artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

かみと祈り ─Paper Altar─『紙の仏壇』

会期:2023/09/26~2023/10/27

青山見本帖[東京都]

墓じまいをする人や、仏壇を持たない暮らしを望む人が増え、いま、先祖代々の墓や仏壇を受け継いでいくことが難しい時代となっている。墓に関しては場所や檀家制度などの問題があり、仏壇に関しては旧態依然とした形や大きさと現代の住まいとのギャップが大きいことがネックになっているのだろう。そもそも墓や仏壇がなぜ必要なのかという根本的な点を問い直さない限り、解決の糸口は見えないように思う。本来、仏壇はご本尊(仏像の彫刻や掛軸)を祀るためのものである。しかし私も誤解していたのだが、多くの日本人が仏壇は先祖の位牌を祀るためのものと思ってはいないか。裏を返せば、多くの日本人が望んでいることは祖先崇拝や近親者の死に対する弔いに過ぎず、仏像崇拝ではないということだ。その点が明確になれば、旧来のご本尊を祀るための仏壇様式にこだわる必要はなく、ただ単に弔いのための装置があればいいということになる。

本展は、紙の専門商社の竹尾と、仏壇仏具製造の老舗の若林佛具製作所とのコラボレーションプロジェクトだ。デザイナーの三澤遥と建築家の鬼木孝一郎を起用し、両社が紙の仏壇製作に取り組んだ。紙は弱いように見えて、火災などに遭わなければ、和紙は1000年、現代の用紙でも数百年はもつ耐久性の高い素材である。その点で仏壇とは相性がいいのかもしれない。三澤が発表したプロダクトのひとつ「積み具」は、まさに積み木のような形態をしていた。長さや幅の異なる複数のブロックが台座に並んでいて、使い手が自由に手に触れて、ブロックの位置を変えたり、積み上げたりできる。その手間の掛け方は、水や花を供えたり、線香をあげたりといった行為に近いと三澤は解釈する。これはそうした行為を促すプロダクトになっており、その行為自体が心を癒すきっかけになるのではないかと想像する。


三澤遥《積み具》
用紙:GAファイル ブラウン 四六判 Y目 900kg / GAファイル ブラック 四六判 Y目 900kg
製作協力:株式会社小林断截、株式会社東北紙業社、株式会社ニューウェル合紙
[写真:櫻井充(plana株式会社)]


鬼木が発表したプロダクトは、いずれも建築家らしい発想のものだった。そのひとつ「KAI」は正十二面体の物体で、面を開くと、金色に輝く空間が現われる。正多面体という強い対称性と普遍的な美しさに感心すると同時に、従来の仏壇の扉のように、開閉性が気持ちの切り替えにつながるように映った。これらの展示作品が示唆するように、結局、仏壇に求められていることとは、いかに故人と対話ができるのかという点なのではないか。その対話のための仕掛けが細やかであればあるほど、使い手は心の負担が少なく、暮らしのなかに仏壇がより溶け込むのではないかと思う。


鬼木孝一郎《KAI》
用紙:GA ファイル ブラック 四六判 Y目 450・900kg / NTラシャ グレー 70 四六判 Y目 210kg / ハイビカ E2F ゴールド 四六判 Y目 120kg
製作協力:株式会社サルトル、株式会社ニューウェル合紙
[写真:櫻井充(plana株式会社)]



かみと祈り ─Paper Altar─『紙の仏壇』:https://www.takeo.co.jp/news/detail/004125.html


関連レビュー

第25回亀倉雄策賞受賞記念 三澤遥 個展「Just by | だけ しか たった」|杉江あこ:artscapeレビュー(2023年07月15日号)

2023/10/03(火)(杉江あこ)

第二回 国際海洋環境デザイン会議/エキシビション「OCEAN BLINDNESS─私たちは海を知らない─」

会期:2023/09/29~2023/10/09

アクシスギャラリー[東京都]

地球環境を考える際、山や森林といった緑へ想いを馳せることは多いが、地球の表面積の7割を占める海に対して、私たちはどこか無頓着でいることが多い。本展は、海洋教育の実践的なプログラムを開発・実施・提供するプラットフォーム、みなとラボ(3710Lab)が日本財団と共同開催する第二回 国際海洋環境デザイン会議およびエキシビションである。「私たちは海を知らない」というタイトルは、まったくそのとおりだと感じる。地球温暖化による海面上昇や海洋プラスチック問題などは、最近よく耳にするが、実際のところそうした問題も表面的にしか捉えきれていないし、そもそも生命の源である海の潜在能力や魅力についてもよくわかっていない。そんな初歩的なレベルまで目線をぐっと下げて展示に取り組んでいた点で、本展には共感を持てた。多くの人々に気づきを与えることを目的としていたなら成功なのだろう。が、あくまで気づきに留まっており、欲を言うなら、あともう一歩踏み込んだ展示内容であればさらに学びを得られたのではないかとも思う。


展示風景 アクシスギャラリー[Photo: Masaaki Inoue]


本展然り、みなとラボの活動がデザインの視点を取り入れ、第一線で活躍する何人ものデザイナーを巻き込んでいる点には可能性を感じた。例えば本展の会場構成はwe+で、展示作品にはデザイナーの深澤直人による「海洋環境デザインワークショップ」で生み出された成果物が並んでいた。同ワークショップは第一回が「海を表すもの(イメージ)」、第二回が「見た人が海に触れることができるものをつくり、経過を発表する」という内容で、かつて深澤が実施していたデザインワークショップ「WITHOUT THOUGHT」を想起させ、参加デザイナーが海への考察を深めるという点ではよかったのだろう。しかし成果物としての「海」のデザインはあくまでワークショップレベルに過ぎなかったため、ここからの発展に期待を寄せたいと思う。


展示風景 アクシスギャラリー[Photo: Masaaki Inoue]


展示風景 アクシスギャラリー[Photo: Masaaki Inoue]


ほかにパネル展示ではあったが、海洋生物研究センターとしても機能する海中レストランや、気候変動に影響されない持続可能な世界初の水上コミュニティータウンなど、世界の建築事例については大変興味深く閲覧した。一方で強烈なインパクトを残したのは、会場中にずっと響き渡っていた人間の声による波の音である。これはドットアーキテクツ+コンタクト・ゴンゾによるワークショップで実施された「海を想像して波をつくる」体験の成果のようで、「ざぶ〜ん」といった声音が、いまも頭から離れられないのである。


第二回 国際海洋環境デザイン会議「OCEAN BLINDNESS─私たちは海を知らない─」:https://3710lab.com/news/6157/

2023/10/03(火)(杉江あこ)

ほそくて、ふくらんだ柱の群れ ─空間、絵画、テキスタイルを再結合する

会期:2023/09/19~2023/09/29

オカムラ ガーデンコートショールーム[東京都]

昨年までオカムラ・デザインスペースRで展示を企画していた建築史家の川向正人の役割を、今年から筆者が担当することになり、会場も原っぱをイメージした「OPEN FIELD」という名前に刷新した。そして建築家の中村竜治、テキスタイル・デザイナーの安東陽子、アーティストの花房紗也香の3名に声がけし、異なる分野のコラボレーションによって新しい空間をつくることを依頼した。


「ほそくて、ふくらんだ柱の群れ」展示風景


花房は画家なので、当初は壁やカーテンが入る、ピクチャレスクなインテリア・ランドスケープが出現することを想定していたが、中村は三者を密接に結びつける柱の形式を提案し、予想を超えるチャレンジングな企画となった。すなわち、天井と柱身をつないで構造を安定させるテキスタイル製の柱頭と、自律性が強い絵画の平面性を解体するように柱身に巻き付いた絵は、それぞれ安東と花房にとって、初めて試みる表現である。通常、建築にとってテキスタイルは装飾的な役割を果たすが、ここでは摩擦力によって柱が倒れないように作用し、構造の要となる柱頭に変容した。


テキスタイル製の柱頭


また花房は、個人的な出産体験を踏まえ、半透明な筒状の絵画を構想した。今回は2枚の絵を描き、それぞれを5分割して筒にプリントしている。ゆえに、具象的なイメージではなく、抽象的な作品にしたという。もともと花房の作品は、絵の中に複数のレイヤーを重ねた室内が描かれることが多いが、今回は彼女の絵が断片化しながら室内に散りばめられ、柱の森をさまよううちにイメージが統合されるような鑑賞体験がもたらされた。


トークの準備中


ところで、中村によるエンタシスのある多柱の空間は、ギリシアや法隆寺など、古代の建築にも認められる。高さに対する柱間のプロポーションだけでいえばエジプトの神殿に近いが(神殿の柱は異様に太い)、一方で細い柱の整然としたグリッドの配置は、近代のユニバーサル・スペースとも似ていよう。だが、モダニズムに柱頭やエンタシスは存在しない。絵画が統合された建築は、前近代的でもある。そして手づくりのかわいらしい(おいしそうでもある)テキスタイルの柱頭は、職人が制作したロマネスクの柱頭を思い出させる。かくして「ほそくて、ふくらんだ柱の群れ」は、これまでになかった現代的なデザインと、クラシックな感覚を併せもつインスタレーションとなった。


中村による什器と、安東・花房の作品集


手前はオカムラの社内コンペで選ばれた麻生菜摘による什器。柱を切断し、積み木のように組み立てる


廊下からの風景



ほそくて、ふくらんだ柱の群れ ─空間、絵画、テキスタイルを再結合する:https://www.okamura.co.jp/corporate/special_site/event/openfield23/

2023/09/19(火)(五十嵐太郎)

ステファン・サグマイスター ナウ・イズ・ベター

会期:2023/08/30~2023/10/23

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

社会問題を提起したアイロニカルなグラフィック作品は結構ある。本展に関しても、最初はその一種なのかと思っていた。しかし解説に目を通すと、どうやら趣旨が異なる。その真逆なのだ。「人類の歩みを50年、100年、200年といった単位で見てみると、私たちの生活は明らかに良くなっている」ことを訴えた作品群であった。作者はオーストリアに生まれ、現在、米国ニューヨークを拠点に活躍するデザイナーのステファン・サグマイスターである。見る角度によって絵柄が変わるレンチキュラーを使った作品や、古典的油彩画をベースに塗装木材を埋め込んだ作品などが並んでいた。いずれもポップでユニークな作風なのだが、ただ肝心の「良くなっている」ことを示す図がかなり抽象化されているため、若干のわかりにくさは否めない。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1F[撮影:藤塚光政]


例えば自然災害による世界の死亡者総数は100年前に比べると半数に減った。先進国における公的教育にかける費用(対GDP比)は200年前から徐々に高くなった。大国間で戦争が起きていた期間の割合は、西暦1500年から1800年までは50%以上の高い割合が続くのだが、1825年以降は25%以下の低い割合が続き、1975年から2000年までの近年に至っては0%になった。こうしたデータを明るい色使いの幾何学図で示していた。また興味深い作品のひとつに、世界の貧困状態にある人々の割合は過去30年間で確実に減っているものの、改善していると信じる人の割合は少なく、むしろ悪化していると信じる人の割合の方が多いことを示したものがあった。

これらの作品群を観ながら、ふと似たような事例を思い出す。日本での交通事故死亡者数は、法律の見直しや取り締まり強化、自動車性能の向上によって過去数十年間で確実に減っているにもかかわらず、ショッキングなニュース映像などによって、私たちはなぜか増えているように感じてはいないだろうか。かつて多くの国々で為政者たちによるメディア操作は実際に行なわれてきたし、現代では日々発信されるSNS上の情報によって、大衆へのイメージのすり込みは簡単に行なわれ、一人ひとりのなかで勝手な思い込みがつくられていっている。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1F[撮影:藤塚光政]


当然、ここでは取り上げられていない深刻なデータはもっとあるだろう。また取り上げられていたとしても、CO2排出量に関しては決して「良くなっている」データではない。しかし何をもって世の中の良し悪しを判断するのかということである。人類は確実に進歩しているし、科学技術も進んでいる。私たちはつい「昔は良かった」と懐古的になりがちだが、総体的に見ると、人々の健康や教育、自由、貧困、政治参加、そして災害や事故、犯罪、戦争といった面では改善がなされ、格段に生きやすい社会になっているのだ。その人類の歩みをたまには称えてもいいのではないかと、前向きな気持ちになれた展覧会だった。


公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000823
[ポスターデザイン:Stefan Sagmeister]

2023/09/05(火)(杉江あこ)

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ファッション・リイマジン

会期:2023/09/22~未定

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館 ほか[全国順次公開]

ファッション産業が地球環境に多大な負荷を与えているという問題が、最近よく取り沙汰されるようになった。地球環境だけでなく、先進国が発展途上国を搾取する構造もそこには透けて見える。華やかで、文化的で、経済を大きく動かしてきた産業ゆえに、これまで私たちは見て見ぬふりを続けてきたが、そろそろ現実を見つめ直す時が来たのかもしれない。本作は英国のファッションブランド「Mother of Pearl(MOP)」のクリエイティブディレクター、エイミー・パウニーの活動を追いかけたドキュメンタリー映画だ。おそらく日本には正規代理店が存在しないため、MOPの服を入手するには海外通販サイトなどを通じてとなり、日本人にとってはあまり馴染みのないブランドかもしれない。私自身もそうだった。が、本作を観て、俄然、MOPへの興味が湧いた。ハイファッションでありながら、サステナブルなコレクションを立ち上げた稀有なブランドであるからだ。


映画『ファッション・リイマジン』より
出演:エイミー・パウニー(Mother of Pearlデザイナー)、クロエ・マークス、ペドロ・オテギ
監督:ベッキー・ハトナー
2022年/イギリス/英語/カラー/ビスタ/100分/日本語字幕:古田由紀子/原題:Fashion Reimagined
©2022 Fashion Reimagined Ltd
配給:フラッグ 宣伝:フラニー&Co. 映倫区分:G


契機は、2017年4月に英国ファッション協議会とファッション誌『VOGUE』により、その年の英国最優秀新人デザイナーにエイミーが選ばれ、10万ポンドの賞金を授与されたことだった。当時の為替で1500万円ほどである。この大金を元手に、彼女はMOPをサステナブルブランドに変えることを決意。その決心は彼女にとって決して唐突なことではなく、実は環境活動家だった両親の下、片田舎のトレーラーハウスで育ったことが根っ子にあることが徐々に明かされる。また、当時はファストファッションが台頭した時代でもあり、「1980年代に比較して、人々は3倍以上の服を購入」「毎年、一千億もの服が作られ、その5分の3が購入した年に捨てられる」といったショッキングな事実が述べられていく。こうした不健全きわまりない状況に、彼女はNOを突きつけたのだ。


映画『ファッション・リイマジン』より ©2022 Fashion Reimagined Ltd


オーガニックで、追跡可能な原材料。動物福祉に努める。最小限の地域で、最小限の化学物質で生産。低炭素排出量……と、彼女が掲げたのはいかにも理想的な目標だ。口で言うのは簡単だが、本当に実現可能なのか。しかも18カ月後にはコレクションを発表しなければならない。彼女はそのコレクション名を「No Frills(飾りは要らない)」に決め、スタッフとともにインターネットや展示会、人づてなどで情報を必死に集め、ウルグアイの羊毛業者やトルコのオーガニックコットン製造者らを訪ねていく。全編を通してストーリーとして見応えがあり、ファッション業界の仕組みを知る機会にもなるため、最後まで目が離せなかった。英国ではMOPの影響で、サステナブルブランドへ方向転換するファッションブランドが少しずつ増えてきたとのことだが、いまだに大量の服がつくられ、捨てられる状況は続いている。本作が、まずは消費者の意識変革のきっかけになればと思う。


映画『ファッション・リイマジン』より ©2022 Fashion Reimagined Ltd



公式サイト:https://Fashion-Reimagine.jp

2023/09/03(日)(杉江あこ)