2018年11月01日号
次回11月15日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

「ふつう」をつくったデザイナー 桑澤洋子 活動と教育の軌跡

会期:2018/01/12~2018/01/13

桑沢ビル1階[東京都]

「ふつうの人の生活をより良くすること」。この一心で、ジャーナリストや服飾デザイナー、造形教育者として、大正、昭和の時代を走り抜けたのが桑澤洋子である。桑澤洋子の名を知らなくとも、桑沢デザイン研究所と東京造形大学の創立者といえば、なるほどと思うだろう。本展は、彼女の活動の軌跡を紹介する2日間のみの貴重な展覧会であった。同時代に服飾デザイナーとして活躍した女性はほかにもいるが、彼女が際立っていたのは、ドイツの造形学校バウハウスが掲げたモダニズムの思想を身につけていたことである。

本展には桑澤洋子が製作した、もしくは近年にデザイン画や写真を元に再製作された衣服が、「ふだん着」「外出着」「ユニフォーム」の3つに分類され展示されていた。併せてファッションショーも行なわれた。興味深いのは「ユニフォーム」だ。この中には1964年東京オリンピック競技要員作業衣もあった。これは競技場で働く人たちのユニフォームで、屋外作業で寒さが伴うことや袖をまくることが多い仕事であることを考慮し、襟元と袖口をジャージ素材で仕上げたことが特徴だった。実はユニフォームこそ、桑澤洋子がデザイナーとしての力を存分に発揮した分野である。当時、彼女は工場作業衣やビジネスウエアなどのいくつものユニフォームを手がけている。デザインにあたり、彼女は必ず現場に足を運び、実際の仕事を観察し、従業員の意見をヒアリングし、人が本当に働きやすい衣服をつくることに尽力したという。

「デザインは個の問題ではなく、衆の問題であり、社会の問題である」。桑澤洋子が語ったこの言葉は、現在も前述した両校の教育指針として継承されているという。つまりデザインはデザイナーの自己表現ではなく、いわば社会的表現であるということを意味している。高度経済成長期以降、デザインは経済の渦に飲み込まれ、実に矮小化してしまった。しかしデザインは製品に表面的な装飾を施して、単に購買意欲を煽るためのものだけではないはずだ。何やらおしゃれでかっこいいものでもない。デザインで「生活をより良くすること」という、桑澤洋子の思いをいま改めて噛み締めたい。


ファッションショー風景 桑沢ビル1階


展示風景 桑沢ビル1階

2018/01/12(杉江あこ)

おだやかな革命

会期:2018/02/03〜

ポレポレ東中野ほか全国順次公開

2011年に起こった東日本大震災以降、多くの人々のなかでエネルギーに対する意識が変わった。皮肉にも福島第一原子力発電所事故によって、日常生活のなかで当たり前のように存在した電気が、実は福島県でつくられ、はるばる首都圏に運ばれていたことを知った人は多いのではないか。本作は日本各地でエネルギー自治を目指す人々の姿を追ったドキュメンタリー映画だ。エネルギー自治とは、その地域の住民や企業がエネルギー需給をマネジメントすること。平たくいえば、エネルギーの地産地消である。

まず、原発事故後に福島県喜多方市の酒蔵当主が立ち上げた会津電力、放射能汚染によって居住制限区域となった同県飯館村で畜産農家が立ち上げた飯館電力が紹介される。彼らは太陽光発電事業に挑んでいた。特に飯館村では除染のために掻き集められた汚染土がまだ山積みされる傍らで、太陽光パネルを設置し、村民の自立と再生を目指して動いていた。多くの不安を抱えながらも未来を見つめるその畜産農家の目に、何か切なさと勇気をもらう。また岐阜県郡上市の石徹白(いとしろ)地区では、集落存続のために100世帯全戸が出資して小水力発電事業を立ち上げた。ここでは移住してきた若い夫婦にスポットを当てる。彼らは里山での暮らしに新たな価値を見出し、住民たちと交流しながら、その集落に新しい風を吹かす。ほかに秋田県にかほ市の風力発電、岡山県西粟倉村の間伐材の熱源利用などが紹介される。

米や野菜、畜産物などの食糧が農村部でつくられ、都市部に運ばれていることは誰しもが知っている。しかし農村部でつくられていたのは食糧だけではない。実はエネルギーも農村部で多くつくられ、都市部に運ばれていた。本作を観て、この当たり前の事実に改めて気付かされた。つまり人間が生きるために必要な資源を豊富に抱えているのは農村部の方なのだ。都市部は農村部におんぶに抱っこ状態であることをもっと自覚しなければならない。本作は、そうした状況に対して「おだやかな革命」を起こし、経済に縛られない幸せや喜び、豊かさを求める人々をあくまでもフラットな目線で伝えている。だからこそ、心に沁み入る。


©いでは堂


©いでは堂


公式サイト:http://odayaka-kakumei.com

2017/12/14(杉江あこ)

装飾は流転する 「今」と向きあう7つの方法

会期:2017/11/18~2018/02/25

東京都庭園美術館[東京都]

日常的にモダンデザインに触れていると、装飾は「無駄なもの」という概念につい囚われてしまう。そんな凝り固まった頭に、本展は揺さぶりをかける内容であった。そもそも人類の歴史において、装飾の始まりとは何なのか。これには諸説あろうが、ひとつは身体装飾、タトゥーだろう。古代よりタトゥーは日本を含め世界各地に見られる文化で、主に部族や社会的地位の印、護身や魔除け、宗教的理由からさまざまな文様を身体に刻み込んだ。もちろん自分をより魅力的に見せる目的もあった。つまり自己と他者を区別し、他者や社会に対してメッセージを発するために使われたことが、装飾の始まりだったと言える。

本展には年齢、国籍、ジャンルの異なる7組のアーティストの作品が展示されていた。まずベルギーのアーティスト、ヴィム・デルヴォワの作品に目を奪われる。ゴシック建築の装飾が施された「低床トレーラー」や「ダンプカー」、イスラム装飾が施されたゴムタイヤやリモワ社のスーツケースなど。あり得ないものに、あり得ない装飾を施すとどうなるのかという実験を見せられているようであり、その一方で単純にそれらは美しいオブジェにも映る。またファッションデザイナー、山縣良和の作品も圧倒的な迫力であった。戦前・戦中・戦後に生きる女性たちをテーマにしたコレクションのうちのひとつで、大きな花輪を刺繍した喪服のドレス「フラワーズⅡ」、大きな熊手を背負い、花やぬいぐるみなどで過剰に飾られた「七服神」など。ファッションの一部に取り込まれ、誇張された花輪や熊手を見ていると、それらに込められた思いや願いまでも強く放たれるような気がしてくる。


ヴィム・デルヴォワ《低床トレーラー》(2014)、《ダンプカー》(2012)
©Studio Wim Delvoye, Belgium


山縣良和《七服神》
「THE SEVEN GODS-clothes from the chaos-」2013年春夏コレクションより
撮影:椎木静寧

さらに興味深かったのは、来場者に「装飾という言葉から連想するものは何ですか?」と問いかけていたことだ。会場の一室には、来場者による回答用紙がたくさん貼られており、例えば「装飾とは差別化」「装飾とは本能」「装飾とはときめき」「装飾とはオリジナルであることの欲求」など、感心する言葉が多く並んでいた。そう、モダンデザインに毒されてはならない。装飾とは決して無駄なものではなく、排除しようにもできない人間の根源的な欲求なのだろう。

2017/12/11(杉江あこ)

artscapeレビュー /relation/e_00042156.json s 10142962

P to P GIFT 2018 ─Problem to Product Gift ─

会期:2017/11/30~2018/02/12

d47 MUSEUM[東京都]

「持続可能な開発目標(SDGs)」が2015年9月に国連で採択され、ここ最近、日本でも持続可能というキーワードが注目されるようになった。数年前に安倍政権が掲げ、多くの関心が寄せられている「地方創生」においても、持続可能が求められていると言っていい。本展はまさにそんな世情を汲んだ内容であった。d47 MUSEUMは工芸、食、ファッションなどさまざまな切り口で、47の展示台を使い、日本のものづくりを47都道府県均一に伝えるミュージアムだ。


展示風景
d47 MUSEUM[提供:D&DEPARTMENT PROJECT]

本展では日本各地が抱える問題に対して、その土地らしい自然環境や特産物、人材などの資源や技術を使い、循環を考えた持続性のあるものづくりで解決に挑んだ事例が紹介されていた。展示台に載っているのは、その取り組みから生まれた製品である。なおかつその取り組みを発信するためのデザインの工夫があり、“ギフトになりうる製品”という選定基準まで設けられていた。各都道府県につきひとつとはいえ、正直、そんな優等生な製品が均等にあるものかと疑ってかかっていたが、実際に観てみて驚いた。ギフトという切り口だけあり、パッケージデザインがどれも優れていたからである。プロデューサーのような専門家が仲介している場合もあれば、つくり手自身が自発的に動いた場合もあるという。

例えば興味深い事例のひとつが、埼玉県秩父市で行なわれている「第3のみつ」づくりだ。それは植物の花蜜に代わり、カエデの樹液をはじめ、果実や野菜のジュースを蜂に食べさせる新たな養蜂のことで、日本国内で減少する蜜源を補えるばかりか、蜂を媒介に森林の環境づくりにも役立てられるという。その製品「秘蜜」を試食すると、林檎のジュースを食べさせた蜂の蜜には林檎の香りがほのかにし、そこに新たな価値と可能性を感じた。ものづくりを持続させるためには、最終的には製品が売れなければならない。そのためには土着性を生かしながらも、人々の生活に取り入れられるよう革新性や洗練性を高め、それを伝えるためのデザインが必要になる。そうした意識が、日本各地で根付きつつあることを実感できる展覧会であった。


埼玉県/TAP&SAP「秘蜜」[提供:D&DEPARTMENT PROJECT]

2017/12/01(杉江あこ)

六本木開館10周年記念展 フランス宮廷の磁器 セーヴル、創造の300年

会期:2017/11/22~2018/01/28

サントリー美術館[東京都]

これほど華麗な磁器の世界があるのかと驚いた。数あるヨーロッパの名窯の中でも、セーヴルの優美さは随一だろう。それもそのはず、創業から間もない1756年にフランス国王ルイ15世の庇護を受け、王立の磁器製作所としてフランス宮廷文化の中で華開いた磁器なのだから。もちろん産業の黎明期には時の権力者が欠かせない。例えばマイセンはザクセン選帝侯でポーランド王アウグスト2世によって誕生し、世界に誇る名窯として発展を遂げた。

セーヴルの発展を導いたのは、ことにルイ15世の寵姫だったポンパドゥール夫人である。金銀細工師や彫刻家、画家などの一流宮廷芸術家たちを集め、夫人の好みの磁器を次々と生み出していった。したがって18世紀には明るいピンクや水色などの背景と金色の縁取りに、美しい庭園や愛らしい子供たちが窓絵に描かれた磁器が多く見られる。その窓絵ときたら、キャンバス画にも劣らないほどの繊細さだ。当時、千種類を超える無数の色絵具が開発されたという。これらの色を表現するのに、いったい何回、窯に入れて焼いたのだろうかと想像するだけで目が眩む。また瑠璃色のような濃い青も誕生し、後にそれは「王者の青」と呼ばれるように、セーヴルをよりいっそう高貴な磁器へと高めた。さらにルイ16世の時代に移るとマリー・アントワネットが好んだ磁器も登場し、磁器を通して、当時の豪奢なヴェルサイユ宮殿の一端を見ることができた。

フランス革命後もセーヴルは国有の磁器製作所として存続し、その流れは現在まで続く。19世紀末期から20世紀初頭にかけては、時代の流行を取り入れ、アール・ヌーヴォー様式とアール・デコ様式に傾倒する。また、1960年代以降は第一線で活躍する芸術家やデザイナーの協力を仰ぎ、磁器芸術に力を注いだ。その中には日本人の活躍も見られ、草間彌生、深澤直人、nendoなどの作品が並ぶ。セーヴルは300年近くに渡って一度も民間化しなかった世界でも珍しい名窯だ。しかも年間生産量がごく限られていて、その製品の多くがフランス国家に収められているという。まるで親の手厚い庇護の下、大切に守られてきた箱入り娘のような存在だからこそ、強く解き放つ優美さがあるのだと思い知った。


左: © RMN-Grand Palais(Sèvres, Cité de la céramique) / Droits réservés / distributed by AMF
パーヴェル・ペトロヴィチのティーセット (1772-73)
右: © RMN-Grand Palais (Sèvres, Cité de la céramique) / Martine Beck-Coppola / distributed by AMF壺《ポプリ・エベール》
フォルム:ジャン=クロード・デュプレシ(父)、装飾:ジャン=ジャック・バシュリエ (1757)
セーヴル陶磁都市

2017/11/24(金)(杉江あこ)

artscapeレビュー /relation/e_00042473.json s 10141638

文字の大きさ