artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

建築学生ワークショップ仁和寺2023

会期:2023/09/17

仁和寺[京都府]

毎年恒例の建築学生ワークショップは、これまで伊勢神宮や出雲大社など、日本各地の聖地で開催されてきた。そこに全国から集まった学生のチームが、1日だけの仮設構築物をつくるプログラムである。その魅力は以下の通り。普段は絶対に建てられない歴史建築のそばで作品をつくれること。模型や提案に終わらず、実寸のスケールで建てることで、リアルな空間体験ができること。セルフビルドで材料の重さや強度を体感できること。異なる学校や学年から構成されるグループを通じて、共同作業を学べること。そして多様な分野のプロフェッショナルが講評に参加するため、意匠、歴史、構造、美術、デザインなどさまざまな視点から批評を受けられることである。さて、今年は仁和寺が舞台となり、ついに初の京都開催となった。もっとも、二王門の北側が公開プレゼンテーションの会場だったため、炎天下のもと9時間、世界でもっとも過酷な講評会が行なわれた。


仁和寺の五重塔


最後は10作品に対し、投票で点数が入り順位が付けられたが、個人的に気になった4作品について触れたい。まず2位に入賞したgroup 3は、五重塔に対峙しつつ、歩くと、音が鳴る仕掛けを導入していたが、歴史建築への読解は表面的だった。仁和寺の五重塔は、逓減率が低いという造形的な特徴をもつことに加え、17世紀にあえて和様でつくっており、意図的に復古的なデザインを選んでいる。こうした固有性を無視すると、五重塔=シンボリックという記号的な捉え方になってしまい、醍醐寺、東寺、法隆寺など、どこの五重塔でも同じ案が成立してしまう。


group 3の作品《さとる》


今回、興味をもったのは、イメージの喚起力が強い、キャラクター性をもった作品である。ヘリウムを使って、数多くの小さい箱型のボリュームを浮かせたgroup 6の作品は、風によって動き、途中から、門の真ん中を通る龍のように見えた(3位)。また綿と倒木を用いてアクロバティックに構造を成立させたgroup 5は、毛を刈り取らないまま放置された羊が大変なことになった状態を想起させて、ユーモラスだった(1位)。一方、ワークショップでよく用いられる竹ではなく、苔や鉋屑(かんなくず)などユニークな素材を使った班はほかにもあったが、ちぐはぐな導入だったため、うまく全体的なイメージの喚起力を獲得できなかった点でで、ヘリウムや綿の作品と命運が分かれた。


二王門とgroup 6の作品《こゆるり》


group 5の作品《わ》


縄を活用したgroup 4はあまり評価されず、入賞しなかったが、まず遠くから眺めたとき、経堂に対して程よいボリュームで斜めから対峙している、大きな蜘蛛のように感じられた。しかも長い脚が出ている鬼=モンスター。ただ、近付いて説明を聞くと、その内部に上空を見上げる求心的な空間があることが重要だった。講評では「それが目的ならば、乖離したような外観は何なんだ」と批判されていたが、筆者はそのギャップを興味深く感じた。例えば、ゴシック建築は内部に聖なる空間を実現するために、外部に構造をむき出しにすることで結果的にグロテスクな風貌になっている。それと同じことが起きているのではないか。ただし、本作品に内外を隔てる壁はない。つまり、group 4の作品には、スパイダー・ゴシックという強いキャラクター性がある。


group 4の作品《鏡心》を遠くから


《鏡心》内部からの眺め




建築学生ワークショップ:https://ws.aaf.ac/

2023/09/17(日)(五十嵐太郎)

第4回ソウル都市建築ビエンナーレ(ソウル都市建築展示館/ソウル市民庁・市庁舎会場)

会期:2023/09/01~2023/10/29

ソウル都市建築展示館/ソウル市民庁・市庁舎[韓国、ソウル]

第4回ソウル都市建築ビエンナーレの都市建築展示館と市民庁・市庁舎の会場を訪れた。これまでに初回と2回目を見ているのでこれで3度目だが、今回の全体テーマは「ランド・アーキテクチャー、ランド・アーバニズム」であり、複数のテーマから構成されている。このエリアでは、「ソウル100年のマスタープラン」と、各国のプロジェクトを紹介する「ゲストシティ」、海外建築家へのインタビューなどが展示されていた。いずれも文字の説明が多いパネルを用い、すべてを読み込むのには相当な時間がかかる。「ソウル100年〜」は、タイプAからタイプFまでの方向性の分類を提示しながら、山、水と風の道から構成される自然環境を背景として、密集都市ソウルに関するさまざまなヴィジョンを提案するものだ。身近なコミュニティの建築ではなく、気候変動など、大きな時間軸を意識した未来的な都市デザインの提案もあり、意欲的な試みである。また「ゲストシティ」ではロッテルダム、シアトル、ブダペスト、シンガポール、香港、ニューヨーク、トロント、パリ、セビリア、東京などの開発の事例を紹介していた。著名な建築家としては、スティーヴン・ホール、ヘルツォーク&ド・ムーロン、ドミニク・ペローらの作品を含む。


「ソウル100年のマスタープラン」、グリーンネットワークに関する展示セクション(ソウル都市建築展示館)


「ゲストシティ」、セビリアの開発事例の紹介(ソウル市民庁)


「ゲストシティ」、スティーヴン・ホールによる「Z次元アーキテクチャ」の展示セクション(ソウル都市建築展示館)


東京については、三つの展示が出品されていた。まず都市建築展示館では、日建設計によるMIYASHITA PARKと東京駅八重洲口の開発である。そして市民庁における、クリスチャン・ディマーと小林恵吾による池袋の「Ikebukuro, Tokyo: Probably Public Space?(おそらく公共空間?)」(小林は2017年のビエンナーレでも、谷中調査を出品)と、ジエウォン・ソンらによる日本橋や丸の内周辺の再開発のリサーチだった。ほかの都市とは違い、いわゆるアトリエ系の建築家によるプロジェクトが選ばれていないのは、そもそも彼らの注目すべき作品が、東京にないという状況を暗示していたのかもしれない。


日建設計による開発事例の紹介(都市建築展示館)


クリスチャン・ディマー+小林恵吾による「Ikebukuro, Tokyo: Probably Public Space?(おそらく公共空間?)」(ソウル市民庁)


ジエウォン・ソンらによる日本橋、丸の内周辺の再開発のリサーチ(ソウル市民庁)


なお、都市建築展示館では、第41回ソウル建築賞の展示も開催しており、最優秀賞は安藤忠雄が設計した《LGアートセンター》(2022)だった。前回、時間切れで訪問を断念していたが、今回は金浦空港入りでその近くなので、立ち寄ってきたばかりだった。これは貫通する円筒、幾何学的なボリュームの組み合わせを明快に表現したデザインをもつ。ホールゆえに、外観のみでも仕方ないと思ったが、各階のホワイエまで見学することができた。施設が開放的だったことで、さらに心象が良かった。


《LGアートセンター》



第4回ソウル都市建築ビエンナーレ:https://2023.seoulbiennale.org/indexENG.html



関連レビュー

第4回ソウル都市建築ビエンナーレ(松峴緑地広場会場)|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2023年10月01日号)
2019ソウル都市建築ビエンナーレ|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2019年10月15日号)
2017ソウル都市建築ビエンナーレ|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2017年11月15日号)

2023/09/05(火)(五十嵐太郎)

アアルト

会期:2023/10/13~未定

ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、東京都写真美術館ホール(10/28〜) ほか[全国順次公開]

日本にその建築は存在しないが、アルテックの家具やイッタラのグラスを通して、アアルトのデザインは日本人の間でも人気が高い。シンプルかつモダンでありながら、温かみを感じられるため、生活空間に設えた際に気負った感じを受けないのが魅力なのかもしれない。

アアルトの人物像に迫ったドキュメンタリー映画が間もなく公開される。ここでいうアアルトとは、ご存知のようにアルヴァ&アイノ・アアルト夫妻を指すのだが、本作のなかではもうひとり登場する。アイノの没後、アルヴァの後妻となったエリッサ・アアルトだ。正直、本作を観るまで、エリッサの存在について私は知らなかった。アイノの名前があまりに知られているため、てっきりアルヴァの妻はアイノひとりだと思い込んでいたのだ。


映画『アアルト』より
原題:AALTO
監督:ヴィルピ・スータリ(Virpi Suutari)
制作:2020年 配給:ドマ 宣伝:VALERIA
後援:フィンランド大使館、フィンランドセンター、公益社団法人日本建築家協会、協力:アルテック、イッタラ
2020年/フィンランド/103分/©Aalto Family ©Fl2020 – Euphoria Film


本作の前半では当然のことながら、アルヴァとアイノの出会いや結婚生活が描かれる。モダニズムの潮流のなかで世界的な建築家として注目を浴びたアルヴァ、豊かな芸術的才能にあふれたアイノというように、理想的な夫妻として世間から称賛された一方で、その実、二人の間には濃密な愛や情熱、嫉妬もあった。そうしたむき出しの喜怒哀楽が、二人の交わした書簡や家族写真、過去のインタビューなどからつまびらかにされる。それは展覧会では見えてこない、ドキュメンタリー映画ならではの面白さだった。夫妻で活躍した世界的なデザイナーといえば、時代は少し下がるが、ほかに米国のチャールズ&レイ・イームズを思い出す。かつて上映された彼らのドキュメンタリー映画でも、やはり知られざる二人の間の愛や嫉妬がちらほらと明かされた。


映画『アアルト』より ©Aalto Family ©Fl2020 – Euphoria Film


本作では、仕事のために遠く離れたアルヴァとアイノの間で交わされた書簡がいくつも紹介された後、アイノが若くして病死したという事実を知らされるため、観る側としても受けるショックが大きい。その後、アルヴァは事務所に入所してきたエリッサと結婚。24歳も年下の後妻だったが、エリッサはアイノがかつてそうだったように、自らもアルヴァの公私にわたるパートナーとして生きようとするのだった。そうしたエリッサの懸命さにも心がえぐられる。どんなに偉業を成し遂げたデザイナーであろうと、誰しも人間臭い側面を持ち合わせているもので、それが存分に垣間見られる作品となっていた。


映画『アアルト』より ©Aalto Family ©Fl2020 – Euphoria Film



公式サイト:https://aaltofilm.com


関連レビュー

アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド─建築・デザインの神話|杉江あこ:artscapeレビュー(2021年04月15日号)
アルヴァ・アアルト──もうひとつの自然|杉江あこ:artscapeレビュー(2018年10月01日号)

2023/08/22(火)(杉江あこ)

建築・文化財博物館、ケ・ブランリ美術館、カルティエ財団現代美術館

[フランス、パリ]

シャイヨー宮の一角にある建築・文化財博物館では、ノートルダム大聖堂とエッフェル塔に関連する小企画が行なわれていた。前者は言うまでもなく、2019年の衝撃的な火災によって大きなダメージを受けた際の調査報告書、修復の方法、焼けた細部、図面や模型などを展示する。火災の直後、世界各地の建築家から現代的なデザインによる大胆な提案も寄せられたが、結局、19世紀にヴィオレ・ル・デュクが修復したときの慣れ親しんだ姿に戻すことになった。ちなみに、中世の建築の断片を収集したこの博物館は、もともと彼が提案して誕生した施設だから、ふさわしい場所での展示だろう。なお、ノートルダム大聖堂の修復現場でも、仮囲いを使い、損傷の状況や過去の写真を紹介している。建築・文化財博物館の上階にある近現代建築のエリアでは、エッフェル没後100年を記念し、彼の仕事場、当時の万博の会場、塔の建設現場の映像、ほかの業績などをコンパクトに展示していた。また近くの窓から、セーヌ川を挟んで、正面にエッフェル塔が大きく見えることは、会場がシャイヨー宮だからこそ可能である。



ノートルダム大聖堂の展示



エッフェルの書斎


トロカデロ庭園を経て、イエナ橋を渡って10年ぶりに再訪したケ・ブランリ美術館では、入口に『もののけ姫』の大きなタペストリーが飾られていた。これに合わせ、7月から8月にかけて、スタジオジブリの作品を上映するプログラムも企画されている。

ランドスケープのような空間に展開するコレクション展は、アフリカやアジアなど、地域ごとにエリアが分類されているが、ロフトのように少し高いレベルのエリアでは、二つの小さな企画展を開催していた。ひとつはアメリカ人女性画家の「アン・アイズナー」展である。彼女は人類学者の夫とともに20世紀半ばにコンゴに滞在し、観察や収集を行ない、現地の生活から創作のインスピレーションを受けた。作品数は少なかったが、抽象化された絵は素晴らしい。



『もののけ姫』のタペストリー



「アン・アイズナー」展



「アン・アイズナー」展


もうひとつは、セネガル初代大統領レオポール・セダール・サンゴールが指導した文化行政の展示である。詩人としても活躍した彼は、フランスに留学した経歴をもち、ポンピドゥーらの政治家とも親交を結んだ。サンゴールは文化を重視し、世界初のアフリカ系のアート・フェスティバル、芸術学校や国立劇場の創設、複合文化施設の建設、ネグリチュード(黒人性の自覚を促す)運動などに取り組んでいる。なお、後半ではセダール的な枠組みを批判するアーティストの動きにも触れていた。ともあれ、国立の博物館がコレクションを維持するためにクラウドファンディングを必要としたり、美術作品を駐車場に保管させるような、日本の政治家に爪の垢を煎じて飲ませたい。



レオポール・セダール・サンゴールが取り組んだ文化施設の図面


久しぶりに足を運んだカルティエ財団現代美術館は、ケ・ブランリ美術館と同様、ジャン・ヌーヴェルが手がけ、やはり大きなガラス面をもつ建築である。メンテナンスがちゃんとされているのか、ガラスの透過・反射の効果がまったく劣化していない。

企画としては、「ロン・ミュエク」展を開催していた。寡作のアーティストゆえに、頭蓋骨で部屋を埋めつくす《MASS》(2017)、巨大な赤ん坊《A GIRL》(2006)、ボートの男、3匹の犬などによって、彼の軌跡をたどることができる。なお、ミュエク展は、カルティエ財団現代美術館の石上純也展と同様、上海のパワーステーション・オブ・アート(PSA)に巡回するようだ(これも日本はスルー)。



ロン・ミュエク展



「アン・アイズナー」展(ケ・ブランリ美術館):https://www.quaibranly.fr/en/exhibitions-and-events/at-the-museum/exhibitions/event-details/e/anne-eisner-1911-1967
「SENGHOR AND THE ARTS」展(ケ・ブランリ美術館):https://www.quaibranly.fr/en/exhibitions-and-events/at-the-museum/exhibitions/event-details/e/senghor-et-les-arts
「ロン・ミュエク」展(カルティエ財団現代美術館):https://www.fondationcartier.com/en/exhibitions/ron-mueck-2



関連レビュー

「自由な建築」展、パワーステーション・オブ・アート(PSA)|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2019年08月01日号)

2023/08/10(木)(五十嵐太郎)

ブルス・ド・コメルス、ポンピドゥー・センター

[フランス、パリ]

安藤忠雄のリノベーションによって現代美術館として再生された《ブルス・ド・コメルス》(2021)は、外観の古典主義はいじらず、内部の空間において新旧の対比を巧みに演出し、長く残りそうな魅力的な建築である。実業家の資本と外国人の建築家の力を生かして、パリに新しい名所が誕生した。



《ブルス・ド・コメルス》模型




安藤忠雄によるリノベーション


ピノー・コレクションを基にした「嵐の前に」展は、不安定な世界と環境を踏まえ、ピエール・ユイグ、アニカ・イー、サイ・トゥオンブリー、ディアナ・テイターなど、15組のアーティストによる作品が全館にわたって展開し、興味深い。特にタシタ・ディーンが黒板にチョークで繊細に描いた、巨大な風景のドローイング群(題材は氷河や日本の桜)や、イシャム・ベラダによる新しい生態系の水族館を眺めるようなパノラマ的な映像は印象的だった。なお、地下の講堂では、フェミニスト・アートの先駆けとなったジュディ・シカゴによる女性と煙をテーマとする一連のパフォーマンスの映像を上映していた。



タシタ・ディーンのドローイング群



イシャム・ベラダによる映像作品


ポンピドゥー・センターの「オーバー・ザ・レインボー」展は、タイトルから想像されるように、19世紀後半からの視覚文化におけるLGBTQIA+の表現をたどるものだ。まず冒頭に大きな年表が掲げられ、1868年にハンガリーのジャーナリスト、カール=マリア・ケートベニーが、造語として「ホモセクシャル」と「ヘテロセクシャル」を生みだしたことから始まり、重要な書籍、政治や運動、エイズなどの社会問題といったトピックを記述し、アートの外側からの俯瞰図を提示する。



「オーバー・ザ・レインボー」展、導入部の巨大年表


そして20世紀初頭のパリのレスビアンのコミュニティ、オスカー・ワイルド、ジャン・コクトー、マルセル・デュシャンの《泉》、近代のヌード写真、性転換した画家のリリー・エルベと官能的な絵を描いた妻のゲルダ・ヴィーグナー、ピエール・モリニエ、ジャン・ジュネ、レザーとゲイのイメージを刷り込むケネス・アンガーの映画『スコピオ・ライジング』(1963)、ロバート・メイプルソープやジャン=バティスト・キャレの写真、クィアのためのトイレのピクトグラムの提案などが続く。



ジャン=バティスト・キャレの写真



クィアのためのトイレのピクトグラムの提案


おそらく、今後もっと大規模な展覧会も可能なテーマである。だが、公立美術館の企画展に関連するイベントにドラァグクイーンが参加するだけで炎上する日本において、こうした展覧会はいつ開催できるのだろうか。




「嵐の前に」展(ブルス・ド・コメルス):https://www.pinaultcollection.com/en/boursedecommerce/avant-lorage
「オーバー・ザ・レインボー」展(ポンピドゥー・センター):https://www.centrepompidou.fr/en/program/calendar/event/1dHa3YK

2023/08/09(水)(五十嵐太郎)