artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

第2回 美術の学び展 授業を中からみてみよう

会期:2023/01/17~2023/01/22

サブウェイギャラリーM[神奈川県]

何の前情報もなく、たまたま駅の改札を出たら、思いがけず、興味深い展覧会と遭遇した。神奈川県の中学校の美術の授業がどのように行なわれているかを教員たちが紹介する企画である。やたらと漢字が続く名前だが、約20名のメンバーから構成される神奈川県公立中学校教育研究会美術科部会研究部(略して神中美研究部)が主催し、教育の現場を伝えるものだ。

アートはただ心で自由に感じればよいというイメージが巷にあふれているが、そうした安易な反知性ではなく、鑑賞と創作、いずれの思考も鍛えるさまざまな実践を工夫しており、感心させられた。例えば、絵に対する細かいディスクリプションと考察を伴う「日本美術を味わう~屏風編~」(井出芙美子)や視点や構図を分析する「ドラマティック・風景画」(石川和孝)などである。「文様で学校を飾ろう」(元山愛梨)や「ちいきのTシャツデザイン」(梛野修平)など、全体としてはアートよりもデザイン寄りの試みが多かった。資料性が高いパンフレットも無償で配布されていたが、その装丁はもう少し統一性が欲しいところである。



会場風景




展示説明



「ドラマティック・風景画」展示風景




「ぶつぶつ仏像鑑賞会」展示風景




「水との遭遇」展示風景


会場には、あわせて中学校の美術教科書が置いてあり、やはりガウディは含まれているが、表紙はなんとニューヨークの911跡地に完成したサンティアゴ・カラトラバのオキュラスだった。ほかに天理駅前のコフフン、MADアーキテクツによる越後妻有トリエンナーレの作品《光のトンネル》、クリストやオラファー・エリアソンの大型空間インスタレーションなども紹介されており、バラエティが豊かなことに驚かされた。またトピックとして保存修復の話もあって、昔とだいぶ違うことを知った。



中学校の美術教科書 展示風景


以前、筆者と山崎亮が関わった「3.11以後の建築」展(金沢21世紀美術館、2014-2015)の企画で、dot architectsが金沢の中学校の美術教師にヒアリングを行ない、提案をしたことがある。教員が減らされることで、同じ学校に上下の世代がいなくなると、いろいろな継承がされないことも問題だったが、特に教材費や時間の少なさが深刻だった。そこでdot architectsは、お金がかからなくてもできる新しい教材を提案したのである。したがって、神奈川県の美術教師たちは、自らとても貴重なとり組みを行なっていると思われた。


公式サイト:http://jb-net.biz/manabiten.pdf

2023/01/21(土)(五十嵐太郎)

日常の風景の中に文化財を観る:地域の彫刻と建築を学ぶワークショップ

会期:2023/01/20

慶應義塾大学アート・センター [東京都]

慶應義塾大学アート・センターが企画する「日常の風景の中に文化財を観る:地域の彫刻と建築を学ぶワークショップ」の建築ツアーの講師を担当した。ちなみに、アート・センターでは美術だけでなく、槇文彦による慶応関係のプロジェクトの図面も保管しており、「アート・アーカイヴ資料展ⅩⅩⅢ 槇文彦と慶應義塾Ⅱ 建築のあいだをデザインする」(2022)などの企画展を開催している。さて、ツアーは、午前は三田キャンパスに始まり、岡啓輔による驚異のセルフビルド建築の《蟻鱒鳶ル》(そろそろ完成が近いらしい)とその斜向かいの2つのコアによる丹下健三の《クエート大使館》(1970)、午後は明治学院大学の白金キャンパス(内井昭蔵の個性的な意匠を備えた再開発を含む)、内田祥三の《旧公衆衛生院》(1938)、東京都庭園美術館と「スカイハウス再読」展まで、かなりの強行軍だったが、このエリアに多くの建築があることを再認識する。



明治学院大学の記念館、背後は内井昭蔵による再開発




内田祥三《旧公衆衛生院》



役得としては、なまこ壁の外観に対し、効果的な採光によって室内が想像以上に明るい慶應の《三田演説館》(1875)、移築され、薄い膜によってかつての空間のヴォリュームを想起させる《ノグチ・ルーム》(1951/2005)、明治学院大の《インブリー館》(1889頃)などは、これまで内部に入ったことがなく、貴重な体験だった。また学生のときのインド・ネパール旅行で犬に噛まれ、帰国後の6回目の狂犬病の注射のために、確か足を運んだ旧公衆衛生院も、数年前から郷土歴史館として公開されている。

三田キャンパスの魅力は、近現代の建築群が連携していることだろう。曾禰中條建築事務所による一連の《図書館旧館》(1912)、《塾監局》(1926)、《第一校舎》(1937)は、だんだんゴシック的な意匠を減らし、3番目はバットレスのみが残る。こうした垂直性を強調した建築に対し、槇事務所は水平性のモダニズムを得意とするが、やはり周辺環境を踏まえたデザインを試みている。例えば、《図書館新館》(1981)は、バットレスの高さを意識した垂直の要素をもち、さらにミラノのドゥオモに言及している。この大聖堂は、イタリア北部ということで、ゴシックの垂直性と古典主義の水平性が混在した意匠をもち、実際に《図書館新館》の北面の輪郭はドゥオモと似ている。また《大学院棟》(1985)は、ポストモダンが盛り上がった時代であり、槇の作品であっても、遊びや装飾のデザインが認められる。広場に対する時計塔や面ごとにファサードを変えるなど、細かく場を読み込んでいる。なお、槇事務所は《図書館旧館》の保存、免震化、リノベーションも1982年と2020年に手がけている。



《図書館旧館》




《塾監局》




《図書館新館》のドゥオモ風ファサード




《大学院棟》




「スカイハウス再読」展 展示風景


公式サイト:http://www.art-c.keio.ac.jp/news-events/event-archive/workshop-tour-2023/

特別展示・テーマ展示「ランドスケープをつくる」第2回「スカイハウス再読」

会期:2022年12月10日(土)~2023年1月29日(日)
会場:東京都庭園美術館 正門横スペース
(東京都港区白金台5-21-9)
企画展示 横浜国立大学大学院/建築都市スクール Y-GSA

2023/01/20(金)(五十嵐太郎)

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ハン・ジェリム『非常宣言』、パク・デミン『パーフェクト・ドライバー』ほか韓国映画・ドラマ

あまり日本では話題にならなかったが、航空パニック×バイオテロのジャンルを掛け合わせたハン・ジェリム監督の映画『非常宣言』(2022)は、ハリウッド映画と比べてまったく遜色ない傑作だった。すでに航空パニックものはさまざまな作品が存在するが、ここまで深い絶望を感じさせるのは初めてであり、特に終盤において乗客が下すある決断は前例がなく、衝撃的だろう。難点をあげるとすれば、いまいちとらえどころがない犯人像か(仕かけたテロの行方を見届けない映画『機動警察パトレイバー the Movie』[1989]の帆場暎一みたい?)。だからこそ、その存在はサイコで不気味なのだけど。

同じく1月に封切りされた『パーフェクト・ドライバー」(2020)は、とにかくカッコいい。韓国映画はすでに幾つも女性アクションの傑作を生みだしているが、『ベイビー・ドライバー』(2017)+『グロリア』(1980)的に展開する本作品も仲間入りだろう。個人的にラストは三重に予想を裏切られた。『シュリ』(1999)を鑑賞したとき、韓国でこんなスリリングなスパイ・アクション映画がつくれるのかと驚いたが、もうそれが当たり前になっている。

建築に注目すると、集合住宅は実際に都市風景の中で林立しており、韓国の映像の得意分野だろう。昨年末に日本で公開されたマンション・ディザスター・パニック『奈落のマイホーム』(2021)は、突然、巨大な陥没穴が生じ、マンションが地下500mに転落していく。冒頭は群像紹介でややだれるが、落下が始まった後はありえない事態だけに、特撮技術の迫力が光る。そしてサバイバルのなかに笑いの要素もあり、ラストは感動も起こさせる奇跡の作品だった。韓国のドラマやNetflixのオリジナル映画では、『#生きている』(2020)や『Sweet Home─俺と世界の絶望─』(2020)など、集合住宅を舞台とするゾンビものの名作が続く。



ロッテワールドタワー ソウルスカイ展望台から撮影したマンション群



特筆すべきは、感染対策のために、外部から閉鎖されたロックダウン的な状況下の人間関係を嫌らしく表現した『ハピネス』(2021)である。これは途中で正気に返る近年の傾向を入れつつ(『CURED』[2017]など)、コロナ禍と共有する問題を接続させ、そこにマンション内格差のテーマを加え、極限状況における人間の怪物化を描く。もちろん、ウイルスが引き起こす症状よりも、利己的な人間の心の方が恐ろしい。


『非常宣言』公式サイト:https://klockworx-asia.com/hijyosengen/

『パーフェクト・ドライバー』公式サイト:https://perfectdriver-movie.com

2023/01/15(日)(五十嵐太郎)

ドリーム/ランド

会期:2022/12/18~2023/01/28

神奈川県民ホールギャラリー[神奈川県]

楽しみにしていた企画「C×C 作曲家が作曲家を訪ねる旅 Vol.4 酒井健治×ジェルジ・リゲティ[生誕100年]」(神奈川県民ホール)は事情により中止になったが、代わりに「ドリーム/ランド」展(県民ホール)のギャラリーのイベントにおいて、リゲティによる『ポエム・サンフォニック(100台のメトロノームのための)』を体験することができた。林勇気がネットを通じて集めた大量の写真データが投影され、無数のイメージが散りばめられた暗闇の吹き抜けにおける演奏(?)は想像以上に良かった。100台のメトロノームは一斉に動きだし、轟音とともに機械的にリズムを刻むが、やがて減衰していく。多くのメトロノームの動きが止まりだすと、残り少ない音がだんだんと心臓の鼓動として聴こえ始める。これは100人の生命、もしくは民族が消滅する瞬間に立ち会うようだ。最後のひとつが静止する臨終まで約24分。お涙頂戴の下手なドラマよりも、リズムだけで命がついえる過程の寂しさを感じさせることに驚く。もちろん、宮島達男によるデジタル・カウンターのシリーズもそうした効果をもつが、メトロノームのあまりにも物理的な即物性はインパクトがあった。



メトロノームと林勇気《another world - vanishing point》展示風景




メトロノームと林勇気《another world - vanishing point》展示風景


さて、「日常」三部作(2009-2014)の展覧会に続く、新シリーズとしてキュレーターの中野仁詞が企画した「ドリーム/ランド」展は、リサーチで訪れたパリでポンピドゥ・センターの「ドリームランド」展を見て以来、10年来あたためてきたテーマである。今回は基軸となる「ランド」に対し、そこからわれわれを切り離す「ドリーム」を接続させることで、「ランド」を捉えなおすことを試みたという。そして前述した林勇気のほか、山嵜雷蔵の不思議な実在感をもつ宝島群の絵、青山悟による刺繍で精密に模造した一万円札、角文平の宇宙移住計画とユーモラスでカラフルな建築群、笹岡由梨子の電飾世界による黄泉の国、枝史織の小さな絵にある崇高な世界や夢の光景、シンゴ・ヨシダが撮影したチリの廃棄物が展示され、来場者はさまざまなタイプの夢と触れあう。建築の視点からは、角文平の作品がポストモダンの時代におけるデザインも連想させ、興味深い。



山嵜雷蔵の作品 展示風景




青山悟《Just a piece of fabric》 展示風景




笹岡由梨子《Pansy》 展示風景




角文平《Monkey trail》 展示風景


公式サイト:https://dreamlands.kanagawa-kenminhall.com

2023/01/14(土)(五十嵐太郎)

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富岡町の展示施設

[福島県]

久しぶりに福島県の被災地をまわり、双葉郡富岡町においていくつかの展示施設を訪れた。環境省の《特定廃棄物埋立情報館「リプルンふくしま」》(2018)は褒められたものではない。まず名称は再生・復興への想いを込めて「リプロデュース」をかわいくしたものを公募で選んだ名称だが、シビアな内容の展示と齟齬がある。それは妙に子ども向けにしたロゴや展示デザインも同じだ。おそらく、名称と雰囲気だけなら児童施設に見えるだろう。そして安普請の建築が最悪で、ごく一部に意匠的な操作は認められるが、まったく無意味な加え方だった。一方で、立ち寄ったときは残念ながら閉まっていた、民間の《ふたばいんふぉ》(2018)は、すっきりとした箱の建築である。外からのぞいても、パネル展示は見えなかったが、お酒も飲めそうなカフェが存在していることは興味深い。



《特定廃棄物埋立情報館「リプルンふくしま」》




《特定廃棄物埋立情報館「リプルンふくしま」》




《ふたばいんふぉ》


衝撃的だったのは、事故を記録し、廃炉事業の全容を伝える《東京電力廃炉資料館》(2018)である。いや、あまりに場違いな雰囲気のデザインに腰を抜かした。補修中なのか、足場で包まれていたが、外観がキュリー夫人、エジソン、アインシュタインの生家を合体させたイメージのメルヘン建築だったからだ。もっとも、これはエネルギー館として1988年にオープンしたもので、「原子力発電PR館」として位置づけられた建築である。だが、311の原発事故を受けて、2018年から廃炉資料館として再出発した。なるほど、歴史建築を引用するポストモダンのデザインが華やかなりし時代に建設されたとはいえ、エネルギー館はなんとも能天気である。それが現在の深刻な展示内容に凄まじいズレを生じさせたわけだが、むしろこの外観は事故前の雰囲気も伝えるという意味で保存されなければならないと思う。



《東京電力廃炉資料館》(旧エネルギー館)




《東京電力廃炉資料館》(旧エネルギー館)


2021年にオープンした富岡町震災伝承施設、《とみおかアーカイブ・ミュージアム》は、311の記憶だけでなく、富岡町文化交流センター(学びの森)の歴史民俗資料館のコンテンツを移管したことにより、濃密な内容になっている。外観は玄関のみに意匠を集中させているが、常設展示のデザインはお金をかけていた。また見学窓を備え、ガラス越しに収蔵庫や作業室を見せるエリアもある。企画展示室では、神戸大学の槻橋修らによる「記憶の街ワークショップ」の成果物として、失われた街の模型もどーんと設置されていた。



《とみおかアーカイブミュージアム》




《とみおかアーカイブミュージアム》


2023/01/07(土)(五十嵐太郎)