artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

サトウヒトミ「over the window」

会期:2023/09/19~2023/09/30

キヤノンギャラリー銀座[東京都]

コロナ禍の時期に活動を休止、あるいは制限しなければならなかった写真家たちも、ようやく自分のペースを取り戻しつつあるようだ。サトウヒトミもその一人で、キヤノンギャラリー銀座でのひさびさの新作展で、意欲的な作品を発表していた。

会場に並んでいるのは、さまざまな国の街頭、あるいは室内で撮影されたスナップ写真だが、それらを見ているうちに微妙な違和感が生じてくる。アメリカやヨーロッパの風景に日本人らしい姿が映っているものがあったりして、そのうちに画面の一部を合成しているのだと気づいた。つまり、撮り溜めていた旅のスナップ写真と、コロナの渦中の日本の眺めとをオーバーラップさせているのだ。どうやら、ステイ・ホームの時期に、パソコンのデスクトップで過去の写真を見ていて、「架空のスナップショット」というアイデアを思いついたようだが、時宜を得たいい作品になったのではないだろうか。

むずかしいのは、画面のどこに、どれくらいの割合で合成写真を入れ込んでいくかという匙加減だと思う。ものによっては、もう少し大胆な画像処理をしてもいいのではないかと思う作品もあったが、むしろこのさりげなく、押しつけがましくない見せ方が、サトウの持ち味と言えるのかもしれない。巧まずして、コロナが一段落したこの時期のやや緩んだ空気感を伝える世界像として成立していた。なお、展覧会にあわせて、京都の展示スペースPURPLEから、瀟洒なデザインの同名の写真集が刊行されている。本展は10月31日〜11月11日にはキヤノンギャラリー大阪に巡回する。


サトウヒトミ「over the window」:https://canon.jp/personal/experience/gallery/archive/overthewindow

2023/09/22(金)(飯沢耕太郎)

ERIC「東京超深度掘削坑」

会期:2023/09/12~2023/09/25

ニコンサロン[東京都]

1976年に香港で生まれ、1997年に来日して以来、東京で写真家として活動してきたERICは、7年前に生活の拠点を岡山に移した。その結果、農業や狩猟など、それまでは縁遠かった経験を積み重ねることになる。その「お金を介さない、本来的な食糧調達」のあり方に触れることで、彼のなかに「新たな目」が育ってきたのだという。その彼の新作では、そうやって獲得した視線のあり方を、コロナ禍以降の東京に向けている。

日中シンクロの手法を多用した路上のスナップショットという点においては、これまでの彼の写真のスタイルをそのまま踏襲しているように見えなくもない。だが、都市の表層を鋭利な刃物で剥ぎとるようなこれまでの写真と比べると、本作では視線の深度が深まっているように感じる。マスク姿が目立つ異形の人物たちや、むしろ人間以上の生命力を感じさせる植物たちの写真から見えてくるのは、むしろ都市の深層に伸び広がる「根」のようなものを探り当てようとする試みである。これまでのERICの作品と比較しても、本シリーズには、この時代のこの瞬間を写真に刻みつけておかなければならないという切迫感をより強く感じた。

この「超深度掘削坑」の試みは、もしかすると東京以外でも試みることができるかもしれない。次の展開が大いに期待できそうだ。


ERIC「東京超深度掘削坑」:https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/2023/20230912_ns.html

関連レビュー

ERIC「香港好運」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年02月01日号)
ERIC『LOOK AT THIS PEOPLE』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2012年02月15日号)

2023/09/14(木)(飯沢耕太郎)

川崎祐「未成の周辺」

会期:2023/09/01~2023/09/24

Kanzan Gallery[東京都]

川崎祐は前作『光景』(赤々舎、2019)で、故郷の滋賀県長浜市の風景とそこに住む家族の姿を捉えたシリーズを発表した。その、否応なしに絡みついてくるような、かかわりの深さを感じてしまう写真群と比較すると、今回、Kanzan Galleryの個展に出品された新作「未成の周辺」からは、どこか淡く希薄な印象を受ける。被写体となった和歌山県新宮市の周辺は、川崎が学生時代からずっと関心を保ち続けてきた中上健次の小説の舞台になった場所である。だが前作と比較すると、そのような理由づけだけでは、どうしても必然性を欠いたものに見えてきてしまうのだ。

川崎はむしろ、「他者の風景」を撮ってみたかったのではないだろうか。『光景』に写し込まれた琵琶湖北岸の土地の呪縛から離れて、もっと自由に、のびやかに見渡すことのできる眺めを求めたともいえそうだ。その狙いはとてもうまくいっていて、意味づけの重力から逃れた「未成の」風景が、次々に目の前に生起してきた。だが展覧会に寄せたコメントには、「海にしろ山にしろ森にしろ、みあきることのない景色がいたるところにひろがる新宮とその周辺」にカメラを向けながら、結果的には「迂回に迂回を重ねたような道をぐるぐる歩きながら荒地や空き地や住宅が気になった」と書いている。その「荒地や空き地や住宅」は、『光景』にも頻繁に登場してくる。とすると、川崎が次にめざすべきなのは、「他者の風景」と「自分の風景」とが重なり合うところに出現してくる眺めなのかもしれない。その萌芽は、今回のシリーズにもすでにあらわれてきているように見える。

なお、展覧会にあわせて喫水線から同名の写真集が刊行されている。


川崎祐「未成の周辺」:http://www.kanzan-g.jp/yu_kawasaki.html

関連レビュー

川崎祐 写真展「光景」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年12月15日号)

2023/09/14(木)(飯沢耕太郎)

蓮井元彦「そこにいる」

会期:2023/09/12~2023/10/15

半山ギャラリー[東京都]

東京・代田橋の半山ギャラリーの会場には、14点の写真が並んでいた。道路脇の植物を撮影した2点以外は、すべてポートレートだ。スタジオなどで、ポーズライティングをあらかじめ定め、構えて撮影したものではない。「はじめて会った人、近所の人、ひさしぶりに会った人」などに、素直にカメラを向けている。正面から向き合って撮影した、腰から上くらいの写真が多く、いわば、ポートレート撮影の原点を確認するような仕事といえるだろう。

蓮井の写真を見ていると、ポートレートとはコミュニケーションの積み重ねのなかで成立してくるものであることがよくわかる。写真家と被写体とのあいだのコミュニケーション、そして出来上がった写真を前にした観客と写真家、あるいは写真に写っている人とのあいだのコミュニケーション──それらが重なり合い、干渉し合うところに、“声”のようなものが聞こえてくる。だが、その“声”をクリアに聞きとるためには、写真そのものはあまり押し付けがましくないほうがいい。その人が「そこにいる」ということだけが端的に伝われば、あとは波紋が広がるようにさまざまな思いや感情が膨らんでいく。蓮井は「もともとクラスメートや身の回りの人々の写真を撮ることから始めた自分をもう一度見つめ直そう」という動機で、このシリーズを撮り始めたのだという。それは彼にとっての原点回帰であるとともに、われわれ一人ひとりへの、ポートレートとは何なのか、どのように撮るべき(見るべき)なのかという問いかけにもなっていた。


蓮井元彦「そこにいる」:https://pineapple-sawfish-6yml.squarespace.com/exhibition/jc63f2w9e53thm5n3aspr3lt762s97

2023/09/13(水)(飯沢耕太郎)

生誕一〇〇年 大辻清司 眼差しのその先 フォトアーカイブの新たな視座

会期:2023/09/04~2023/10/01

武蔵野美術大学 美術館・図書館[東京都]

大辻清司の自宅・アトリエに残されていたプリント、ネガ、蔵書・資料などは、2001年の没後に武蔵野美術大学に寄託され、同大学の「大辻清司フォトアーカイブ」の手で、整理・研究・展示などの活動が行なわれてきた。2016年には大部の『所蔵作品目録』が刊行されたが、本展はその活動の一応の区切りを期して開催されたものである。

1940年代からの代表作から成る展示は、「原点」「シアター」「シークエンス」「他者たち」の4章で構成されている。全101点という作品数は、やや少ないように感じられるかもしれないが、長年にわたる研究の成果を踏まえて、的確かつ周到に選ばれている。例えば、「原点」の章に出品されている「太陽の知らなかった時」(1952)と題するシリーズに、これまでよく知られていた《新宿・夜》のほかに、子供たちや親子を撮影した「リアリズム写真」を思わせるスナップが含まれていること、「シアター」の章の「無言歌」(1956)シリーズに未見のヴァリエーションがかなりたくさんあることなど、新たな角度から大辻の作品世界を見直していこうという意図が随所に感じられる構成だった。写真という媒体の可能性を、つねに最大限に発揮しようとしていた大辻の表現意欲が充分に伝わってきた。「アート・アーカイブのひとつの在り方を示し、その先に何を見出すことができるのかを探る」という本展の方向性も、本展を通じて明確に見えてきたといえるだろう。

これまでの活動の成果を踏まえた、大辻の仕事の全体像を一冊にまとめた写真集の刊行も、そろそろ企画してもいいのではないだろうか。「大辻清司フォトアーカイブ」の今後の活動への期待は大きい。


大辻清司 眼差しのその先 フォトアーカイブの新たな視座:https://mauml.musabi.ac.jp/museum/events/20681/

2023/09/12(火)(飯沢耕太郎)