2018年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

その他のジャンルに関するレビュー/プレビュー

《横浜港大さん橋国際客船ターミナル》

[神奈川県]

クルーズで「飛鳥II」に乗船した。おかげでfoaが設計した《横浜港大さん橋国際客船ターミナル》を初めて出航と入港する側から見ることができた。頭ではわかっていたつもりだったが、本当にこれは船から見ると、さらにカッコよい。海に向かって突き出す波打つような屋上のヴォリュームのほか、客船と平行する水平のラインや層構成などがはっきりとわかる。もちろん、この建築の内部や屋上を歩くだけでも刺激的な空間を味わえるが、やはり移動しつつ海から眺めることもしないと、このデザインの醍醐味を本当に体験したことにならない。となると、世界各地を移動する超大型客船の場合、橋をくぐることができないため、ここに着岸できないのはもったいない。

同様に海から見る横浜の風景も素晴らしい。みなとみらいの高層建築や赤煉瓦の倉庫はもちろん、横浜のランドマークとして親しまれているキング、クィーン、ジャックという3つの近代建築が同時に視野に入るからだ。おそらく昔はもっと目立ったはずだ。しかも晴れていると、ビルのあいだに富士山がでっかく見える。このアングルは写真で知っていたが、本当に見たのは初めてだった。また地図上で理解していた象の鼻の形も、船から見下ろすと肉眼で確認できる。飛鳥IIはさまざまな高さから周囲を観覧できる船尾のデッキをもち、眺望を得るためのデザインがすぐれている。そして朝夕の食事もいい。

ただし、飛鳥IIの空間や内装は、ロイヤル・カリビアンのクルーズ船に比べると、意外に豪華でなかった。かといって、シックでもない。超大型(乗客3~4千人+乗組員千人以上)というスケールメリットのなせる技だろうが、なるほど、ロイヤル・カリビアンの安い価格設定はよくできている。船内で幾つかの音楽をはしごしたが、水野彰子+石井希衣が面白かった。通常、ラウンジの音楽は当たり障りのない有名な曲だけで終わるが、それも一応最初に入れつつ、途中で激しいガチのピアノ・ソロ(ショパンの「革命」とか)、最後にフルートのための超絶技巧系の現代音楽を演奏し、なかなか攻めた選曲だった。

2017/12/24(日)(五十嵐太郎)

東北大学五十嵐研究室ゼミ合宿+原発被災地リサーチ

[福島県]

12月16日と17日の両日、五十嵐研のゼミ合宿を兼ねて、原発事故によって避難指示の対象となった被災地のリサーチを実施した。まず最初に常磐線の木戸駅に近い、楢葉町の住宅と連結する小料理屋「結のはじまり」にてヒアリングを行なう。ここを営むのが、福島の阿部直人の建築事務所から転職した古谷かおりである。また、ならはみらいの西崎芽衣は、京都で社会学を学び、卒業してすぐにここに移住し、空き屋バンクなどの事業を動かしている。続いて、緑川英樹が手がける《木戸の交民家》を見学した。築70年ほどの古民家を再生・活用する活動で、地域コミュニティの交流や米づくりなどにも挑戦している。いずれも3.11がなければ、このエリアと関係なかった若い人が参入し、新しい街づくりにかかわっているのは頼もしい。駅の周囲は入母屋の住宅が並び、個性的な街並みの景観がある。ただ、駅前は急ごしらえの安普請のホテルがもうすぐオープンする予定だった。

川内村では、2016年にオープンした村内唯一のCafe Amazonを訪れた。これが東京ならば、なんの違和感もないが、周りにはお店らしいお店がほとんどなく、つぶれたガソリンスタンドの向かいにぽつんとカフェがある。そこで、なぜこの場所にタイのチェーン店の日本第1号店のカフェができたのか、マネージャーに話をうかがう。東日本大震災のあと、コドモエナジー社が復興支援で、川内村に工場をつくったことがきっかけらしい。また焼き肉店をリノベーションした店舗が、隈研吾風のルーバー改修だなと思ったら、やはり福島の木材利用で両者の関係があることも判明した(正確には内外装は隈事務所ではないが)。なお、ここの女性マネージャーも、タイで20年ほど暮らしてから、いきなり川内村にやってきたという。そしてカフェの存在が、タイと日本の文化交流にも貢献しているようだ。やはり、3.11が縁となって、外部から新しい風が入っているのは興味深い。

2017/12/16(土)・17(日)(五十嵐太郎)

国際シンポジウム:「複合媒材」の保存と修復を考える

会期:2017/12/16

金沢21世紀美術館[石川県]

タイトルの「複合媒材」は「ミクスト・メディア」といったほうがわかりやすいかもしれない。要するに絵画・彫刻といった従来の形式から外れたメディアアートやインスタレーションなど、後先を考えずにつくられた現代美術の保存と修復を巡るシンポジウム。朝から夕方まで半日がかりの長丁場だが、全部聞いたのはもちろんヒマだったこともあるけど、それ以上に現代美術を保存・修復する行為に矛盾というか違和感を感じていたからだ。午前中はボストン美術館のフラヴィア・ペルジーニの基調講演があり、昼休みを挟んで午後から韓国のサムスン美術館リウムの柳蘭伊(リュウ・ナニ)、香港に開館予定のM+(エムプラス)のクリステル・ペスメ、21世紀美術館の内呂博之がそれぞれ事例報告を行なった。いずれも作品の保存・修復を担当するコンサベーターの肩書きを持つ。

まずペルジーニがボストン美術館の取り組みを紹介。同館は古代から現代まで45万点のコレクションを誇る世界屈指の総合的ミュージアムだけあって、コンサベーション部門だけで30人もいるというから驚く。なかでも現代美術の保存・修復は、媒材が多様なうえ規格が更新されていくため苦労するらしい。特に光や音を出したり動いたりする機械仕掛けの作品は、時がたつにつれ技術が陳腐化していくため、部品が製造中止で入手できず動かなくなるといった問題が生じる。そのためコピーをつくって展示し、オリジナルを保存するなどいろいろ工夫しているという。そこまでして残す価値はあるのか、それこそ裸の王様ではないかと疑念が浮かぶ。

柳はサムスンが購入したナムジュン・パイクの《20世紀のための32台の自動車》という屋外インスタレーションを中心に、リキテンスタインの屋外彫刻、宮島達男のLEDを用いた作品の修復例を報告。ペスメは高温多湿、台風が多くて海も近いという美術品にとっては厳しい環境の香港で建設中の美術館の取り組みを紹介。内呂は21世紀美術館のように人の入りやすい美術館は、外のホコリや菌が持ち込まれやすいため作品にとってリスクが大きいというジレンマを打ち明け、また日本の国公立美術館でコンサベーターを抱えているところは10館にも満たず、現代美術にいたってはほとんどいないという現状を訴えた。最後のディスカッションで記憶に残ったのは、作品やオリジナリティの概念自体が大きく変わった現代美術にあって、かつての保存・修復の技術や考えでは対応できなくなっていることだ。むしろモノとしての作品を無理に残すより、作者の意図、作品のコンセプトを保存すべきではないか、という意見には賛同する。

2017/12/16(土)(村田真)

京都鉄道博物館

京都鉄道博物館[京都府]

日曜に京都鉄道博物館を訪れたら、従来の鉄道ファンに加え、やはり家族連れが多く、とても賑わっていた。大空間の吹抜けに数多くの懐かしい実物の車両を並べたり(食堂車で弁当を食べることも可能だった!)、大きな鉄道ジオラマがあるなど、一見、名古屋のリニア・鉄道館と似ているが、決定的に違うのは建築や場所性だろう。リニア・鉄道館が名古屋の海沿い(レゴランドの隣である)という鉄道と関係ない立地であるのに対し、京都鉄道博物館は屋上から隣接して走る東海道新幹線がよく見えたり、営業線と連結しているだけでなく(屋外で往復1kmを走るSLスチーム号に体験乗車できる)、それ自体が歴史的な価値をもつ旧二条駅舎や扇形車庫が展示に組み込まれているからだ。ゆえに、建築ファンとしてもかなり楽しめる。また企画展でも駅舎の展示が多く、鉄道の開通に合わせて建設されたホテルや昔の標準駅舎プランなどが紹介されている。

旧二条駅は博物館のルートから言うと出口にあたり、ミュージアムショップが設置されている。館の入口があまりに素っ気ないだけにこれが出口というのは少々もったいない気もするが、最初にこれが出迎えると、あまりにレトロ過ぎるのだろう。ともあれ、1904年に建設された木造駅舎であり、瓦屋根を載せた和風のデザインが目立つ。一方で、鉄筋コンクリート造の扇形車庫はいわゆる有名な建築家が手がけたものではないが、求められる機能をストレートに造形化しており、文句なしにカッコよい。現在は耐震補強のために斜めのブレスが加えられているが、まぎれもなく、モダニズムのデザインである。中央に蒸気機関車を回転させる転車台を据え、それを扇形の車庫や検修車が取り囲む。それぞれの車庫には、大きな開口やトップライトのほか、おそらく蒸気を屋外にはき出させるための煙突が屋根から突き出す。扇形車庫に蒸気機関車がずらりと並ぶ姿は壮観である。


旧二条駅舎

扇形車庫

2017/12/10(日)(五十嵐太郎)

ジェニファー・ヒッギー「現代アートについて書く方法──その最前線と実践のためのヒント:『frieze』誌エディトリアル・ディレクターによるレッスン」

会期:2017/12/07

東京藝術大学[東京都]

美術ジャーナリズムの世界に足を突っ込んでもう40年になる私ですが、恥ずかしながらいまだにどうやって書いたらいいのかわからず、いつも四苦八苦している。そんなときに『美術手帖』元編集者の川出絵里さんから、東京藝大で『frieze』誌エディトリアル・ディレクターのジェニファー・ヒッギー氏による「現代アートについて書く方法」と題する公開レクチャーがあると聞き、なにかヒントを見つけられるかもしれないとワラにもすがる気持ちで参加した。もちろん川出さんの東京藝大助教デビューを盛り上げたいとの思いもあったが、そんな必要もないほど大教室は満杯で、こんなに「現代アートについて」書く人、書きたい人がたくさんいたのかとライバルの多さに不安になったものだ。

『frieze』は1991年にロンドンで創刊された「コンテンポラリー・アート&カルチャー・マガジン」で、ぼくは書店や図書館で立ち読みならぬ立ち見(図版だけね)しかしたことないが、90年代のYBAs(ヤング・ブリティッシュ・アーティスツ)をはじめアートの最新動向を斬新なエディトリアルで紹介し、急伸してきたメディアで、近年はアートフェアやアカデミーの運営にも手を染めているのは知られたところ。気になるのは、公明正大であるべきジャーナリズムに携わりながらアートマーケットを動かしていることだが、日本でも評論家がギャラリーを運営したり、ジャーナリストが作品をつくったりしている例もあるし、ま、ギョーカイの活性化という意味では許されるか。

講義はまず川出さんがここに至るまでの経緯を語り、スカイプを通してヒッギーさんがさまざまな批評家の言葉を引用しながら持論を展開していくかたちで進められた。ぼくなりに噛み砕いていうと、美術批評家になって得することは、おもしろいアーティストに出会えること、それによって世界が広がること。悪いことはアーティストからうらまれること、いちど始めたら死ぬまでやめられないこと、その割りに金持ちになれないので別の仕事もしなければならないことなど。批評家の守るべきルールは、好きでもないアーティストについて書かないこと(書いたものは後々まで残る)、美術作品と同じくらい読者の心を動かすこと(なんらかのレスポンスを喚起させること)、英語で1000語(日本語だと4000字くらい?)以上書かないこと(だれも読まないから)、かしこそうにふるまうな、ジャーゴン(定型表現、専門用語)は避けろ、簡潔に、明快に……。はっきりいってぼくでも知ってること、やってることばかりではないか。なのになぜぼくは大成しないのかというと、ここが日本だから需要が少ないし、アートに対するリスペクトもないからではないか。と社会のせいにしたくもなるが、でもやっぱり向こうでも美術ジャーナリズムだけで食っていくのは至難の業という。結局どうすりゃいいんだ!?

2017/12/07(木)(村田真)

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