2018年06月15日号
次回7月2日更新予定

artscapeレビュー

映像に関するレビュー/プレビュー

人長果月展─Biosphere─

会期:2017/09/05~2017/09/16

galerie 16[京都府]

人長果月はインタラクティブなビデオインスタレーションをつくり続けているアーティストだ。今回の作品は「biosphere」(生物圏)と題されており、森の木々や草花、動物たち、池の水面や魚などを撮影した映像が幾重も重なったものだ。そして画面の前を人が横切る、動くなどすると映像のレイヤーがほころんで、隠れていた映像が垣間見える。また展示室の端には光源と回転するレンズが設置されており、そこから放たれた光が映像に干渉する仕組みにもなっている。タイトルからも窺えるが、本作のテーマは近年変調が著しい地球環境への危機感であろう。また本作のもうひとつの特徴は、音楽の効果的な使用だ。レガートな和音から成るオリジナル楽曲は、「カノン進行」と呼ばれる有名なコード進行でつくられており、映像に荘重さを加えていた。それはまるでレクイエムのようであり、作品を見続けるうちに、自分が人類滅亡後の世界にひとり生き残って、失われた自然を懐かしんでいるかのような気持ちにさせられた。

2017/09/05(火)(小吹隆文)

ロバート・フランク:ブックス アンド フィルムス, 1947-2017 神戸

会期:2017/09/02~2017/09/22

デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)[兵庫県]

巨匠写真家ロバート・フランクと出版人ゲルハルト・シュタイデルがタッグを組んで実現した展覧会。世界50カ所を巡回しており、日本での開催は昨年11月の東京展以来となる(現時点では日本で最後になる模様)。会場はデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)の広い吹き抜け空間で、体育館ほどの床面積と天井高を持つ。本展では会場の特性を利用して新聞のロール紙を懸垂幕状に吊るす展示スタイルを採用。広大な空間に負けない広がりと余裕のある空間を実現した。また、吹き抜けに隣接する天井の低い空間は映画上映(長編、短編とも)やコンタクトシートの展示に当てられ、やはり空間づくりの上手さが感じられた。筆者にとってロバート・フランクといえば『THE AMERICANS』であり、その次にザ・ローリング・ストーンズのレコーディングやツアーに帯同した一連の写真、映像が思い浮かぶ。しかし本展を見ると、それらは彼の仕事の一部に過ぎず、意欲的にさまざまな主題や表現手法に取り組んでいたことが分かる。特に写真と手書き文字の組み合わせは興味深かった。ちなみに筆者は、今年の年初から神戸の某画廊主を通じて本展のプランを聞いていたが、その時点で開催の可能性は五分五分だった。この素晴らしい機会を実現してくれたスタッフに、感謝と労いの言葉をかけたい。

2017/09/02(土)(小吹隆文)

プレビュー:猿とモルターレ アーカイブ・プロジェクトin大阪

会期:2017/10/28~2017/10/29

FLAG STUDIO[大阪府]

『猿とモルターレ』(演出・振付:砂連尾理)は、「身体を通じて震災の記憶に触れ、継承するプロジェクト」として、公演場所ごとに市民とのワークショップを通じて制作されるパフォーマンス作品。2013年の北九州、2015年の仙台公演を経て、2017年3月に大阪で上演された(大阪公演の詳細は、下記の関連レビューをご覧いただきたい。メタファーを随所に散りばめつつ、声と身体を駆使した圧倒的なパフォーマンスと反復の密度をたたえた、優れた舞台だった)。この大阪公演では、震災後の東北で記録と継承の活動に取り組む映画監督の酒井耕とアーティスト・ユニットの小森はるか+瀬尾夏美が参加し、朗読テクストの提供や記録撮影を手がけた。
今回の「アーカイブ・プロジェクトin大阪」は2日間に渡って行なわれる。1日目は、映像作家の小森による上演の記録上映会と、記録映像と「継承」のあり方について考える「てつがくカフェ」が開催される。2日目には、瀬尾のテクストの朗読ワークショップと、酒井による映像ワークショップを開催。それぞれのワークショップでは砂連尾も講師として加わり、「身体を使ってテクストを読む」「声や身体による出来事の継承」や、「カメラに撮られる身体の変容」「記録メディアによる出来事の編成の危うさとその可能性」について考えるという。
本プロジェクトは、「震災の記憶の継承」という問題に加えて、「舞台芸術の一回性や身体性をどう記録するか」というパフォーミングアーツにおける「記録」やアーカイブの問題についても考える好機となるだろう。また、単なる記録映像ではなく、映像作家や映画監督すなわち表現者としての視点や問題意識をどう取り入れるか、という点にも注目したい。なお本プロジェクトは、来年3月10日~11日にせんだいメディアテークにおいても開催が予定されている。

撮影:松見拓也

関連レビュー

砂連尾理『猿とモルターレ』|高嶋慈:artscape レビュー

2017/08/31(木)(高嶋慈)

時差『隣り』

会期:2017/08/30~2017/09/03

green & garden[京都府]

「時差」は、特定の演出家や劇作家によるカンパニーではなく、複数のアーティストが同じコンセプトを共有しながら、それぞれの新作公演をプロデュースする企画団体。第1回目の企画「動詞としての時間」では、精神科医の木村敏の著作を読み、「臨床哲学」の言葉を手がかりに、演劇、ダンス、映画作品の制作を企画している。
今回上映された映画『隣り』(監督:城間典子)は、城間の幼馴染であり、高校3年の時に統合失調症と診断された女性との共同制作による。本作の特徴は多層構造にあり、過去/4年後の「現在」、再演/ドキュメンタリー、当事者の語り/第3者による証言、といった異なる位相や視点から構成される。映画は大きく2つのパートから構成され、1)幼馴染の女性が心のバランスを大きく崩した時期を、彼女自身が「劇映画」として再現するパートと、2)その4年後に城間が再び彼女を訪ね、編集された映画を見てコメントする様子や、現在の生活を淡々と記録したパートが交互に映し出される。その合間に、高校時代の複数の友人の語りが(おそらく当時のスナップ写真を背景に)挿入され、彼女が演劇部に所属していたこと、演技に情熱を持っていたこと、しかしある時期から様子がおかしくなり、通学も演劇も続けられなくなったことなどが語られる。
本作は一見すると、断片的でとりとめのない印象を受ける。雑多なものが散乱した自宅で、両親や城間と交わす他愛のない会話。弛緩的な日常風景の中に、時折入れ子状に挿入される「劇映画」にも、明確なストーリー性がある訳ではない。彼女自身がノートに綴った「ト書きと絵コンテ」が映し出され、「臭い、死ね」といった「幻聴の声」をアフレコする友人らに「監督」としてダメ出しするシーンも挿入され、これが「再現」すなわちフィクションであることをあからさまに示す。またこの「劇映画」は旧式のビデオカメラで撮影されたため、画質の粗さや縦横比の違いによって「ドキュメンタリー」パートとは明確に区別される。そうした何重ものメタ的な自己言及性に加え、複数の友人による証言が並置される構造は、黒澤明の『羅生門』を想起させ、「当事者による語り、再現」を相対化していく。それは、「物語映画」への構造的な批評であるとともに、彼女とその病についての一義的で安易な「理解」を拒むように働きかけ、「精神病患者」「障害者」としてカテゴリー化して描写せず、他者として一方的に簒奪しないための倫理的な身振りでもある。

2017/08/30(水)(高嶋慈)

プレビュー:ロバート・フランク:ブックス アンド フィルムス, 1947-2017 神戸

会期:2017/09/02~2017/09/22

デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)[兵庫県]

『The Americans』などで知られる巨匠写真家ロバート・フランクと、「世界で最も美しい本を作る」と称される出版人ゲルハルト・シュタイデルがタッグを組んで、世界50カ所で行なわれている写真展。フランクの代表作約110点をロールの新聞紙に高画質プリントし、額装などせずそのまま貼り出す。また、フランクが監督した映画の上映やコンタクトプリントも展示される。このユニークな企画の発端は、近年ロバート・フランクのオリジナルプリントが高騰し、高額な保険料のために展覧会の開催が難しくなっていることや、同様の理由でコレクターが作品を貸し渋るケースが増えていることにあるという。フランク自身はこうした状況を不健全と捉えており、自分の作品をより多くの人に見てもらうために本展を企画したのだ。本展では展覧会終了と共に展示品(プリント)が破り捨てられる。それもまた、行き過ぎたオリジナルプリント信仰へのメッセージである。なお、本展は昨年11月に東京藝術大学大学美術館で行なわれたが、日本での開催はこの神戸展が最後になる模様。前回見逃した人には最後のチャンスだ。また今回、世界共通の展覧会カタログに加えて、神戸新聞社の協力による神戸展だけのカタログが販売される。こちらにも注目したい。

2017/08/20(日)(小吹隆文)

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