2018年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

内藤廣《富山県美術館》

富山県美術館[富山県]

2017年度のグッドデザイン賞において建築ユニット長を担当し、審査に携わったのだが、受賞展で審査レビューを行なったとき、地方の建築ががんばっていることに気づかされた。今回、ベスト100に入った建築7作品は、陸前高田、福山、太田、奈良、天理、熊本の三角港など、すべて東京以外であり、しかも駅前が多かったからである。これは逆に言うと、東京から面白い建築があまり出ていないことを意味する。トークの4日後に《富山県美術館》を訪れ、改めて地方の時代を痛感した。これは内藤廣の設計だが、道路側のファサードは大きなガラスの開口があり、一見、彼らしくないデザインのように思われる。だが、川や運河環水公園に隣接する場所のポテンシャルを生かしていること、富山の産業に縁が深いアルミニウムや杉材などを活用したテクスチャーのモノ感、土を盛るなどランドスケープ的な外構のデザインなどにやはり内藤の個性が感じられる。

まず最初に先行オープンし、多くの人が訪れたというオノマトペの屋上に登ってみた。ここは無料ゾーンだが、佐藤卓がデザインしたユニークな遊具群は本当に集客力がある。3階に降りると、レストランには行列ができており、ここでランチを食べようというもくろみはかなわなかった。空間の特徴としては、外部から複数のアクセスを設けていること、展示室の周囲を自由に歩けること、視線が貫通し、眺望を得られる廊下の存在などによって、立体的な《金沢21世紀美術館》のようにも思えて興味深い。いずれも高い集客を誇る美術館だが、エレベータ、エスカレータ、階段、そして屋外階段などのルートから屋上庭園に誘う富山の仕掛けはお見事である。なお、常設展示は、アートとデザインをテーマに掲げるように、椅子やポスターの名作コレクションを明るい展示室に配する一方、富山生まれの瀧口修造コレクションを閉じた箱に入れることで、メリハリを効かせている。

2017/11/09(木)(五十嵐太郎)

死なない命/コンニチハ技術トシテノ美術/野生展:飼いならされない感覚と思考

死なない命(金沢21世紀美術館、2017/07/22~2018/01/08)
コンニチハ技術トシテノ美術(せんだいメディアテーク、2017/11/03~2017/12/24)
野生展:飼いならされない感覚と思考(21_21 DESIGN SIGHT、2017/10/20~2018/02/04)

自然と技術の関係について考えさせられる展覧会がいくつか開催されている。「死なない命」展は、展示物だけでは全体を把握するのが困難だったが、学芸員の高橋洋介氏の案内で見たおかげで理解が深まった。トップのやくしまるえつこは、なんちゃってサイエンス・アートではなく、ガチで音楽を記憶するメディアとしての遺伝子に挑戦している。写真家のエドワード・スタイケンは、植物の品種改良にのめり込み、これをテーマにしてMoMAで展覧会まで開催したという。ほかにもBCLによる遺伝子組み替えのカーネーション、川井昭夫による彫刻としての植物などがあり、攻めた企画である。これで思い出したのが、石上純也によるヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展2008の日本館における温室のプロジェクトにおいて、彼のヴィジョンを本当の意味で完成させるには、現存する植物では不可能で、植物も新しく創造する必要があったことだ。究極のアートである。

ユニークな会場構成となった「コン二チハ技術トシテノ美術」展は、興味深い作家を選び、手の技に基づく生きる術としてのアートを掲げている。例えば、修復の技術を独自に改変させた青野文昭は、極小の作品を新規に増やし、貫禄のある彫刻群のインスタレーションをつくり出す。また井上亜美は狩猟をテーマとし、門馬美喜は「相馬 野馬懸け」をモチーフにした神々しい馬を描く。「死なない命」展のようなハイテクではないが、プリミティブな技術による人と自然、もしくはモノの関係をダイナミックにとらえている。中沢新一がディレクターをつとめる「野生」展も、おなじみの南方熊楠や縄文を紹介しつつ、「飼いならされない感覚と思考」のサブタイトルをもつ(なお、英語タイトルに含まれる「TAME」の語は、あいちトリエンナーレ2019と共通する)。ただし、全体的なデザインがおしゃれ過ぎるのが気になった。これでは商品として消費されるのではないかと。


川井昭夫(死なない命)


青野文昭(コンニチハ技術トシテノ美術)


「野生展」会場風景

2017/11/09(木)(五十嵐太郎)

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ウォーターフロント・シティ横浜 みなとみらいの誕生

会期:2017/10/07~2018/01/08

横浜都市発展記念館[神奈川県]

初めてみなとみらい21地区のエリアに足を踏み入れたのは、まだ筆者が学部生だった1989年の横浜博覧会である。いまから振り返ると、丹下健三による横浜美術館などを除くと、博覧会では仮設の建築群が並び、まだほとんど何もない土地だった。その後、1993年に横浜ランドマークタワーが登場し(あべのハルカスに抜かれるまで日本一位の超高層だった)、2004年にはみなとみらい線が開通し、内藤廣、早川邦彦、伊東豊雄らが駅のデザインに関わっていた。「みなとみらいの誕生」展は、近代の歴史(埋め立てや造船所の移転)や計画の経緯を通覧できる企画だが、このように新興都市の近過去をたどっているだけに、記憶に照らし合わせながら鑑賞することができる。それにしても、いまでこそひらがなの地名は増えたが、1981年にこの名前に決まったのは早い。ましてや、「みらい」という言葉まで使っており、横浜の都市計画の実験場だったと言える。

なかでもいくつかの計画図が目を引いた。ひとつは、1960年代に浅田孝が関わった頃に描かれた広場的な遊歩道を挟む中規模の建築群である。これはヒューマンなスケールをもち、ヨーロッパの都市的な印象を受けた。そして1980年代に大高正人は海辺の輪郭に柔らかい曲線を導入し、囲み型の街区プラン(一部は高層)を提案している。中層の建築群による囲み型は、幕張ベイタウンを想起させるだろう。現在、みなとみらい21地区は、高層のオフィスやホテル、そしてタワーマンションが林立し、ショッピング・モール的な商業空間の風景が出現している。つまり、想定されなかった未来が実現した。さらに子どもの増加から学校が建設され、1万人を収容できる音楽アリーナや2,000人規模のライブハウス型のホールも2020年にオープンする予定だ。既存のクラシック音楽のための横浜みなとみらいホールとあわせると、ちょっとした音楽の街となり、これも予期しなかった未来だろう。

2017/11/07(火)(五十嵐太郎)

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庭劇団ペニノ「地獄谷温泉 無明ノ宿」

会期:2017/11/04~2017/11/12

KAAT 神奈川芸術劇場[神奈川県]

じつは第60回岸田國士戯曲賞を受賞した後、書籍をぱらぱらめくったときは、あまりピンとこなかった作品だが、本物の演劇は凄まじいものだった。山里の、家主がいない、ひなびた宿で、それぞれ何かが欠けた人物たちが交差する、異様な一夜を恐るべき実在感で演劇化していたからである。東京からやってきた人形遣いの謎の親子(小人症の父と母がいない息子)をはじめとして、目が不自由な男、言葉を発しない宿の三助、そして疑似家族的な老女と年が離れた2人組の芸妓など、あまりにシュールな設定に思われるのだが、確かに彼らはここにいると感じさせる演技だった。つまり、舞台では演劇という形式でしか立ち現われないものが表現されており、それは脚本を読む行為とは別物である。筆者が観劇した国内最終公演では、息子役の俳優が体調不良につき、代役を立てていたことを考えると、本来のメンバーならば、さらに迫力を増していたのだろう。ともあれ、父役を演じるマメ山田は、当て書きの脚本であり、彼以外の配役を想像しがたい。

物語が進行していくと、親子は言いしれぬ闇を抱えていることがうかがえ、彼らの子どもの人形による劇もあまりに不気味なもので、不穏な雰囲気が漂うなか、朝を迎えるまでに決定的な事件が起きるのではないかという緊張感を観客に強いる。さて、建築の立場からは、四場面(宿の玄関、上下の部屋、脱衣場、浴場)を体験できる回り舞台が素晴らしい。これは単に素早く場面の数を増やす装置というだけではなく、部屋から部屋への移動によって空間的な連鎖が巧みに演出されていた。そして温泉で本当に役者たちが裸になって入浴するシーンも忘れがたい。まさに裸で勝負する本気の舞台であることにあっけにとられた。公演は海外にもっていった後、舞台装置を解体するらしい。小人症の俳優が必要であることに加え、大がかりなセットだけに、将来の再演が難しそうな怪作である。

2017/11/07(火)(五十嵐太郎)

三井嶺《神宮前スタジオ A-gallery》

[東京都]

筆者が公募の審査を担当した今年のU-35展において、ゴールドメダルに選ばれた建築家の三井嶺が設計した《神宮前スタジオ A-gallery》に立ち寄る。裏原宿から少し奥に入ったところに建てられた1970年代のモダンな住宅のリノベーションである。外観はほとんど手を加えず、本棚、和風の意匠、コンクリートの基礎の一部を残しつつ、床を外して吹抜けを設けている。が、なんといっても最大の特徴は、ステンレス鋳物による列柱を階段の両側に挿入したことだろう。柱は極細だが、決してミニマルなデザインではなく、エンタシスがつき、ゆるやかにふくらみ、柱の上下にも家具的な装飾をもつ。あまり見たことがない構造柱の意匠とプロポーションだ。なお、鋳物による構造補強は、彼がU-35展に出品した江戸切子店の《華硝》でもパラメトリック・デザインを用いながら、効果的に挿入されている。ともあれ、いずれも人間が手で持って搬入できるメリットがあるという。

U-35展のシンポジウムにおいて、三井は空間よりも、構造と装飾に興味があると発言したことが印象的だった。が、彼が東京大学の藤井研で日本建築史を修士課程まで学び、茶室の論文を執筆し、それから構造がユニークな坂茂の事務所で働いた経歴を踏まえると、納得させられる。微細な装飾をもつ鋳物の柱は、モノであることを強調し、現在の流行とまったく違う。それゆえに、もし遠い将来に鋳物の柱だけが遺跡のように発掘されたら、未来の歴史家はおそらく時代判定を見誤るだろうと、彼は述べている。身近な周辺環境やコミュニティばかりが注目されるなか、こうした超長期的な視野をもった建築家は貴重だろう。また看板建築の補強や家屋のリノベーションにパラメトリック・デザインを絡ませるのも、新しい感覚である。なお、神宮前スタジオの柱は、構造力学上、中央の一番太い部分の直径が重要であり、上下の両端は細くても強度を落とさないという。

2017/11/03(金)(五十嵐太郎)

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