artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

チチェン・イッツァ

[メキシコ、プラヤ・デル・カルメン]

ユカタン半島のリゾート地カンクン近郊のプラヤ・デル・カルメンに来ている。ここから車で3〜4時間走ったところに、古代マヤ文明の衰退後もユカタン半島で栄えたチチェン・イッツァの遺跡がある。その名は、チチェン族が住んでいた土地にイッツァ族が侵入したことに由来するらしい。メキシコの古代遺跡のほとんどは16世紀にスペイン人が入植してから徹底的に破壊したため原型をとどめておらず、現在見られるのはほとんど復元した姿だが、ここはジャングルのなかに築かれていたため壊滅的な破壊は免れたようだ。といっても半分くらいは復元しているらしい。



チチェン・イッツァ カスティーヨ [筆者撮影]


遺跡は高さ24メートル、底辺55メートル四方のカスティーヨ(スペイン語で「城」の意味)と呼ばれるピラミッドを中心に、ジャガーの神殿、天文台、大球技場などがあり、その横の基壇には頭蓋骨のレリーフがびっしり並んでいる。メキシコ人の頭蓋骨好きはマヤ人からの遺伝なのか。近くには「聖なる泉」と呼ばれる円形の地下池セノーテもあり、かつて生贄の女性が放り込まれ、水底から頭蓋骨も見つかっているという。そんなところで泳いでいるやつもいる。ヒェー。



チチェン・イッツァ 頭蓋骨レリーフ [筆者撮影]


2023/12/27(水)(村田真)

サント・ドミンゴ教会、サンタマリア・トナンツィントラ教会

[メキシコ、プエブラ+チョルーラ]

メキシコシティから車で3時間ほどのプエブラと、その近郊の街チョルーラを訪れる。ここにはいわゆる「ウルトラバロック」と呼ばれる極端に装飾過剰な教会があると聞いたからだ。プエブラはサント・ドミンゴ教会がそれにあたる。ところが昼すぎに着いたら門が閉じられて入れないではないか。しまった! クリスマス前だから通常営業とは異なり信者専用で入れてくれないのかも? かーちゃんなんか「日本からお祈りに来ました。ぜひ入れてください」と自動翻訳機にかけて強引に突破しようとしたが、近くの人が午後になったら開くよと教えてくれた。かーちゃんスゴイな。



サント・ドミンゴ教会の内部 [筆者撮影]


午後に再訪。教会内部は予想以上にでかい。身廊部の装飾はそれほどではないが、シティのメトロポリタン・カテドラルがそうであったように、正面の祭壇には何十もの絵画・彫刻がゴテゴテの額縁や台座、円柱などに囲まれて壮観というほかない。しかし驚くのは左側に隠れていた袖廊部。壁や柱に余すところなく金と白のうねるような装飾が施されているさまは、空間恐怖症的なオブセッションさえ感じさせる。「ウルトラバロック」といってもヨーロッパのバロック建築とは時代的にも様式的にも異なり、こちらのは、言ってしまえば建物の内部をゴテゴテに装飾しているだけで、建築構造そのものはなんの変哲もないらしい。その意味では「表層のバロック」というのがふさわしいかもしれない。



サント・ドミンゴ教会の内部 [筆者撮影]


プエブラの隣のチョルーラにあるのはサンタマリア・トナンツィントラ教会。こちらはサント・ドミンゴ教会よりもずっと小さいが、それ以上に装飾過剰で色彩も美しく、特にクリスマス間近なせいかイリュミネーションなども飾られていっそう華やかだった。でも残念なことに撮影禁止だったので写真はなし。こうしたウルトラバロックの教会がメキシコシティのような大都市より地方の小都市に多いのは、土俗的な民衆の文化や信仰に結びついて発達したからだと言われている。

2023/12/23(土)(村田真)

カルカモ・デ・ドローレス博物館、べジャス・アルテス宮殿、サン・イルデフォンソ学院、ディエゴ・リベラ壁画館

[メキシコ、メキシコシティ]

チャプルテペック公園内にリベラの作品があるというので行ってみた。神殿のようなつくりのカルカモ・デ・ドローレス博物館の手前に池があり、巨人が横たわるようなかっこうでレリーフ状に盛り上がっている。これがリベラの《トラロックの泉:種の進化に果した水の役割》というモニュメントだ。トラロックとは古代遺跡にも表わされている水の神。なぜ水の神? と思って博物館に入ってみたら納得。ここは水道局が市内に水を送るための施設だったのだ。床に深いプールが掘られ、水を通すための大きな穴が空いているが、そのプールの側面がすべてリベラの絵で覆われているのだ。かつてこの装置が機能していたときには壁画の半分は水没していたらしい。こんなところまで壁画で飾るかと感心する。おもしろいのは壁にパイプオルガンの一部が展示され、音が響いていること。これは別のアーティストの作品で、外の風や天候の変化を音に変換して鳴らしているのだという。



カルカモ・デ・ドローレス博物館 ディエゴ・リベラによる壁画 [筆者撮影]



カルカモ・デ・ドローレス博物館 [筆者撮影]


市の中心部、べジャス・アルテス宮殿へ。べジャス・アルテスとは「ファインアート」の意味で、そのまま「美術宮殿」ともいう。20世紀に建てられた美術館を兼ねた国立劇場とのことだが、見どころはフロアごとにホセ・クレメンテ・オロスコ、ディエゴ・リベラ、ダビッド・アルファロ・シケイロスによる壁画がそろっていること。3巨匠の壁画がこんなに近くで見比べられるのはここだけかもしれない。特に有名なのはリベラの《十字路の人物》(1933)という壁画で、この主題はかつてニューヨークのロックフェラーセンターにも描いたが、画中にレーニンの顔があったことからロックフェラーに拒否されたため、ここに再び描いたといういわくつきのもの。レーニンだけでなくマルクスやトロツキーの顔も描かれている。ちなみにここは地盤が緩く、壮大な大理石建築の自重で年に数センチずつ沈下しているという。



べジャス・アルテス宮殿 [筆者撮影]



べジャス・アルテス宮殿 ディエゴ・リベラによる壁画 [筆者撮影]



べジャス・アルテス宮殿 ダビッド・アルファロ・シケイロスによる壁画 [筆者撮影]


歩いてサン・イルデフォンソ学院へ。ここは16世紀に建てられたイエズス会の寄宿学校だったが、20世紀に建て増しされ、1920年代には文部大臣バスコンセロスが壁面を画家たちに提供し、壁画運動の発祥の地となった場所なのだ。特に初期のころ中心になったのがオロスコで、中庭に面した3フロアの壁と湾曲した階段の天井部分を、植民地時代からメキシコ革命までの民衆の生活を絵物語で埋め尽くしている。これは圧巻。



サン・イルデフォンソ学院 [筆者撮影]



サン・イルデフォンソ学院 ホセ・クレメンテ・オロスコによる壁画 [筆者撮影]


再びべジャス・アルテス宮殿の前を通り、アラメダ公園を横切ってディエゴ・リベラ壁画館へ。この近くにはもともとホテルが建っていて、壁にはリベラの幅15メートルにおよぶ壁画《アラメダ公園の日曜の午後の夢》が描かれていたが、ホテルの廃業に伴い隣にこの壁画1点だけを展示する美術館が建てられたのだ。絵にはメキシコの有名人が多数描かれており、中央やや左寄りには12歳のリベラと、のちに結婚・離婚を繰り返すことになるフリーダ・カーロ、リベラに影響を与えた風刺画家のホセ・ガダルーペ・ポサダと、彼が創造したガイコツの貴婦人カラベラ・カタリーナなどが描き込まれている。普通これだけ大きな壁画だと取り外したり動かしたりできないが、これは鉄のフレームを使っているため可能だったという。その移動中の記録写真も展示されている。



ディエゴ・リベラ《アラメダ公園の日曜の午後の夢》、ディエゴ・リベラ壁画館 [筆者撮影]


べジャス・アルテス宮殿(Palacio de Bellas Artes):https://museopalaciodebellasartes.inba.gob.mx/
サン・イルデフォンソ学院(Colegio de San Ildefonso):https://www.sanildefonso.org.mx/
ディエゴ・リベラ壁画館(Museo Mural Diego Rivera):https://inba.gob.mx/recinto/46/museo-mural-diego-rivera

2023/12/22(金)(村田真)

フリーダ・カーロ博物館、メキシコ国立自治大学、ポリフォルム・シケイロス

[メキシコ、メキシコシティ]

Uberでシティ南部の閑静な住宅街コヨアカン地区にあるフリーダ・カーロ博物館へ。ここはフリーダの生家を彼女の死後ディエゴ・リベラが博物館に改装し一般公開したもの。予約時間より早めに着くとすでに列ができていた。驚くのは、外壁が目にも鮮やかなコバルトブルーに塗られていること。そして、一辺が50メートルはありそうなほど敷地が広いことだ。

入館すると、おそらくほかの邸宅も同じだろうけど、中庭を囲むように建物が建っている。館内には部屋ごとに彼女が使っていた生活用品や画材、絵画、写真などが展示されている。イーゼルの前に車椅子が置かれていたり、コルセットに絵が描かれていたり、ベッドに横たわりながら絵を描く姿が写真に収められていたり、裕福ながらも不自由な生活を送っていたことがうかがえる。このあとフリーダの作品をたくさん所有しているドローレス・オルメド・パトリョ美術館へ行こうとしたら、アメリカへの巡回展にコレクションを貸し出しているため休館中だという。



フリーダ・カーロ博物館 [筆者撮影]



フリーダ・カーロ博物館 アトリエ [筆者撮影]


そこで、Uberを飛ばして壁画がたくさん残されているメキシコ国立自治大学へ。大学構内の図書館が壁画に覆われていると聞いていたのだが、着いた国立図書館には壁画はなく、数キロ先の中央図書館と間違えていた。しかし道を聞いても英語がほとんど通じないし、クリスマス休暇に入っているのであちこち門は閉まっているしでなかなかたどり着けず、かーちゃんに叱られる。やっとたどり着いた中央図書館は、直方体の建物の4面全体がメキシコの文化と歴史を描いたモザイクに覆われていた。作者はフアン・オゴルマンで、ホセ・クレメンテ・オロスコ、ディエゴ・リベラ、ダビッド・アルファロ・シケイロスの3巨匠に次ぐ第2世代の壁画家だ。壁面全体に描いたせいか、図像は3巨匠のようなリアリズム表現ではなく、対称性が強く様式化され、装飾性の高い壁画になっている。



国立自治大学中央図書館 フアン・オゴルマンによる壁画 [筆者撮影]


その奥の校舎の壁面にもモザイク壁画があるが(作者不明)、こちらはシケイロス風のリアリズム表現だ。また別の棟には、壁面をレリーフ上に盛り上げた上に描いたシケイロスの大作があるはずなのだが、残念ながら修復中で幕に覆われていて、反対側の腕の部分しか見られなかった。通りを挟んだ大学の向かい側にあるオリンピック・スタジアムの正面には、鷲や聖火をもつ競技者のレリーフにモザイクを施したリベラの作品があるが、門が閉じられていたので近寄ることができなかった。帰りに、放射状の建物の外壁全面を壁画で覆ったポリフォルム・シケイロスを見に行ったが、こちらも工事中のため仮囲いに阻まれて一部しか見られなかった。壁画運動が始まってから約100年、多くの壁画は老朽化して修復を余儀なくされているようだ。



オリンピック・スタジアム ディエゴ・リベラによる壁画 [筆者撮影]



ポリフォルム・シケイロス(工事中)[筆者撮影]


フリーダ・カーロ博物館(Museo Frida Kahlo):https://www.museofridakahlo.org.mx/
メキシコ国立自治大学(Universidad Nacional Autónoma de México):https://www.unam.mx/
ポリフォルム・シケイロス(Polyforum Siqueiros):https://mexicocity.cdmx.gob.mx/venues/polyforum-cultural-siqueiros/

2023/12/21(木)(村田真)

バスコンセロス図書館、テオティワカン、ルフィーノ・タマヨ美術館、近代美術館

メキシコシティおよび近郊のポイントを手っ取り早く回るため、観光ツアーに乗る。まずは市の中心のメトロポリタン・カテドラル近辺の古代遺跡を見学。メキシコシティはかつてアステカの首都だったテノチティトランの廃墟の上に築かれた街なのだ。その周辺の古い建物が波打つように歪んでいるのは、テノチティトランが湖上に築かれた街で、スペイン人が湖を埋め立てた上に現在の都市をつくったため建物の自重で沈下しているのだという。

シティの北西部ブエナビスタ地区にあるバスコンセロス図書館へ。ここは見たかったポイントのひとつ。アルベルト・カラチの設計で2006年に開館したこの図書館は、日本でしばしば「空中図書館」と紹介されるように、壁がほとんどなく、梁や柱は鉄骨、床は擦りガラス、地下1階、地上3階の中央が吹き抜けで、上階に行くほど床と書棚が張り出してくるという構造なのだ。だから何十万冊もの本が向こうまで見通せ、全体が宙に浮いているような印象を受ける。その吹き抜けには鯨の骨格剥製が浮いているが、これはガブリエル・オロスコの作品。



バスコンセロス図書館 [筆者撮影]


残念なのは利用者がほとんどおらず、閑散としていること。聞くところによると、ここはメキシコでいちばん利用者の多い図書館らしいが、クリスマス休暇に入ったせいだろうか。そういえば街に本屋も少なく、メキシコ人はあまり本を読まないのかもしれない。そもそも館名になったホセ・バスコンセロスは、20世紀初めに文部大臣を務めた思想家で、1920年代のメキシコ革命の際に識字率を上げるため、図書館を整備し出版業を促進した。ほかにも芸術活動の支援にも力を入れ、そのひとつが壁画運動だったという。字を読めない人のために、壁画で自国の歴史や革命の意義を伝えようとしたのだ。メキシコ壁画運動というと、ホセ・クレメンテ・オロスコ、ディエゴ・リベラ、ダビッド・アルファロ・シケイロスの3巨匠が知られるが、彼らに場所(公共の壁)を提供したバスコンセロスがいなければ、壁画運動はどこまで実現したかわからない。

さらに北西へ車を1時間ほど走らせると、テオティワカンに到着。ここは巨大な遺跡で、南北5キロにわたり「死者の大通り」が貫き、その途中に太陽のピラミッド、突き当たりに月のピラミッドがそびえ立つ。不思議なのは、エジプトとはなんの交流もなかったはずなのに、紀元前後に天体観測に基づいて似たような巨大ピラミッドを築いたこと。文明・文化のシンクロニシティ(共時性)というほかない。異なるのはエジプトのピラミッドが綺麗な四角錐をなすのに対し、メキシコのそれは上が切り取られた台形(四角錐台)をしていること。この天辺の平らな場所には木造の神殿が建てられていたのではないかともいわれている。なるほど、植物素材の構築物だったら朽ちて残らないからな。同様に建造物の表面は赤く彩色されていたそうだが、現在ではほとんどその面影がない。もっとも現在の姿は後代に復元したもので、オリジナルは下層部にわずかに残るだけだという。



テオティワカン 太陽のピラミッド [筆者撮影]



テオティワカンの壁画 [筆者撮影]


シティに戻って、チャプルテペック公園内のルフィーノ・タマヨ美術館と近代美術館へ。タマヨ美術館はタマヨの作品を常設展示してるのかと思ったら、現代美術の企画展2本をやっていた。そのうち、世界各地で同じ曲を演奏してマルチスクリーンでシンクロさせるというラグナル・キャルタンソンの映像インスタレーションは、2017年のヨコハマトリエンナーレでも紹介されていた。展示室で5〜6人の男性に同じ曲を延々と演奏させていたり、おもしろいアーティストだ。そこから歩いて数分の近代美術館へ。フリーダ・カーロの代表作《2人のフリーダ》もあったが、閉館30分前だったので慌ただしく館内を一周して終わり。現代美術の振興に力を入れていることは伝わってきた。



ルフィーノ・タマヨ美術館 ラグナル・キャルタンソンの作品 [筆者撮影]


バスコンセロス図書館(Biblioteca Vasconcelos):https://bibliotecavasconcelos.gob.mx/
ルフィーノ・タマヨ美術館(Museo Tamayo):https://www.museotamayo.org/
近代美術館(Museo de Arte Modern):https://mam.inba.gob.mx/

2023/12/20(水)(村田真)