2018年04月15日号
次回5月15日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

否定と肯定

[全国]

ホロコーストをめぐる歴史修正主義の裁判を描いた映画『否定と肯定』を鑑賞した。アメリカ在住の歴史学者、デボラ・リップシュタット(ユダヤ人の女性)と彼女の本を出版したペンギン・ブックスに対し、ホロコースト否定論者であるイギリスのナチス研究者、デイヴィッド・アーヴィングが名誉毀損で訴えた事件を扱うものだ。映画を通じて、実証的な手続きを重んじることなく、都合のよい不正確な情報をつぎはぎしながら、〜はなかったとする語りの手口をよく伝えている。もうひとつ興味深いのは、歴史学会での討論ではなく、裁判という形式によって2人が争ったことだ。ゆえに、歴史の事実と解釈に対し、裁判ならではの手続きにおいて勝利すべく、デボラのチームがどのような戦略をたてたのかも注目すべきポイントである。驚くべきことに、優秀な弁護団はあえてデボラ本人に発言させない、強制収容所の被害者に証言させないという策をとるのだが、その理由は是非映画を見ていただきたい。なお、デイヴィッドは自らが弁護も行なった。

裁判に備え、弁護団がホロコーストについて深く学ぶために、デボラの案内によって、アウシュヴィッツとビルケナウを調査するシーンがある。昨年、筆者もここを訪れたばかりなので記憶に新しいところだったが、なんと冬の風景の寂しいこと! 秋はさわやかな天気だったが、雪景色だと、さらに悲惨な雰囲気が増幅する。むろん、ただのイメージではなく、まともな暖房がなかった収容所の環境は、さらに劣悪になったことが容易に想像できる。なお、アウシュヴィッツに向かう拠点となる美しい古都クラクフも登場していた。映画『否定と肯定』が題材とした裁判は、21世紀初頭に起きたものだが、日本にとっても、いまや全然よそ事とは思えない。ネットの海でさまざまな事実と情報が相対化され、フェイクニュースが垂れ流され、歴史修正主義が跋扈しているからだ。

2018/01/14(日)(五十嵐太郎)

カオス*ラウンジ新芸術祭2017市劇場「百五〇年の孤独」

会期:2017/12/28~2018/01/28

zittiほか、泉駅周辺の複数会場[福島県]

福島のワークショップにあわせて、カオス*ラウンジによる新芸術祭に足を運んだ。が、行政の芸術祭とは違い、幟やポスターはなく、本当にここで開催しているのかと不安に思いながら、泉駅からそう遠くない住宅地にあるサブカルの古物(?)店に多くの作品がまぎれた第一会場へ。まず店内で珈琲をいただき、第一の手紙と地図を受け取る。それに従い、駅周辺をぐるぐる歩く(第二、第三の手紙もあり、次の目的地が示される)。それはこのエリアの近代における廃仏毀釈と黒瀬陽平らのリサーチをたどるツアーにもなっている。移転や区画整理された人工的な墓地などを鑑賞し、これから新しい寺を創設するという第二会場へ。力作である。建築の分野ではユニークな造形による現代寺院の試みはさまざまあるが、壁や襖などを使い、室内においてアートの側から新しい仏教美術が高い密度で展開されており興味深い。昨年、黒瀬が「地獄絵ワンダーランド」展(三井記念美術館)に高い評価をしていた背景も理解できる。

もう一度駅の反対側に渡り、坂を登っていく、最後の第三会場への道は正直ちょっときついが、日が暮れた暗闇のなか、ようやく到着した。ブラックライトに照らされた壊れたディスプレイ群が美しい。そしてアルミニウムで鋳造された鐘をついて帰路へ(この音が結構遠くからも聞こえる)。第二、第三会場の作品は、日中に鑑賞するよりも、周囲が暗いほうが迫力を増すように思われた。おそらく税金を使う通常の芸術祭だと、特定の宗教にフォーカスをあてるのは難しいだろう。自前の新芸術祭だから可能な内容だった。これは廃仏毀釈のあとにたどった歴史と、3.11からの復興の失敗を重ね合わせてもいるのだが、泉駅周辺を歩きながら思ったのは、このエリアが近代以前からの歴史をもった街にはまったく見えないこと(戦後に開発されたと言われても納得してしまいそうだ)。そういう意味では、ここも日本中のどこにでも起きている「見えない震災」が着実に進行していた場所なのだ。

第一会場

移転した墓石

第二会場

第三会場

2018/01/13(土)(五十嵐太郎)

《山田幸司の家》

愛知に出かけ、《山田幸司の家》のオープンハウスへ。建築系ラジオで活躍した山田幸司が事故で亡くなったあと、妻の強い意志によって、生前の自邸計画を実現したものだ。数年前、彼女は自邸をつくれば、山田の作品はまだ増えると語っていたが、本当にそれを成し遂げたのである。その後、山田事務所の元所員に相談し、大学の先輩にあたる鵜飼昭年に設計を依頼することになった。ただし、当初、計画されていたのは、二世帯+親戚の大家族が暮らす住宅である。同じサイズにこだわると、プログラムがあわないだけではなく、敷地やコスト面においても大変だ。資金に余裕があるわけでもない。鵜飼は途中で木造案も考えるほど、コストをいかに抑えるかで苦労したという。そこで規模を大幅に縮減し、ほぼ彼女がひとりで暮らす小さな家になった(融資や設計の過程で時間がかかり、2人の子供が大学に入ったり、仕事をするようになって、それぞれ家を離れたからだ)。

住宅は矩形のシンプルな外観だが、特に内部は山田テイストを散りばめたスキップ・フロアの構成である。すなわち、ポストモダンの時代におけるハイテク風だ。コンパクトながら、随所に山田建築を想起させる色彩やディテールが散りばめられている。鵜飼は、山田が設計した住宅、代表作の《笹田学園》、残された資料などを研究し、山田ならどうデザインするかを考えなら設計した。したがって、建築家が自分の作風でやればよいわけではなく、あくまでも山田らしさを意識した住宅である。ゆえに、家という存在の不思議さを考えさせられる建築だ。妻にとってはただ日常を過ごす生活空間ではない。いつでも山田を感じることができる空間に暮らす、特殊な場所である(実際、山田がつくった模型やドローイングも飾られていた)。そしてオープンハウスでは、彼をよく知る仲間たちが名古屋や東京から集まって、皆で彼の思い出を語っていた。彼の記憶をつなぎ止める建築である。

2018/01/08(月)(五十嵐太郎)

《サムスン美術館リウム》

[韓国]

インドから日本に帰る途中、ソウルの乗り換えで数時間あったので、久しぶりに《サムスン美術館リウム》に立ち寄った。空港から最寄の駅まで、ほとんど地下空間の移動だけでアクセスできるおかげで、冬の厳しい寒さを感じるのは最小限に抑えられた(日本の美術館でこれが可能なところはどれくらいあるだろうか)。開館当初に一度訪れたときは予約制だったはずだが、いまは自由に訪問できるようになった。これはマリオ・ボッタ、ジャン・ヌーヴェル、レム・コールハースという三巨匠が各棟を設計するという夢のプロジェクトであり、収蔵品もクオリティが高い施設だが、企業の美術館だけではない。その後のソウルではザハ・ハディドの《東大門デザインプラザ》やMVRDVによる「ソウル路7017」などが登場し、さらに前衛的なデザインの存在感を高めている。一方、現在の東京は凡庸な開発ばかりで、むしろ昭和ノスタルジーに浸り、逆方向に向いているのではないか。

この美術館が興味深いのは、それぞれの建築家のデザインの特性を考え、ボッタ棟は古美術、ヌーヴェル棟は近現代の美術、そしてコールハース棟は映像、教育、特別展示など、フレキシブルな使い方をあてがっていることだ。また以前にはなかった手法によって、展示がバージョンアップしていた。例えば、ボッタ棟は韓国の古美術や工芸の展示だけに終始するのではなく、一部にマーク・ロスコなどの現代美術を加え、作品による新旧の対話を試みていた。またコミッションワークが効果的に挿入されていた。例えば、鏡面を活用し、黄色い半円群をリングに見せるオラファー・エリアソンの大がかりな空間インスターレションは、古美術の展示が終わり、中央のホールに戻る大階段の上部に設置されている。またカフェでは、リアム・ギリックのカラフルかつグラフィック的なインテリア・デザイン風の作品が、10周年を記念して2014年に増え、空間をより魅力的なものに変えていた。

マリオ・ボッタ《MUSEUM 1 時代交感》

レム・コールハース《サムスン児童教育文化センター》


オラファー・エリアソンの展示

リアム・ギリックの展示

2018/01/07(日)(五十嵐太郎)

インドの街並みと建築

[インド]

およそ25年ぶりにインドを訪れた。現代の中国のように、劇的に風景が変わっているのではないかと思っていたが、街のバザールは相変わらず混沌としており、路上では各種の乗り物のほかに、象、馬、牛、犬、猿などの動物も見かけるし、少なくとも観光地の周辺はそれほど変わっていなかった。歩く人々がスマートフォンを持っていたり、地下鉄や公衆トイレが増えたり、人力のリクシャーに対してオートリクシャーの比率が少し増えたくらいか。新興のエリアは別の場所なのだろう。こうしたカオス的な空間にもかかわらず、建築のデザインはきわめて幾何学的である。

ニューデリーの都市計画は、20世紀初頭にイギリスが手がけ、整然とした軸線や円形のプランが支配している。とはいえ、信号や横断歩道がほとんどないため、使われ方は無茶苦茶だ。初日の午前にデリーで見学した建築群は特に美しかった。階段井戸のアグラセン・キ・バーオリーは、壁を抜けて足を踏み入れると、突如、地下に奥深く切り裂いた壮観な眺めが展開する。掘削による構築的な空間は、アジャンタやエローラの寺院に通じるが、宗教的な装飾やアイコンがない分、さらに抽象的である。なお、小さな穴に無数の鳩が棲みつき、動物にもやさしい建築なのだが、糞の直撃弾を食らい、ひどい目にあった。

ここニューデリーにある天文台ジャンタル・マンタルは、天文観測機械が巨大化し、建築的なスケールを獲得したものだが、その空間を人間が使えないため(大きな曲面はスケーターに格好の素材かもしれない)、巨大な抽象彫刻のようだ。類似例は他の都市でも見たことがあるが、ここはビル群と近接し、独特の幾何学が際立つ。周辺の近現代建築としては、マンディ・ハウス駅周辺のル・コルビュジエ的な形態語彙をもつ文化施設のほか、チャールズ・コレアの《ブリテッシュ・カウンシル》や、大屋根をもつ《ジーバン・バラティ・ビル》(補修中だった)、ラージ・レワルによる丹下風の《STCビル》(模型がポンピドゥー・センターのコレクションになっていた)などが挙げられる。いずれも乾いた幾何学を感じるデザインだった。


左:アグラセン・キ・バーオリー 右:ジャンタル・マンタル

2018/01/06(土)(五十嵐太郎)

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