2019年02月15日号
次回3月1日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

起点としての80年代

会期:2018/07/07~2018/10/21

金沢21世紀美術館[石川県]

1980年代の美術というと、もの派やミニマリズムの支配した70年代の暗くて重い空気を払拭し、軽くて明るいポストモダンな「アート」が踊り出たという印象がある。これを象徴するのが、最初の部屋に並べられた岡﨑乾二郎のいわゆる《あかさかみつけ》シリーズだ。1枚のボードを幾何学的に切ったり折ったりして面ごとに彩色したレリーフ状の作品。これを初めて村松画廊で見たとき「おもしろいのが出てきたな」と思ったものだが、30年以上を経て見ると、控えめなサイズといい、軽快なリズム感といい、微妙な色合いやムラのある彩色といい、あらためてよくできているなあと感心する。同時にシステマティックで抑制的な作業など、70年代の名残を留めていることも見逃してはならない。80年代の幕開けにふさわしい素敵なイントロダクションだ。


岡﨑乾二郎作品展示風景 [撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21世紀美術館]

行け、名前を列挙すると、松井智恵、今村源、宮島達男、大竹伸朗、藤本由紀夫、森村泰昌、横尾忠則、杉山知子、諏訪直樹、辰野登恵子、中原浩大、吉澤美香、石原友明、川俣正、戸谷成雄、中村一美、日比野克彦、舟越桂と続く。計19人。これを見てまず気づくのは、関西を拠点としたアーティストが多いということ(7人)。これは、ぼくが東京人であること、金沢が関西に近いこともあるが、実際に当時「関西ニューウェイブ」と呼ばれたくらい大きな固まりとして登場したのは事実。なぜ固まって出てきたかというと、おそらく関西ではもの派の呪縛が少なかったからではないか。関西でそれ以前に大きな勢力を保持していたのは50-60年代の具体美術協会くらいで、若手作家が抵抗なく出てこられる下地があったように思う。もうひとつは、関西ニューウェイブを担う作家たちの多くが少年時代、「明るい未来」を謳い、前衛芸術家が多数参加した大阪万博(1970)に「洗脳」されたからではないかということだ。どちらも憶測にすぎないが、いずれにせよ当時は東京より関西のほうが若手が台頭しやすく、新奇(珍奇)な作品が出やすい土壌があったことは確かだろう。


石原友明作品展示風景


中原浩大作品展示風景 [以上2点 撮影:木奥惠三 画像提供:金沢21世紀美術館]

次に気づくのは、出品作家・作品が絞られていること。ジャンルとしては絵画、彫刻、インスタレーションで、写真、映像、パフォーマンスなどはほとんどない。これは限られた予算と展示スペースのなかでは賢明な選択だろう。選ばれた作家に関してもとりあえず妥当な線だと思うが、しかしなんで選ばれなかったのか首を傾げたくなるような作家もいる。たとえば関口敦仁、大村益三、前本彰子、山部泰司、椿昇、彦坂尚嘉らだ。彼らはポストもの派やニューウェイブといった80年代美術を牽引したり、こうした動向の典型的な作風を示していた作家たちだが(ちなみに彦坂は70年代作家に見なされがちだが、五七五七七に則った「ウッド・ペインティング」シリーズを全面展開するのは80年代のことで、またニューウェイブの誕生にも大きく貢献した)、選ばれなかったのはおそらく近年は露出度が少ないからだろう。逆にいえば、80年代にデビューして現在でも活躍していることが選ばれる条件だったのかもしれない。

ひととおり見て、物足りなさを感じた。そりゃ80年代の10年間を紹介するのに、わずか20人足らずの作品を大小合わせて7室に詰め込んで見せようというほうが無理というもの。しかし物足りなさはそれだけではなかった。いったん展示室を出て別の入口を入ったとき、ひょっとして続きがあるのかもしれないと期待したが、見事に裏切られ、そこは中国人作家チウ・ジージエの「書くことに生きる」と題された個展会場だった。がっかりしながら見ていくうちに、ジージエの作品が心のなかにズカズカと入り込んできた。ああこれだ、80年代美術に欠けていたのは。ジージエは書を中心に、絵画、写真、インスタレーションなど多彩な表現を駆使して中国の歴史や文化や社会に鋭い視線を投げ掛けている。日本の80年代美術に欠けていたのは、こうした自分たちの時代や社会に対する批評精神だろう。アメリカの核に守られた東西冷戦下、美術という枠内に安住しつつ暴れていたのが80年代の美術だったと、あらためて気づかされた次第。その卓袱台をひっくり返すには、冷戦の終わる90年代まで待たなければならない。

2018/09/14(村田真)

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アートアワードトーキョー丸の内 2018

会期:2018/09/07~2018/09/24

御行地下ギャラリーほか[東京都]

全国の美大・芸大の卒業・修了制作展から選抜した作品展。

出品は25人で、作品は丸の内のオフィス街の何カ所かに分散しているが、行幸地下ギャラリーと新丸ビル3階アトリウムに計21人と集中しているので、その2カ所だけ見た。行幸地下ギャラリーは長い通路の両脇にあるウィンドーの内部が展示場所で、1人10メートルほどスペースが与えられている。そのため相当の力量がなければ空間を支配できず、なかにはウィンドーディスプレイにしか見えない、いやディスプレイにすら見えない作品もあった。そんななかでいくつか目に止まった作品を見た順に挙げてみたい。

まず川田龍(東京藝大院)のペインティング。一見ミヒャエル・ボレマンス風の筆づかいで人物や静物を描いている。ボレマンスと違い大画面でツユだくの滴りが蠱惑的。水戸部春菜(東北芸工大)は幅7メートル近い画面にバレエの動きを連続写真のように描いている。伸びやかで見ごたえがあり、洞窟壁画からデュシャンの《階段を降りる裸婦》まで連想させるが、黒い輪郭線だけなので色気に欠けるなあ。持田敦子(東京藝大)は空家の床を直径5メートルほど円形に切れ目を入れ、回転木馬のように手動で動かすという壮大なプロジェクトを紹介。もちろん実物ではなく映像だが、その不穏なイメージはビジネス街で異彩を放っている。岩田駿一(東京藝大院)はTシャツやジーンズ、カーテン、スリッパなどの表面に絵を描いて紙に転写した作品。すべて布製の日常品であり、身近なところから絵画や版画の基本をもういちどなぞっているようでもある。なんだか東京藝大が多いな。

2018/09/13(村田真)

第8回 新鋭作家展 二次審査展示

会期:2018/09/08~2018/09/24

川口市立アートギャラリー・アトリア[埼玉県]

国籍・年齢を問わず新鋭作家の発掘・育成を目的とする公募展。ほかの公募展と違う点は、川口の地域性となんらかの関連を求められること、選ばれたアーティストは1年近くリサーチやワークショップを重ね、学芸員および市民と協働して作品をつくり上げていくことだ。と、ここまで書いて、7月27日にも書いたなあと思い出した。7月の展示は、昨年のこの時期に開かれた二次審査に通った2人の成果発表展だった。で、今日は来年に向けての二次審査の日。書類による一次審査を通過した10人のプランを審査して、2人に絞らなければならない。

アクリルの衣装ケースのなかに部屋をつくってマンションのように積み重ねていく上坂直、手のひらで風景画を描く遠藤夏香、ケンタッキー・フライドチキンを食べて残った骨で小さな人体骨格を組み立てる祐源紘史、暗くした家の隙間から入る光をアートとしてみせる宙宙(チューチュー)、キノーラ式アニメや絵本をつくる蓮沼昌宏、顔ハメ看板を街中に置いていく海老原祥子など、おもしろいプランが集まった。審査は順調に進み、4人、3人と絞り込んだが、そこから先が難航した。ただ優秀なプランを2点選べばいいというものではなく、2点の組み合わせも考えなければならない。というわけで、ようやく決定したのが上坂直と蓮沼昌宏のふたり。来年期待してるぞ。

2018/09/07(村田真)

試写『顔たち、ところどころ』

シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開[全国]

世界中の建物や車両に大きな顔のモノクロ写真を貼り付けるストリートアーティスト、JR。その彼が、ヌーヴェルヴァーグの女性監督のひとりアニエス・ヴァルダとともに、荷台を巨大カメラに改造した車でフランスの片田舎を旅しながら、人々の顔を撮って作品を残していく道行きを描いたロードムービー。若くてスラリとしていつも帽子とサングラスを外さないJRと、小さくてずんぐりむっくりで髪の毛を2色に染めたおばあちゃんのアニエスの視覚的対比が、まず目を引く。なんでこの2人が一緒に旅することになったのかとか、最後にアニエスの旧友ゴダールに会いに行ったなんて話はこの際どうでもいい。興味あるのはJRがどこにどうやって写真を貼っていくかだ。

まず、さびれた炭鉱街で坑夫の昔の写真を借りて引き伸ばし、空家の外壁に貼る。ゴーストタウンに近隣住人の顔写真を飾ってパーティーを開く。浜辺に打ち捨てられたトーチカの残骸に、アニエスが昔撮った思い出の写真を残す(翌朝には満潮で流されていた)。積み上げたコンテナの表面に港湾労働者の妻たちの全身写真を貼る……。だいたいいまちょっとさびれていたり元気がなかったりする場所や人ばかりを選んでいる。なのにみんなよく協力してくれるもんだと感心する。ノリがいいというかユルいというか。途中ポリスが「写真を貼るのはいいが、足場を組むのはダメだ」と注意すると、JRは「罰金はアニエスに、ホメ言葉はぼくに」とかわし、ポリスもにこやかに応じる。こうした「ウィット」と「おめこぼし」精神が愉快で痛快なストリートアートを育んでいるのだ。そんなことがわかっただけでもよかった。

2018/08/29(村田真)

明治150年記念 真明解・明治美術/増殖する新メディア──神奈川県立博物館50年の精華──

会期:2018/08/04~2018/09/30

神奈川県立歴史博物館[神奈川県]

国語辞典をもじったタイトルだが、本展が真に明解かどうかはさておき、きわめて示唆に富んだ展覧会であることは確かだ。サブタイトルは「明治150年記念」「増殖する新メディア」、そして「神奈川県立博物館50年の精華」の3本で、これらは本展の内容をよく物語っている。すなわち、維新150年を記念して明治美術を振り返るものであること。展示作品は油絵から写真、印刷、パノラマ館、そして日本画にいたるまで近代的「ニューメディア」であること(日本画は明治以降やまと絵や西洋画を参考にして新たにつくられたものだ)。さらに、ここがいちばんおもしろいのだが、神奈川県立博物館(旧名)のある開港都市・横浜に関連し、美術的興味より博物館的関心を喚起させるものであることだ。

まず、明治美術を振り返る展覧会なのに、“常連”の高橋由一は1点しかないし、横山大観や黒田清輝にいたっては1点も出ていない。その代わり、五姓田芳柳・義松父子をはじめとする五姓田派を中心に、義松の油絵の師であるチャールズ・ワーグマン、田村宗立や本多錦吉郎ら、どちらかというと傍系の画家たちが多い。これはひとつには横浜にゆかりがある画家たちだからであり(由一は油絵を学びに江戸から横浜のワーグマンの元に通った)、もうひとつは未知の油絵なるものと悪戦苦闘した、いわば第一世代の明治美術会系の画家たちが選ばれているからだ。つまり「明治美術」といっても、東京美術学校が開校したり『國華』が創刊したり、さまざまな意味で美術制度が整う以前の明治前半に焦点が当てられているのだ。裏返せば、この時代はまだ江戸と近代が混淆し、日本画と洋画がせめぎあっていた時代。たとえば、初代五姓田芳柳は和装の男女を陰影や立体感をつけてリアルに描いているが、画材は油絵ではなく絹本着彩だったりする。また、田村宗立や本多錦吉郎らが油絵で描く夜景や暗い雪景色は、西洋ではあまり見かけない。これらの作品に感じる違和感は、長い鎖国によって熟成した日本文化に、西洋近代のニューメディアを接続したときの化学反応みたいなものだ。

さらに興味深いのは、これらの絵が、美術館のように距離を置いて整然と並べられているのではなく、陳列ケースのなかにびっしり立て掛けられていたりすること。まるで「美術」以前の博物学の標本のように。その後の宮川香山による超絶技巧の眞葛焼も、戦争を主題にしたパノラマ画も、岩橋教章による印刷地図も、明治天皇の肖像画も、どれも「美術」とそうでないものとの境界線に位置する「つくりもの」ばかり。総点数200点を超える出品物がさほど広くない展示室にところ狭しと並ぶさまは、近世のヴンダーカマー(驚異の部屋)を彷彿とさせないでもない。そこがおもしろい。美術館ではなく博物館だからこそ発想でき、また実現できた展覧会だろう。

2018/08/28(村田真)

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