2018年11月15日号
次回12月3日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

玉置順《トウフ》、FOBA《ORGAN I 》《ORGAN II 》

[京都府]

京都へのゼミ合宿の機会を利用し、1990年代半ばに登場した2つの建築を見学した。玉置順による画期的な住宅の《トウフ》と、FOBAの拠点である宇治の事務所《ORGAN I 》である。院生だった筆者が現代建築の批評を執筆するようになった時期の話題作だが、いずれも20年ほど前に現地を訪れたものの、なんのアポイントメントもとっていなかったので、外観を見学したのみで帰ったために、内部に入ったのは今回が初めてである。

《トウフ》は名称が示すように、矩形の白いヴォリュームが印象的な住宅であり、公園に面した絶好の立地だ。ただし、今風の開いた建築ではなく、公園があまりに目の前なので、むしろ絞られた開口のみが公園と対峙する。特徴は、外部の白いヴォリュームと内部をえぐったかのような空間のあいだに大きな懐をもち、そこに異なる色味をもったいくつかのサブの空間を設けていること。もともと高齢者向けの住宅として設計されており、確かに中心のワンルームを核にしたバリアフリーの建築でもある。また天井が高いことで、使い倒されても、変わらない空間の質を維持していた。当初から居住者は変わったが、壁の細い穴にぴったり入るマチスの画集も設計の一部らしく、これが残っていたことは興味深い。

FOBAの事務所《ORGAN I 》は、真横に同じデザイン・ボキャブラリーをもつ大きなビル《ORGAN Ⅱ 》が建ち、これも彼らの設計によるものだ。いずれもトラックなどの外装に使われる材料を転用したメタリックな表皮に包まれたチューブがランダムに成長し、あちこちで切断したような造形である。FOBAの事務所は3階建てだが、基本的に全体のヴォリュームを持ち上げ、周辺の環境や形式を意識しながら、開口のある切断面が設けられていた。もっとも、竣工後に周辺にマンションが増えたことで、眺めが変わってしまったところもなくはない。室内には大量の書籍が高く積まれており、事務所の歴史を感じさせる。見学の途中で梅林克が合流し、台湾のプロジェクトや最近の木造住宅シリーズなどの熱いトークに聞き入った。

《トウフ》外観


《トウフ》脇の玄関(左)、公園に面した絞られた開口(右)


玉置順さん


《ORGAN I 》外観


《ORGAN I 》外観(左)、事務所内観(右)


《ORGAN II 》外観


ふたつの模型

2018/09/17(月)(五十嵐太郎)

《京都大学吉田寮》

[京都府]

存続をめぐって揺れ動いている京都大学の吉田寮の見学会に参加した。じつは筆者にとって初の訪問なのだが、東京大学の学部生のとき、2年間、駒場寮に住んでいた経験があるので、むしろ懐かしさを覚えるような感覚だった。もっとも、駒場寮は関東大震災後につくられた頑丈なRC造の3階建て、両側にS部屋とB部屋(おそらくSTUDYとBEDの略であり、かつては対で使われていた)が挟む中廊下であるのに対し、吉田寮はさらに古い築105年の木造2階建て、居室が南面する片廊下である。それゆえ、居住者が比較的簡単に増改築できるので、あちこちに独自の変形が起きていた。一方で駒場寮は、そうした増築は難しい代わりに、約24畳の各部屋の内部を、居住者が決めたルールによって、オープンなまま使ったり、ベニアで間仕切りを入れるなどしてカスタマイズしていた。なお、吉田寮は台風で中庭の大木が倒れたことで、屋根が部分的に壊れ、痛ましい姿だった。

筆者が駒場寮に暮らしていた1980年代半ばは、もう当初の定員を大幅に下回り、各部屋に2〜3人がいる状況で、部屋ごとに直接交渉してどこに住むかを決定していた。見学会での説明によれば、吉田寮はまず二段ベットがある大部屋に入り、そこでしばらく過ごしてから(適性がなければ、この段階で寮を出ていく)、どの部屋に暮らすかを決めるという。現在は留学生も多く、女性も住んでいるらしい。おそらく運用の方法は時代によって変化しているが、大学のキャンパス内に存在する有名な自治寮のシステムを詳細に比較すると興味深いだろう。駒場寮は大学によって廃寮扱いを受けてからも、長く存続し、ある時期からは電気の供給も絶たれた。そのときはまわりの建物からケーブルで電気を引っ張り、建物が解体してからも横にテント村を形成し、約半年は粘っていたが、約15年前に完全に撤退した。今後、吉田寮も大学から厳しい処置を受けると思われるが、駒場寮のときはあまり広がらなかった、まわりの支援の輪が拡大するかが存続の鍵になるだろう。

2018/09/16(日)(五十嵐太郎)

『カメラを止めるな!』

[全国]

話題になっている映画『カメラを止めるな!』をようやく鑑賞した。なるほど、低予算でも撮影できるジャンルはゾンビものだが、これもそのセオリーを正しく継承した傑作である。謎解きのストーリーではなく、ネタばれという類の作品ではないので、映画の構成を説明しておく。まず第一パートでは、C級と言ってもよいであろう下手なゾンビ映画を見せられる。その内容は、ゾンビ映画の撮影中に本物のゾンビが登場するというプロットだが、あきらかに不自然なシーンがところどころで発生し、なんとなく記憶に引っかかる。エンディングが流れたあと、第二パートが始まるのだが、それは第一パートのメイキングであり、不自然と思われたシーンが起きた原因が、じつは撮影現場のハプニングの連続であることが判明し、伏線がすべて回収され、笑いに転化してく。またカメラが上昇する俯瞰のショットだったエンディングは、ある種の感動的な場面として再定義される。

もっとも、この映画の最大のポイントは、「カメラを止めるな!」というタイトルが示すように、ゾンビ専門チャンネルのテレビで生中継されるワンカットの撮影であるという設定だ。それゆえ、現場で不具合が発生しても、絶対に撮影を中断できない。映画の映画である第一パートは、たとえ出来は悪くても、ワンカットゆえの独特の緊張感が持続する一方で、さらにメタ視点に立つ映画の映画の映画である第二パートでは、それがドタバタのコメディになっていく。何が起きてもカメラが執拗に追いかけること、そして全員の努力と協力によって作品を終了させることを通じて、映画的なカタルシスが醸成される。もとは舞台用の作品を翻案したという話だが、少なくとも「カメラを止めるな!」は映画というジャンルの本質に迫る面白さをもっている。なお、映画が終わったあと、エンドロールでは、第三パートというべき「本当の」メイキングが流れるのも楽しい。第二パートが偽のメイキングであり、もう一度、シーンの背景を異なる視点から再解釈できるからだ。

2018/09/15(土)(五十嵐太郎)

Eureka《Dragon Court Village》《Around the Corner Grain》

[埼玉県]

『卒計で考えたこと。そしていま』(彰国者)の第3弾を制作するために、埼玉県の浦和市にあるEurekaの事務所にて、稲垣淳哉のインタビューを行なう。古谷誠章による学部の設計課題ハイパースクールと同じ設定を、もう一度、違うデザインで行なったのが、卒計だったという。それにしても、学部の課題を繰り返すというのは珍しいだろう(筆者の知る限り、ほかには貝島桃代が学部課題を発展させたケースがある)。ちなみに、生徒それぞれの母校に異なる機能を付加するハイパースクールは、早稲田大の名物課題であり、建築新人戦でも毎年ファイナリストを送りだしているものだ。したがって、彼の場合、敷地は、ユニークな集合住宅《Dragon Court Village》を手がけた地元の愛知県、岡崎市である。なお、学部時代には古谷研のメンバーとして、新潟の月影小学校のリノベーションに関わり、卒論では日本各地で廃校になった学校のリノベーションの事例を研究したという。

その後、稲垣は大学院で、アジアの集落調査を行なうが、ほとんどの現場はすでに研究されていたことから、むしろ集落が現代化された状況に興味をもつ。その体験が地方都市の郊外にコミュニティの場をつくる《Dragon Court Village》につながった。インタビューの現場も、EurekaとMARU。architectureによる集合住宅《Around the Corner Grain》である。街の角地に大きなオープン・スペースをもうけ、その上にアクロバティックな構造によってヴォリュームが張り出す。また立体街路のような共有する外部階段が貫入し、外観からは戸数が判別しにくい7戸を凹凸パズルのように構成している。さらに可変な付属構築物を足していく。《Dragon Court Village》とも共通する部分もあるが、駐車スペースをそれほど必要とせず、狭い敷地でより複雑に住戸と階段が絡みあう点において、埼玉ならではの建築になっている。Eurekaは、現代におけるヴァナキュラー建築を追求しているのだ。

《Around the Corner Grain》外観


《Around the Corner Grain》模型


《Around the Corner Grain》外観


《Dragon Court Village》(愛知県)マルシェを開催している日の様子

2018/09/07(金)(五十嵐太郎)

建築学生ワークショップ伊勢2018 提案作品講評会

会期:2018/09/02

いせシティプラザ[三重県]

毎年、夏の参加を楽しみしているのが、平沼孝啓が率いるアートアンドアーキテクトフェスタ(AAF)が主催する建築学生ワークショップである。特徴は、建築という分野が抱える両極というべき歴史と構造だ。すなわち、毎回の敷地が、平城宮跡、竹生島、高野山、キトラ古墳、比叡山、伊勢神宮という歴史的な建造物がたつ聖地である(来年は出雲大社、今後は東大寺も予定)。と同時に、実際にモノをつくるワークショップはほかにも存在するが、構造家の佐藤淳や腰原幹雄らがクリティークに入るように、構造的な視点が重視されていることだ。筆者としても構造家から見ると、どのような解釈ができ、またどのように改善できるかといったコメントを聞くのは、とても勉強になる。また興味深いのは、学生が安全性に寄った守りのデザインを出すのに対し、構造家がもっとぎりぎり限界の攻めのデザインにできるはずだと煽ること。実際、それで講評の直前に倒壊した作品も目撃した。

さて、今回は伊勢神宮である。あいにく昨年の台風によって、せんぐう館が被害を受け、勾玉池周辺の敷地を使えず、パヴィリオンの設置場所は駐車場に変更された。いせシティプラザで開催された7月28日の中間講評では、どうなることかと心配したが、9月2日の最終講評では、これまで3年間参加したなかで、クオリティが高い完成作が並んでいた。例年通り、中間から大きく得点を伸ばし、逆転する作品が出るのも、楽しみのひとつである。今回は懸垂線で垂れるロープと同じ形状の構造材が混じりあう、5班のこれまでにないタイプの作品が一等だった。ほかには膜にのっている水量が減少することで形状が変化する2班、石の使い方に複層的な役割を与えながら、結界を形成した6班、鳥居のデザインを脱構築するポストモダン的な7班、版築に挑戦した8班などが印象に残った。会の最後に行なわれた神宮司廳の音羽悟からのあいさつは長かったけど、大変に面白く、これだけ建築に関心をもって、学生を熱く応援する人物が、伊勢神宮から出てきたことが今回の最大の成果ではないかと思う。

5班《届きそうで届かない》


2班《ケをハレ》


6班《サイクル》


7班《伝承によって伝わるもの》


2018/09/02(日)(五十嵐太郎)

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