2019年02月15日号
次回3月1日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

横浜美術館開館30周年記念 記念誌掲載のための座談会

会期:2018/12/04

横浜美術館[神奈川県]

横浜美術館30周年記念誌に収録するための座談会の司会をつとめた。みなとみらいのプロジェクトに関わった官と民の担当者、そして美術館の初期スタッフ、建築家サイド(丹下事務所の担当者)が、同窓会のように集まり、その始まりから現在までの経緯をたどる。筆者は、1989年の横浜博覧会のとき、初めてこの地を訪れたが、そのときすでに《横浜美術館》は完成していた。この博覧会が入ったために、2年ほど、みなとみらいの工事は中断したらしいが、考えてみると、何もなかった埋立地にまず市の公共施設として美術館がぽつんと登場したのは、興味深い経緯である。今でこそみなとみらい線も開通し、大型の商業施設「MARK IS(マークイズ)」が向かいに建ち、まわりに多くの高層ビルとタワーマンションが林立する風景となったが、逆にその後、期限付きの小学校をのぞくと、あまり公共建築は増えていない。もっとも、このエリアでは民間による3つの音楽ホールが近く誕生する予定であり、今後はライブの需要に応える重要な拠点にもなるだろう。

丹下による《横浜美術館》は、左右対称であり、海に向かう強い中心軸をもつ。これが都市デザインと一番よく連動したのは、横浜博の会場計画のときだった。が、現在は、中心の展望台が一般に開放されておらず、また「MARK IS」によって完全に遮られている。また内部の吹き抜け空間は、80年代に登場した《オルセー美術館》を想起させるだろう。この吹き抜け空間は、作品が巨大化する現代アートの展示で活用されたり、イベントなどの需要があるようだ。なお、丹下がこの仕事を依頼されたのは、80年代の中頃であり、ちょうど東京の新都庁舎のコンペを準備していた時期と重なる。したがって、いずれもモダニズム的なデザインではなく、むしろクラシックなテイストのポストモダンだった。完成するのは《横浜美術館》が先であり、当時の丹下事務所では、新しいファサードのデザインへの移行に取り組んでいたらしい。


《横浜美術館》正面(撮影=2009年)


《横浜美術館》吹き抜け空間(撮影=2005年)


《横浜美術館》背面(撮影=2010年)

2018/12/04(金)(五十嵐太郎)

原爆をめぐる表象──「丸木位里・俊 —《原爆の図》をよむ」/ジョプノ・ドル『30世紀』/「アール・ブリュット ジャポネⅡ」

「丸木位里・俊 —《原爆の図》をよむ」
会期:2018/09/08〜2018/11/25
広島市現代美術館[広島県]

フェスティバル/トーキョー18 ジョプノ・ドル『30世紀』
会期:2018/11/03〜2018/11/04
東京芸術劇場[東京都]

「アール・ブリュット ジャポネⅡ」
会期:2018/09/08〜2019/03/10
アル・サン・ピエール美術館[パリ]

異なるジャンル、異なる場所において、原爆をめぐる表象に出会う機会が続いた。ひとつは11月25日に訪れた「丸木位里・俊ー《原爆の図》をよむ」展(広島市現代美術館)である。丸木夫妻による有名な「原爆の図」の5部作とその再制作版を横に並べながら、湾曲したカーブのある地下の大空間を使い切る迫力の展示だった。両者を比較すると、構成は同じだが、オリジナルに対し、ドラマティックな効果を加えたことがよくわかる。もちろん、「原爆の図」の展示がハイライトなのだが、この作品が生まれるまでの経緯と各地を巡回したその後の展開を紹介していたのも興味深い。すなわち、洋画家の俊と日本画家の位里が出会い、原爆という世界史的な惨事を作品化したという背景である。とくに俊が単身でロシアや南洋に渡ったアクティブな女性だったことに驚かされた。また二人が協同した作品において、彼女がはたした役割がかなり大きいように思われた。

11月4日に観劇したジョプノ・ドル「30世紀」(東京芸術劇場)は、すでに100回以上演じられているヒロシマ、ナガサキ、第五福竜丸の物語であり、同時に危険な世界とアジアの情勢を告発するものだった。近年のフェスティバル/トーキョーはアジアの作品を積極的に紹介しているが、シニカルな「リアリズム」によって、いまや日本でさえ風化している悲劇をバングラデシュの劇団が突きつける。とくに第五福竜丸の事件までとりあげているのはめずらしいだろう。また新聞紙とストールを床に敷いただけのシンプルな舞台も印象的だった。今回が日本での初演らしいが、いつか広島や長崎でも行なわれるかもしれない。そして12月2日、パリのサクレ・クール寺院の足元にあるアル・サン・ピエール美術館の「アール・ブリュット ジャポネⅡ」でも思いがけない遭遇があった。アール・ブリュットは確かにインパクトをもつが、内面の探求が強く、社会や政治との関係が稀薄なのが以前から気になっていた。しかし、本展では、広島の被爆体験をした二人(廣中正樹と辛木行夫)が、高齢になってから記憶をもとに描いた作品があり、虚をつかれた。

アル・サン・ピエール美術館、外観


アル・サン・ピエール美術館、内観


「アール・ブリュット ジャポネⅡ」展、壁全体に展開する巨大な地図のような作品


「アール・ブリュット ジャポネⅡ」展、廣中正樹の作品


「アール・ブリュット ジャポネⅡ」展、辛木行夫の作品

2018/12/02(日)(五十嵐太郎)

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ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代

会期:2018/11/03~2019/01/20

国立国際美術館[大阪府]

金沢21世紀美術館始発の巡回展「起点としての80年代」に続いて、大阪でも「80年代展」が開かれている。金沢の出品作家が19人と少なかったのに対し、こちらは3倍以上の65人と大盤振る舞い。おまけにコレクション展でも「80年代の時代精神から」(時代精神に「ツァイトガイスト」のルビが!)をやっているので、見に行かない手はないでしょ。会場入口にはさっそく、アメリカのポップ・カルチャーを極彩色で表現した中西學の立体《THE ROCKIN’ BAND》が、展覧会を代表するかのように立っている。よくも悪くもこれが80年代ニューウェイブの典型かもしれない。

会場に入ると、河原温の《Today》シリーズの「JUNE 23, 1980」をトップに、作品が80-81年、82-83年と2年ごとに紹介されている。80-81年はまだミニマル、コンセプチュアル系の70年代的空気におおわれているが、辰野登恵子の表現主義的な絵画だけが唯一80年代を先駆けていた。それが82-83年になると、杉山知子、横尾忠則、日比野克彦、中原浩大、山倉研志など一気に色彩と具象イメージが現れ、84-85年、86-87年には先の中西をはじめ、森村泰昌、山部泰司、関口敦仁らが出そろい、ニューウェイブ全盛となる。最後の88-89年になると、福田美蘭や小田英之ら90年代のネオポップ路線につながる作家たちもチラホラ。

きわめてわかりやすい展示だが、いくつか気になる点がある。ひとつは、出品作家が多い半面、1人1点(または連作1セット)に絞られているので、必ずしも代表作が出ているわけではないということ。たとえば、辰野は80年代の初めと終わりでは作品が変化しているので1点では足りないし、石原友明は皮革の立体より初期の写真を使ったレリーフのほうがふさわしいと思うし、中原は絵画も彫刻も手がけているので両方出すべきではないか……と、言い出せばキリがない。また、80年代後半にもなってなぜ吉野辰海が入って、岡崎乾二郎や大竹伸朗が入っていないのか。これも言い出せばキリがないが、この3人に関しては明らかに違和感がある。

もうひとつは、70年代後半から80年代への橋渡しをした「ポストもの派」の視点が欠けていること。ポストもの派とは、70年代に支配的だったもの派をはじめとするミニマリズムやコンセプチュアリズムを、試行錯誤しながら超えようとした作家群のこと。彼らがいなければその後のニューウェイブが登場する余地はなかったし、またその必然性も生れなかったと思う。絵画でいえば辰野のほか、彦坂尚嘉(不出品)、堀浩哉、岡崎乾二郎(不出品)、諏訪直樹あたり、彫刻でいえば戸谷成雄、遠藤利克(不出品)、黒川弘毅ら、インスタレーションでは川俣正が代表格だ。彼らはもの派がゼロに還元した美術表現を再起動させるため、当時もはや死語といわれた「絵画」「彫刻」「美術」などの概念をもういちど問い直し、一から表現を組み立て直そうとした。そうした成果の上に、欧米からの新表現主義の動向を組み入れたニューウェイブが登場できたと理解しているが、そのポストもの派の重要作家が何人も欠けている。

これに関連して、80年代を理論面でも制作面でもリードしてきた彦坂尚嘉と椿昇が、同展だけでなくもうひとつの80年代展にも選ばれていないのは、いったいどういうわけだろう。とくに彦坂が指導していたBゼミでは、80年代初頭から銀座の画廊で「ニュー・ペインテッド・レリーフ展」や「ハッピーアート展」などのグループ展を戦略的に組織、これらが首都圏のニューウェイブにつながっていったことは間違いないが、そこらへんがすっぽり抜け落ちている。同展は大阪の美術館が企画したこともあって「関西ニューウェイブ」の作家が多いせいか、東京方面が手薄になったのかもしれないが、少なくとも80年代を生きてきた者の実感とはズレがある。

2018/12/02(村田真)

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めがねと旅する美術展—視覚文化の探究—

会期:2018/11/23~2019/01/27

静岡県立美術館[静岡県]

大阪に行く途中、静岡に寄ろうかどうか迷ったけど、これは寄ってみて正解だった。同展は静岡県立美術館、青森県立美術館、島根県立石見美術館という地方公立美術館3館による共同企画展の第3弾。より正確には、3館のというより3人の学芸員による共同企画というべきか。静岡の村上敬氏、青森の工藤健志氏、島根の川西由里氏の3人は2010年に「ロボットと美術」展を企画。これが好評を博し、めでたく美連協大賞・奨励賞を受賞。この「ロボ美」を機に3人は意気投合して「トリメガ研究所」を結成したという。3人とも眼鏡をかけていることから「トリプルメガネ」を略した命名だそうだ。この「めがね」が今回の展覧会のテーマにもつながっていくのだが、その前に第2弾として、2014年に3人で「美少女の美術史」展を企画。これも「ロボ美」同様サブカル的要素の入ったオタク的空気の漂う展示で、同じく美連協の奨励賞を受賞した。

そして第3弾の今回の「めがね」だ。めがねといってもここでは視覚を補正するための眼鏡だけでなく、遠眼鏡、色眼鏡、顕微鏡、レンズ、VRゴーグル、万華鏡、鳥瞰図、遠近法、錯視……と拡大解釈し、古今の日本美術を中心に幅広く渉猟している。西洋の遠近法を採り入れた江戸の浮絵や、司馬江漢による静岡ならではの富士山の洋風画、浅草凌雲閣を描いた浮世絵と西洋版画の対比など興味深い展示も多いが、めがねとはすぐに結びつかない。現代では、富士山の頂上を丸く拡大した中村宏の《望遠鏡・富士山(女学生に関する芸術と国家の諸問題)》、波状ガラスを使った山口勝弘の《ヴィトリーヌNo.47(完全分析方法による風景画)》、少女の顔が連続写真のように連なる金巻芳俊の彫刻《円環カプリス》、のぞくと小さな世界が見える桑原弘明の一連ののぞき箱(これはすばらしい!)、女の子の眼鏡を通して瞳に映る外界を描いたMr.のシリーズ、著名人の眼鏡越しにその人の文章を捉えた米田知子の一連の写真のように、お眼鏡にかなった?作品もある。いささか風呂敷を広げすぎの感がないわけではないが、めがねはひとつの契機にすぎず、裸眼ではなく「なにかを通して見る」ということについて考える展覧会になっている。

特筆すべきは、トリメガ研究所の企画として新作アニメを制作していることと、3人の時代がかったポートレート写真を展覧会にもカタログにも掲げていること。そこまでやるか? ウマの合う学芸員が展覧会を共同企画することは珍しくないけど、固定した3人がシリーズのように3回も企画展を続けるというのはあまり聞いたことがない。意地悪な見方をすれば、公立美術館の学芸員が税金で好き勝手なことをやっているともいえるが、ぼくは学芸員自身が楽しんでつくる展覧会ほどおもしろいものはないと信じているので、ぜひ第4弾、第5弾と続けてほしいものだ(と思ったら、これが最後らしい)。惜しむらくは3館とも首都圏(および関西)から離れていること。だからこそできたという面もあるかもしれないけど。

2018/12/02(村田真)

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ジャポニスム2018 「明治」/「ジャポニスムの150年」

「明治」
会期:2018/10/17〜2019/01/14
ギメ東洋美術館[パリ]

「ジャポニスムの150年」
会期:2018/11/15〜2019/03/03
装飾美術館[パリ]

デモで炎上中のパリでは、シャンゼリゼに沿ったメトロの1号線を中心に複数の主要な駅が閉鎖されていたため、自由に乗り換えができず、パズルのように面倒な移動になったが、ジャポニスム2018に関連した展示をいくつかまわった。

明治150年を記念したギメ東洋美術館の「明治」展は、帝国と天皇の肖像に始まり、超絶的な技術による工芸復興、そして海外に影響を与えたジャポニスムの展開をたどる。最後のセクションでは、あえてキャプションを別の場所に置き、日本と西欧を混ぜて、来場者に考えさせる展示が行なわれていた。装飾過剰な作品など、おそらく今の日本人からは中国風に感じられるものが多いだろう。なお、展示はギメとロンドンのコレクションで構成されており、これまで低く評価された明治時代の工芸を再評価するものだった。

装飾美術館はデモが行進するリヴォリ通り側のエントランスは閉鎖されていたが、反対側の中庭からは入場することができた。「ジャポニスムの150年」展は、「発見者」(同館における日本紹介の歴史、万博の展示や収集家のコレクション)「自然」「時間」「動き」「革新」(三宅一生、田中一光、福田繁雄、倉俣史朗、コム・デ・ギャルソンなど)という5つのテーマによって、近現代の日本のデザイン史(工芸、家具、図案、衣服)を紹介する。空間にゆとりをもって展示するアートと違い、多ジャンルかつ膨大な数が出品されていたが、これを見事にさばくシステムを実現したのが、藤本壮介の会場構成だった。グリッド、沿った矩形、円、掛け軸風、一反木綿風など、テーマごとに什器のデザインを変え、次は何がくるのかと目を楽しませてくれた。

ギメ東洋美術館と装飾美術館で、日本のデザイン展を同時に開催していたのは興味深い。前者は明治時代に日本が海外に輸出して外貨を稼いだ装飾的な工芸であるのに対し、後者の企画は日本側からもキュレーターが参加し、今の日本が西洋に見てほしいクールなデザインだからだ。両者の違いから、裏返しのジャポニスムを読みとることもできるだろう。

パリ、デモの様子


ギメ東洋美術館、外観


「明治」展、会場の様子


「ジャポニスムの150年」展、「発見者」の展示


「ジャポニスムの150年」展、「自然」の展示


「ジャポニスムの150年」展、「動き」の展示


2018/12/01(土)(五十嵐太郎)

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