2018年12月15日号
次回1月15日更新予定

artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

甲斐義明編訳『写真の理論』

発行所:月曜社

発行日:2017/10/20

この簡潔なタイトルが、本書の内容を何よりも雄弁に物語る。ジョン・シャーカフスキー、アラン・セクーラ、ロザリンド・クラウス、ジェフ・ウォール、ジェフリー・バッチェンの5名による写真論の翻訳(約170頁)と、編訳者による充実した解説・あとがき・ブックガイド(約110頁)からなる本書は、20世紀後半から現在までの「写真の理論」を通覧するうえで今後参照不可欠な、決定版と言ってもよい一冊として出現した。

もう少し限定的に言えば、本書に含まれる5篇の写真論は、これまでの、そしてこれからの「芸術」と「写真」の関係を考えるうえで必読のものばかりである。むろん、クラウスの「写真とシミュラークルをめぐる覚書」(1984)をはじめ、本書に含まれる論文が必ずしも各著者の代表作というわけではないし、この5篇によってここ半世紀の「写真の理論」のすべてが汲み尽くされるわけでもない。それでもなお、本書『写真の理論』がひとつの「決定版」と言える理由は、同書が、従来の日本語による言説の欠落を能うかぎり補うことに捧げられているからだ(先述のクラウス論文の選択にそれは顕著である。詳しくは解説を参照のこと)。シャーカフスキー「『写真家の眼』序論」(1966)から、バッチェン「スナップ写真──美術史と民族誌的転回」(2008)まで、ここに収められた5篇(うち4篇は初訳)が俎上に載せているような問題は、いずれも日本語で十分に紹介されてきたとは言いがたいものばかりだ。本書の解説・あとがき・ブックガイドは、そうした数少ない先行研究の紹介にも十分な紙幅を割きつつ、読者による今後のさらなる探求をあと押ししてくれる。

いわゆる「ヴァナキュラー写真」に対する関心の向上とともに、今日の私たちは「写真のための歴史」(バッチェン)が今後大いに書かれはじめる時代のとば口にいるのだろう。しかしだからといって、写真が芸術との関係において投げかけてきた「表象の政治学」(セクーラ)、「理論的対象としての写真」(クラウス)、「コンセプチュアル・アートとしての写真」(ウォール)といった問題群が、丸ごと忘れ去られてよいわけがない。一つひとつの註にいたるまで細心の注意をもって書かれた本書は、そうした過去の写真論の忘却に抗い、「芸術」と「写真」をめぐる問いの核心へと、私たちを適切に連れ戻してくれるものである。

2018/01/22(月)(星野太)

菱田雄介『border | korea』

発行所:リブロアルテ

発行日:2017/12/13

北朝鮮の核ミサイル開発にともなう政治的な緊張の高まり、冬季オリンピック平昌大会の開催など、朝鮮半島の2つの国を巡る話題は、つねに新聞やTVのニュースを賑わせている。だが、よほど両国の国情に詳しい人でない限り、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の正確で具体的なイメージを持つのは、意外にむずかしいのではないだろうか。
菱田雄介は、その「近くて遠い」2つの国を、2009年から何度も訪れて撮影を続けた。本書『border | korea』には、そうやって撮影された両国の人々や風景の写真が100枚近く並んでいる。菱田の「戦略」はシンプルである。彼は北朝鮮と韓国で、似たようなシチェーションを選んで、同じような構図、同じような距離感でシャッターを切った。例えば、左右ページに対比的に置かれた最初の写真(表紙にも使用)は、一枚は平壌で一枚はソウルで撮影されたほぼ同年齢の少女たちのポートレートである。以下、赤ん坊、家族、学生、結婚式のカップル、警官、兵士、僧侶、赤ん坊を抱く女性などが、同じやり方で提示されている。ポートレートだけでなく、スナップ的な写真もある。金日成と金正日の大きな銅像の前の集会と光化門広場のデモ、南浦(北朝鮮)と仁川(韓国)の2つの海水浴場、板門店の国境を北朝鮮側と韓国側から写した写真などが対比されている。
読者はこれらの写真群を見て、さまざまな思いを抱くに違いない。2つの国の人々のたたずまいに共通性がある(同民族なのだから当然ではあるが)と思う人もあるだろうし、細部の微妙な差異に注目する人もいるだろう。菱田はあえて余分な先入観を与える解説をつけるのを避け、淡々と写真を提示することで、むしろ読者一人ひとりの「border」に対する意識を問い直そうとしている。『BESLAN』(新風舎、2006)、『2011』(VNC、2014)など、ドキュメンタリー写真の新たな可能性を模索してきた菱田の労作が、ようやく形になった。2017年を締めくくるいい仕事だと思う。

2017/12/25(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス│2017年12月

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

キーワードで読む現代日本写真


著者:飯沢耕太郎
装幀:松川祐子(La Cie)
発行:フィルムアート社
発行日:2017年11月30日
定価:3,800円(税別)
サイズ:四六判変、456ページ

アート化とデジタル化/震災後の写真/「戦後写真」の終焉……現代日本写真の転換期・2009〜2017年のトピックから厳選し、105の用語、72組の写真家、170の展覧会・写真集を網羅。基本的な用語を押さえながら、不確かな時代に変わりゆく写真の現在形をとらえ直した、格好の「写真入門」となる一冊です。写真の見方が分かる/変わると同時に、「写真」を通して、現代日本が見えてくる。

*2009~2017年上半期までのartscapeレビューを抄録。


石内都 肌理と写真


著者:石内都
発行:求龍堂
発行日:2017年12月8日
定価:2,700円(税別)
サイズ:B5判、252ページ

今年、デビュー40周年を迎える石内都。建物や皮膚そして遺品などに残された生の軌跡から記憶を呼び覚ます石内の写真は、「記憶の織物」とも評され、世界各地で高い評価を受けている。本書は、石内都の40年にわたる活動を展覧できる横浜美術館の展覧会公式図録。「肌理(きめ)」をテーマに初期の未発表写真から最新作まで、自選された約240点を紹介。


観察の練習


著者:菅俊一
ブックデザイン:佐藤亜沙美(サトウサンカイ)
発行:NUMABOOKS
発行日:2017年12月1日
定価:1,600円(税別)
サイズ:105×148mm、256ページ

駅やオフィス、街や家の中で出くわす、小さな違和感。あるいは、市井の人々が生み出すささやかな工夫や発明のようなもの。著者が日々収集し続けている数多の「観察」の事例を読み解く思考の追体験をしていくことで、読み手にもアイデアの種を与えてくれる。過去の膨大な量のリサーチの中から50あまりの「観察」の成果を厳選し、テキストはまるごと書き下ろし。著者のこれまでの人気連載コラム「AA'=BB’」(modernfart)、「まなざし」(DOTPLACE)を愛読していた方も必読の、初の単著にして決定版的な一冊。


紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s–1990s 図録


発行:文化庁
デザイン:工藤強勝、舟山貴士(デザイン実験室)
発行日:2017年10月31日
価格:非売品
サイズ:B5判、63ページ

国立近現代建築資料館で開催中の展覧会「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s – 1990s」展の公式図録。本展で紹介された、渡邊洋治や磯崎新をはじめとする建築家のドローイングを、4名のゲストキュレーターによる解説と共に掲載。巻末には日本の建築ドローイング年譜も収録。


ニッポン貝人列伝 ─時代をつくった貝コレクション─


著者:石本君代、奥谷喬司
アートディレクション:祖父江慎
ブックデザイン:鯉沼恵一(cozfish)
発行:LIXIL出版
発行日:2017年12月15日
価格:1,800円(税別)
サイズ:A4判変、82ページ

黒潮と親潮の流れによって世界的に豊かな貝分布が見られる日本。この貝大国で近代貝類学の黎明期を築いた伝説の貝人10人と彼らの熱意と情熱の結晶である貝コレクションに出会える本書。貝類学、とくに分類学は、コレクターと研究者が車の両輪となって発展する。最初の牽引者は民間研究者で自ら平瀬貝類博物館を開設した平瀬與一郎。平瀬のもと「貝聖」と呼ばれるまでに成長した黒田徳米は貝研究の巨人となった。実業家、河村良介の一大コレクションは研究者を大いに満足させ、後に国立科学博物館の超A級コレクションとなる。貝に捧げた一心不乱な人生が綴られる貝人列伝は、カラー図版で展開する彼らの貝標本の魅力をぐっと押し上げる。マニアックな陸貝(かたつむりなど)の世界を探求する研究者、一方国内外、美麗から微小まで追い求めるコレクター。どちらの世界も覗くことができる今までにない貝の本となる。


2017/12/14(木)(artscape編集部)

日本・デンマーク国交樹立150周年記念 デンマーク・デザイン

会期:2017/11/23~2017/12/27

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館[東京都]

日本・デンマーク国交樹立150周年を記念して開催される展覧会のひとつ。展示はミッドセンチュリーを中心に概ね時代別に、19世紀後半から現代までの家具、食器、照明、家電、日用品、グラフィックなどのデザインを辿る。第1章は「国際的評価を得た最初のデンマーク・デザイン」。1775年に設立されたロイヤル・コペンハーゲンと、1853年に設立されたビング・オー・グレンダールの磁器が紹介されている。第2章は「古典主義から機能主義へ」は、20世紀初頭の古典古代から着想を得たコーオ・クリントとその弟子らによる幾何学的でシンプルな家具や照明器具。第3章「オーガニック・モダニズム─デンマーク・デザインの国際化」では、デンマーク・デザインの黄金期と呼ばれた1950~70年代までの有機的なフォルムを持った多彩なデザイン。第4章は「ポストモダニズムと現代のデンマーク・デザイン」。イーレク・マウヌスンの「バキュームジャグ」、ウアスラ・モンク=ピーダスンによる食器セット、ビオミーガ社の自転車などが紹介されている。
19世紀の磁器は20世紀のデザインにどのような影響を与えたのだろうか。王立磁器製作所のフィリプ・スコウは、1890年の美術工芸博物館(現在のデンマーク・デザイン博物館)の設立に携わり、またビング・オー・グレンダールの美術監督だったピートロ・クローンは同館の初代館長に就任している。この博物館のコレクションが後のデザイナーたちを刺激し、20世紀のデンマーク・デザインの土台をつくった。デンマーク・デザイン博物館のクレスチャン・ホルムステズ・オーレスチンによれば、デンマーク・デザインは「徹底して他の時代、他の文化の類型と形態の研究にその基礎を置くデザイン文化」だという。そして、20世紀のデンマーク人デザイナーの多くが職人としてのバックグラウンドを持っていたこと、彼らが美術工芸博物館内に設置されていた美術工芸学校に入学するためには、職人の徒弟修了証明書が必要だったことを指摘している。じっさい、第1章から第4章まで、時系列に並んだ家具や食器、照明器具には、(ヴェルナー・パントンの仕事を除くと)極端な様式や素材感の違いを感じないのは、デンマークのデザイナーが「過去の優れた作例を改良し、より上質なものへと改善することによって同時代の文化に適合させる」ことを旨としていたからだろう。そしてこうした方向性は「意識的な選択ではなく、優れた職人技の他には何も持ち合わせていなかったが故の必要性に駆られてのこと」。1950年代にアメリカで北欧デザインを紹介する巡回展が開催されるとデンマーク・デザインに対する需要が高まったが、デンマークでは「もともとハンドメイドを想定してデザインされた製品を、生産工程のすべてもしくはその半分が機械生産でも対応可能なものに改良し」「ハンドメイドの質をもった工業デザインを手に入れた」のだ。オーレスチンはジャスパー・モリスンや深澤直人の「原型となる古い作例を改良し、洗練を加える」という手法に、デンマーク・デザインの特徴との類似を指摘している(本展図録、23-27)。
デザイン史として、特に興味深いのはデンマーク生活協同組合連合会(FDB)によって1940年代に開発された家具「フォルゲムーブラ」の事例だ。多機能でありながらシンプルなデザイン、そして安価な家具は、当初はターゲットとした労働者たちに受け容れられなかったという。というのも、「労働者たちは自分たちが『労働者らしく』見られることを望まず」「よく知られたトリクルダウン理論に従うように、気品に満ちた古典的な家具もしくはその模造品に囲まれたブルジョワ的な暮らしを熱望し」たからだ。代わりにフォルゲムーブラを好んだのは「建築家やデザイナー、芸術家、知識人たち」だった(本展図録、18-19頁)。デザインは社会階層のアイデンティティでもある。
1970年代になるとデンマーク家具の国際的な人気は衰える。展示や図録では背景を掘り下げていないが、「1950年代の後半に入るとデンマーク家具の評判が上がり需要に供給が追いつかなくなったことで、質の悪いものが出回り世界市場でのトラブルのもとに」なったのだ。また家具のマイスターが建築家やデザイナーと組もうとしなくなったために、人材が育たず、1970年代、80年代は空白の時代になってしまったということだ(島崎信『デンマーク デザインの国』学芸出版社、2003年9月、46頁)。
本展の家具の展示ではものを並べるだけではなく、テーブルや椅子、絵画などを組み合わせてインテリアのイメージを再現しているほか、ハンス・ウェグナーがデザインした数種類の椅子に座ることができるコーナーが設けられている。[新川徳彦]


会場風景

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2017/11/22(水)(SYNK)

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六本木開館10周年記念展 フランス宮廷の磁器 セーヴル、創造の300年

会期:2017/11/22~2018/01/28

サントリー美術館[東京都]

2010年に国立セーヴル磁器製作所と国立セーヴル陶磁美術館が統合され「セーヴル陶磁都市」という組織になった。本展は「セーヴル陶磁都市」が所蔵する優品によってその創立から現在までを回顧する展覧会だ。展示は18世紀、1740年にセーヴル磁器製作所の前身としてヴァンセンヌ城の塔内に設立された軟質磁器の製作所から始まり、19世紀、20世紀、そして現代まで、4つの章で構成されている。
展示で興味深い点が3つある。1つは中国風の絵付。16世紀にポルトガルが、17世紀にはオランダが東洋から磁器をもたらしたことで、ヨーロッパの王侯貴族の間で東洋磁器の収集熱が高まり、磁器製造を試みる者も現れた。ヨーロッパで最初に硬質磁器の焼成に成功したのは、1710年、ザクセン公国のマイセン磁器製作所。ヨーロッパ人の憧れは東洋磁器だったので、マイセンでは当初中国や日本の磁器の写しがつくられた。遅れて1740年にフランス・ヴァンセンヌに設立された磁器製作所では、カオリンを用いた硬質磁器の製造は1770年まで待たなければならなかったが、当初はやはり中国風の絵付が行われていた。面白いことに、これら中国風の絵付は中国磁器からの写しではなく、マイセン磁器からの写しだった。すなわち東洋磁器への憧れは、セーヴルにおいてはマイセン磁器を通じて間接的に表現されていたことになる。その後、1751年、ルイ15世の寵姫ポンパドール夫人がセーヴル磁器に興味を示すようになると、セーヴルではマイセン磁器の模倣を止めて、夫人の好みに応えた独自のスタイルを創出してゆく。
2つめはフランス革命の影響。革命期にセーヴルでは一時的に製造が止まってしまうが、その後は国有の製作所として存続する。王侯貴族が放逐されて、社会階層には大きな変化が生じ、セーヴル磁器の顧客たちも変化したはずだが、第1章(18世紀)から第2章(19世紀)までに、目立った断絶は感じない。もちろん19世紀初頭の新古典主義様式や産業技術をモチーフとした絵付など、表面的な変化はある。1900年パリ万博の際にはアール・ヌーヴォー様式への転換が行われている。しかし凝った器形、手の込んだ絵付、すなわち製品のクオリティ、ひいてはコストが変化したように見えないのだ。マイセンでは19世紀になるとややシンプルな器形と装飾の製品が現れており、そこに顧客階層の変化がうかがわれるのだが、セーヴルでは現代に至るまで、常に最上級の技術が投入され続けている。どうやらセーヴルにおいてつくられる製品の数は限定されており、クオリティや価格という点でマーケットに合わせる必要がないことが背景にあるようだ。現代でも年間の生産量は数千ピース。その25%程度は政府機関や大使館など公的機関に収められ、一般の人々の手にはほとんど渡らないのだそう。そのため、セーヴル磁器の歴史はマーケットとの関係よりも、ポンパドール夫人の干渉にもあるように、ディレクターに左右されるところが大きい。本展第2章では、革命後、19世紀前半において所長を務め製作所を黄金期へと導いたアレクサンドル・ブロンニャール(1770-1847)の貢献に焦点が当てられている。
3つめは外部の美術家たちとの協同。1904年には日本人の彫刻家 沼田一雅がセーヴルに滞在して磁器製造法を学び、原型を提供している(沼田一雅はその後1921年にもセーヴルに滞在している)。アール・デコ様式の旧朝香宮邸(現 東京都庭園美術館)の装飾を手がけたアンリ・ラパンが絵付をした壺もある。現代においては、アーティスト、デザイナー、工芸家と協同した作品づくりが積極的に行われており、そこには日本人も含まれている。草間彌生とコラボレーションしたオブジェが展示されているが、これはわずか18ピースのみが制作されたそう。そこにはビジネスを超越したセーヴルの妥協のないものづくりの姿勢がうかがわれよう。[新川徳彦]

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