2018年04月15日号
次回5月15日更新予定

artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

石内都 肌理と写真

会期:2017/12/09~2018/03/04

横浜美術館[神奈川県]

石内都の写真はシリーズごとには何度も見たことがあるけど、まとめて見る機会はなかった。こうして初期から通して見て初めて「なるほど」と納得した。展示は横浜のアパートを撮ったシリーズから始まるが、しばらく見ていくと塗装のはげた壁や床を執拗なまでに撮っている写真に出くわし、ここでひとり合点したのだった。それは石内が、人であれ建物であれ年季の入ったものの表面に関心がある、というより、そのテクスチュアにフェティッシュな欲望を感じているんじゃないかということだ。例えば、はがれそうな塗装とかはがれそうな皮膚とか見ると、はがさずにはいられないような皮膚感覚。それが彼女の写真を貫く美学なのだと勝手に理解したのだった。大野一雄のしわくちゃの肌を撮った《1906 to the skin》も、女性の傷跡ばかり追った《Innocence》も、母の遺品を記録した《Mother’s》も、被爆者の衣類を写した《ひろしま》も、絹の着物を追った《絹の夢》も《幼き衣へ》も《阿波人形浄瑠璃》も、すべて皮膚および、皮膚に触れる衣のテクスチュア(テキスタイルと同じ語源)を印画紙に定着させたものにほかならない。そういえば、石内は多摩美の染織(テキスタイル)専攻だった。

2017/12/22(金)(村田真)

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無垢と経験の写真 日本の新進作家 vol. 14

会期:2017/12/02~2018/01/28

東京都写真美術館[東京都]

毎年開催されている東京都写真美術館の「日本の新進作家」のシリーズも14回目を迎えた。この「新進作家」という枠組みはいささか微妙で、すでにかなり知名度がある写真家が選出されることもあり、テーマ設定とフィットしない場合も多々あった。だが、今回は新鮮でバランスのとれた、かなりいいラインナップになった。「無垢と経験」というやや大きな間口のテーマにしたことが逆にうまくいったのではないだろうか。
吉野英理香、金山貴宏、片山真理、鈴木のぞみ、武田慎平という出品作家の顔ぶれを見ると、その作品の幅はかなり大きい。独特のリズム感を感じさせる日常スナップを撮影する吉野英理香と、義肢と共に生きるセルフポートレートと自作のオブジェとを組み合わせてインスタレーションした片山真理の作品は、ほとんど正反対のベクトルを備えているといってよい。統合失調症を発症した母親を撮り続ける金山貴宏、窓、鏡などに映し出される何気ない眺めを定着する鈴木のぞみ、東北・関東地方の汚染土壌に印画紙を埋めて、放射線の痕跡をトレースした武田慎平の作品も、まったくバラバラな方向を向いている。だが、現代社会のさまざまな「経験」の深み、奥行き、距離感を、それぞれが写真という媒体の特性を活かして表現しようとする、その切実さがきちんと伝わってきた。
ただ、このような独立した個展の集合のような展示の場合、写真作品相互の関係のあり方にはもう少し気配りが必要だったのではないだろうか。互いに干渉しあって、展示効果が相殺されてしまっているところもあった。

2017/12/20(飯沢耕太郎)

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TOP Collection アジェのインスピレーション ひきつがれる精神

会期:2017/12/02~2018/01/28

東京都写真美術館[東京都]

ウジェーヌ・アジェ(1857~1927)は不思議な写真家である。1890年代からパリとその周辺を大判カメラで隈なく撮影し、プリントして安い値段で売りさばくのを仕事にしていた彼は、生前はほとんど無名だった。だが、当時マン・レイの助手を務めていたベレニス・アボットが、アジェの死後に遺族と交渉して、そのネガとプリントの一部をアメリカに持ち帰り、精力的に彼の作品を紹介したことで一躍「近代写真の先駆者」として注目を集めるようになる。以後、その評価はさらに高まり、多くの展覧会が開催され、写真集が刊行されて、世界中の写真家たちに影響を与えるようになった。今回の展示は、東京都写真美術館が所蔵するアジェのヴィンテージ・プリント約40点、ベレニス・アボットがプリントしたポートフォリオ20点を中心にして、「アジェのインスピレーション」がどのように引き継がれてきたのかを検証するという、とても興味深い企画だった。
ジャン=ルイ・アンリ・ル・セック、シャルル・マルヴィルらの先駆者、同時代のアルフレッド・スティーグリッツの作品に加えて、アジェに有形無形の影響を受けたベレニス・アボット、ウォーカー・エヴァンズ、リー・フリードランダー、荒木経惟、森山大道、深瀬昌久、清野賀子の写真が並ぶ。アボットやエヴァンズやフリードランダーは当然というべきだが、荒木、森山、深瀬、清野といった日本の写真家たちの作品が、アジェの写真と共存して、それほど違和感なく目に馴染んでくるのがやや意外だった。それぞれの作風は相当にかけ離れているにもかかわらず、アジェを消失点として見直すと、鮮やかなパースペクティブが浮かび上がってくるのだ。それは逆にいえば、アジェの写真のなかにその後の写真家たちの表現の可能性が、すでに組み込まれていたということでもある。特に都市を撮影する時のアプローチにおいて、あらゆる事物を等価に位置づけていくアジェの方法論は、いまなお有効性を保っているのではないだろうか。

2017/12/20(飯沢耕太郎)

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IN PRINT, OUT OF PRINT 表現としての写真集

会期:2017/12/09~2017/12/24

入江泰吉記念奈良市写真美術館[奈良県]

入江泰吉記念奈良市写真美術館でユニークな展覧会が開催された。2015年9月から活動を開始したCASE Publishingは、まだ新しい出版社だが、このところクオリティの高い写真集を次々に刊行して、内外の注目を集めつつある。今回の企画は、荒木経惟『愛の劇場』、石内都『Belongings 遺されたもの』、トーマス・ルフ『Thomas Ruff』、鈴木理策『Water Mirror』、花代/沢渡朔『点子』、中平卓馬『氾濫』、村越としや『沈黙の中身はすべて言葉だった』など、CASE Publishingがこれまで刊行してきた、また現在出版準備中の写真集19タイトルを、多面的に展示・紹介するものだった。
会場には、運送用の木製パレットを使って組み上げた什器に、各写真集や束見本、紙見本などが手際よく配置されているほか、壁にはオリジナル・プリントや印刷用の刷版、校正刷などが並んでいた。普通われわれが目にする写真集は、完成して、最終的に書店に並んでいるものだが、それが実際につくられていくプロセスを見せることは、とても意義深い試みなのではないかと思う。写真家だけでなく、編集者やグラフィック・デザイナーやプリンティング・ディレクターも加わった共同作業によって、「表現としての写真集」が成立していることがよくわかるからだ。
ここ数年、CASE Publishingだけでなく、Match and Company(bookshop M)、POST、roshin books、スーパーラボなど、「独立系」の小出版社による少部数、高品質の意欲的な写真集出版の取り組みが目立ってきている。これは世界的な現象と言えるのだが、写真集制作の輝かしい伝統を持つ日本の出版社は、まさにその最先端を切り拓きつつあるのではないだろうか。一カ所での展示だけではもったいないので、ほかの出版社の写真集も一堂に会した同種の展覧会の企画も考えられそうだ。

2017/12/14(飯沢耕太郎)

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細倉真弓「Jubilee」

会期:2017/12/02~2018/01/28

G/P GALLERY[東京都]

細倉真弓の「Jubilee」展には、さまざまな出自、広がりと方向性を持つ作品が共存していた。その中心になるのは、アートビートパブリッシャーズから刊行された同名の写真集に収められた写真群である。日本、台湾、香港など東アジア各地で撮影された写真を集めたこのシリーズでは、ヌード、植物、都市風景の断片などが混じり合い、カラーフィルターによる色味の改変などの操作を加えることで、活気あふれる迷宮的なイメージ空間が織り上げられている。とりわけ、男とも女ともつかない中性的な若者たちの裸体のイメージには、細倉のジェンダーや人/動物、生物/無生物などの「境界を曖昧にする新しい肌」を、写真を通じて探ろうとする彼女の志向性がくっきりとあらわれていた。
だが、今回の展示にはそれだけでなく、中国・厦門のクラブで撮影した若者たちの映像作品、ネオンサインなどが散りばめられ、より錯綜した造りになっている。細倉は2015年からライターの磯部涼と組んで雑誌『サイゾー』で連載し始めた「ルポ川崎」の取材で、在日外国人コミュニティなど多次元的な環境で生きる若者たちの群像も撮影しており、そちらも同時期に写真集『写真集 川崎』(サイゾー)にまとめられた。つまり、ここ数年、関心の幅と行動範囲が大きく広がりつつあるわけで、それらがいままさに意欲的な作品群として形を取りつつあるということなのだろう。たしかに混乱の極みとしかいいようのない、落ち着きの悪い会場構成だったが、これはこれでいいのではないかと思う。この「もがき」の時期を乗り越えることで、ひと回り大きな作品世界が見えてくるはずだ。

2017/12/13(飯沢耕太郎)

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