artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

ハシモトユキオノモケイ展

会期:2023/05/26~2023/06/05

LIGHTBOX ATELIER / SEMPRE[東京都]

日本を代表するインテリアデザイナーのひとり、橋本夕紀夫が昨年に急逝した。コンラッド大阪やヒルトン東京ベイ、八芳園などのホテルをはじめ、焼肉トラジなどのレストラン、バー、カフェ、ブティック、オフィスと実に多彩な空間をつくってきたことで知られる。

その橋本が遺したデザインが一挙に見られる機会が訪れた。それは、模型を通してである。模型は、建築家やデザイナーが図面を引いた後、施主や施工関係者らへ完成イメージを伝えるための伝達手段として用いられる。近年、日本の建築家の間では自らの思考の道具としても用いられているようだが、本来の使い途としては上記のとおりだ。時にはCGパースも用いられるが、全体を俯瞰して見るには模型が最適だ。建築家やデザイナーは図面を引いた時点で、その建築物や空間を自身の頭の中で描けているだろうが、素人はそうはいかない。しかし模型があれば、彼らと同じ視点に立てる。天井を外した模型を上から覗き込むと、まるで神か巨人かになったような視点で空間全体を捉えられるからだ。光を当てれば、採光の具合もわかる。これまで施主や施工関係者らしか見る機会のなかった橋本夕紀夫デザインスタジオの秘蔵模型が、本展で解放された。これがなかなかの迫力だった。


展示風景 LIGHTBOX ATELIER / SEMPRE[画像提供:橋本夕紀夫デザインスタジオ]


私もかつて橋本に竣工物件について何度かインタビューをしたことがあるが、模型について話を聞くことはなかったため、これほど詳細に模型をつくり込んでいたとは知らなかった。空間の構成や間取りがわかるだけでなく、床壁天井の素材感や色味、模様、照明器具や家具のデザインなどが手に取るようにわかるのだ。さらにベーカリーであれば店内に所狭しと並んだパンやトング、バーであれば棚に整列されたお酒のボトルといった商品まで再現されている。どれも非常に細かく、思わずじっと目を凝らして見入ってしまった。

ちなみにどこの事務所でも模型づくりはスタッフ、特に新人やインターンの仕事である。すべて手づくりであるため、彼らの苦労は容易に想像できる。本展では模型一つひとつにスタッフたちのコメントが寄せられていて、それを読んでいくのも楽しかった。なるほどと思ったコメントのひとつが、模型づくりは「実際の工事と同じ」というもの。「私の中の現場監督が職人を呼び寄せて躯体工事→床壁の仕上工事→家具工事をします」と綴られていた。また、だからこそ「模型でスゴイ! と思えた物件は実空間でも密度があり、力強い空間になります」というコメントも納得できた。空間づくりは、企画も設計も施工も職人芸の結集なのだ。


公式サイト:https://www.sempre.jp/brand/hashimoto/

2023/05/27(土)(杉江あこ)

ドットアーキテクツ展 POLITICS OF LIVING 生きるための力学

会期:2023/05/18~2023/08/06

TOTOギャラリー・間[東京都]

乱暴な言い方かもしれないが、ドットアーキテクツの活動を一覧し、大阪らしさをとても感じた。1990年代に大阪に住んでいたことのある私は、彼らの独特の勢いや熱意のようなものに触れ、じんわりと懐かしい気持ちに包まれたのだ。大阪市南部の廃工場跡に拠点を構えるドットアーキテクツは、建築設計をはじめ現場施工、さまざまなリサーチやアートプロジェクトの企画に携わる会社である。ユニークなのは自社のある廃工場跡を「コーポ北加賀屋」と名づけ、分野を横断して人々や組織が集まる「もうひとつの社会を実践するための協働スタジオ」としていることだ。映画や舞台、パフォーマンス、バーの運営、畑仕事など多岐にわたる活動を通じて、誰もが参加できる場づくりを行なっているのだという。


展示風景 TOTOギャラリー・間 ©Nacása & Partners Inc.


本展のタイトル「POLITICS OF LIVING」とは、「小さな自治空間を生み出す力学」のこと。つまり間接民主制による中央集権的な仕組みに対し、もっと局所的な自治空間を自分たちの意志と妥協をもって創造する力であると解説する。暮らしや余暇に必要なモノやサービスを「この程度なら自分たちでできるじゃないか」と考えてもらうことが、本展の狙いだという。したがって、彼らはこの会場を「自主管理のオルタナティブスペースとするならどう使うか」をテーマとし、通常の作品展示のほか、バー、博物館、ライブラリー、工房、ラジオ局、映画館などと名づけたスペースを設ける試みをした。


展示風景 TOTOギャラリー・間 ©Nacása & Partners Inc.


江戸時代に「天下の台所」と呼ばれ、商業都市として発展してきた大阪は、いまも昔も、国家政府に対して面従腹背の傾向がある。また東京に対するライバル心が強く、何かにつけて大阪が一番と思いたがる節がある。だからこそ、自分たちで何か新しいことを創造したいという意欲も強い。人と人との距離感が近いこともあいまって、庶民の間での盛り上がりが自然と生まれやすいのだ。そうした独特の空気をドットアーキテクツは持っているように感じた。それを彼らは「POLITICS OF LIVING」という言葉で上手く表現したのだ。

ちなみに彼らが手掛けた作品のなかで、「千鳥文化」という一戸の文化住宅をリノベーションした施設(バーや農園)があり、食い入るように見てしまった。そう、関西では文化住宅と呼ぶ、昭和時代に建てられた長屋のような住居に私もかつて住んでいたことがある。大胆にも外壁を取っ払い、躯体を剥き出しにするだけで、そこに新しい空間が生まれることを証明していた。こうした起爆力が大阪以外の都市でも欲しい。


展示風景 TOTOギャラリー・間 ©Nacása & Partners Inc.



公式サイト:https://jp.toto.com/gallerma/ex230518/index.htm

2023/05/27(土)(杉江あこ)

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谷川俊太郎 絵本★百貨展

会期:2023/04/12~2023/07/09

PLAY! MUSEUM[東京都]

日本を代表する詩人のひとり、谷川俊太郎は、詩のほかに翻訳や脚本、歌詞といった分野で活躍していることでも知られる。なかでも多作で、評価が高いのが絵本だ。本展は、そんな谷川の絵本の世界をぐっと広げてくれる内容だった。これまでに上梓してきた絵本は200冊にも及ぶそうで、それゆえ描かれた絵本のテーマは種々様々だ。子どもが無邪気に喜びそうな言葉遊びをはじめ、ちょっとしたユーモアが込められた話やナンセンスな話もあれば、生死や戦争といった深刻な物語もある。いずれも易しい言葉に、絵や写真を組み合わせることで、井上ひさしの名句を借りるなら「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく……」伝えることを得意としてきた。本展でも楽しい演出や仕掛けに溢れていたのだが、特に印象的だったのは音としての言葉を体感できたことだった。


展示風景 PLAY! MUSEUM[撮影:高橋マナミ]


文章を書く仕事をしている私は、言葉を文字として伝える機会が多い。私に限らず、現代のコミュニケーションツールは電話よりメールやSNSの方が中心となり、文字に残す機会が増えた(それに加えて写真や動画もあるが)。しかし文字がそれほど普及しておらず、識字率も高くなかった近世までは、人は話すことで主にコミュニケーションを取っていた。同じ言葉でも文字と音とでは変わる。文字であれば熟語を容易に理解できるし、まったく違う意味を持つ同じ音の言葉も区別ができる。しかし同じ状況で、音ではそうはいかない。聞き手は文脈から言葉を推測しなければならないし、話し手は誤解を与えないよう気をつけなければならないからだ。


展示風景 PLAY! MUSEUM[撮影:高橋マナミ]


このように書くと、文字より音で言葉を伝える方が難しく感じてしまうが、しかし一方で、音ならではの臨場感や楽しさもある。それを谷川は絵本を通して教えてくれているように思う。もちろん絵本に載っているのは文字なのだが、その文字から言葉の意味を解放し、純粋な音として読者に届けようとする試みが見られるからだ。誰もが子どものうちは言葉を音として吸収し、後からその意味を学んでいくが、大人になると言葉を単なる音として捉えることができなくなる。そんな大人に対して、声に出して読むとユニークな響き、インパクトの強い爆音、思わず笑ってしまうオノマトペなどを谷川は積極的に用いて、お腹をくすぐりに掛かる。その点で圧巻だったのは、円形の部屋の壁一面スクリーンに投影された絵本『もこもこもこ』のアニメーション映像だ。余計なことを考えず、ただ全身で音と絵を受け止めてみると、日本語の豊かさに改めて気づかされた。


展示風景 PLAY! MUSEUM[撮影:高橋マナミ]



公式サイト:https://play2020.jp/article/shuntaro-tanikawa/

2023/05/26(金)(杉江あこ)

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エドワード・ゴーリーを巡る旅

会期:2023/04/08~2023/06/11

渋谷区立松濤美術館[東京都]

子供たちがこれほど残酷な目に遭う物語はほかにはない。米国の絵本作家、エドワード・ゴーリーが遺したいくつもの絵本のことだ。例えばゴーリー風「小公女」とでも言うべき『不幸な子供』では、かつて裕福で幸せな暮らしを送っていた少女を、父の訃報をきっかけに次から次へと不幸が襲う。最後に生きて戻ってきた父との再会を果たすのだが、これまた救いようがない結末なのである。『ギャシュリークラムのちびっ子たち』では、頭文字がAからZまでの名前の子供たちが順番に悲惨な事故に遭い、あっけなく死んでしまう。それなのに韻を踏んだ洒落た文章で、物語が軽快に進んでいくのだ。実にダークな絵本ばかりなのに、モノトーンの緻密な線描による独特の世界観のためか、一定層の大人から人気がある。


エドワード・ゴーリー『不幸な子供』 原画(1961)ペン、インク、紙
©2022 The Edward Gorey Charitable Trust


本展では、ゴーリーは19世紀の英国ヴィクトリア朝にあった子供向けの「教訓譚」のスタイルに影響を受けていると解説されている。言わば、悪い子は相応の報いを受けるというものだ。確かに『ギャシュリークラムのちびっ子たち』では、子供たちは自らの不注意によって事故に遭う。階段から落ちるとか、熊にやられるとか、桃で窒息するとか。こんな危険が身の回りに潜んでいることを子供たちに諭しているようにも見える。例えばグリム童話でも残酷な物語は少なくない。ただグリム童話や「教訓譚」とは異なり、ゴーリーは物語のなかにハッピーエンドやカタルシス、勧善懲悪といった要素をいっさい入れることがない。良い子だろうと悪い子だろうと、徹底的に不幸を貫く。この揺るぎない冷淡な視点がかえって支持されているのだろう。


エドワード・ゴーリー『ドラキュラ・トイシアター』表紙・原画(1979頃)インク、紙
©2022 The Edward Gorey Charitable Trust


本展では絵本の原画のほか、ゴーリーが手がけた舞台や衣装のデザイン、演劇やバレエのポスターなども紹介されている。米国ではミステリードラマ専門チャンネルのオープニングアニメーションを作画したことで、ゴーリーの知名度が高まったという情報も興味深かった。バレエを愛してやまなかったゴーリーは、バレリーナを主人公にした絵本も描いていたのだが、それもやっぱり寂しく不幸な物語である。つまり子供たちにもバレエにも愛があるからこその辛辣さなのではないか。大衆娯楽に迎合することなく、ゴーリーは世の中の真理を示してくれているようである。


公式サイト:https://shoto-museum.jp/exhibitions/199gorey/

2023/04/28(金)(杉江あこ)

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吹きガラス 妙なるかたち、技の妙

会期:2023/04/22~2023/06/25

サントリー美術館[東京都]

本展に出品されている現代ガラス作家、関野亮の作品「Goblet(mezza stampatura)」シリーズを、実は私が関わるクラウドファンディングで販売させてもらったことがある。彼は若い頃からヴェネチアングラス様式に憧れ、挑戦し、自らの腕を磨いてきた実力派だ。ヴェネチアングラス特有の超絶技巧を透明ガラスで再現することで、装飾的でありながら洗練された作品を多く生み出している。吹きガラスの道に進んだ理由として、「一つひとつの制作時間が非常に短いので、結果がすぐにわかり、何度も試行錯誤できる」ことを彼は挙げている。確かに熔解炉でガラス種を熔かし、熱いうちに息を吹き込んで成形・加工する吹きガラスは、スピード勝負だ。それゆえに型を用いたとしても、つくり手の技量に大きく左右される技法と言える。


船形水差 イタリア 16〜17世紀 サントリー美術館


籠目文赤縁碗形氷コップ 日本 20世紀 個人蔵


本展は古代ローマ、中世ヨーロッパおよび東アジア、近代日本と、古今東西の吹きガラス作品を一覧できる展覧会である。こうして見ると、吹きガラスの成形・加工(ホットワーク)が、15〜17世紀のイタリア・ヴェネチアでひとつの頂点に達したというのは頷けるし、現代ガラス作家が自らの技を磨くうえでひとつの目標にする様式であるのも納得できた。おそらく現代よりも設備が整っていない工房で、当時の職人たちは切磋琢磨して複雑かつ繊細な装飾をつくり上げたに違いない。その彼らの情熱が遺された作品からもヒシと伝わった。

一方で、日本の明治末期から昭和初期にかけて多くつくられたという「氷コップ(かき氷入れ)」にも心惹かれた。確かにこの形状のガラス器を骨董品でよく見るような気がする。まだ紙コップが普及しておらず、冷菓といえばかき氷くらいしかない時代に、氷コップは産業吹きガラスの象徴と言えるものなのだろう。至極シンプルな形状で、凝った技巧があまりないからこそ、親しみがじんわりと湧く。近代日本の文化の一端を知れて興味深かった。また、新進気鋭の若手作家の現代アート作品を鑑賞できたのも有意義だった。器という機能を離れ、純粋にガラスを使って造形表現をした作品は、どれもダイナミズムにあふれている。このダイナミックさは、吹きガラスだから実現できたに違いない。ガラスを熱で熔かすと、まるで飴細工のごとく操れるからだ。現代アートとして見ても、吹きガラスは魅力的な素材と技法であることを痛感した。


小林千紗《しろの くろの かたち 2022》(2022)作家蔵



公式サイト:https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2023_2/

2023/04/28(金)(杉江あこ)

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