……。1映像につき1文字を順に取り上げ、それぞれの文字やそれらが書かれた白い紙に不思議な動きを与えている。まるでその動きを操るがごとく登場するのが、赤い頭のマッチ棒だ。マッチ棒を指で動かしたり押さえたりすると、そのはずみで動きが始まるという構成である。


展示風景 クリエイションギャラリーG8


岡崎はコロナ禍をきっかけに、毎日、この数秒間の映像をつくる実験を始めたのだという。それは無目的で、完成を目指さず、ただ純粋につくることだけに向き合った時間だ。なぜ、つくるのか。答えは楽しいからである。しかし無目的といいつつも、動きの滑らかさなどを確認したり、その動きを見たときに人間が感じる感覚を観察したりと、実は目的があるようで、なんとなく習作や自己研鑽に近いのではないかと私は捉えた。といっても、彼にとって「苦」ではなく「楽しい」という点で、それは従来の習作や自己研鑽とはやや異なる。


展示風景 クリエイションギャラリーG8


展示風景 クリエイションギャラリーG8


かつて私も岡崎と一緒に仕事をした経験があるが、彼自身、子どものようなキラキラとした目と好奇心を持った人物である。独特の世界観を内に秘め、そこからアイデアが次から次へとあふれ出てくるような印象だった。そういうデザイナーはつねに何かをつくり続けていないと居ても立っても居られないのだろう。岡崎はスタディと位置付ける内面的な映像作品でありながら、それは多くの人々の目を惹き付ける。例えば頭をぼうっとさせて文字を見続けていると、文字から意味が抜け出て、ただの面白い形に見えてくるという経験をしたことはないだろうか。彼の創作は、そうした視点から出発しているようにも思える。きっと誰もがもつ些細な経験や感覚をくすぐられるのと、ちょっとしたからくりを見るような気分となって目が離せないのだろう。


公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/2306/2306.html


関連レビュー

第25回亀倉雄策賞受賞記念 三澤遥 個展「Just by | だけ しか たった」|杉江あこ:artscapeレビュー(2023年07月15日号)
「イメージの観測所」岡崎智弘展|杉江あこ:artscapeレビュー(2018年09月01日号)

2023/06/14(水)(杉江あこ)

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ハシモトユキオノモケイ展

会期:2023/05/26~2023/06/05

LIGHTBOX ATELIER / SEMPRE[東京都]

日本を代表するインテリアデザイナーのひとり、橋本夕紀夫が昨年に急逝した。コンラッド大阪やヒルトン東京ベイ、八芳園などのホテルをはじめ、焼肉トラジなどのレストラン、バー、カフェ、ブティック、オフィスと実に多彩な空間をつくってきたことで知られる。

その橋本が遺したデザインが一挙に見られる機会が訪れた。それは、模型を通してである。模型は、建築家やデザイナーが図面を引いた後、施主や施工関係者らへ完成イメージを伝えるための伝達手段として用いられる。近年、日本の建築家の間では自らの思考の道具としても用いられているようだが、本来の使い途としては上記のとおりだ。時にはCGパースも用いられるが、全体を俯瞰して見るには模型が最適だ。建築家やデザイナーは図面を引いた時点で、その建築物や空間を自身の頭の中で描けているだろうが、素人はそうはいかない。しかし模型があれば、彼らと同じ視点に立てる。天井を外した模型を上から覗き込むと、まるで神か巨人かになったような視点で空間全体を捉えられるからだ。光を当てれば、採光の具合もわかる。これまで施主や施工関係者らしか見る機会のなかった橋本夕紀夫デザインスタジオの秘蔵模型が、本展で解放された。これがなかなかの迫力だった。


展示風景 LIGHTBOX ATELIER / SEMPRE[画像提供:橋本夕紀夫デザインスタジオ]


私もかつて橋本に竣工物件について何度かインタビューをしたことがあるが、模型について話を聞くことはなかったため、これほど詳細に模型をつくり込んでいたとは知らなかった。空間の構成や間取りがわかるだけでなく、床壁天井の素材感や色味、模様、照明器具や家具のデザインなどが手に取るようにわかるのだ。さらにベーカリーであれば店内に所狭しと並んだパンやトング、バーであれば棚に整列されたお酒のボトルといった商品まで再現されている。どれも非常に細かく、思わずじっと目を凝らして見入ってしまった。

ちなみにどこの事務所でも模型づくりはスタッフ、特に新人やインターンの仕事である。すべて手づくりであるため、彼らの苦労は容易に想像できる。本展では模型一つひとつにスタッフたちのコメントが寄せられていて、それを読んでいくのも楽しかった。なるほどと思ったコメントのひとつが、模型づくりは「実際の工事と同じ」というもの。「私の中の現場監督が職人を呼び寄せて躯体工事→床壁の仕上工事→家具工事をします」と綴られていた。また、だからこそ「模型でスゴイ! と思えた物件は実空間でも密度があり、力強い空間になります」というコメントも納得できた。空間づくりは、企画も設計も施工も職人芸の結集なのだ。


公式サイト:https://www.sempre.jp/brand/hashimoto/

2023/05/27(土)(杉江あこ)

ドットアーキテクツ展 POLITICS OF LIVING 生きるための力学

会期:2023/05/18~2023/08/06

TOTOギャラリー・間[東京都]

乱暴な言い方かもしれないが、ドットアーキテクツの活動を一覧し、大阪らしさをとても感じた。1990年代に大阪に住んでいたことのある私は、彼らの独特の勢いや熱意のようなものに触れ、じんわりと懐かしい気持ちに包まれたのだ。大阪市南部の廃工場跡に拠点を構えるドットアーキテクツは、建築設計をはじめ現場施工、さまざまなリサーチやアートプロジェクトの企画に携わる会社である。ユニークなのは自社のある廃工場跡を「コーポ北加賀屋」と名づけ、分野を横断して人々や組織が集まる「もうひとつの社会を実践するための協働スタジオ」としていることだ。映画や舞台、パフォーマンス、バーの運営、畑仕事など多岐にわたる活動を通じて、誰もが参加できる場づくりを行なっているのだという。


展示風景 TOTOギャラリー・間 ©Nacása & Partners Inc.


本展のタイトル「POLITICS OF LIVING」とは、「小さな自治空間を生み出す力学」のこと。つまり間接民主制による中央集権的な仕組みに対し、もっと局所的な自治空間を自分たちの意志と妥協をもって創造する力であると解説する。暮らしや余暇に必要なモノやサービスを「この程度なら自分たちでできるじゃないか」と考えてもらうことが、本展の狙いだという。したがって、彼らはこの会場を「自主管理のオルタナティブスペースとするならどう使うか」をテーマとし、通常の作品展示のほか、バー、博物館、ライブラリー、工房、ラジオ局、映画館などと名づけたスペースを設ける試みをした。


展示風景 TOTOギャラリー・間 ©Nacása & Partners Inc.


江戸時代に「天下の台所」と呼ばれ、商業都市として発展してきた大阪は、いまも昔も、国家政府に対して面従腹背の傾向がある。また東京に対するライバル心が強く、何かにつけて大阪が一番と思いたがる節がある。だからこそ、自分たちで何か新しいことを創造したいという意欲も強い。人と人との距離感が近いこともあいまって、庶民の間での盛り上がりが自然と生まれやすいのだ。そうした独特の空気をドットアーキテクツは持っているように感じた。それを彼らは「POLITICS OF LIVING」という言葉で上手く表現したのだ。

ちなみに彼らが手掛けた作品のなかで、「千鳥文化」という一戸の文化住宅をリノベーションした施設(バーや農園)があり、食い入るように見てしまった。そう、関西では文化住宅と呼ぶ、昭和時代に建てられた長屋のような住居に私もかつて住んでいたことがある。大胆にも外壁を取っ払い、躯体を剥き出しにするだけで、そこに新しい空間が生まれることを証明していた。こうした起爆力が大阪以外の都市でも欲しい。


展示風景 TOTOギャラリー・間 ©Nacása & Partners Inc.



公式サイト:https://jp.toto.com/gallerma/ex230518/index.htm

2023/05/27(土)(杉江あこ)

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