2018年06月15日号
次回7月2日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

プーシキン美術館展—旅するフランス風景画

会期:2018/04/14~2018/07/08

東京都美術館[東京都]

モスクワのプーシキン美術館からフランスの風景画を選んだ展示。17世紀のクロード・ロランによる理想的風景画から始まるが、奇妙なのは、ここに描かれるエウロペの掠奪やルイ14世やナミュール包囲戦といった主題が、いずれも画面の下方に集中し、上半分は空と樹木と地平線しか描かれてないこと。なんで主題をもっと大きく描かないのか、そんなに空が好きなのか、不思議でならない。まあそれはいいとして、19世紀なかばまで風景といえば田舎だけだったが(都市自体がほとんどなかった)、世紀の後半になると印象派をはじめとする画家たちが都市を描き始める。そしておもしろいことに、都市風景になると画面の上までびっしり描くようになるのだ。これは建物の上からながめた仰角の構図が増えたことも関係しているのかもしれない。

ここで注目すべきはモネやルノワールといった有名どころではなく、ルイジ・ロワール、ジャン・フランソワ・ラファエリ、ジャン・ベロー、ピエール・カリエ・ベルーズ、エドゥアール・レオン・コルテスといったあまり紹介されたことのない画家たちだ。うまさでいえばモネやルノワールより上かもしれないが、ハンパに印象派的な外光表現を採り入れているため、アカデミックな素養と印象派の画法が混淆して折衷的に見えてしまう。でもそんなモダニズム的先入観を排して見れば十分に魅力的だ。

その後、本展の目玉であるモネの《草上の昼食》をはじめ、セザンヌ、マティス、ピカソ、ゴーガン、ルソーなどが続くが、目が釘づけになったのは、セザンヌ最晩年の作品《サント・ヴィクトワール山、レ・ローヴからの眺め》。山と大地と空と木が照応し、ほとんど抽象画のように溶け合っている。これはすごいなあ。あとは、50歳のときに宝くじで大金を手にして絵画制作に専念したというアルマン・ギヨマンとか、ゴッホそっくりの画風から始めたルイ・ヴァルタなど、有名ではないけど興味深い画家たちも出ている。ロシアの美術館にはまだまだ発見が多い。

2018/04/13(村田真)

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ゆらぎ ブリジット・ライリーの絵画

会期:2018/04/14~2018/08/26

DIC川村記念美術館[千葉県]

ブリジット・ライリー、なつかしいなあ。単純だけど、パステルカラーの波形のパターンはけっこう好きだった。日本では70年代にヴィクトル・ヴァザルリらとともに、オプアート(錯視芸術)の代表的作家として話題になったが、やがて新表現主義が台頭して消息が途絶え、以来40年近く忘れられていた。その個展が日本で開かれると聞いて驚いた。まず、彼女がまだ生きていたことに。そして、ずーっとオプアートを継続させていたことに。しかもそれを、忘れっぽいはずの日本の美術館が持ってきたことに。

ライリーは1931年生まれだからもう87歳。展覧会は1961年制作のモノクロの錯視的な抽象画に始まり、60年代なかばにカラフルな波形のオプアートを確立していく過程が見てとれる。このころの作品は凝視していると本当に目も身体も揺らいでくる。いちばん揺らいだのは1967年の《大滝2》で、見ているうちに目がくらんでくる。70-80年代には直線(ストライプ)による構成が増え、絵画としては洗練されてくるが、波形ほど揺らがない。ちなみに揺らぎは画面のサイズと色彩の組み合わせによって異なるようだ。ここ20年くらいはストライプの幅が広がった直線と曲線の組み合わせとなり、また壁に直接描くウォールペインティングも試みている。今回は幅4メートルを超す《ラジャスタン》という壁画を披露。といっても描いたのは本人ではなくアシスタントだが(実は60年代からアシスタントに描かせているらしい)、80歳を過ぎてもなお新作に意欲を見せる姿勢は見習いたいものだ。

2018/04/13(村田真)

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創刊記念『國華』130周年・朝日新聞140周年 名作誕生—つながる日本美術

会期:2018/04/13~2018/05/27

東京国立博物館[東京都]

東近の「横山大観展」に続いて東博の「名作誕生」内覧会へ。サブタイトルどおり「つながる日本美術」だ。それにしても会期がまったく同じで、会場もどちらも国立の施設。主催は前者が日経と毎日の相乗り、後者が朝日系列と異なるが、なにか申し合わせでもあったのか。「名作誕生」の頭には「創刊記念『國華』130周年・朝日新聞140周年」と冠してある。『國華』とは大日本帝国憲法が公布された1889年、同じ年に東京美術学校(東京藝大の前身)を開校した岡倉天心らによって創刊された日本美術専門誌。現在は朝日新聞社が発行しており、現役の美術雑誌では世界最古ともいわれ、値段も5千円(特別号は7千円)+税と高い。

そんな『國華』の編集委員と東博の研究員によって構成された展覧会、というと退屈に聞こえるかもしれない。たしかに退屈だ、とくに似たような仏像や仏画がズラリと並ぶ第1章「祈りをつなぐ」は。ところが第2章になると、雪舟と中国絵画、宗達と鎌倉絵巻、若冲と狩野探幽などを比べて、模倣・転写・再利用の作例を暴き出している。こうした巨匠たちのサンプリングやリミックスは、専門家筋には常識でも素人衆にとってはとても新鮮だ。まあそんな難しい話は抜きにしても、雪舟の《四季花鳥図屏風》、若冲の《仙人掌群鶏図屏風》、等伯の《松林図屏風》、あるいは《風俗図屏風(彦根屏風)》や《誰が袖美人図屏風》など、国宝・重文級の作品が見られるだけでも価値はある。最後に、いささか唐突ながら、岸田劉生の《野童女》が伝顔輝《寒山拾得図》と、《道路と土手と塀(切通之写生)》が北斎の《くだんうしがふち》などと比較展示してあり、なぜ劉生の2点だけ近代以降で出ているのか理解しにくい。たしかに劉生は日本の古美術にも精通していたが、古典とのつながりをいうならそれこそ大観を持ってくればよかったのに。そこはいろいろ大人の事情があったのだろう。

2018/04/12(村田真)

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生誕150年 横山大観展

会期:2018/04/13~2018/05/27

東京国立近代美術館[東京都]

横山大観といえば近代日本を代表する画家であり、国民画家といっていい。なんてったって明治元年の生まれだから、近代日本の申し子みたいなもの。明治、大正、昭和の前半まで日本の近代とともに歩み、日本画という形式を確立させた功績は大きい。展覧会の構成も「明治」「大正」「昭和」と単純明快な分け方だ。絵そのものもわかりやすい。たまに《屈原》のような、逆風に立たされた師匠・岡倉天心の苦しい心を暗示したような「読む絵」もあるが、あとは富士にしろ桜にしろ四季の風景にしろ、見たまんま、なんの裏もない。

驚いたのは、76年ぶりにハレー彗星が地球に近づいたときにしっかり《彗星》を描いていること。また外国に行けば、ナイアガラの滝や万里の長城を六曲一双の金屏風に仕立ててもいる。グローバルというより節操がないのかもしれない。これは芸術家にとって重要な気質だ。全長40メートルを超す《生々流転》などは、長大さで目を引こうというスタンドプレイだろう。その最たるものが、戦時中の1940年に描かれた通称「海山十題」の連作だ。皇紀2600年を記念して大観が得意とする海と富士山の絵を各10点ずつ制作し、それぞれ日本橋の三越と高島屋で展示即売。その売り上げ金50万円で4機の戦闘機を購入し、海軍と陸軍に2機ずつ献納したというのだ。当時は戦闘機など消耗品だから(乗組員はさらに消耗品だった)それで戦況が変わったということはないけれど、大観の行為は戦時下における芸術家の模範的役割を示すと同時に、国民に対する愛国精神のアピールにもなったはず。今回はそのうち7点が出ている。まあ残された作品より、近代日本の広告塔としての役割のほうが大きかった画家ではないかと思った。

2018/04/12(村田真)

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写真都市展 ―ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち―

会期:2018/02/23~2018/06/10

21_21 DESIGN SIGHT[東京都]

ウィリアム・クラインは「20世紀を代表する写真家」で、「写真、映画、デザイン、ファッションのジャンルを超えた表現と、ニューヨーク、ローマ、モスクワ、東京、パリなどの世界の都市を捉えた作品で、現代の視覚文化に決定的な影響を与え」たそうだが、どこがいいんだかピンと来ない。でも展覧会は評判がいいので行ってみたら、クライン以外の日本人の作品が展示構成も含めてとても刺激的だった。

たとえば安田佐智種の《Aerial》は、超高層ビルなどの高所から都市の俯瞰写真を何百枚も撮り、撮影者の足元が消失点(そこだけ白く抜けている)となるように組み合わせた放射状の風景写真。《みち(未知の地)》は、東北の被災地の家が建っていた跡を歩きながら真上から撮影し、つなぎ合わせたもので、どちらも作者の拠って立つ足元を意識させる。西野壮平も都市の断片を歩きながら何千枚も撮って組み合わせ、再構築しているが、こちらは多焦点的で時間軸も組み込んだ未来派的写真といえる。勝俣公仁彦も、同じ場所から異なる時間に長時間露光で撮影した写真を組み合わせたシリーズを発表。静止画像が積層されて時間を与えられ、都市が動いているように感じられる。

彼らは写真を、1点の固定した場所から切り取った一瞬のイメージという既成観念から解き放ち、それこそ都市生活のなかでいつも感じているような多焦点的、持続的な経験を濃密に味わせてくれた。展示方法もすばらしい。仮設壁ならぬ太い仮設柱に展示したり、台の上面に貼りつけたり、印画紙の四隅を天井から吊るして宙に浮かせたり、あえて引きのない狭い通路の両側に大作を展示したり、多彩な写真に見合った多彩な展示で見る者を飽きさせない。満足して帰ろうとしたら、窓から藤原聡志の超巨大な画像が、まるで布団でも干すように垂れ下がっているのが見えた。唐突感がすばらしい。

2018/04/11(村田真)

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