2018年12月01日号
次回12月17日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

ルーベンス展─バロックの誕生

会期:2018/10/16~2019/01/20

国立西洋美術館[東京都]

ルーベンスはほかのどんな画家よりも才能に恵まれ、どんな画家よりも強力なパトロンに支えられ、どんな画家よりも多くの弟子を従え、どんな画家よりも多くの作品を残した。ヨーロッパの一流美術館を訪れると、必ずルーベンスの作品がある。いやあるのは当たり前で、何十点持っているかを競い合う。しかし、というか、だからというか、代表作を1点だけ挙げろといわれると困る。アントウェルペン聖母大聖堂の三連祭壇画は「フランダースの犬」で有名だが、この児童文学は日本でしか人気がないし、ルーヴル美術館の《マリー・ド・メディシスの生涯》は労作だが、24点の大連作なので「1点」には絞れない。レンブラントの《夜警》やベラスケスの《ラス・メニーナス》みたいな「これ1点!」というのがない。だからルーベンスというと、なんとなくふくよかな裸婦のイメージがあるだけで、明確な像を結べない。これほどの大画家なのに、いまいち人気がないのはそのためだろう。

今回はイタリアで画家修業した初期の作品を中心とした展示構成。ところどころ《ラオコーンの胸像》や《ベルヴェデーレのトルソ(石膏像)》など古代の彫刻が置かれ、ルーベンスがそれを参照したとおぼしきイタリア時代の作品と見比べることができる。2メートル3メートルを超す無駄にでかい作品も多いが、大作になればなるほど弟子の筆が入っている確率が高いので、かえってリヒテンシュタインが所蔵する《クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像》や、国立西洋美術館の《眠るふたりの子供》といったプライベートな小品のほうが、画家本人が描いたことが確実なため見るべき価値があると思う。昔は西洋美術館にはルーベンスの小品がたった2点しかないことに呆れたもんだが、最近はなかなか悪くない選択だったと思えるようになった(もう1点は《豊穣》)。同展には西洋美術館からさらにもう1点出ているが、これはルーベンス作として買ったものの、後にヨルダーンスに帰属と判定された《ソドムを去るロトとその家族》。

2018/10/15(村田真)

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《太陽の鐘》《シェアフラット馬場川》《Mビル(GRASSA)》《なか又》、「つまずく石の縁 ─地域に生まれるアートの現場─」

[群馬県]

数年ぶりに前橋を訪れた。萩原朔太郎記念館からそう遠くない場所に、市の新しいシンボルとして岡本太郎の《太陽の鐘》が登場した。設置場所の空間デザインを手がけたのは、藤本壮介である。なるほど、鐘を吊るす三日月状のオブジェは太郎らしい造形だが、土を盛ったランドスケープの上の24mに及ぶ、やたらと長〜〜い撞木も笑える。商店街のエリアでは、藤本による老舗旅館をホテルに改造する大胆なプロジェクトが進行中だったほか、石田敏明による《シェアフラット馬場川》(2014)、また2018年に完成した隣り合う中村竜治のリノベ風新築の《Mビル(GRASSA)》と長坂常の店舗《なか又》(さらに横にもうひとつ建築家の物件が増える予定)などがあり、明らかに新しい建築によって活気づいている。つぶれた百貨店を美術館にリノベーションしたアーツ前橋が登場し、都市に刺激を与えているのだろう。なお、前橋は、藤本による初期の住宅《T-HOUSE》もある街であり、なにかと縁が続いている。

さて、開館5周年を迎え、岡本太郎の展覧会を開催しているアーツ前橋の館長、住友文彦にインタビューを行ない、文学館との共同企画ほか、美術以外の地域文化を積極的に紹介する試みについて、いろいろと話を聞いた。後発の美術館として、いまさら高額の印象派の絵を揃えるのではなく、必然的に地域の資産を掘り起こすことになったという。その後、もう一度、街に出かけ、白川昌生の木馬祭、そして片山真里やケレン・ベンベニスティらの国内外の作家が参加するまちなか展開「つまずく石の縁」を一緒に見てまわった。展示場所としては、各地の空き店舗やシャッターを活用している。当初から美術館の外でも、アートの展示を積極的に推進してきたアーツ前橋らしい企画である。途中、住友氏があちこちで街の知人に声をかけたり、かけられており、5年のあいだに構築してきた街と美術館の親しい関係がうかがえた。道路にも美術家の展覧会と文学館のバナーが並んでおり、地方都市のスケールメリットを生かしている。

《太陽の鐘》(左)とその撞木(右)


《シェアフラット馬場川》(左)、《Mビル(GRASSA)》(右)



《なか又》


白川昌生の木馬祭


「つまずく石の縁」展 片山真里


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2018年11月01日号キュレーターズノート|足利市立美術館「長重之展 ─渡良瀬川、福猿橋の土手─」/アーツ前橋開館5周年記念「つまずく石の縁 ─地域に生まれるアートの現場─」(住友文彦)

2018/10/14(日)(五十嵐太郎)

Artists in FAS 2018 入選アーティストによる成果発表展

会期:2018/10/06~2018/11/25

藤沢市アートスペース[神奈川県]

藤沢市アートスペースは美術館ではなく「美術振興施設」。したがって展示室もあるが、若手アーティストを招いて制作から発表まで行なえるレジデンスルームを備えているのが特色だ。今回は公募に入選したアーティスト3人(金沢寿美、熊野海、熊倉麻子)と特別賞受賞アーティスト(二ノ宮久里那)が、3カ月間ここで滞在・制作した成果として作品を展示している。

いちばん大きな部屋で見せているのが金沢の新聞のドローイング。大きな台の上に貼り合わせた新聞紙を載せ、鉛筆で黒く塗り込めていく。ところどころ見出しや画像を残しているので、暗黒の宇宙のなかにトランプ大統領や台風の被害が浮かび上がってくる。すでに何度か見た作品の延長だが、壮大なライフワークとなりつつある。熊野は多彩なイメージを重層的に組み合わせた巨大絵画を発表。二ノ宮はビル内の吹き抜け空間いっぱいに布による巨大オブジェを吊るした。アーティスト・イン・レジデンスの目的は、ふだんとは異なる環境で制作のモチベーションを高めるためとか、一定期間制作に集中するためとか、アーティスト同士の交流を図るためとかいろいろあるが、やはり自宅では不可能な超大作を生み出す場としてレジデンス施設は必要だ。とくに土地の狭い日本では(逆に、土地の狭い日本で超大作が必要かという議論もあるが)。

2018/10/12(村田真)

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リニューアル記念特別展 信長とクアトロ・ラガッツィ 桃山の夢と幻 / 杉本博司と天正少年使節が見たヨーロッパ

会期:2018/10/05~2018/11/04

MOA美術館[静岡県]

同展は、日本人が西洋文化に最初に触れた安土桃山から江戸初期(16世紀後半〜17世紀前半)の美術を紹介する「信長とクワトロ・ラガッツィ桃山の夢と幻」展と、天正少年遣欧使節団が見たであろうイタリアの寺院を撮った杉本博司の写真展「杉本博司と天正少年使節が見たヨーロッパ」の2つの展覧会から成り立っている。

クワトロ・ラガッツィとは美術史家だった若桑みどりの同名の著書に因むもので、「4人の少年」の意味。伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノの4人からなる天正遣欧少年使節を指す(いまならジャニーズ事務所から売り出すところだ)。つまり両展は、日本人で初めてヨーロッパ世界を見たこの少年使節を軸に、前半は南蛮文化を採り入れた織田信長に因んだ茶道具や初期洋風画を展示し、後半はイタリアの古刹を撮るうちにこの少年使節に惹かれていったという杉本作品を紹介するもの。見ようによっては信長と杉本を対比的に並立させた大胆な企画といえなくもない。

辛気くさい茶道具や掛軸は飛ばして、同館コレクションの初期洋風画《洋人奏楽図屛風》や、絢爛豪華な《花鳥蒔絵螺鈿聖龕》など和洋混淆の逸品は実に興味深い。階下は杉本博司の作品で、昨年ニューヨークで開かれた「天国の門」展を再構成したもの。ローマのパンテオン、ピサの斜塔、フィレンツェの大聖堂、カプラローラのヴィラ・ファルネーゼの螺旋階段など、天正時代の少年たちも見たであろうイタリア諸都市の建築をモノクロで撮っている。白黒というより深いグレートーンの重量感のあるプリントだ。圧巻はサン・ジョヴァンニ洗礼堂の門扉を飾る「天国の門」の10点。ルネサンスの幕開けを告げるギベルティ作のレリーフ彫刻を撮った10点の連作は、平面と立体、現実と虚構、時間と空間の狭間をとらえた「ジオラマ」シリーズを彷彿させるものがある。いやあMOAもすっかり杉本色に染まったなあ。


2018/10/12(村田真)

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アジアにめざめたら アートが変わる、世界が変わる

会期:2018/10/10~2018/12/24

東京国立近代美術館[東京都]

「本展はアジアが激しく変動した1960年代から90年代を対象に、美術と社会の複雑な関係に焦点を当て、この時期に実験的な表現を打ち出した革新的なアーティストたちが、どのように社会変革の触媒としての役割を果たしたのかを考察します」とは主催者の「ごあいさつ」。ここでいうアジアとは日中韓に台湾、香港、東南アジア、インドまで含めた地域。世界から見ればアジアの一部にすぎないが、人口でいえばなんと世界の約半分を占めているのだ。でも展覧会を見た印象は、全人類の半分を代表しているというより、やはり一地方の表現というべきだった。なぜなら、その国の歴史や政治体制、社会背景を知らないと理解できないローカルな表現が多く、だれでもパッと見て楽しんだり理解できるような作品が少ないからだ。

したがって、ふだんは作者とタイトルくらいしか見ないキャプションも、ここでは国と制作年が不可欠の情報になってくる。あの国では何年ごろどんな体制でどんな事件が起こったかを、思い出しつつ見る必要があるからだ。これは美術表現が政治や社会と密接に結びついていて、自立していない状態ともいえる。もちろんそのようなテーマの下に作品を集めたのだから当前だが、そもそもそうしたテーマが浮かび上がったのは政治・社会との関連が強い表現が目立ったからに違いない。

展示を見ていて気になったのは、「1960-90年代」という年代的な幅があるのに、日本人の作品だけは、山下菊二らのルポルタージュ絵画からオノ・ヨーコやハイレッドセンターのハプニングまで、ほぼ60年代に集中していること。つまり日本の美術が社会変革とコミットしたのは60年代までで、万博後および学生運動の敗北後は、核の傘の下でのノーテンキなポストモダニズムをむさぼっていたというわけだ。その視点で見るとアジアの美術は「遅れている」ように映るかもしれないが、冷戦構造の崩壊した90年代に入って日本にも遅ればせながら、中村政人や小沢剛ら社会的意識の強いアーティストが登場してきたのだから、ひょっとしたら日本が周回遅れだったのかもしれない。まるでウサギとカメの競争だ。

2018/10/09(村田真)

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