2018年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

SYNKのレビュー/プレビュー

富田菜摘展 Wonder Orchestra

会期:2017/08/03~2017/08/13

Bunkamura Gallery[東京都]

廃材を用いてユニークな動物のオブジェをつくる富田菜摘。Bunkamura Galleryでは3年ぶりとなるこの展覧会のテーマは、クラシック音楽などの演奏会が行なわれるBunkamuraオーチャードホールにちなんで、動物たちのオーケストラだ。弦楽器を担当するライオンやサル、クマ、ウサギたちのボディにはバイオリンやチェロ、マンドリン、ウクレレなど弦楽器の胴。頭や手脚には鍋やザル、空き缶など。弦を奏でる手の先、耳にはフォークやスプーン、トングが用いられている。吹奏楽パートの象の鼻はチューバやトランペット。ワニのぎざぎざした大きな歯はキーボードだ。鍋やボウル、スプーンやフォークは、ギャラリー向かいのカフェラウンジがリニューアルした際に廃棄されることになったもの。展覧会会場に合わせたテーマ設定ばかりではなく、オブジェの素材にもまたその場と関わりのあるものが用いられているのだ。廃棄物を作品に用いるアーティストは多いが、なかでも富田の素材の選びかた、使いかたは絶妙。細部を見るたびごとに「こんな廃材が使われているのか」という驚きと発見に満ちていて、見る者を飽きさせない。動物たちに付けられた名前にはそれぞれ愉快な由来がある。オブジェのほか、今回は同じテーマの水彩画も出品。とても楽しい展覧会だった。[新川徳彦]

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富田菜摘 展「平成浮世絵──役者舞台之姿絵」|SYNK(新川徳彦):artscapeレビュー

2017/08/04(金)(SYNK)

拡がる彫刻 熱き男たちによるドローイング 植松奎二 JUN TAMBA 榎忠

会期:2017/07/04~2017/09/28

bbプラザ美術館[兵庫県]

「彫刻とドローイング」をテーマに、現代美術家の3人植松奎二、JUN TAMBA、榎忠の作品と空間展示を月替わりで紹介する展覧会。現在、デュッセルドルフと日本にアトリエを構え活動する植松奎二の展示は、最新作のインスタレーション《見えない軸─水平・垂直・傾, Invisible axis Horizontal, Vertical, Inclination》を会場の中央に設置、四方を1969年から2017年までのドローイング作品群で囲むように構成した。《見えない軸》は、中央に据えられた石とさまざまな角度で傾く金属の柱(真鍮)とワイヤーを用いて、本来は不可視の「重力」を、事物のあいだに看取される関係性を通して表わそうとする。また、2×4メートルを超える大きさのドローイング《浮く石, Floating stone》は、同館で公開制作されたもの。タイトルが示す通り「巨大な石が宙に浮かぶさま」の描写は、現実にはありえない奇想の空間を創出する。このような、普段私たちが知覚することのない「重力」についての気づきは、ひいては、宇宙/地球/人間の存在に関わって「大事な見えないものとは何か」を考えることにもつながってゆくだろう。植松の作品は、世界の構造への普遍的な問いから鑑賞者個人の内面に至るまで、多様なレヴェルの気づきを与えてくれる。[竹内有子]

2017/07/30(日)(SYNK)

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生誕150年記念 藤島武二展

会期:2017/07/23~2017/09/18

練馬区立美術館[東京都]

今年2017年は洋画家・藤島武二(1867-1943)の生誕150年。15年ぶりの大回顧展となる本展では、藤島武二の作品のみならず、彼が学んだ日本画家、洋画家、留学時代の師の作品、資料を含む約160点が紹介されている。また、日本のアール・ヌーヴォー様式の代表作のひとつである鳳晶子(与謝野晶子)『みだれ髪』装幀(1901/明治34年)を含む、グラフィックデザインの仕事が多数紹介されている点も特筆されよう。本展チラシのデザインもアール・ヌーヴォーを意識しているようだ。ほとんどアルフォンス・ミュシャのスタイルの模倣である「すみや書店」刊行の絵はがき《三光(星・日・月)》(1905/明治38年)などからは、藤島が同時代のヨーロッパの流行を熱心に研究していた様子がうかがわれる。藤島武二とアール・ヌーヴォー様式には黒田清輝、久米桂一郎らによって結成された白馬会との関わりが指摘されている。1901/明治34年、フランスから帰国した黒田らはアール・ヌーヴォー関連の情報、資料をもたらし、白馬会第6回展(1901年10~11月)では多数のアール・ヌーヴォー様式のポスターが展示されたという。しかしそれ以前からアール・ヌーヴォーのデザインは日本に影響を与えていた。黒田、久米らの不在中に開催された白馬会第5回展(1900年10~11月)にアール・ヌーヴォーのポスター2点が展示されており、また藤島武二は『明星』第10号(1901/明治34年1月)にアール・ヌーヴォー風の挿絵を発表している。藤島武二自身がヨーロッパ留学に出発したのは1905年のことなので、彼は日本に居ながらにして、そして黒田、久米が持ち帰った資料の影響を受ける以前にすでに、ヨーロッパのポスターや雑誌によってアール・ヌーヴォー様式を研究、マスターしていたことになる。他方で、装幀やデザインの仕事の場としては東京新詩社の主催者であった与謝野鉄幹、晶子夫妻との関わりが指摘されている。鉄幹と藤島との親交は1901年から始まり、夫妻とのコラボレーションはその後30年以上にわたって続いたという。さらに、デザイナー藤島武二誕生に影響を与えた人物として、ここでは藤島が洋画を始める前に師事した四条派の画家 平山東岳、円山派の川端玉章の影響も挙げられている★1。ところで藤島武二より10歳ほど年下で、アール・ヌーヴォー様式のデザインで著名となったグラフィック・デザイナー 杉浦非水(1876-1965)もまた四条派、そして川端玉章に師事し、東京美術学校時代には黒田清輝から指導を受けている。日本のグラフィックデザインの源流に連なる二人が、時期は異なるがよく似た道筋を辿っていたことがとても興味深い。よく知られた《蝶》(1904)、《芳惠》(1926)が、1967年以降行方が分からなくなっていることを本展で初めて知った★2。[新川徳彦]

★1──谷口雄三「グラフィック・デザインの先駆者」(本展図録、38頁)および『日本のアール・ヌーヴォー 1900-1923』(東京国立近代美術館、2005年、34頁)。
★2──加藤陽介「《蝶》、《芳惠》の行方」(本展図録、88-89頁)。


2017/07/22(土)(SYNK)

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日本の家 1945年以降の建築と暮らし

会期:2017/07/19~2017/10/29

東京国立近代美術館[東京都]

このところ、日本の住宅建築に関する展覧会が連続している。2014年7月から埼玉県立近代美術館ほかを巡回した「戦後日本住宅伝説」展は、1950-70年代まで、高度成長期に手がけられた住宅を見せるものだった。2017年4月にパナソニック汐留ミュージアムで開催された「日本、家の列島」では現代の建築家による住宅に焦点が当てられた。そして本展は戦後70年にわたる住宅建築だ。「日本、家の列島」と「日本の家」はいずれも海外巡回展の日本展。ただし、「日本、家の列島」はフランス人建築家の視点によって紹介するもの。「日本の家」は、2016年、日本イタリア国交150周年を記念して日本で企画し、ローマおよびロンドンで開催されたもの。いずれも「戦後の」「日本の住宅」を扱っているが、時代や視点の所在が異なっている。これらのなかで、本展「日本の家」が戦後70年というもっとも長いスパンを取り上げているのだが、展覧会は時系列ではなく、「系譜」を基準とした13のテーマに分かれている。まったく時間軸が無視されているわけではないのだが、1945-1970、1970-1995、1995-2015の3つに分けられたマトリクスが用いられている。はたしてこの分類、系譜はどこまで日本の住宅建築を上手く説明できているのか、現時点ではいまひとつ判断できないでいる。会期中にもう少し考えてみたい。海外に紹介することを目的とした企画のためか、なぜ日本の、住宅建築の展覧会なのかという主旨は分かりやすい。著名建築家が個人住宅を手がける例は海外には少ない。海外と比較して日本には戸建て住宅が多い。それは戦後推進された持ち家制度ゆえでもある。そうした住宅の大多数を手がけたのがハウスメーカー(本展では積水ハウスのプレファブ住宅が紹介されている)で、それらのメーカーが手がけ、私たちの街をかたちづくってきた規格化された住宅に対する批評として、建築家による住宅がある。その批評の類型がここでいうところの「系譜」である、と考えればよいか。[新川徳彦]


会場には、清家清「斎藤助教授の家」(1952)の原寸大模型も展示されている

左上ちらし:Design by Norio Nakamura

2017/07/18(火)(SYNK)

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NO PROBLEM展

会期:2017/06/20~2017/07/17

GOOD DESIGN Marunouchi[東京都]

モノがつくられ、売られ、私たちの手元に届くまで、ふだん私たちがあまり意識しない工程に「検品」がある。製造時、工場出荷時、商品受け入れ時、さまざまな段階でモノは「検品」され、はじかれる。たいていのばあい私たちが手にするのは既にいくつかのふるいに掛けられた製品なので、そもそもふるいの存在を意識することは少ない。では、検品によってはじかれる製品はどのようなものなのか。機能的に不具合のある製品、安全性に問題のある製品、すなわち不良品や欠陥品がはじかれるのは当然だが、実際には良品と不良品の間にはグレーゾーンがあり、実用上は問題なくてもなんらかの基準によってはじかれる製品(B品)がある。この展覧会は検品におけるこうしたグレーゾーンに焦点を当て、モノの価値を問いかける、とても興味深い企画だ。
本展のきっかけは、インドの理化学ガラスメーカーBOROSIL社の製品VISION GLASS。その日本への輸入元である國府田商店株式会社/VISION GLASS JPが輸入後に検品した結果として日本の市場に出さなかった製品が多数生じている。わずかなキズやこすれた跡、出荷時にメーカー側でも検品しているので、そのほとんどは実用上の問題がない。実際インドでは普通に販売されており、クレームもほとんどないという。それにも関わらず、輸入された製品には日本の市場では販売が難しいと判断されるものがある。この違いは何に起因するのか。価値観の差なのか。誰が判断するのか。本展ではこれらの疑問を起点に、日本のメーカーや商店にものづくりの意識や検品の基準を取材し、それを実物とともに解説、紹介している。 展示全体を見ると、その基準は、素材や工程、製品の用途、ブランドによってさまざまだ。たとえば土人形は手作りゆえに一つひとつが異なっており、基本的に「B品」はないという(とはいえ、売れないと判断して廃棄されるものはある)。木工家具の業界では木の節が敬遠されるために、部品として利用できなかったり、塗装して利用されたりするが、同じものが海外の市場では問題なく受け入れられている。荒物を扱う商店では、製品のばらつき、サイズの不統一があってもすべて通常品として売っている。木工製品や革製品は自然素材であるがゆえに、工程に由来しない差異は買い手に受け入れて貰いたいと考える作り手もいる。基準が厳しいメーカーもあれば、それほどでもない店もある。基準がはっきりしているメーカーもあれば、オーナーの目が基準でマニュアル化できないでいる店もある。B品をアウトレットで販売するメーカーもあるが、VISION GLASS JPではB品を「NP品(No Problem品)」として、通常価格で販売する試みをしている。そこには作り手、売り手、買い手の、モノに対する多様な価値観を見ることができる。おそらく正解はない。ぶれのない高品質を売りにするブランドもあるし、手作りによる差異を楽しむ商品もある。相応に安ければ問題ないと考える買い手もいるだろう。対象が自然素材であっても、その特質を見極めることも技術のうちという考えかたもあろう。必要なことは買い手に対する丁寧な説明だ。
展示パネルでは取材先が生産・流通・販売のどの段階にあるのかが図示されていて、問題の所在が分かりやすい。チラシの黒ベタ部分には「ひっかき傷」「指跡」があり、一瞬「不良品」を手にしたのかと思ったが、数枚のチラシの同じ場所に傷があり、それがニスによる印刷で表現されたものであることに気づいてニヤリとする。欲を言えば、そこは量産化された「傷」ではなく、用紙にザラ紙を用いるなどして生じる「意図せざる不良品」でありたかったところだ。
なお、東京展は終了しているが、7月29日から8月13日まで、KIITO デザイン・クリエイティブセンター神戸(兵庫県)に巡回する。[新川徳彦]

2017/07/15(土)(SYNK)

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