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五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

オペラの舞台美術『浜辺のアインシュタイン』『ジュリオ・チェーザレ』

[神奈川県、東京都]

2日続けて、約4時間のオペラを観劇した。

まず神奈川県民ホールの芸術総監督をつとめていた一柳慧が亡くなった翌日、日本では30年ぶりに上演された、ロバート・ウィルソン/フィリップ・グラス『浜辺のアインシュタイン』である。まずスティーブ・ライヒなど、器楽によるミニマル・ミュージックはいろいろ聴いてきたが、生の合唱や台詞が付いた同ジャンルをホールで鑑賞するのは初めてだった。数字のカウントは英語を用いていたが、意味をもつ単語や文章はあえて日本語訳に挑戦しており、おそらく原語でも感じるであろう不思議な言葉の分節と反復を母国語で味わうことができたのは興味深い。また平原慎太郎による演出・振付のダンスが水平の移動を繰り返し、反復する音楽との相性が良かった。そして建築家の木津潤平による、おそろしく横長に引き伸ばされた大階段状の空間デザイン上に、ばらばらの要素が美しく、非統合的に同時進行する。オペラといっても、物語の推進力でカタルシスに導く、通常の作品とは全然違う。寄せては返す波のように、断片的なイメージが次々に提出され、黙示録的な余韻を残す(実際、タイトルは核戦争後を描くSF小説『渚にて』からインスパイアされた)。ともあれ、凄いものを目撃した。

続いて、新国立劇場において、ヘンデルが作曲したバロック・オペラ『ジュリオ・チェーザレ』である。これも通常のオペラよりも歌詞のリフレインが多く、4時間半の長丁場だった。なお、チェーザレ、すなわちシーザーとその政敵の役は、かつてカストラートが担当していたり、高い音域であることから、女性が歌ったりしている。ローマ帝国の英雄やクレオパトラが登場する古代の物語だが、その背景で当時の建築を再現することはせず、ひねりが効いた空間デザインだった。2011年にパリのオペラ座で初演されたロラン・ペリー演出、シャンタル・トマの舞台美術によるもので、エジプトの博物館のバックヤードを設定し、現代と古代が交錯する。例えば、ポンペーオの首をチェーザレに差しだす場面は、巨大な彫像の頭が運搬されるという風に、いかにも博物館にありそうな古美術や展示ケースなどが効果的に使われていた。また大きな絵画を移動させながら、歌手の背景を変化させるなどの手法もダイナミックである。

ちなみに、宮本亞門が演出したワーグナーの『パルジファル』(東京文化会館、2022年7月)も、舞台を現代のミュージアム(美術や自然史系)とし、黙役の少年が中世の神聖祝典劇に紛れ込み、壁が回転しながら、展示室のめくるめく変化を楽しむものだった。演出の方法は類似していたが、『パルジファル』の美術がまさに小道具的だったのに対し、『ジュリオ・チェーザレ』に登場するいくつかのオブジェは、リアルにとんでもなく大きいために、なるほど古代エジプトのスケール感を想起させることに成功している。



神奈川県民ホール『浜辺のアインシュタイン』より[撮影:加藤甫 写真提供:神奈川県民ホール]



新国立劇場『ジュリオ・チェーザレ』より[撮影:寺司正彦 写真提供:新国立劇場]



新国立劇場『ジュリオ・チェーザレ』より[撮影:寺司正彦 写真提供:新国立劇場]


ロバート・ウィルソン/フィリップ・グラス『浜辺のアインシュタイン』

会期:2022年10月8日(土)~10月9日(日)
会場:神奈川県民ホール 大ホール(横浜市中区山下町3-1)

『ジュリオ・チェーザレ』

会期: 2022年10月2日(日)、10月5日(水)、10月8日(土)、10月10日(月・祝)
会場:新国立劇場 オペラパレス(東京都渋谷区本町1-1-1)

鑑賞日: 『浜辺のアインシュタイン』は2022年10月9日(日)、『ジュリオ・チェーザレ』は2022年10月10日(月)

2022/10/10(月・祝)(五十嵐太郎)

「U-35」展、「展覧会 岡本太郎」「みんなのまち 大阪の肖像(2)」

[大阪府]

今年も若手建築家による「U-35」展(「35歳以下の若手建築家による建築の展覧会」)が、大阪駅前のうめきたSHIPホールで開催されたが、ようやくほぼコロナ禍以前に近いオペレーションの状況に戻ってきた。ほとんどの出品者が1/1スケールのインスタレーションを設置し、いつも以上に熱が入った展示空間になっている。各自の切り口は別々だが、シンポジウムでの議論の結果、ゴールドメダル受賞に選ばれた佐々木慧が掲げた、これまでの統合と違う「非建築をめざして」のマニフェストに代表されるように、全体性を揺るがすプロジェクトが目立つ。例えば、キーワードを拾っていくと、金継ぎに着想を得た「繕う」(Aleksandra Kovaleva+佐藤敬)、イメージのズレに注目する「全体像とその断片」(森恵吾+Jie Zhang)、インテリアが変化していく「壊れた偶然」(西倉美祝)、組積造の可能性を拓く「ブリコラージュ」(山田健太朗)、木質化された耐火壁の提案(奥本卓也)、樹種の違いの構造化(甲斐貴大)などである。なお、佐々木は模型の梱包材が、そのまま積み重ねて展示する什器となり、建築モデルを兼ねるものだった。またAleksandra+佐藤によるヴェネツィアビエンナーレのロシア館の改修は、もとがかなり奇妙な空間だっただけに、これまでの変化の痕跡を残しつつ、爽やかな空間に生まれ変わった状態を、おそらく来年に見学するのが楽しみである。



佐々木慧の作品




Aleksandra Kovaleva+佐藤敬の作品




森恵吾+Jie Zhangの作品


U-35展にあわせて、大阪中之島美術館にも足を運んだ。まず「展覧会 岡本太郎」は会期の終わりだったこともあるが、来場者の多さに驚かされた。日本において世代を超えて、親子で楽しめる類稀なアーティストだろう。内容は絵画メインではなく、公共的な作品、写真、著作、グッズ、ロゴのデザイン、CMの出演などを含む、幅広い活動を網羅しており、その方がやはり全身芸術家としての彼らしさが発揮されている。写真撮影OKというのも、作品の私有を嫌った彼にふさわしい。研究としては、新発見されたパリ時代の作品、ならびに岡本が自らの絵画に手を入れて改作している数々の事例が紹介されていたことが興味深い。もうひとつの「みんなのまち 大阪の肖像(2)」展は、コレクションをベースに都市の風景をたどる企画の第2弾である。焼け跡を描いた絵画から始まり、途中からはポスターや懐かしい家電、そしてなんと1/1スケールで再現され、内部の各部屋に入ることができる軽量鉄骨の工業化住宅、2025年の大阪万博を意識した1970年万博の資料なども登場する。同館がデザインの分野にも力を入れていることがよくわかり、頼もしい。



「展覧会 岡本太郎」 パリでの新発見




「展覧会 岡本太郎」 のちに加筆された絵画




「みんなのまち 大阪の肖像(2)」展 軽量鉄骨の工業化住宅




「みんなのまち 大阪の肖像(2)」展 軽量鉄骨の工業化住宅


35歳以下の若手建築家による建築の展覧会(U-35)

会期:2022年9月30日(金)~10月10日(月・祝)
会場:うめきたシップホール(大阪市北区大深町4-1うめきた広場)

展覧会 岡本太郎

会期:2022年7月23日(土)~10月2日(日)
会場:大阪中之島美術館(大阪府大阪市北区中之島4-3-1)

みんなのまち 大阪の肖像(2)

会期:2022年8月6日(土)~10月2日(日)
会場:大阪中之島美術館(大阪府大阪市北区中之島4-3-1)

2022/10/01(土)(五十嵐太郎)

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コペンハーゲンの南北

[デンマーク、コペンハーゲン]

コペンハーゲンの北部は落ち着いた住宅街やリゾート的なベルビュー地区が印象に残ったが、港や運河沿い、そして南部では現代建築が目立つ。実業家のコレクションを公開している《オードロップゴー美術館》は、北部の緑豊かな住宅街の奥に位置し、電車とバスを乗り継いで訪れた。もとの古い私邸に対し、2005年にザハ・ハディドによる新館を増築しているが、彼女のデザインを考えると、かなり控え目である。この空間では企画展を開催しており、ちょうどデンマークの近代絵画を牽引したヴィルヘルム・ルンストロームの生涯を紹介していた。さらに2021年にはスノヘッタによる地下レベルの増築もなされたが、採光のための屋根の部分は地上において現代彫刻のように見える。



ヴィルヘルム・ルンストロームについての展示




スノヘッタによる増築部からザハ・ハディドによる増築部を見る


美術館の背後には、デザイナーの《フィン・ユール邸》(1942)も存在し、週末に内部も見学可能だ。センスのかたまりのような美しいインテリアの空間であり、ルンストロームとも交友関係をもち、かつて室内に彼の作品も展示されていたことが示されている。



《フィン・ユール邸》


一方、都心からメトロのM1で南下すると、途中から高架に変わり、線路の両側に奇抜かつ巨大な現代建築が並ぶ。例えば、デンマークの放送会社(2009)、《ノルデア銀行本社ビル》(2017)、V字形の立面をもつ《ACホテル・ベラ・スカイ》(2011)、ランボル本社(2010)、高さ85mの《コペンハーゲン ・タワーズ》(2009)などの企業ビル、BIGが設計した《VMマウンテン》 (2008)、《VMハウス》(2005)、《8ハウス》(2010)などの集合住宅、そして《ロイヤル・アリーナ》(2016)、学校や図書館などの公共建築である。BIGによる驚くべき造形の建築が単発で終わらず、仕事が続いているということは、住民に受け入れられ、分譲が成功しているのだろう。ともあれ、都心と違い、古建築が一切存在せず、歴史的な文脈に配慮しなくてもよいということで、アイコン建築的なデザインも少なくない。言い方を変えると、建築の実験場になっている。特に1990年代から開発が始まったオーステッドや、現在進行形で工事が続く《ベラ・センター》のエリアは、そうした傾向が強い。もうひとつのコペンハーゲンの新しい顔だろう。



駅からデンマークの放送会社DRを見る




《ACホテル・ベラ・スカイ》と《ベラセンター》




《VMハウス》




《ロイヤル・アリーナ》


VILHELM LUNDSTRØM. RETHINKING COLOUR AND SHAPE

会期:2022年9月16日(金)~2023年1月15日(日)
会場:Ordrupgaard(Vilvordevej 110, 2920 Charlottenlund, Copenhagen)

2022/09/18(日)(五十嵐太郎)

クリスチャニアとチボリ公園

[デンマーク、コペンハーゲン]

コペンハーゲンは2つの興味深いエリアをもつ。ひとつはヒッピー文化が生みだした自治区、クリスチャニアと駅前のチボリ公園である。前者の知識はあったが、国立歴史博物館を訪れると、現代セクションの展示室において紹介されており、その運動体が立派な歴史の1ページとして評価されているだけでなく、いまも現存しているを初めて知って驚いた。クリスチャニアは1971年につくられ、議論を巻き起こしながらも、公式に存在が認められるようになり、明らかに観光地化もしている。自治区は34ヘクタール以上の面積をもち、飲食店、ホール、展示場、マーケット、チャイルド・ケアセンター、デイケアセンターなど各種の施設を備え、千人近い居住者がいるという。外で生活費を稼ぎ、週末をここで過ごす人も多いらしい。有名なゲートをくぐると、壁画や落書きだらけであり、セルフビルド的な風景が展開する。まさに自由と祝祭の小さな街だ。整然としたコペンハーゲンの都市において、こうした非日常的な空間は強烈な印象を与える。もっとも、どことなくありし日の駒場寮を思いだし(学部時代に筆者が暮らしていた)、懐かしい気持ちにもなった。



クリスチャニアのゲート




クリスチャニア




クリスチャニアのマップ


チボリ公園は夜に訪れた。19世紀に設立された歴史あるテーマパークゆえに、東洋やイスラムなど、オリエンタリズム的なデザインが目立つ。すべての建築の輪郭には電飾がつき、おそらく夜の方が見栄えは良いだろう。日本なら駅前の一等地ゆえに、すぐに再開発すると思われるが、いまだに人気が衰えず、見事に持続している。実際、バブル期にここをモデルとして登場した倉敷チボリ公園は、すぐに閉園となり、跡地にアウトレットパークがオープンした。チボリ公園は、新しい施設や意外に高速で動くライドのアトラクションも導入しているが、基本的にはレトロ感が漂うテーマパークである。が、園内を歩くと、手動のアナログなゲームなどが、一周まわって、かえって新鮮だった。また夜10時からはバンドによる屋外ライブを開始し、にぎやかなフェス感も加わる。ところで、公園の名前は、ローマの近郊にあるチボリ(Tivoli)と同じ綴りなのだが、やはりこれが名前の由来のようだ。デンマーク人にはイタリアへの憧れがあり、リゾート地でもリドなどの名称が見受けられたが、なるほどチボリにはヴィラ・アドリアーナが存在する。これはハドリアヌス皇帝が建設させた、ローマ帝国の各地の風景を再現した、いわゆるテーマパークだった。



チボリ公園の門





チボリ公園のマップ



チボリ公園の夜景




倉敷チボリ公園



アナログなゲーム



ヴィラ・アドリアーナ


2022/09/17(土)(五十嵐太郎)

コペンハーゲンの郊外ツアー

[デンマーク、コペンハーゲン]

コペンハーゲン北部のヴィラム・ウィンドウ・コレクションを起点にいくつかの近現代建築をまわった。2つの教会が近郊にある。まずヴィラムの施設内にその写真も飾られているのだが、シドニー・オペラハウスで知られるヨーン・ウッツォンの《バウスヴェア教会》(1976)だ。外観は箱型のヴォリュームを組み合わせるだけで、そっけないが、内部に入ると、一転して柔らかい空間に包まれ、トップライトからの光の入り方も魅力的である。いわばツンデレ建築だ。建築史・批評家のケネス・フランプトンは、この教会を批判的地域主義の事例として紹介し、高く評価していたが、そうした文脈を踏まえなくても、惚れ惚れとする名建築である。

ここからもう少し足をのばし、イェンセン・クリントによる《グルントヴィークス教会》(1921-1940)を訪問した。看板建築的にファサードを本体よりも過剰に大きく見せる、表現主義というべきか。なお、室内は基本的にゴシック様式だが、装飾的な細部は省かれている。特筆すべきは、これが単体として存在せず、まわりの住宅開発も一体的になされ、統一感のある街並みの景観を生みだしていたことだろう。

またヴィラムからミニバスのツアーを企画していただき、デンマークを代表するアルネ・ヤコブセンの良好な状態で保存されている建築群(1930年代のガソリンスタンド、映画館、集合住宅)、VELUXの本社、《ルイジアナ近代美術館》めぐりを行なった。本社では、ルーフ・ウィンドウならではの傾けた展示もカッコいいが、地球規模の環境の視点で考え抜かれた植栽のランドスケープがまわりに展開していたことに感心させられた。またオラファー・エリアソンの日時計的な作品も設置している。


VELUX本社のオラファー・エリアソンの作品




《ルイジアナ近代美術館》


そして1958年に設立された《ルイジアナ近代美術館》が、想像していた以上に素晴らしい。増築を重ねたことにより、通常では導かれない複雑な平面であることは理解していたが、地形や自然の環境と呼応し、起伏がある断面の構成も秀逸だった。あちこちの展示室から庭を自由に出入りできる体験は気持ちいいが、果たして日本の美術館では可能だろうか。同館は建築の企画展もシリーズ化し、ちょうどフォレンジック・アーキテクチャーの大きな個展を開催中していた。彼らは戦争、空爆、拷問、殺人、事故など、非人道的な暴力が発生した空間を精密に調査する組織である。すでにヴェネツィア、ソウル、恵比寿などで見た作品を含んでいたが、やはり新作としてロシアによるウクライナ攻撃も含み、精力的に活動を継続している。



フォレンジック・アーキテクチャーの展示風景



Witnesses

会期:2022年5月22日(日)〜2023年10月23日(月)
会場:ルイジアナ近代美術館(Gl. Strandvej 13, Humlebæk)

2022/09/16(金)(五十嵐太郎)