2018年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

没後50年 河井寬次郎展 ─過去が咲いてゐる今、未来の蕾で一杯な今─

会期:2018/07/07~2018/09/16

パナソニック汐留ミュージアム[東京都]

力強い、そんな印象だった。これまでに河井寬次郎の作品は日本民藝館でしか観たことがなかった。同館のコレクションは柳宗悦の目によって選ばれたものということもあり、どこか品の良さを湛えた作品が多い。ところが、本展で作陶初期から後期までの作品、さらに木彫やキセル、家具、言葉などを併せて観ると、河井へのイメージがずいぶん変わった。おそらく器用ゆえにいろいろな作風ができてしまうのだろうが、そこに通底するのは、河井の人間力とも言えるどっしりとした力強さのような気がした。

まず、河井が、初期に中国や朝鮮の古陶磁に倣った作品を焼いていたことには驚いた。しかしその後、柳や濱田庄司とともに民藝運動を推進するようになり、自身の作品にも「用の美」を追い求めるようになる。戦争を挟んで作陶をいったん中断し、戦後には自身の内面から湧き出る創作意欲を次々と形に表わしていく。河井の作品が輝きだすのは、このころからだ。素朴だけど重厚な形状に、色鮮やかな釉薬を巧みに使った独特の模様。この色鮮やかな釉薬使いは、東京高等工業学校窯業科を卒業後、京都市立陶磁器試験場で技手として研鑚を積んだたまものであろう。焼物はある意味、化学だ。同試験場で身につけた化学的知識が、河井の表現の幅を広げたに違いない。

なかでも特に目を引いたのは、木彫である。そもそもは自邸を建築した際に余った木材を使って彫り始めたもので、仏師にイメージを伝えて下彫りをしてもらい、河井が仕上げ彫りをしていたという。木彫りは焼物のように色鮮やかな釉薬を使わない分、彫りによる造形がじかに伝わってくる。しかも焼物よりも複雑な造形が可能だ。それゆえ何とも言えない力がみなぎっており、圧倒された。また、作陶を中断せざるをえなかった戦中にこつこつと書き溜めたという、短い詩句も心に響いた。「暮らしが仕事 仕事が暮らし」「新しい自分が見たいのだ──仕事する」「此世は自分をさがしに来たところ 此世は自分を見に来たところ」など独特の言い回しから、河井の人間性が伝わってくる。こうした焼物以外の作品に触れることで、河井の焼物も初めて理解できたような気がした。

《木彫像》(1954ごろ)河井寬次郎記念館[撮影:白石和弘]

展示風景 パナソニック汐留ミュージアム

公式ページ:https://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/18/180707/index.html

2018/07/14(杉江あこ)

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太陽の塔リニューアル記念 街の中の岡本太郎 パブリックアートの世界

会期:2018/07/14 ~2018/09/24

川崎市岡本太郎美術館[神奈川県]

この春、東大の食堂を飾っていた宇佐見圭司の壁画がいつのまにか処分されていたことがわかり、問題になったが、それで思い出したのが旧都庁舎にあった岡本太郎によるレリーフの連作だ。丹下健三設計の旧都庁舎の壁にはめ込まれていたこれらの陶板レリーフは、91年の都庁の新宿移転に伴い解体されたからだ。このとき残そうと思えば残せたはずだが、いくら第三者が努力しても、工事の責任者にその気がなければ残すのは難しい。美術評論家の瀬木慎一氏が保存する会を立ち上げたものの、経費は何億円かかるとか1カ月以内に撤去しろとか難題を吹っかけられ、あきらめざるをえなかったという。

太郎の手がけたパブリック・アートは140点以上といわれるが、はたしてそのうちどのくらい残り、どのくらい解体してしまっただろう。そんな興味もあって見に行った。同展で紹介されているパブリック・アートは、テンポラリーなショーや記念メダルなどを除いて69件(墓碑、壁画、緞帳、建築も含む)。そのうち現存するのは41件で、移転したり再生したもの12件、解体されたもの16件となっている。とくに50年代のものは大半が現存せず、70年代以降のものは大半が残っている。これはパブリック・アートが土地や建物に付随するため、64年の東京オリンピック以前のものは再開発ブームで取り壊されたに違いない。

解体された代表例が旧都庁舎の壁画だとすれば、残っている代表例は、1970年の万博のときに建てられた《太陽の塔》だろう。こんな実用性もないヘンチクリンな塔は真っ先に壊されるだろうと思ったら、ほかのパビリオンがすべて解体されるなか最後まで残ってしまった。移転・再生した代表例が《明日の神話》だ。長さ30メートルにおよぶ巨大な壁画は、メキシコのホテルのために現地で描かれたもので、その後ホテルが倒産して壁画も行方不明になったが、太郎の死後、養女の敏子の尽力により発見され、制作から約40年を経て渋谷駅の通路に安住の地を見つけた次第。ちなみに太郎自身はつくってしまえば後はどうなろうとあまり気にしなかったようだ。

ところで、パブリック・アートという言葉が日本に定着するのは90年代のこと。それまでは野外彫刻とか環境造形とか呼ばれていたが、太郎の作品はそのどれとも異なっていた。というのも、パブリック・アートも野外彫刻も環境造形も、耐久性があって危険性がなく、その場にマッチした造形が好まれたため、どれもこれも丸くてトゲがなく、最大公約数的な形態と色彩の作品が多かった。それに対して太郎だけは、あえて嫌われるようなトゲトゲの造形と極彩色をウリにしていたからだ。正直いって太郎のパブリック・アートが身近にあってもあまりうれしくないけど、しかし毒にも薬にもならないどうでもいいような作品より、はるかに存在意義はあるだろうと思う。

2018/07/13(村田真)

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モネ それからの100年

会期:2018/07/14~2018/09/24

横浜美術館[神奈川県]

一昨年の「クラーナハ展」がそうだったように、最近クラシックな画家の展覧会に現代美術が介入してくる例が増えているが、この「モネ展」もそう。タイトルにあるように、これは「モネ展」であると同時に、モネに感化されたりモネと関連づけられる画家たちの約100年の流れを紹介する展覧会でもあるのだ。出品は、モネが初期から晩年まで29点。あとはデ・クーニング、マーク・ロスコ、サム・フランシス、モーリス・ルイス、リキテンスタイン、ウォーホル、ゲルハルト・リヒター、堂本尚郎、松本陽子、福田美蘭、丸山直文、鈴木理策ら内外26作家による67点。モネもその他も作品の大半が国内から出品されるので、「モネ展」としては比較的安上がりに済んだに違いない。それにしても国内にこれだけのモネ作品があるとは、ちょっとした驚き。

モネだけ見ていくと、基本的に時代順に並んでいて、最後のほうは睡蓮のシリーズのみ。モネの影響を受けた画家たちの大半は睡蓮以降の錯綜とした色彩と奔放なタッチに着目している。その最初の例がデ・クーニングをはじめとする抽象表現主義だ。一般に20世紀のモダンアートの流れは印象派に始まり、ポスト印象派が受け継ぎ、フォーヴィスムキュビスムが発展させ、構成主義ダダシュルレアリスムと広がり、第2次大戦を境にアメリカに移って抽象表現主義に結実するといわれているが、ここではモネの晩年の筆づかいがいきなりニューヨークの抽象表現主義に接続されているのだ。といっても、必ずしも彼らがみんなモネを参照したというわけではなく、抽象表現主義の激しい筆づかいにはモネという先駆者がいたということだ。この「再発見」によって、晩年の作品の評価が低かったモネの「再評価」が進んだのだ。

こうしたモネの筆づかいに感化されたサム・フランシス、ルイ・カーヌ、堂本尚郎、松本陽子といった画家たちのほか、モネのモチーフやスタイルを参照したリキテンスタインや福田美蘭らポップ系の画家たちも選ばれている。とりわけ福田の新作2点は、高層ビルの上階に位置するレストランの窓から見える都会の夜景と早朝の風景を、店内のテーブルとともに描いたもの。点々と白く浮かぶテーブルが睡蓮の葉、その上のロウソクの明かりが花に見えるというだけでなく、ガラス窓の反映、室内と屋外のダブルイメージ、そして夜と朝の時間差など、「睡蓮」シリーズの特質を巧みに採り込み、さらにタッチまで模倣している。いつもながら見事。

2018/07/13(村田真)

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安珠「ビューティフル トゥモロウ 少年少女の世界」

会期:2018/07/11~2018/08/28

キヤノンギャラリーS[東京都]

1980年代にパリコレ・モデルとして活動した後、写真家に転身した安珠。彼女の本格的な写真展は、これまであまり開催されてこなかったのだが、今回のキヤノンギャラリーSの展示を見て、写真家としての力量を再認識した。

「少年少女の世界」は安珠の原点というべき作品群で、1990年代に『サーカスの少年』(1990)、『少女の行方』(1991)、『星をめぐる少年』(1993)、『眠らない夢』(1996)の「4部作」を刊行している。今回の展覧会では、その4冊の写真集からピックアップした作品をそれぞれの小部屋に分けて展示しており、ピンクを基調とした壁面構成、フランスの写真家、ベルナール・フォコンのマネキン人形のコレクションを使ったインスタレーションなど、細部までよく練り上げられていた。こうしてみると、安珠が日本ではむしろ珍しい演劇的な構想力を備えた写真家であり、物語世界を組み上げていく才能に恵まれていることがよくわかる。植田正治や細江英公、あるいは近年国際的に再評価の機運が高まっている山本悍右などを除いては、日本の写真家たちが演劇的なスタイルの写真を発表すると、うまくフィットせず、どこか白々しい気分になってしまうことが多い。撮る側と撮られる側の両方の立場を経験している安珠はその数少ない例外なので、これらの演出写真の水脈が2000年代以降に中断しているのは、とてももったいないと思う。

会場には旧作のほかに。老人と少年を同じポーズで撮影した90年代の未発表作「ジャネーの法則」や、ピンク色の紙の繊維を透かして写真を見るようにセットされた「蝶の囁き」など、意欲的な新作も出品されていた。彼女のフォト・ストーリーの新たな展開をぜひ見てみたい。

2018/07/11(水)(飯沢耕太郎)

奈良美智「Sixteen springs and sixteen summers gone─Take your time, it won’t be long now」

会期:2018/07/07~2018/08/10

タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]

奈良美智はいうまでもなく日本の現代美術を代表するスター作家だが、彼が写真に並々ならない関心を抱き続けてきたことは、それほど知られていないのではないだろうか。まだアーティストとして活動する前の10代の頃から、カメラを手にして写真を撮り続けてきた。だが今回タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムで開催された「2014年から約5年間に亘り撮影された写真群」による展示を見ると、写真はむしろ彼の作品世界の支えになっているのではないだろうか。奈良のドローイングや彫刻作品の多くは、観念レベルではなく身体レベルでの経験によるインスピレーションを得て制作される場合が多い。その場合、日常的な出来事を身体的に受け止め、記憶に落とし込み、それらをもう一度再構築して作品化するプロセスにおいて、写真で撮影するという行為が大事な役目を果たしているのではないかと思う。

ただ、今回の展示にもよくあらわれているのだが、奈良にとっての写真は単純な記憶のアーカイブというだけではない。それ自体がとても歓ばしい視覚的な体験なのだ。奈良の写真には正面から被写体を捉えた、いわゆる「記念写真」的な構図のものがとても多い。そして、そこに写っている被写体のほとんどは、彼が大好きなものなのではないかと想像できる。好きなものが目の前に現われたことの手放しの感動、そしてそれを写真という形で所有できることの歓びが、彼の写真からはつねに溢れ出ていて、その波動が観客を包み込むように広がってくる。今回のメイン展示である、3つの大きなテーブルに各55枚の写真を封じ込めたインスタレーションでは、それぞれの写真は以前のinstagramのように真四角にトリミングされていた。奈良はinstagramの「いいね!」の感覚を、実際にinstagramが登場する前から、ごく自然体で自分の写真に取り込んでいたということだろう。

なお展示にあわせて、タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムから写真集『days 2014-2018: Sixteen springs and sixteen summers gone─Take your time, it won’t be long now』が刊行された。そこにおさめられた写真も、ほとんどが真四角にトリミングされている。

Yoshitomo Nara, “SAKHALIN”, 2014, pigment print © Yoshitomo Nara / Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

2018/07/10(火)(飯沢耕太郎)

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