2018年04月15日号
次回5月15日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

中国革命宣伝画展

会期:2018/01/10~2018/01/30

明治大学博物館[東京都]

昨年、明治大学現代中国研究所編で白水社から出版された『文化大革命』の連動企画展。1966年から76年までの文化大革命時につくられたプロパガンダ用のポスターやビラなど100点以上を中心に、写真、毛沢東語録、バッジなども出品。ポスターやビラの原画は写真に基づいた絵が多いが、なかには歴史画のようなリッパな図柄もある。中国に現代美術が到来するずっと昔のことだが、こうした西洋的なリアリズム表現は、1938年に革命の聖地といわれる延安に創設された魯迅芸術学院が大きな役割を果たしたらしい。パンフレットによれば、「その手法は単純で、中国共産党史観に基づいて善悪を明確に区別し、無産階級の労働者(工)、農民(農)、軍隊(兵)のいわゆる「工農兵」を、それらを指導する毛沢東や共産党とともに大きく、明るく、爽やかに描き、国民党や日本軍、そして有産階級を卑屈に、小さく、暗く表現した」。なるほど毛はひときわ大きく、明るく、ハンサムに描かれている。あれ? 日本人は卑屈に、小さく、暗く描かれてたっけ? 小さすぎて暗すぎて気づかなかったかも。

2018/01/13(土)(村田真)

TOP Collection アジェのインスピレーション ひきつがれる精神

会期:2017/12/02~2018/01/28

東京都写真美術館[東京都]

20世紀初めにパリの街角を撮り続けたウジェーヌ・アジェと、その写真が後世に与えた影響を探る展覧会。アジェのほか、マン・レイ、ベレニス・アボット、リー・フリードランダー、森山大道、荒木経惟らの作品が出ているが、なんてったって見ごたえがあるのはアジェだ。いってしまえばただのパリの街角を写した風景写真なのに、なんでこんなに見飽きないんだろう? たぶん、それがいまもほとんど変わらないパリの街角だからであり、また、建築の細部まで写し込まれているからであり、モノクロゆえに郷愁を呼び、想像力をかき立てるからでもあるだろう。もっと簡単にいうと、記録性、情報量、芸術性を兼ね備えているからだ。なんだ、写真の重要な要素ばかりじゃないか。後続の写真家に影響を与えたというのもうなずける。

さて、こうしてあらためてアジェの写真を見てひとつ気づいたのは、意外と人が写ってるということ。なんとなくアジェの写真はパリの無人の風景、つまり人のいない時間帯を狙って撮影したものだと思っていたが、そんなことはなさそうだ。彼は人の有無にかかわらず撮影したが、長時間露光のため人が消えたりぼんやりと写ってしまい、結果的に無機質の建築ばかり目立ち、人がいたことに気づかないのだ。なるほど、こういうのを「不動産写真」と呼んでみたい。今回はアジェの油絵も出ていて、これがなかなか興味深い。《(樹)》というタイトルどおり樹を描いているのだが、ふつう木らしさの出る枝葉を描くものなのに、彼は地面から幹が生えてる下のほうしか描かず、代わりに背景に下生えの低木を描いているのだ。アジェがなにを見ようとしていたかがうかがえる絵だと思う。

2018/01/12(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00042483.json s 10143064

無垢と経験の写真 日本の新進作家 vol. 14

会期:2017/12/02~2018/01/28

東京都写真美術館[東京都]

吉野英理香、金山貴宏、片山真理、鈴木のぞみ、武田慎平の5人展。この順に作品が展示されているが、見ていくうちに写真展から、写真も素材に採り入れた現代美術展へと趣を変えていく。そういえばタイトルも「日本の新進作家」であり、写真家に限定していない。金山は似たようなおばあさんばかり撮った見た目ふつうの写真だが、彼女らは統合失調症の母とその姉妹(作者からすれば叔母たち)。こういうきわめて私的な動機で撮った私的な写真を公表することには違和感を感じるが、その違和感がこの作品をふつうの写真から遠ざけている。片山はセルフポートレート写真を中心に、手づくりのオブジェやコラージュで構成したインスタレーションで、5人のなかでいちばん目立っている(浮いているというべきか)。本人はセルフポートレートを撮ってる自覚も、写真作品を制作しているつもりもないそうだ。窓や鏡にピンホールカメラの手法で外の風景を焼きつけた鈴木は、写真の原理を問い直そうとしているように見えるが、むしろ絵画の延長と捉えたほうがわかりやすい。窓も鏡も写真のメタファーである以前に絵画のメタファーだった。武田も印画紙に放射性物質を含む土を被せて感光させる点で、写真の原理に遡ろうとしているようだが、そのイメージはもっとも写真から遠く、科学的な実験データでも見せられているようなおもしろさがある。

2018/01/12(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00042484.json s 10143063

ボストン美術館 パリジェンヌ展 時代を映す女性たち

会期:2018/01/13~2018/04/01

世田谷美術館[東京都]

2世紀半におよぶパリを生きる女性に焦点を合わせた企画展。18世紀のロココ趣味の衣装から、19世紀のマネ、ドガ、ルノワールらの絵、ドーミエの版画、コルセット、女優のポスター、そして20世紀のアンドレ・ケルテス、ブラッサイ、ユーサフ・カーシュらの写真、ピエール・カルダンのドレスまで、革命や大戦を挟んで女たちの生活スタイルがめまぐるしく変わっていくのがわかる。でもいかんせん本場パリの美術館ではなく、大西洋を挟んだボストン美術館のコレクションから借りて来たものなので、質も量も物足りなさを感じるのは否めない。展示は2フロアにまたがっているが、版画や小品が多く、はっきりいって1階だけで十分だったのではないか。もし同じ「パリジェンヌ展」を、パリのルーヴル、オルセー、ポンピドゥセンターの3館のコレクションで構成したらどんなものになるだろう? と想像してみたくなる。

ないものねだりはさておいて、チラシにはマネの《街の歌い手》と、サージェントの《チャールズ・E・インチズ夫人(ルイーズ・ポメロイ)》の2点が使われているが、この2点がなかなか対照的で興味深い。サージェントはややこしいことにフィレンツェに生まれ、パリで画家としてデビュー、ロンドンで亡くなったアメリカ国籍の画家。その肖像画は筆のタッチを残しつつも的確なリアリズム描写に貫かれ、特に顔は見る者の視線が集中するように美しく描いているが、下半身はカット、周辺もラフに描き流している。いわばモデルに忠実な古典的描写だ。それに対して一世代上のパリジャンのマネは、モデルを能面のような生気のない顔で表わし、服の描写もべったり平面的だ。モデルの全身は細長い三角形をかたちづくり、左右辺の内側に扉の垂直線を配し、天地の辺も扉とスカートの影で強調している。つまりマネはモデルを描くというより、四角い画面のなかで平面性を強調しつつ、いかに絵画を構成するかに腐心しているようなのだ。どちらがモダンか明らかだろう。

2018/01/12(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00042856.json s 10143062

国家診断展 Who is “Prince YOSHIHISA”?

会期:2018/01/06~2018/01/08

聖徳記念絵画館+国立科学博物館+上野恩賜公園ほか[東京都]

「国家」を主題としてキュレーションされた展覧会。といっても、ある場所に集められた作品を見るのではなく、北白川能久親王(1847-95)を軸に、ガイドと関連場所を巡りながら国家、近代、日本について考えるツアーイベント。ガイドはアーティストのバーバラ・ダーリン。さて、明治天皇の義理の叔父に当たる能久は、幕末に上野の寛永寺に入り、輪王寺宮と通称された。彰義隊に擁立されて上野戦争に巻き込まれ、新政府軍に敗れて東北に逃走したものの降伏して京都で謹慎。処分を解かれてプロイセン(ドイツ)に留学し、軍事を学ぶ。帰国後は陸軍に属し、日清戦争終結後、近衛師団長として台湾に出征したもののマラリアに感染して死去。皇族では初の外地での殉職者となった。皇族の身でありながら新政府軍に歯向かったり、留学中ドイツ人女性と婚約したり(のちに破棄)、まとにかく型破りの人物だったようだ。

当日は神宮外苑の聖徳記念絵画館前に集合し、絵画館を見学。明治天皇の生涯を描いた80点(前半40点は日本画、後半40点は洋画)の壁画のうち3点ほどに能久は登場するが、前半に登場しないのは旧幕軍についたからだという。ちなみに絵画館の各壁画の前には古くさい解説板があるが、それとは別にガラス面に「壁画深読み!」と称する砕けた解説文が貼られ、作者や作品についても触れていた。つい2年前にはなかったものだ。鶯谷へ移動し、能久とは直接関係はないが、日清戦争時に外務大臣を務めていた睦奥宗光の旧別邸を鑑賞。土地も建物もずいぶん切り売りされたとはいえ、木造2階建ての瀟洒な洋館(白いペンキが剥げている)は住宅街の周囲から完全に浮いている。

次に能久ゆかりの東叡山寛永寺輪王殿へ行き、上野の山と寛永寺の由来や歴史を聞いてから、向かいの国立科学博物館へ。ここで企画展「南方熊楠──100年早かった智の人」を見る。南方も能久と直接関係ないが、重要なのは「神社合祀と南方二書」のコーナー。神社合祀とは明治政府が町村合併に伴い複数の神社を統合し、廃止された神社の土地を払い下げ、それで日露戦争の借金を返済しようという方針。これに対し熊楠は、多様な静物を育んだ貴重な神社の森が消えてしまうと猛反対、その反対意見をまとめた本が柳田國男によって出版された、いわゆる「南方二書」だ。上野恩賜公園の五重塔や東照宮や不忍池を巡って、九段下のカフェで台湾の神社についてあれこれ話し、最後は靖国神社の鳥居を確認して解散。近代国家への移行に伴う矛盾とドタバタ劇が、能久の生涯とその周辺に凝縮していることがわかった。

2018/01/08(月)(村田真)

文字の大きさ