2018年01月15日号
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artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

カタログ&ブックス|2017年1月

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

フードスケープ 私たちは食べものでできている

企画・監修:アーツ前橋
発行:KTC中央出版
発行日:2016年11月30日
定価:2,500円(税別)
サイズ:240×180mm、168ページ

群馬県・前橋市の美術館「アーツ前橋」で2016年10月〜2017年1月に開催される展覧会「フードスケープ」展のコンセプトブック。展示作家の作品を中心に、専門家による解説や書籍からの引用、食にまつわる年表、「フードスケープ」を広げるためのブックリストなど、食にまつわるものごとを[自然/社会/文化/変容/身体/とりこむ]という6つのカテゴリーからご紹介。ひと皿の料理ができあがるまでの“向こう側”への想像力を刺激され、視野が広がる1冊です。

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アピチャッポン・ウィーラセタクン 亡霊たち

編者:東京都写真美術館
発行:河出書房新社
発行日:2016年12月13日
定価:2,400円(税別)
サイズ:B5判、200ページ

タイを代表する映画監督・現代美術家アピチャッポン・ウィーラセタクン。東京都写真美術館開催の展覧会公式図録。本人による書下しエッセイの他、四方田犬彦氏、佐々木敦氏ほか充実の内容。

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アピチャッポン・ウィーラセタクン──光と記憶のアーティスト

編著:夏目深雪、金子遊
執筆者:相澤虎之助、アピチャッポン・ウィーラセタクン、飴屋法水、佐々木敦、港千尋、渡邉大輔ほか
発行:フィルムアート社
発行日:2016年12月12日
定価:3,200円(税別)
サイズ:A5判、352ページ

映画ファンや映画研究者のみならず、全世界を注目させ続けているアピチャッポン・ウィーラセタクン。本年(2016年)は、全劇場長編作の特集上映が実施され、3月には新作『光りの墓』公開、さいたまトリエンナーレへの参加、そして12月には東京都写真美術館での個展が開催されるなど、各所から注目を集めている。
本書では、映画論に加え、アートと文化人類学を軸に、英語・タイ語論考の翻訳も交えながら、アジアのみならず世界の映画を代表する作家を多角的に解析。

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社会の芸術/芸術という社会──社会とアートの関係、その再創造に向けて

編者=北田暁大・神野真吾・竹田恵子(社会の芸術フォーラム運営委員会)
論考=志田陽子、成原慧、韓東賢、明戸隆浩、岸政彦、清水晶子、仁平典宏、間庭大祐
対談=高嶺格×チェ・キョンファ、藤井光×吉澤弥生、蔵屋美香×神野真吾
出版社=フィルムアート社
発行日:2016年12月22日
定価:2,800円(税別)
サイズ:A5判、352ページ

アートワールドを人文学的・社会科学的な側面から検討し、アートワールドという社会、あるいはアートワールド「と」社会の関係を問い直す。アーティストとキュレーター、批評家、研究者の相互的なプラットフォームのなかで「アートと社会の相互反映性」を領域横断的に考察し、アートの実践、批評の言語の新しい形を模索する。

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南極建築 1957-2016

企画:LIXILギャラリー企画委員会
アートディレクター:祖父江慎
デザイン:鯉沼恵一(cozfish)
発行:LIXIL出版
発行日:2016年12月9日
定価:1,800円(税別)
サイズ:A4判変型、84ページ

極寒と強風の地、南極。過酷な環境下で観測隊の暮らしを支える建築物はどのようにつくられてきたのか。一番の課題が雪の吹き溜まり(スノードリフト)だ。数年で建物を埋没させる。四代にわたる観測船の大型化に伴い、形状等が模索され、快適さも飛躍的に向上していった。 本書では、日本初のプレファブ建築が誕生した第一次観測隊の1957年から現代の2016年までを5期に分け、観測船の代替わりと重なるエポックメイキング的な建築物の変遷を追う。実録レポ的絵本『築地市場』の作者モリナガ・ヨウが緻密なディテール描写で基地を図解する大画面イラストを目玉にした図版構成。さらに論考で、スノードリフト対策や実体験から得たノウハウなどを専門家、元越冬隊長らが披露する。10か所以上の海外基地も図版・解説付きで紹介する。各国の工夫とデザインが見どころ。建築と住環境に特化した(およそ?)初の南極本となる。

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個人的なハーモニー──ノルシュテインと現代アニメーション論

著者:土居伸彰
発行:フィルムアート社
発行日:2016年12月20日
定価:2,800円(税別)
サイズ:四六判、400ページ

巨匠ユーリー・ノルシュテインの代表的作品『話の話』を糸口に、個人(インディペンデント)作家たちの創造性の系譜と達成を読み解き、初期アニメーション〜ディズニー、アニメーション・ドキュメンタリーや世界の長編アニメーション、デジタル時代の新たな原理、さらには宮崎駿・高畑勲など現代日本のアニメにまで射程は及ぶ、「アニメーション正史」への挑戦の書。

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2017/01/13(金)(artscape編集部)

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林典子『ヤズディの祈り』

発行:赤々舎

発行日:2016/12/31

ヤズディはイラク北部の山岳地帯に住む少数民族。ゾロアスター教、イスラム教、ミトラ教、キリスト教などを起源とする、孔雀天使を守護神とする独特の信仰を持ち、その伝統的な慣習を守りながら暮らしてきた。ところが、近年のイスラム原理主義の台頭で、迫害を受けて故郷を追われ、難民となる者が増えてきている。林典子は2015年2月から、イラク北部クルド人自治区の難民たちの家、ヤズディの故郷であるシンガル山麓を訪ね、さらにドイツで移民として暮らす人々の丹念な取材を続けてきた。それらをまとめたのが、新作写真集『ヤズディの祈り』である。
林は写真集の後記で「世界にはさまざまな形の暴力があり、中東だけを見てもその被害者はヤズディだけではない」と書いているが、たしかにわれわれは日々流れてくるテロや迫害のニュースに慣れっこになり、不感症に陥りがちだ。だが、林はそんななかで、あえてさまざまな出来事の意味を、写真を通じて問いかけ、伝達しようとするフォト・ジャーナリストとしての初心を貫こうとしている。とはいえ、それらは「一枚ですべてを語ろうとするのではなく、そして歴史に残る出来事の全体像を写そうとしたものではなく、私の視点から見たヤズディの人々の体験の記録」として提示される。
そのために、本書に収録された写真には、その選択と配置に細やかな配慮が見られる。ヤズディの人々のポートレートが中心の構成なのだが、あえて「フレームの外にあったさりげない風景の一部」、彼らの持ち物、かつて住んでいた村で撮影された家族写真などをかなり多く取り込んでいる。また、占領下の村でダーシュ(IS、イスラム国)の戦闘員に性的な暴行を受け、顔を出すことを恐れている女性たちは、白いベール越しに撮影している。特筆すべきは、写真集の後半部の「testimony(証言)」のパートである。写真のモデルとなった人々へのインタビューが、日本語、英語、クルド語、ドイツ語(日本語以外は要約)で、かなりのページを割いておさめられている。このような丁寧な作りを心がけることで、「私の視点から見たヤズディの人々の体験」が、厚みのある記憶の集積として見事に再構成された。松本久木の手触り感にこだわった装丁・デザインも素晴らしい出来映えである。

2016/12/29(木)(飯沢耕太郎)

セラミックス・ジャパン 陶磁器でたどる日本のモダン

会期:2016/12/13~2017/01/29

渋谷区立松濤美術館[東京都]

幕末の開港以来、他の工芸品とともに日本の陶磁器は欧米のジャポニスム・ブームに乗って海外に大量に輸出された。しかしそのブームは長くは続かなかった。明治半ばになるとブームは下火になり従来の日本趣味の輸出工芸は衰退へと向かう。輸出工芸の衰退は作家主義の近代工芸への転換の契機として工芸史において叙述されるが、陶磁器分野において「陶芸家」になり得たのはごく一部の人たちのみで、その他大勢、産地の陶磁器業者たちは、新たな製品、新たな市場を模索せざるを得なくなる。製品の市場、人々の生活様式が変われば、求められる製品やその意匠も変化する。陶磁器業者や産地は売れる製品を開発すべくさまざまな努力を重ねた。美術品から実用的な器へ、あるいは碍子や点火プラグのような産業用用途へ、窯業技術を応用した製品のジャンルは拡大し、意匠においては欧米の陶磁器製品を模倣したり、日本のアジア進出に伴って東洋趣味の製品が現れた。さらに、第二次世界大戦中には不足した金属に代わってそれまでにないさまざまな製品が陶磁器で代替されるようになった。しかしながら、これら名も無い多数の陶磁器メーカー、産地の仕事が美術館における近代陶磁の展覧会に取り上げられることは極めてまれなことで、本展のように明治から第二次世界大戦中まで、約70年間という長期にわたる日本の陶磁器産業の製品開発をデザインという側面から概観する展覧会は寡聞にして先例を知らない。
展示は4章で構成されている。第1章「近代化の歩み」では、ヨーロッパでの博覧会参加後の日本風上絵付けの隆盛、ゴットフリート・ワグネルの指導による技術改良、ジャポニスムの終焉とアール・ヌーボー様式の台頭への対応、試験場の設立など、明治期における陶磁器産業近代化の過程を辿る。明治初期において薩摩焼が海外で好評を得たため各地で類似の意匠による焼きものが作られ海外に輸出されたが、ジャポニスムの終焉とともに独自の技術、意匠によって局面を打開しようとした産地もあった。第2章「産地の動向」ではそうした産地の独自性が紹介されている。第3章「発展・展開」では、大正から昭和初期にかけての近代的な都市生活に適合的な陶磁器製品、意匠の開発、いわゆるデザイン、デザイナーが登場した様子、陶磁器試験場の多様な試みを見る。終章は戦中期。資源節約のための規格化や技術革新、金属代替製品などの試みに焦点を当て、戦後の陶磁器デザインへの展望へとつなげる。
最初に述べたとおり、本展は作家ではなく、作品でもなく、産業としての陶磁器──セラミックス──に焦点を当てており、会場にはうつわ以外に、照明器具、噴水器、洗面台、汽車土瓶、瀬戸ノベルティ(陶人形)、火鉢やストーブ、タイルなどの建築材料まで、多様な製品が並ぶ。ただしタイトルに「陶磁器でたどる日本のモダン」とあることから分かるように、本展の視点は陶磁器における近代デザイン運動にあり、それらが製品として成功し、売れたかどうか──どれほどのものが人々の生活の場に届いたかどうか──については十分に検証されていない。とくに陶磁器試験場の試みはいわゆる研究開発(Research & Development)であり、そこには商品化されていないものも含まれることに留意したい。国内、欧米、アジアといった製品市場の違いとデザイン開発との関係についてもさらに検討すべき課題だろう。また日本独自の製品、意匠が模索された一方で、ヨーロッパ陶磁のコピー商品が大量につくられてきた事実も忘れるわけにはいかない。ともあれ、本展は近代陶磁器デザインの歴史研究を深めるきっかけとなるだろう画期的な企画だと思う。[新川徳彦]


展示風景

関連レビュー

染付古便器の粋──青と白、もてなしの装い|SYNK(新川徳彦):artscapeレビュー

2016/12/12(月)(SYNK)

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潮田登久子『みすず書房旧社屋』

発行:幻戯書房

発行日:2016/11/11

ユニークなドキュメンタリー写真+エッセイ集である。潮田登久子は1995年から「本と本の置かれている環境」をテーマにした写真を撮影しはじめた。本書に収められた「みすず書房旧社屋」の写真もその一環として撮られたもので、1948年に、芦原義信の設計で東京都文京区春木町1丁目(現・本郷3丁目)に建造された木造の社屋が、1996年8月に老朽化によって解体されるまでを追い続けている。
この旧社屋には、僕も一度だけ足を運んだことがある。およそ、みすず書房という日本有数の学術出版社のイメージにはそぐわない、下町のしもた屋という雰囲気の建物だった。それでも、潮田が撮影した写真を見ると、雑多に積み上げられた本の束、増殖する紙類、磨き込まれたテーブル、下宿屋のような流し、英字新聞が床に敷かれたトイレなど、いかにも「本をつくる」のにふさわしい、居心地のよさそうな環境であることがわかる。潮田は建物の外観や内装を丁寧に押えるだけでなく、その居住者たち、つまり編集部員や営業部員たちも撮影している。彼らのたたずまいも環境にしっくり融けあっている。夕方になると、近所の酒屋から缶ビールやおつまみを買ってきて、小宴がはじまるのだが、そんな和やかな談笑のなかから、いい企画が生まれてきたのだろう。いまや失われつつある、文化の匂いのする出版社が支えていたひとつの時代を、写真が見事に掬いとっていた。
本の装丁・デザインは潮田の夫でもある写真家の島尾伸三。当時みすず書房の編集部に在籍していた加藤敬事、横大路俊久、守田省吾、建築家の鈴木了二、写真家の鬼海弘雄と島尾伸三がエッセイを寄稿している。なお、版元の幻戯書房からは「本の景色/BIBLIOTHECAシリーズ」として、同じく潮田の写真で『先生のアトリエ』、『本の景色』が刊行される予定である。続編も楽しみだ。

2016/12/05(月)(飯沢耕太郎)

石川竜一写真集『okinawan portraits 2012-2016』

発行所:赤々舎

発行日:2016/09/02


石川竜一は、2015年に前作の『okinawan portraits 2010-2012』(赤々舎)で第40回木村伊兵衛写真賞を受賞した。本作はのその続編にあたる写真集である。
一癖も二癖もあるウチナンチュー(沖縄人)と正面から対峙し、裂帛の気合いを込めて撮影するポートレートが中心であることには変わりはない。だが、被写体の背景となる沖縄の風景を丸ごと捉えた写真の数が増えているのが目につく。石川のなかで、人物たちを取り巻く環境をしっかりと捉えることで、この地域に特有の風土性を浮かび上がらせようという意図が強まっているのは間違いないだろう。写真集のボリューム自体も厚みを増している。前作とあわせて見直すと、まさに石川の「okinawan portraits」のスタイルが完全に確立したことがわかる。
このシリーズは、おそらく彼のライフワークとして続いていくのだろうが、石川にはむしろ沖縄をベースにした写真だけでなく、撮影の領域をさらに広げていくことを期待したい。被写体とのコミュニケーションをとりやすい沖縄で、ある水準以上のスナップやポートレートを撮影することは、彼の抜群の写真家としての身体能力を活かせば、それほどむずかしくはないと思えるからだ。むしろ、よりコンセプチュアルな方向に狙いを定めた作品、あるいは沖縄以外の場所に長期滞在して撮影した写真も見てみたい。異なった環境に身を置くことで、逆に沖縄という場所の特異性が、さらにくっきりと浮かび上がってくるはずだ。

2016/11/17(飯沢耕太郎)

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