2019年02月15日号
次回3月1日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

FUKUZAWA×HIRAKAWA 悪のボルテージが上昇するか21世紀

会期:2018/10/18~2018/11/17

福沢一郎記念館[東京都]

祖師ケ谷大蔵駅から徒歩5分ほどの地に、福沢一郎のアトリエを改装した記念館がある。アトリエとしてはかなり広いが、美術館とするには狭いので記念館にしたのかもしれない。故郷の群馬県富岡市には福沢一郎記念美術館もあるし。ここで個展を開いているのは、2011年に福沢一郎賞を受賞した平川恒太。平川は藤田嗣治の《アッツ島玉砕》や《サイパン島同胞臣節を全うす》などの戦争画を真っ黒に再現した作品で知られている。ちなみに福沢一郎賞は、福沢が教鞭をとった多摩美と女子美の優勝な卒業生に贈られるもので、平川は多摩美を卒業する際に受賞(その後、東京藝大の大学院に進んだ)。

「悪のボルテージが上昇するか21世紀」という時代がかった展覧会名は、福沢の晩年の作品名から採ったもの。福沢は戦前はシュルレアリスム系の画家として活動していたが、戦時中に治安維持法違反により、日本のシュルレアリスム運動の中心的存在だった詩人の瀧口修造とともに拘禁され、放免後は戦争画も手がけた。戦後、福沢のもっとも知られた作品のひとつ《敗戦群像》を制作。裸体が山のように折り重なったもので、もし「敗戦画」というジャンルがあるとすれば、丸木夫妻の《原爆の図》とともに代表的な作品に数えられるだろう。

《悪のボルテージが上昇するか21世紀》はその40年後、福沢88歳のときの作品で、《敗戦群像》と同じく裸体がもみ合い、いがみ合う群像表現。時あたかもバブル前夜、仮そめの平和を謳歌していた時代に、冷戦集結とともにタガが外れ、まさに「悪のボルテージが上昇」し続ける現在を予言するような絵を描いていたのだ。その197×333cmの大作を、平川は原寸大の黒一色で再現してみせた。黒一色といっても微妙な明度や艶の違いによりかろうじてなにが描かれているかが識別できる。まるで「悪のボルテージ」を強調するかのような、あるいは逆に抑え込むかのような黒だ。この黒と、藤田の戦争画に塗り込めた黒は果たして同質の黒か、考えてみなければならない。展示場所も、かつて福沢がこの作品を描いていた壁だという。

2018/11/14(村田真)

刻まれた時間──もの語る存在

会期:2018/11/01~2018/11/11

東京藝術大学大学美術館[東京都]

芸大の陳列館や旧平櫛田中邸で開かれる彫刻科のグループ展は、毎年秋の楽しみのひとつ。こんなものどうやって彫るんだ!? という超絶技巧的な驚きから、これのどこが彫刻なんだ!? というコンセプチュアルな疑問まで、彫刻の概念を拡大してくれるからだ。今回も楽しめる作品が何点かあった。今野健太の《テノヒラNo.35》は文字どおり手のひらの石彫の断片を壁に掛けたもの。2本の指が下向きなので人体を思わせ、まるで先史時代の《ヴィレンドルフのヴィーナス》のようだ。田中圭介の《学習机》は、木製の机の端々をギザギザに彫って緑色に塗り、森のようにしたもの。机上の森か。あるいは緑のカビに浸食される机のようでもある。

小谷元彦の《ザルザル—警告と警戒》は、黒いテーブル上に本やリンゴとともに2台のモニターを置き、電話するチンパンジーを映しているのだが、お互いギャーギャーわめいたりあくびしたりするだけで話が通じているようには思えない。これは笑えた。同展にはほかにも竹内紋子がゴリラを彫っていたし、「藝大コレクション展」には沼田一雅による《猿》が出ていた。そもそも芸大の彫刻科の初代教授である高村光雲の代表作にも《老猿》があった。サルは彫刻家の比喩か。ついでにいうと、テーブル上の本やリンゴは知恵の象徴だが、同時期に同じ美術館3階で退任記念展を開いていた深井隆がよく使うモチーフでもある。してみるとこれは先輩へのオマージュだろうか。もうひとつついでにいうと、この深井隆展には、後輩たちが彫ったという着流しの「深井隆像」があって、その元ネタは高村光雲作《西郷隆盛像》にほかならない。

2018/11/11(村田真)

藝大コレクション展2018

会期:2018/10/02~2018/11/11

東京藝術大学大学美術館[東京都]

会場に入るといきなり正面の壁に久保克彦の《図案対象》が掲げられている。最近NHKで特集されたのでメインの場所に展示されたのかもしれない。久保はいわゆる戦没画学生の1人で、戦時中に東京美術学校図案科を繰り上げ卒業させられ、学徒出陣で戦死。《図案対象》は出征前に卒業制作として描かれたもの。大小5枚組のうち中央画面に戦闘機や船舶などが描かれているため、戦争画に分類されることもある。だが、厳密に計算された構図を吟味すればわかるように、これらの戦闘機や船舶は画面構成の上で必要な形態として用いられているにすぎず、戦意高揚を目的としたものではない。だいたい戦闘機は墜落中だし、船は転覆しているし。

でも今回のメインはこれではなく、柴田是真の《千種之間天井綴織下図》。計112枚の正方形の画面のなかにさまざまな種類の植物(千種)を円形に描いたもので、これを元に金地の綴錦がつくられ、明治宮殿の天井を飾った。戦時中はこの千種の間でしばしば戦争記録画が展示され、天皇皇后が見て回ったという。その後、戦火によって明治宮殿は焼失。残されたのはこの下図だけだという。最近修復を終えて今回お披露目となったもので、壮観ではあるけれど、しょせん装飾の下図だからね。

そのほか、高橋由一の《鮭》、原田直次郎の《靴屋の親爺》、浅井忠の《収穫》など日本の近代美術史に欠かせない作品もあれば、吉田博の《溶鉱炉》や靉光の《梢のある自画像》など、第2次大戦中という時代背景を抜きに語れない作品もある。おや? っと思ったのは《興福寺十大弟子像心木》。像そのものは失われて心木しか残っておらず、まるでフリオ・ゴンザレスの彫刻みたいにモダンに見えるのだ。

2018/11/11(村田真)

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映画「世界で一番ゴッホを描いた男」

会期:2018/10/20~上映中

新宿シネマカリテほか[東京都]

ゴッホやミレーらの有名絵画を印刷ではなく、手描きで再現した複製名画。日本ではあまり見かけなくなったが、パリやアムステルダムなど大きな美術館のある街ではしばしば土産物屋などで売っている。その複製画制作で世界の約6割のシェアを占めるのが、中国・深圳市の郊外にある大芬(ダーフェン)村だ。ここはかつて300人ほどの小村だったが、深圳市が経済特区に指定されると、香港に集中していた複製画工房が次々と物価の安い大芬村に移動。現在では画工だけで1万人を超え、年間数百万点もの油絵が輸出され、売り上げは6,500万ドルを超えるという(2015)。

この「大芬油画村」で20年間ゴッホを描き続けてきたのが、主人公の趙小勇(チャオ・シャオヨン)だ。彼は狭い工房のなかで、家族やアシスタントと寝食をともにしながら毎日何十点ものゴッホを「生産」するうちに、次第に「本物」のゴッホを見たいという欲望が募り、とうとうアムステルダムのファン・ゴッホ美術館とパリ郊外にあるゴッホの墓を訪問する夢が実現。しかしそこで、自分の描いた複製画が高級画廊ではなく土産物屋で売られていたこと、卸値の8倍以上の値がつけられていたことに落胆するが、なにより衝撃を受けたのは「本物」のゴッホとの出会いだった。パンドラの箱を開けてしまった、というと大げさだが、帰国後彼は自分の絵を描き始める……。

芸術のアウラ、画家と職人、オリジナルとコピー、手描きと大量生産、模写と贋作の違い、東西の価値観の違い、著作権の問題など、この映画は実に多くの問いを突きつけてくる。それは複製画というものがきわめて価値の高い「芸術」と、価値がないばかりか犯罪ですらある「贋作」との境界線上に位置しているからであり、それを国家公認の下に大量生産するというギャップに由来するだろう。複製画制作は西洋の目から見ればキッチュに映るかもしれないが(その消費者の大半は西洋人だが)、中国政府からすれば「名画の民主化」に貢献するというという大義がつくらしい。

ところで、この映画が撮られる数年前に、W・W・Y・ウォングが大芬村について書いた『ゴッホ・オンデマンド』という本が出版された(日本語版は青土社から)。クリスチャン・ヤンコフスキーが画工を使って作品をつくった(というと聞こえが悪いので「コラボレーション」になっている)とか、人気名画だけでなく、ゲルハルト・リヒターや河原温の複製画を制作する画工も登場したとか(「SEPT.10 2001」と描かれた「日付絵画」が何点もある!)興味津々の内容だが、その表紙を飾るのがゴッホの複製画を掲げた趙小勇であり、その写真を撮ったのがこの映画を監督した余海波(ユイ・ハイボー)なのだ。

2018/11/10(村田真)

田根剛 未来の記憶

会期:2018/10/19~2018/12/24

東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]

田根剛という建築家の名前を知っている人は少ないだろう。ぼくも2年前の「ポンピドゥーセンター展」の会場構成で初めて知ったばかり。代表作はエストニア国立博物館というから、おいそれと見に行くわけにもいかない。こういう場合、やはり建築展というのは便利だ。タイトルは「未来の記憶」という逆説的なものだが、これは「場所の記憶を掘り起こすことで建築は生まれる」という彼の信念を表している。英語だと「Archaeology of the Future(未来の考古学)」だが、後ろに「Digging & Building」がつく。こっちのほうが伝わりやすい。田根によれば掘り起こすのは「場所の記憶」だが、そもそも建築を建てようとすれば地面を掘らなければならないし、また、建築を空高く建てるだけでなく、大地を掘って建築を埋めることも考えるべきだろう。つまり男性原理(build)に従うだけでなく、女性原理(dig)を採り込もうということではないか。
会場に入ると、材木やレンガ片など廃材が積み上げられている。ちょっと“もの派”っぽいが、ここでは材質の記憶を強調しているのだろうか。次の大空間は床や壁に何千という画像がびっしりと貼られているのだが、デタラメに並んでいるのではなく、「IMPACT(衝撃はもっとも強い記憶である)」「TRACE(記憶は発掘される)」「COMPLEXITY(複雑性に記憶はない)」「SYMBOL(象徴は記憶の原点である)」といったテーマごとに分類されている。いわば「記憶の博物館」、あるいは「イメージの宇宙誌」。

建築の紹介が始まるのは後半になってから。エストニア国立博物館、新国立競技場、弘前市芸術文化施設、10 kyotoなど、7つの建築プロジェクトの模型や資料が並んでいる。デビュー作にして代表作のエストニア国立博物館は、旧ソ連の軍用滑走路を延長してその下に施設を埋めた構造で、細長く平べったい。もちろんこれは場所の記憶を掘り起こすことで導き出した建築だが、正確にいえばこの設計を通して「場所の記憶を掘り起こす」というコンセプトが固まってきたという。個人的に好きなのは新国立競技場案。これは古墳をイメージしたプランで、植物の生えた楕円形の小高い丘の地下に競技場を埋め込んだもの。地下から過去がせり出してきたというか、未来に過去をぶち込んだというか。マケットを見ると、はっきりいって都市の真んなかに現れた巨大な女陰といった様相なのだ。これはすばらしいプランだが、落ちるはずだ。

2018/11/03(村田真)

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