2019年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

高橋睦郎『つい昨日のこと』

発行所:思潮社

発行日:2018/06/25

この詩人のよき読者にとっては周知の事柄に属するが、高橋睦郎にとって「ギリシア」というトポスはこのうえなく重要なものだ。その片鱗をうかがい知るためには、さしあたり『聖という場』(小沢書店、1978)や『詩人が読む古典ギリシア』(みすず書房、2017)といった散文・評論を紐解いてみるとよい。しかし、いささか意外なことにも、その一冊がまるごとギリシアに捧げられた詩集は、じつのところ本書がはじめてである。

本書には、「つい昨日のこと」と題された151の書き下ろしの詩篇に加えて、過去に詩誌に発表された「殺したのは」「異神来たる」「家族ゲーム」の3篇が収録されている(それぞれ哲学者ソクラテス、オリュンポスの神族、そして暴君ネロが主題)。詩人本人とおぼしき人物の回想はもとより、古代ギリシアの神々や、かつてギリシア・ローマに実在したさまざまな人物の口を借りて、2500年以上もの歴史をもつ「ギリシア」のさまざまな顔が、150あまりの詩を通じてにわかに浮かび上がる。しかし急ぎ付け加えておかねばならないが、本書は必ずしも実在の「ギリシア」を舞台とした作品なのではない。強いて言えばそれは、時代も、場処も、性や人称さえも渾然一体となった、「ギリシア」なるトポスをめぐる一大叙事詩とでも言えようか。

本書は、現在80歳になるこの詩人の膨大な詩業の「総決算」(180頁)でもある。表題は、呉茂一訳『ギリシア抒情詩選』を通じて古代ギリシアと出会った13歳の頃、あるいはその後はじめて同地を訪れた31歳の頃の記憶が、「つい昨日のこと」としか思えないという実感に由来するものであるという。ただし、本書のあとがき(「私とギリシア あとがきに代えて」)で明かされているように、この書名にはまた、「ソクラテスがこの辺りを歩いていたのはつい昨日のことだ」というケネス・ドーバーの含蓄ある言葉が反響している(『わたしたちのギリシア人』久保正彰訳、青土社、1982)。果たして、本書ではまさに、古代ギリシアの神話・哲学・文学のさまざまなエピソードが、まるで「つい昨日のこと」であるかのような生々しい光景として出来しているではないか。それを可能にしているのは、東西のあらゆる文学に通じた、この詩人の類稀な「語り/騙り」の力だ。冒頭、「一九六九年初夏」から「前三九九年四月二十七日」へ、すなわち20世紀から前4世紀への2500年の距離を悠々と飛び越える、このようなスケールの詩を現代日本語で読みうるという事実には、ただただ驚嘆するほかない。

そんな圧巻の詩集からひとつ。異神イエス・キリストに取って代わられんとするオリュンポスの神々の口を借りた「異神来たる オリュンポス神族が言う」より、次の5行を引いておきたい──「や これは何だ この両の蹠(あしのうら)の踏み応えのなさは?/脛にも 腿にも 両の腕(かいな)にも まるで力が入(はい)らない/それに 鼻から 口から 吸い込む息の この稀薄さは?/目を凝らせば 周りの男神(おがみ)が 女神(めがみ)が ぼやけていく/ということは 見ているこの身も 薄れていくのだな」(164頁)。

2018/10/08(月)(星野太)

ぽむ企画・たかぎみ江さんの訃報

Twitterのタイムラインを眺めていたら、ぽむ企画のたかぎみ江さんの訃報が飛び込んだ。今年は筆者よりも下の世代の建築史の研究者、大阪歴史博物館の学芸員だった酒井一光が癌で亡くなったが、彼女もあまりに若すぎる。ぽむ企画とは雑誌の取材を通じて、ライターの平塚桂さんのほうから取材される機会はしばしばあったが、イラストも描くたかぎさんとはそれほど多く会うことはなかった。が、サブカルチャーにひっかけながら、これまでにない語彙で建築を考えたり、説明するテキストと、どこかとぼけたようなイラストの絶妙な組み合わせが、大きな魅力だった。ポストモダンの時代は、むやみに建築が小難しく語られていたから、余計その違いが際立っていた。ぽむ企画は、新しい建築の語り口でネットの世界から登場し、雑誌『カーサ ブルータス』や書籍など、紙の媒体に展開したライター+イラストの最初の世代である。それまでは短文でも雑誌に寄稿することから、だんだんステップアップするのが当たり前の時代だったからだ(もっとも、現在はこの構図も崩れようとしている)。しかも、女性二人のユニットも、過去の建築ライターに例がない。

いまから振り返ると、ブログが使われていたネットの創成期、ぽむ企画がプロになる前の、京都大学の学生だったときから注目し、彼女たちが人に知られるきっかけをつくった筆者として(ぽむ企画はそれを「五十嵐隊長によるビッグバン」と呼んでいた)、たかぎさんが亡くなったことを本当に残念に思う。じつは当時、今後はぽむ企画に続く書き手がいっぱい登場すると考えていた。ところが、意外にその後、彼女たちのような建築系のライターは増えていない。確かに、Twitterでいろいろな悪口を書いて、自分をマウンティングして満足するような匿名の輩は数多い。しかし、結局はユーモアをもちながら、建築をポジティブに伝えられる才能がない。ぽむ企画はそれを成し遂げた稀有な存在である。

2018/09/25(火)(五十嵐太郎)

世界を変えた書物展

会期:2018/09/08~2018/09/24

上野の森美術館[東京都]

小雨の降る平日の昼前だというのに、館内はけっこう混んでいる。しかもおばちゃんではなく、珍しく学生が多い。理系の学生か。金沢工業大学の「工学の曙文庫」から出展される理工系の西洋稀覯本コレクション。古本好き、洋書マニア、本棚フェチ、文字オタク、科学ファン、図書館フリークには垂涎の展示だ。最初の部屋は両側が西洋の古書の詰まった本棚(前面がアールヌーヴォーのように波打ってる!)に占められ、撮影自由なのでバシバシ撮っちゃいましたね。次の部屋から時代を追って1冊ずつ本を開いたかたちで紹介している。15世紀末のフランチェスコ・コロンナ『ポリュフィルス狂恋夢』(これは理系か?)、16世紀のコペルニクス『天球の回転について』、17世紀のニュートン『自然哲学の数学的原理(プリンキピア)』、19世紀のダーウィン『種の起原』など。やはり古い書物ほど大型でずっしり重量感があって、著者や読者の情念がたっぷり染みついた「オブジェ」と化している。時代が下るにつれ徐々にコンパクトになり、18-19世紀ごろにはアウラは薄まり、20世紀には薄っぺらい印刷物に成り下がってしまう。

考えてみれば書物だけでなく、絵画も壁から板、布へ、時計も日時計から置き時計、掛け時計、腕時計、スマホへ、テレビも立方体から徐々に薄型の液晶へ、すべてコンパクトに、ポータブルに、薄くて四角い板状の物体に収斂していく。板に線を引いて色を塗れば絵画に、紙に字を書いて綴じれば本に、画面に電気を通して画像を映し出せばテレビやパソコン、スマホになる。人間にとって四角い板はもっとも手にも目にもなじみやすく、だから知識や情報を伝えるメディアもすべからくこの形態をとるのだ。関係ないけど「モノリス」とはこのことだね。しかしこんな大量に貸し出して曙文庫は空っぽにならないの? どうせ学生は読まないから心配ないって?

2018/09/21(村田真)

カタログ&ブックス│2018年9月

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます

富士屋ホテルの営繕さん─建築の守り人─

著者:山口由美、吉田鋼市
写真:白石ちえこ
編集:石黒知子+成相明子
発行:LIXIL出版
発行日:2018年9月
定価:1,800円(税抜)
サイズ:A4判変型、ソフトカバー、72ページ
ブックデザイン:川名潤

富士屋ホテルは、明治11年日本初の本格的リゾートホテルとして箱根に開業した。建築道楽だった歴代社長のアイデアと大工による和洋混交の独特な建物群で構成され、平成9年には文化財に指定された。この老舗ホテルには、「営繕さん」と親しみをもって呼ばれるスタッフが在任し、建築物の営造や修繕を行っている。最近では稀有な例であるため、知る人は少ないが、富士屋ホテルが今日もなお創業当時の趣を残している理由の一つは裏方である営繕さんの仕事にある。 本書は、2018年4月から改修のため2年間休業になった機会をねらい、富士屋ホテルの異色を放つ建築としての見どころを、ホテルの裏側となる営繕の仕事とともに紹介する。

闇の日本美術

著者:山本聡美
発行:筑摩書房
発行日:2018年9月5日
定価:880円(税抜)
サイズ:新書判、ソフトカバー、224ページ

こ、怖い…。思わず目を背けたくなる死、鬼、地獄、怪異、病、など闇が描かれた中世日本絵画の数々。その背景にある思想を数十点の図版とともに解説する。
日本の古代・中世絵画には苦しみ、恐れ、悲しみ、嫉妬、絶望など、世界の暗部をのぞき込むような主題が散見される。本書では絵巻や掛幅画に描かれた闇について、仏教思想や身体観、歴史的事件などを手がかりに「地獄」「鬼と怪異」「病」「死」「断罪」「悲しき女」の各テーマに分けて、よみといていく。日本人は生老病死をどうとらえ、どう描いてきたのか。暗闇からの日本美術入門。

ならず者たちのギャラリー
誰が「名画」をつくりだしたのか?

著者:フィリップ・フック
翻訳:中山ゆかり
発行:フィルムアート社
発行日:2018年8月25日
定価:3,000円(税抜)
サイズ:A5版、ソフトカバー、512ページ

サザビーズの競売人(オークショニア)が案内する、美術史と美術品の価値に影響を与えた魅力的な画商列伝。数量でははかることが難しく、美や質や稀少性といった概念によって左右される美術品の価値。画商が売りこんでいるもの、それは漠然とした、はかり知れない、だが無限の値打ちをもったもの。すなわち芸術家の天賦の才能である。

waterscape

著者:三澤遥
発行:エクスナレッジ
発行日:2018年9月
定価:2,300円(税込)
サイズ:26×20.8cm、ソフトカバー、144ページ

デリケートな構造物と水中の生き物が、絶妙なバランスで成り立っている「waterscape」。新進気鋭のデザイナー、三澤遥氏によって作り出されたこの作品は、不思議な仕掛けと、その中で泳ぐ生き物が織り成す未知の水中景観を生み出し、見る者に新鮮な驚きをもたらします。
水の中の温室。浮く島、沈む島。空気の綿毛……いわゆる「水槽」とは一味違うこれら全14作品の世界を、隅々まで堪能できる美しく緻密な写真で紹介。作品が完成形に至るまでの試行錯誤や、丹念に解説された設計プロセスも掲載。作品をより深く理解して、新たな可能性に満ちている水中作品に没頭できます。

MAM Documents 003
現代美術館は、新しい「学び」の場となり得るか? エデュケーションからラーニングへ

編集:内田伸一、(以下、森美術館)白木栄世、高島澄佳、熊倉晴子
デザイン:森大志郎+小池俊起
企画・発行:森美術館
発行日:2018年5月31日
定価:1,667円(税抜)
サイズ:A5判、ソフトカバー、392ページ

2017年2月に森美術館が開催した国際シンポジウムとさまざまなラーニング・プログラムを実施した「ラーニング・ウィーク」の記録集。国内外の専門家、アーティストが集い、議論を行いました。

丸善ジュンク堂書店 美術書カタログ2018
defrag2

企画・発行:株式会社丸善ジュンク堂書店
収録タイトル数:290
協力出版社数:99社
選書した書店員の人数:55店舗86名
配布開始日:2018年6月1日
定価:無料(全国の丸善ジュンク堂書店店頭で配布中/なくなり次第配布終了)
サイズ:A5判、ソフトカバー、80ページ

2018年6月1日より美術書カタログ「defrag2」を全国の丸善ジュンク堂書店の店舗(文具専門店を除く)にて無料配布いたします。この「defrag」は“書店員が本気で選んだ美術書カタログ”として2013年に刊行・無料配布され、美術やアートにかかわる多くの方に手に取っていただきました。この度、およそ5年ぶりに「defrag2」として、全国の丸善ジュンク堂書店の書店員86名が選んだ290タイトルを収録し刊行いたしました。




※「honto」は書店と本の通販ストア、電子書籍ストアがひとつになって生まれたまったく新しい本のサービスです
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2018/09/15(artscape編集部)

深瀬昌久『MASAHISA FUKASE』

発行所:赤々舎

発行日:2018/09/13

2012年に死去した深瀬昌久に対する注目度は、このところ国内外で高まりつつある。その理由の一つは、さまざまな事情で、彼の本格的な回顧展や、初期から晩年までの作品を集成した写真集が実現してこなかったためだろう。断片的にしか作品を見ることができなかったことで、驚くべき執着力で自己と世界との関係のあり方を探求し続けてきたこの写真家が、いったい何者であり、どこへ向かおうとしていたのかという興味が、否応なしに強まってきているのだ。

今回、深瀬昌久アーカイブスのトモ・コスガが編集し、ヨーロッパ写真美術館のディレクター、サイモン・ベーカーが序文を執筆して刊行された『MASAHISA FUKASE』は、まさにその期待に応える出版物といえる。日本語版は赤々舎から出版されるが、Editions Xavier Barralから英語版/仏語版も同時に刊行される。ただしこの写真集が、内容的に大きな問題を孕んでいることは否定できない。1950年代に深瀬が故郷の北海道美深町で撮影した初期作品「北海道」から始まり、「豚を殺せ」、「遊戯-A PLAY-」、「烏」、「家族」、「父の記憶」、「私景」などの代表作を含む写真集の構成は、一見過不足ないものに思える。だが、そこには重要な写真群が抜け落ちている。深瀬が1964年に結婚し、76年に離婚した深瀬洋子を撮影した写真が、すべてカットされているのだ。

いうまでもなく「洋子」の写真群は、深瀬の写真家としての軌跡を辿る上で最も重要な位置にあるもののひとつであり、これまでの展覧会や写真集でも幾度となく取り上げられてきた。にもかかわらず、今回の写真集からそれらが抜け落ちた理由については、おおむね推測がつく。遺作を管理する深瀬昌久アーカイブスの内部事情が絡んでいるのは間違いない。とはいえこのような形で、しかも英語版・仏語版を含む国際出版の写真集が刊行されることは、やはり問題だと思う。むろん、深瀬が作家活動の最後の時期に取り憑かれたように制作していたというドローイング作品など、未発表作が掲載されていること含めて、本書の刊行の意義はとても大きい。だが、いつの日か(できればなるべく早く)、本書のような「不完全版」ではなく、「完全版」の深瀬昌久写真作品集が刊行されることを期待したい。

2018/08/31(金)(飯沢耕太郎)

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