2018年06月15日号
次回7月2日更新予定

artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

神宮徴古館・神宮美術館

神宮徴古館・神宮美術館[三重県]

伊勢の神宮にご参拝、ではなく見学に来ました。ここは小学生のとき修学旅行で訪れて以来だが、二見浦の夫婦岩は覚えているのに神宮の記憶はまったくない。まあガキにとって寺社ほど退屈な場所はないからな。そんなわけで、いまにいたるまで、伊勢神宮は天照大神を祀る場所で、20年にいちど社殿を建て替える式年遷宮が行われるということくらいしか知らなかった。調べてみると、伊勢には内宮と外宮の2カ所あり、しかもどちらにも社殿がいくつもあるらしい。目的地は内宮の御正宮と呼ばれるところだが、最奥部にあるので駅の近くの外宮から見ていく。土宮や風宮など計14ある別宮の隣はどこも更地になっていて、白い砂利を敷きつめた上に家型の木箱が置かれている。あ、なるほど、式年遷宮というのはよく写真で見かける御正宮だけでなく、すべての社殿で行われるのか。想像以上に大変な行事だ。

内宮からバスで外宮に向かう途中、徴古館と美術館の前で下車。小高い丘の上に建つ神宮徴古館は、赤坂迎賓館を手がけた片山東熊の設計で、明治42年の竣工というからもう100年以上たつ(ただし2階部分は戦後増築)。左右対称のルネサンス様式だが、場所に不釣り合いな威容だ。展示物件は式年遷宮で出た御装束神宝など。御装束神宝とは社殿に納められた神々の調度品の類いで、以前は式年遷宮のたびに埋めたり焼いたりして新調していたが、もったいないので(とはいってないけど)一部を保存・展示することにしたという。その奥には神宮美術館があって、式年遷宮を記念して奉納された美術品が収蔵されている。もちろんだれでも奉納できるわけではなく、文化勲章受章者や日本芸術院会員など国に認められた芸術家に限られるため、前衛芸術はない。この時期はちょうど皇居で開かれる歌会始のお題に因んだ特別展が開かれていて、今回は「語」をテーマにした作品約20点が展示されていた。

2018/03/16(村田真)

《サンフランシスコ近代美術館》《UCバークレー美術館・フィルムアーカイブ》

[アメリカ、サンフランシスコ]

サンフランシスコで現代アートを紹介する2つの美術館を訪れた。
《サンフランシスコ近代美術館(SFMoMA)》は、斜めにカットした中央のシリンダーが象徴的な空間を演出するマリオ・ボッタのクラシックな空間に対し、敷地に余裕がない状況で、背後に増床した細長い部分はスノヘッタによるものであり、現代美術のために展示空間を最大化しつつ、端部の動線エリアと波打つファサードに建築的な表現を集中させている。各フロアの展示内容は多様であり、想像以上に充実していた。例えば、カリフォルニアのデザイン(イームズ夫妻や各種のプロダクトなど)、1960年代以降のドイツ美術(リヒターやアンゼルム・キーファーなど)、同館が得意とするアメリカのポップ・アートやミニマル・アート(オルデンバーグやソル・ルウィット)、巨大な画面による映像作品《Sublime Seas》、ルイーズ・ブルジョワによる大小のスパイダー群、ジム・キャンベルによる仮想の斜面インスタレーション、屋外彫刻(ロバート・インディアナやアレクサンダー・カルダーなど)、1階に挿入されたリチャード・セラなどである。特にロバート・ラウシェンバーグの企画は、彼が試みた多分野のコラボレーションの事例も紹介しており、興味深い。

一方で《UCバークレー美術館・フィルムアーカイブ》は、ディラー+スコフィディオが鋸屋根の印刷工場をリノベーションしたものである。ダニエル・リベスキンドによるサンフランシスコの《ユダヤ現代美術館》のような異物挿入型だが、鋭角的なデザインではなく、曲面的に包む銀色のボリュームが白い躯体を貫通し、内部は複層にわたって細い裂け目が走る。赤い階段室も刺激的だった。1階は鋸屋根の下にサンフラシスコのアーティスト(昔の映像系が面白い)、吹き抜けに巨大な壁画、通路にコミュニティ・アートのほか、中国・明代の絵画、地下ではチベット仏教美術、テレサ・ハッキョン・チャの文字を使うアート、西洋絵画における苦痛のイメージの企画展示を開催していた。コンパクトながら多領域をカバーしており、大学の底力を感じさせる。


《サンフランシスコ近代美術館(SFMoMA)》、手前がマリオ・ボッタ設計、背後はスノヘッタによる拡張部分

左=マリオ・ボッタによる設計部分 右=スノヘッタ設計による拡張部分


ディラー+スコフィディオ《UCバークレー美術館・フィルムアーカイブ》外観


ディラー+スコフィディオ《UCバークレー美術館・フィルムアーカイブ》外観



ディラー+スコフィディオ《UCバークレー美術館・フィルムアーカイブ》内観

2018/03/12(金)(五十嵐太郎)

第11回JIA東北住宅大賞2017 現地審査ツアー

会期:2018/03/06〜2018/03/08

[宮城県、青森県、岩手県、福島県]

せんだいデザインリーグが終わると、東北住宅大賞の現地審査のツアーに出かけるのが恒例となった。今年からは、これまで10回の審査を一緒に担当した古谷誠章に代わり、飯田善彦とともに行脚し、3日間で10作品を訪れた。初日は仙台市内で3つ、宮城県内でもう2つをまわる。2日目は青森で1つ、岩手で1つ、郡山で1つ、そして最終日は福島で2作品という強行軍だ。第11回の東北住宅大賞に選ばれたのは、松下慎太郎によるいわき市の《IENOWA》である。住宅地に重なりあう複数のフレームを設定し、さまざまな領域をつくるものだが、竣工写真よりも施主の私物が入った状態のほうが、場の差異が強調され、さらに魅力的だった。折半天井の大屋根の下に、リノベーションによってポストモダン的な家型を挿入したようにも見えるのも興味深い。以前、東北住宅大賞の審査で見学した同じ設計者の住宅《RICO》とも雰囲気が似ているが、もっと開放的なデザインに進化している。

優秀賞は4作品が選ばれ、残りの5作品は佳作となった。以下に優勝賞の作品に触れておく。洞口苗子による岩沼の《複合古民家実験住宅》は、築60年の古民家を購入して救い、カラフルな二世帯住宅+(二階の秘密基地的)設計事務所に改造し、緑道に接する母の美容室を増築したもの。20代だから東北住宅大賞では最年少であり、これまでにないセンスのリノベーションだった。齋藤和哉による《八木山のハウス》は、中央のホールから四方向に傾斜屋根をもつが、それらの中心をテラスとして掻き取り、ホール上部の四方向に開口を設けることで、内部と外部が絡む、興味深い空間の形式を実現する。佐藤充が設計した《北山の家》は、線路沿いの敷地ゆえに、箱型の住宅で防御しつつも、室内に入ると、二層吹き抜けを外周にめぐらせ、開放的な空間だった。そして岩堀未来+長尾亜子による《矢吹町中町第二災害公営住宅》は、ダブルスキンの「縁にわ」をもち、大開口により南北に視線が貫く。ほかの被災地とは違い、雁行する二階建ての長屋になっており、街並み、植栽、ランドスケープ、環境を意識し、将来の町営住宅への転換も射程に入れたデザインだった。

松下慎太郎《IENOWA》


左=齋藤和哉《八木山のハウス》 右=洞口苗子《複合古民家実験住宅》


左=佐藤充《北山の家》 右=岩堀未来+長尾亜子《矢吹町中町第二災害公営住宅》

2018/03/08(木)(五十嵐太郎)

せんだいデザインリーグ2018

会期:2018/03/05

せんだいメディアテーク[宮城県]

今回は渡辺顕人による被膜が生き物のように動く建築が日本一に選ばれたが(本当に蠢く模型はインパクトがあったけれど、内部空間のデザインはひどく、学部1年レベル)、審査が終了しても、赤松佳珠子が不満を述べたように波乱含みの展開だった。おそらく審査委員長の青木淳による巧みな誘導によって、アンチ・ヒューマン派が結束し、ヒューマン派・空間系の票が分裂し、切り崩されたことが、この結果につながったように思う。ちなみに、前者が動く建築、金継ぎ的にハウスメーカーの家をつなぐシステム(谷繁玲央)、富士山の環境が導く建築(山本黎)、後者が住宅地の基礎に注目する提案(平井未央)、塩から始まる島の未来構想(柳沼明日香)、防災地区ターザン計画(櫻井友美)である。本来は対立する両者の激論をもっと見たかったが、最終投票が前者vs.後者の構図にならなかったこと、また本当に動く建築を選んでよいかを議論する時間がなかったことが、結果のもやもや感をもたらした。もっとも、個人的に今年は一押しがなく、政治的に正しくない案が日本一になったことは興味深い(まさか動く建築が一位になるとは思わなかったが)。

思うところがあって、2年前から本選の審査には関わることを止め、なるべく多くの学生の案を講評し、学生との飲み会がセットになるエスキス塾を始めたが、3回目は本選とエスキス塾の垣根がほぼ消えたことが印象に残った。例えば、ターザンは本選に残らないだろうと思って、エスキス塾の候補にしたら、ファイナリストになった。また日本三となった金継ぎの谷繁や特別賞の平井も、ファイナルに残ったために、エスキス塾の候補から外されたが、当日に飛び入りで参加した。さて、朝から夕方まで40人の学生の案を講評し、二次会までの飲み会では、さらに突っ込んだ個別の議論とせんだいデザインリーグへの生の意見を聞くことができた。学生を目の前に個別に案を掘り下げ、意見を交わすと、前日の10選の入れ替え可能性をいろいろ想像させるが、特にデザインの可能性では、熊本大学の福留愛による詩人の世界を体感するミュージアム《窓の宇宙》は突出して、空間の新しい形式に対する創造性への意欲を感じた。

2018/03/05(月)(五十嵐太郎)

くまのもの ──隈研吾とささやく物質、かたる物質

会期:2018/03/03~2018/05/06

東京ステーションギャラリー[東京都]

建築家の隈研吾に私は何度かインタビューをしたことがあるが、そのなかで印象に残っている発言が「コンクリートは嫌い」である。私が言うに及ばず、隈のコンクリート嫌いは有名なようだ。その理由は、コンクリートが20世紀モダニズム建築の象徴であるから。コンクリートは世界中どんなところにも建てられる利便性から、グローバリゼーションのうねりが起きた20世紀に一気に広まった素材だ。しかし木や石のように土地の固有性がないため、面白みに欠ける。また重く固いコンクリートは周囲の環境に威圧感を与える。「負ける建築」を標榜する隈としてはそれにも耐えられないのだろう。

本展は、隈が着目する10種の物質(素材)を取り上げた興味深い内容だった。10種の物質とは、竹、木、紙、土、石、瓦・タイル、金属、樹脂、ガラス、膜・繊維である。つまりコンクリート以外の物質で、いかに建物を建てられるのかという挑戦の記録のようにも見てとれた。例えば中国・北京郊外に2002年に竣工した《竹の家》では、CFT(コンクリート・フィルド・チューブ)という技術にヒントを得て、節を取った竹の内部にコンクリートを流し込み、それを柱にした。2019年の竣工を目指す《新国立競技場》は、「大きなスタジアムを小径木の集合体としてデザインした」という。また糸のようによったカーボンファイバーを用いて、既存のコンクリートの建物に耐震補強を施した。

その既成概念にとらわれない柔軟な発想には感心するばかりである。いずれも隈が建築に求めるのは優しさや柔らかさ、暖かさといったもので、それを表現しうるのが10種の物質というわけだ。しかもそれぞれを積む、包む、支え合う、編む、粒子化、螺旋、多角形、格子という8つの方法に分類し、各物質をどのように使って建物を建てたのかを図式で示していた。「竹を編む」「石を積む」などといえば、建築の専門用語がわからない一般人でもなんとなくイメージがつく。さらに物質ごとに建築事例が写真と模型、モックアップ(原寸大の部分模型)で紹介され、本物を見なくとも、頭のなかでその全体像がイメージできる展示内容となっていた。

《Great (Bamboo) Wall》(2002)[Photo: Satoshi Asakawa]

《COEDA HOUSE》(2017)[Photo: Kawasumi・Kobayashi Kenji Photograph Office]

公式ページ:http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201803_kengo.html

2018/03/03(杉江あこ)

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