2018年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

郷津雅夫展

会期:2018/04/28~2018/06/03

安曇野市豊科近代美術館[長野県]

郷津雅夫は1971年に渡米してニューヨークに住み、ダウンタウンの住人たちにカメラを向けた写真作品を制作し始めた。その後、空き家になってイースト・ヴィレッジの自宅の近くに放置された建物の窓枠を、その周囲の煉瓦や装飾物とともに切り出し、再構築(reconstruct)する彫刻/インスタレーション作品を制作するようになる。故郷の長野県白馬村に近い、安曇野市豊科近代美術館で開催された本展は、その彼の50年近いアーティストとしての軌跡を辿り直すものである。

これまでの郷津の展覧会は、写真かインスタレーションかのどちらかに限定されていることが多かった。定点観測的な手法を用いた「Window」(1971~1989)、「Harry’s Bar」(1976~79)、「264 BOWERY STREET」(1978~79)などの初期の写真作品は、それぞれユニークな質感と厚みを備えた完成度の高い仕事である。だが、生々しい煉瓦の感触を活かした「窓」のインスタレーションと対比して見ることで、郷津がなぜこのようなシリーズを構想したのかが、強いリアリティをともなって伝わってきた。

もうひとつ、今回あらためて感じたのは、「Twin Towers」シリーズ(1971~81)の凄みである。煉瓦を積み直した窓枠の作品を、ニューヨークのツイン・タワーが見える場所に据え、太陽、炎、波などの自然の要素を取り入れて撮影した、スケールの大きな写真作品である。郷津はツイン・タワーの2つの高層ビルを、「対立するもの」の象徴として捉えていたのだという。言うまでもなく「9・11」の同時発生テロで、ツイン・タワーは消失してしまうわけで、そう考えると、郷津はなんらかの予感を覚えてこの建物を被写体に選んだのではないだろうか。この作品に写っているツイン・タワーは、あたかも墓石のようにも見えてくる。

2018/05/24(日)(飯沢耕太郎)

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井上佐由紀「私は初めてみた光を覚えていない」

会期:2018/05/19~2018/06/23

nap gallery[東京都]

志が高く、長期にわたって撮影されたいい作品である。井上佐由紀は、病床にあった祖父に、2年間にわたってカメラを向け続けた。「終わりに向かう祖父の目」が次第に光を失い、宙をさまようのを見ているうちに、「ふと初めて光を見る赤子の目を見たい」と思いつく。井上は産院と交渉して、生まれてから5分以内の赤ん坊を、分娩室で撮影させてもらうことにした。この6年間で20人以上の新生児を撮影したのだという。

今回のnap galleryでの展示では、大伸ばしの連続写真のプリントのほか、フィルム1本分をそのまま焼き付けたコンタクト・プリントも並んでいた。それらを見ていると、まさに赤ん坊が目を開け、初めて光を感じとったその瞬間が捉えられているのがわかる。むろん、その瞬間を「覚えて」いる人は誰もいないだろう。それでも、それらの写真はどこか懐かしい気がする。それは「初めて光を見る」という体験が、人種や性別を超えた普遍的な体験だからだろう。まだ顔つきもしっかりと定まっていない新生児たちが、互いに似通って見えてくるのも興味深かった。

このシリーズはこれで終わりというわけではなく、さらに続いていきそうだ。ただ、数を増やしていくことが問題ではないはずなので。そろそろ写真集にまとめることを考えてもよい。会場には大判のプリントを綴じ合せた、ポートフォリオが置いてあったが、もっと小ぶりな造本でもいいのではないかと思う。ぜひ実現してほしい。

2018/05/23(水)(飯沢耕太郎)

石塚公昭「ピクトリアリズム展Ⅲ」

会期:2018/05/12~2018/05/25

青木画廊[東京都]

1957年、東京生まれの石塚公昭は、著名な文学者たちをモデルにした人形作家として活動しながら、それらを画面に配した写真作品を発表してきた。タイトルの「ピクトリアリズム」(pictorialism)というのは、19世紀から20世紀諸島にかけて流行した、絵画の構図やマチエールを写真で表現しようとする傾向である。石塚はこれまで、オイル印画法のような、その時代の古典技法を使った作品を主に制作してきたのだが、3回目の個展となる今回は「人物像の陰影を出さずに撮影し、画面に配した作品」を試みている。もともと、1850~60年代の「ピクトリアリズム」の草創期には、オスカー・G・レイランダーやヘンリー・P・ロビンソンのような作家が、複数のネガをひとつの画面に合成した「活人画」を思わせる作品を発表していた。今回の試みには、「ピクトリアリズム」の原点回帰という意味合いもありそうだ。

三島由紀夫の「潮騒」や「金閣寺」、江戸川乱歩の「黒蜥蜴」や「怪人二十面相」、三遊亭圓朝の「牡丹灯籠」、葛飾北斎の「蛸と海女」などに題材をとり、人形と実際の風景、あるいは石塚自身が描いた絵を合成して、幻想と現実が一体化した画面をつくり上げていく手際は見事なもので、高度に完成されている。カラープリントの色味を強調し、手漉和紙(阿波紙)にプリントする手法もうまくいっていた。27点の作品のなかには、文学作品や浮世絵の図像から離れて、石塚自身のイマジネーションを定着した「陰影のある作品」も含まれているが、それらもなかなか面白い。石塚の「ピクトリアリズム」の探求は、さらにさまざまな可能性を孕んで展開していきそうだ。

2018/05/22(火)(飯沢耕太郎)

内藤正敏「異界出現」

会期:2018/05/12~2018/07/16

東京都写真美術館[東京都]

内藤正敏が早稲田大学理工学部出身で応用化学を専攻し、倉敷レイヨン(現・クラレ)の研究室に一時勤めていたというのは、あまり知られていないのではないだろうか。彼の初期作品は、その関係もあって、高分子物質(ハイポリマー)の化学反応を利用して、SF的なイメージを創り上げたものだった。今回の全186点という回顧展の冒頭には、《黒い太陽》(1959)、《トキドロレン》(1962~63)、《白色矮星》(1963)といった、奇妙にユーモラスな怪物めいた生き物が跳梁する作品群が展示されていた。

ところが、2年以上かけた大作《コアセルベーション》を制作中の1963年に、山形県湯殿山麓、注連寺の鉄門海上人の即身仏(ミイラ)と出会い、衝撃を受けたことで、内藤の写真家としての方向性は大きく変わっていくことになる。即身仏信仰の背景となる歴史学や民俗学を研究し始め、「東北の民間信仰」を集中的に撮影することで、いわば理科系から文科系への転身が図られることになる。以後の内藤の、「婆バクハツ!」、「東京 都市の闇を幻視する」、「遠野物語」、「神々の異界」など、異界のドキュメントというべき仕事の展開は、今回の展示でしっかりとフォローされていた。

だが、本展を通して見てあらためて強く感じたのは、むしろ一見断絶しているように見える「初期作品」とそれ以後の作品とのあいだの共通性だった。闇の奥をストロボで照射し、「もう一つの世界」を浮かび上がらせようとする試みは、化学反応によって偶然生じてくる形象を印画紙上に定着しようとする行為の延長上にあったことを実感することができた。さらに驚きつつ、感動したのは展示の最後のパートに置かれていた《聖地》(1980)と題する作品である。2カ月ほど、食事の内容を吟味して理想の「ウンコ」を放り出し、谷川の岩の上に、その黄金色に輝く塊を置いたのだという。そこには、内藤正敏という写真家の陽性のエネルギーの塊が、見事に形を取っていた。

2018/05/18(金)(飯沢耕太郎)

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橋本とし子「キチムは夜に飛ぶ」

会期:2018/05/15~2018/05/26

ふげん社[東京都]

印象的なタイトルは、作者の橋本とし子(1972年、栃木県生まれ)、の2歳の娘が、ある日押入れで遊んでいた時にふと口ずさんだ「キチム キチム キチムは よるに とぶ」という言葉に由来するのだという。「キチム」は「吉夢」に通じるが、もっと幻想的な生き物の名前のようでもある。橋本がここ10年余り、折りに触れて撮影してきたという写真をまとめたという今回の展覧会を見ていると、たしかにそこはかとなく「夢と現実が交錯する」気配が立ち上がってくるように感じる。

2人の娘の成長ぶりや、旅先で撮影された写真など、被写体の幅はかなり広い。だが、そこには一貫して日常から少しだけ遊離した時空に鋭敏に反応する視点がある。光、あるいは闇のほうに、少しずつ滲み出ていくようなプリントの調子もよくコントロールされていた。娘たちも10歳と2歳になり、子育てからやや解放されたということなので、今後はぜひコンスタントに作品を発表していってほしい。文学とも相性がいい、ユニークな作品世界が育っていきそうな気がする。

なお、東京・築地のふげん社での展示に合わせて、同名の写真集が刊行された。A4判変型のそれほど大きくない写真集だが、長尾敦子による、細部まできちんと目配りされた装丁・デザインによって、気持ちよくページをめくることができる。写真の大きさを微妙に変え、裁ち落としと余白を活かしたページをリズミカルに散りばめることで、橋本の写真の世界が的確に表現されていた。

2018/05/18(金)(飯沢耕太郎)

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