2019年02月15日号
次回3月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

阿部淳「白虎社」

会期:2018/10/09~2018/10/27

The Third Gallery Aya[大阪府]

阿部淳は、ビジュアルアーツ写真学校・大阪で教鞭をとりながら、都市の路上でスナップ写真を撮影し続けてきた。また自ら運営するVacuum Pressから多くの写真集を刊行し、そのうちの『市民』『黒白ノート』『黒白ノート2』で、2013年に第25回写真の会賞を受賞している。その阿部が、1982年から94年にかけて、大須賀勇が主宰する舞踏グループ、白虎社のスタッフカメラマンを務めていたことは、あまり知られていないのではないだろう。今回のThe Third Gallery Ayaでの個展では、1982年11月の「白虎社東南アジア舞踏キャラバン隊インドネシア巡業」に同行して、バリ島で撮影された写真をはじめとして、当時のヴィンテージ・プリントと、2013年に制作されたという大伸ばしのプリント2点が展示されていた。

阿部の都市のスナップ写真は、日常の光景に目を向けながら、そこから霊的な気配とでもいうべき非日常性を浮かび上がらせるところに特徴がある。白虎社の写真群はその真逆で、非日常的な空間を日常の最中に強引に接続し、祝祭的な異化効果を生み出す踊り手たちの姿を平静な視線で定着している。つまりそこには、引き裂かれつつどこか繋がっている阿部のふたつの視点があらわれているわけで、白虎社の写真をあらためて見直すことで、彼の写真の世界を別の角度から読み解くこともできそうだ。雑誌等に一部掲載されたことはあるが、これらの写真群は、1994年以来はじめてまとまった形で展示されるのだという。さらなる掘り起こしを期待するとともに、ぜひ写真集としてもまとめてほしい。

2018/10/25(木)(飯沢耕太郎)

岩根愛「KIPUKA」

会期:2018/10/24~2018/11/06

銀座ニコンサロン[東京都]

岩根愛は、2006年頃から「ハワイにおける日系文化」に強い関心を抱くようになり撮影を続けてきた。その成果をまとめたのが本展であり、青幻舎から同名の写真集(デザイン=町口覚)も刊行された。

岩根が目をつけたのは、ハワイにおける盆踊りの伝統である。ハワイ・マウイ島のパイア満徳寺で最初の盆踊りが開催されたのは1914年であり、その時流れたのは相馬盆唄を元にした「フクシマオンド」だった。ハワイ移民のなかに福島県出身者が多かったためのようだ。岩根は東日本大震災以後、福島県三春町にも撮影の拠点を置くようになったが、その福島の盆踊りを、ハワイ各地の「ボンダンス」と対比するように撮影して、会場を構成している。盆踊りはいうまでもなく、地上に降りてきた祖霊を慰めるために行なうものだが、岩根の写真群には「土から目覚めた、自分に連なるものに呑み込まれ、一体となる」という、その根源的な体験が写しとられており、魂が互いに呼び合うような声なき声を感じとることができた。タイトルの「KIPUKA」とは、溶岩の焼け跡に生えてくる植物のことであり、「再生の源となる『新しい命の場所』を意味するハワイ語」だという。ハワイとフクシマのというふたつの場所を「KIPUKA」のイメージで結びつけようとする意欲的な試みである。

ただ、奥の壁に貼られた2枚のパノラマ写真、溶岩の上の日系人墓地と、フクシマの廃墟とで、会場があまりにもくっきりと二分化されており、作品を意味づけ、方向付けしていく力がやや強すぎるようにも感じた。もう少し大きな会場で、写真の点数も多くなれば、もっと多様に枝分かれしていくハワイ、フクシマ体験の細部を味わうことができるのではないだろうか。なお本展は11月21日~12月3日に大阪ニコンサロンに巡回する。

2018/10/24(水)(飯沢耕太郎)

福永一夫「“ARTIST:1989-2018” 美術家 森村泰昌の舞台裏」

会期:2018/09/29~2018/10/21

B GALLERY[東京都]

福永一夫は京都市立芸術大学在学中の1980年に、同大学教授のアーネスト・サトウが指導する映像教室の講義を受けるようになった。そこで非常勤講師をしていた森村泰昌と出会い、同大学大学院を卒業後、商業写真家の助手を経て独立してから、そのセルフポートレート作品の制作に深く関わるようになる。いわば福永と森村は、写真作品の根幹となる画面構成のあり方について、アーネスト・サトウの教えを共有しており、そのことが互いに信頼感を持つことにつながっていったことは間違いない。

福永は、森村のセルフポートレート作品を最後の一押しで完成させる役目を持つ一方で、その舞台裏の光景を小型カメラでスナップし続けてきた。今回の展示は、2012年の「芸術家Mの舞台裏:福永一夫が撮った“森村泰昌”」展の続編にあたるもので、「なにものかへのレクイエム」シリーズを中心とした前回よりも、年代的にも内容的にも、より幅の広い作品を出品している。それらは単なる「舞台裏」の記録という以上に、福永のシャッターチャンスや画面構成に対する美意識の発露というべきものであり、彼の写真家としての力量が十分に発揮されていた。同時にそれらが、30年以上にわたって他者に変身するという特異なパフォーマンスに心身ともに没入してきた森村を、思いがけない角度から照らし出す、貴重な「ドキュメント」としての意味を持っていることはいうまでもない。

本展の最終日である10月21日に開催された福永、森村、そして筆者によるトークは、まさに以心伝心というべきアーティストと写真家との関係のあり方が、生々しい裏話も含めて披露され、非常に興味深いものとなった。なお、展覧会に合わせて、ビームスから同名の写真集が刊行されている。

2018/10/21(日)(飯沢耕太郎)

ふせなおき「名前のない写真」

会期:2018/10/20~2018/11/02

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

ふせなおきの展覧会の初日にギャラリーに顔を出したら、まだ展示作業中だった。どうやら当初のプランを変更したようで、壁全体を200枚ほどの写真で埋め尽くすつもりのようだ。その様子を見ながら思い出したのは、中平卓馬が1971年のパリ青年ビエンナーレに出品した「サーキュレーションー日付・場所・行為」のことである。その日に撮影した写真をすぐ現像、プリントし、壁面にどんどん貼り付けていくというパフォーマンス的な展示で、中平の写真は定められたスペースをはみ出して床にまで増殖し、事務局からクレームがついて撤去せざるを得なくなった。ふせの作品はここ10年ほどのあいだに撮影されたスナップショットの集積なので、むろん写真のあり方は違う。だが、写真家の生に寄り添うようにして撮影された写真群を、無作為に抽出して壁に貼っていくということにおいては共通性がある。近頃、中平やその同時代の写真家たちのような、アナーキーな、荒々しい展示風景を見ることが少なくなったので、その雑然とした佇まいがむしろ新鮮に思えた。

今回の展示では、カラーとモノクロの写真が混じり合っているのだが、そのなかでモノクロコピーの写真がまとめて貼られているパートが妙に気になった。聞けば、ふせは2016年に心臓発作で生死の境をさまよったことがあるのだという。モノクロの写真は、その後まだ心身ともに回復していなかった時期に、「意味なく」電車に乗って、行き過ぎる風景にシャッターを切り続けた時のものだという。全体に彼岸の気配とでもいうべき奇妙な浮遊感が漂っているのは、そのためなのかと合点がいった。その前後に撮影された、猥雑な「生の世界」の写真群も悪くないが、この「死の世界」のパートをもっと拡大していくと、面白いシリーズになるのではないだろうか。ふせは、2006年頃から写真を本格的に撮影し始めて10年余りが経過し、写真家としてもう一段階飛躍していく時期を迎えつつある。より破天荒な世界に踏み込んでいってほしい。

2018/10/20(土)(飯沢耕太郎)

澤田知子・須藤絢乃「SELF/OTHERS」

会期:2018/10/16~2018/11/22

キヤノンギャラリーS[東京都]

1977年神戸生まれの澤田知子と、1986年大阪府生まれの須藤絢乃の二人展である。この二人には、セルフポートレートを中心に作品を発表してきたという共通性がある。とはいえ、年齢や活動場所だけでなく、それぞれのセルフポートレートのあり方は相当に違っているのではないかと思う。澤田は自分の外見が変わることで、どのような社会的な反応を生むのかに関心があり、今回の展覧会のタイトルで言えば「SELF」を素材として、「OTHERS」のあり方を浮かび上がらせようとしてきた。須藤はその逆に、自己の内面性を「OTHERS」を素材として掘り下げてきたのではないかと思う。その二人が3年前に大阪のアートフェアで出会い、以後ディスカッションしながら今回のキヤノンギャラリーSの展示を組み上げた。

澤田は成安造形大学在学中の初期作品「Early Days」(1996~97/2018)と新作の「BLOOM」(2007~)を、須藤は稲垣足穂のエッセイのタイトルを借りた「Vita Machinicalis」(2018)を出品している。結論からいうと、今回の展示では両者の異質性よりも同質性のほうが際立っていたように思う。澤田のセルフポートレート制作の原点と言うべき「Early Days」は別として、メイクアップの美的効果を探求する「BLOOM」にも、アンドロイドの日常性を丹念に描出する「Vita Machinicalis」にも、「SELF」の可能性を拡張するというポジティブな思考が貫かれているからだ。二人のアーティストの出会いが連鎖反応を生んで、面白い化学変化が生じてきたのではないだろうか。

パネルが表裏に立ててあって、片側から見ると澤田の作品が、その反対側から見ると須藤の作品が目に入ってくるという会場構成もとても効果的だった。

2018/10/19(金)(飯沢耕太郎)

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