2018年04月15日号
次回5月15日更新予定

artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

野村次郎『茜と梅』

発行所:赤々舎

発行日:2017/11/01

野村次郎は「日常」を撮影し続けている写真家だ。身近な人物たちや周囲の状況、日々の移ろいなどをカメラにおさめていく行為は、もはや日本人の写真表現のベースになっていて、これまでも多くの作品が発表されている。だが、野村が刊行してきた写真集『遠い眼』(Visual Arts、2009、第7回ビジュアルアーツアワード受賞作)、『峠』(Place M、2012)、そして本作『茜と梅』を見ると、そこに漂っている空気感が、ほかの写真家たちの「日常写真」とはかなり違っていることがわかる。中判カメラで撮影され、モノクロームにプリントされた写真の一枚一枚は、鋭いエッジのナイフで切り出されたような緊張感を湛え、タナトスの気配が色濃く漂っている。写真を見ていると、じわじわと「怖さ」に捕われてしまうのだ。

野村は一時期「引きこもり」になり、精神的に不安定な時期を過ごしたことがあった。その後、「茜ちゃん」と出会って結婚し、犬を飼い始めて小康を得る。だが、精神状態の微妙な変化に対応する日々はいまも続いているようだ。野村にとって、写真を撮ることは、ともすれば向こう側に大きく振れてしまう自分自身を保ち続けるための緩衝剤の役目を果たしているのではないだろうか。本作に登場する「茜ちゃん」と彼女を包み込む世界は、ほのかな微光に包まれているように見える。ぎりぎりの綱渡りでつくり上げられてきた写真たちにも、以前に比べると柔らかなふくらみがあらわれてきた。撮り続けることと生きることとのバランスをうまく保ち続けて、繊細だが強い吸引力を持つ作品世界を、より大きく育てていってほしいものだ。

2018/02/13(火)(飯沢耕太郎)

第10回恵比寿映像祭 インヴィジブル

会期:2018/02/09~2018/02/25

東京都写真美術館ほか[東京都]

普段、写真(静止画像)を中心に見ていると、動画による映像作品の展示にはうまく馴染めない。上映時間が長くなると、どうしてもまだるっこしく感じてしまうことが理由のひとつだが、それだけでなく視覚、聴覚、触覚などが全面的に巻き込まれ、作品と同化してしまうことがあまり好きではないのだ。それで、今年10回目になる「恵比寿映像祭」も見たり見なかったりということが続いていた。だが、今年はどうしても見たい展示物があった。東京都写真美術館3Fの会場に展示された、「コティングリー妖精写真および関連資料」である。

1917〜20年にかけて、イングランド北部のコティングリー村に住む16歳のエルシーと9歳のフランシスが父親のカメラで撮影したという「妖精写真」が大きな反響を呼ぶ。作家で著名な心霊主義者でもあったアーサー・コナン・ドイルも、それらの写真を本物であると主張する論文を発表した。ところが1983年になって、フランシスが絵本を切り抜いて配置したフェイク写真であったことを告白し、この事件には一応の結論が出たことになっている。今回の展示に出品されていたのは、英文学者の井村君江氏が、オークションで手に入れたという、エドワード・L・ガードナー旧蔵小さな皮鞄の中に収められていた5点の「妖精写真」と関連資料だった。

たしかに写真を見れば、妖精たちは切り抜かれたぺらぺらの紙切れであることはすぐにわかる。だが、この写真群には、単なるフェイク写真では片づけられない奇妙な魅力がある。エルシーやフランシスと、その周辺で踊り戯れる妖精たちの姿は、ファンタジックな想像力の産物として、とてもうまく演出・構成されているのだ。あたかもジュリア・マーガレット・キャメロンのピクトリアルな芸術写真を思わせる見事な構図を、若い女の子たちが創り上げることができたのは驚きだが、なによりも写真としての力があったからこそ、ドイルや神智学協会の書記長を務めていたというガードナーを引き込み、信じさせることができたのではないだろうか。

今回の展示は、鞄の中に入っていた100点余りの手紙、手記、写真などのごく一部にすぎない。ぜひ全貌を公開する展覧会や出版物を実現してほしいものだ。

2018/02/12(月)(飯沢耕太郎)

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市川孝典×鬼海弘雄「sprinkling A-side」

会期:2018/02/08~2018/03/09

Basement GINZA[東京都]

市川孝典は、60種類以上の線香で紙を焦がしたり、穴を空けたりして繊細で緻密な画像を描き出していく「線香画」と呼ばれる手法で知られるアーティストである。これまでは、彼自身の記憶の中の視覚像を再現する作品が中心だったのだが、今回のBasement GINZAの展示では、写真家の鬼海弘雄のポートレートや風景作品をモチーフにした作品を発表した。会場には鬼海がインド、アナトリア(トルコ)で撮影した写真も並び、さらに「線香画」だけでなく、3種類の顔料で画像を描き、それを電動サンダー(紙ヤスリ)で削りながら仕上げていく、新たな手法の作品も展示してあった。

市川の作品は、むしろ絵画というよりは写真に近いのではないかと思う。カメラやフィルムや印画紙こそ使っていないが、頭の中の画像を紙に定着するプロセスはストレートな写真そのものであり、絵画的な改変や変更はまったく行なわれていないからだ。「見える」ものをそのまま再現するという、最も基本的な写真の原理を、彼は自らの身体をカメラと化して体現しているわけで、そのこと自体が驚くべきことだ。それだけではなく、今回のコラボレーションを通して見ると、市川が鬼海の写真の本質をきちんと把握し、むしろそれを増幅して表現しているのではないかとも思えてくる。他者が撮影した写真を「偽りの記憶」として再現するという今回の試みは、さらに大きく発展していく可能性を秘めているのではないだろうか。

なお同時期に、東京・池の上のギャラリーQUIET NOISE arts and breakでも、市川の新作展「Slip out」(2月8日〜2月17日)が開催された。こちらはSNSの画像をモチーフに、電動サンダーで仕上げた作品群だが、はじめて色つきの画像にトライしている。意欲的に作品世界の幅を広げつつある。

2018/02/10(土)(飯沢耕太郎)

金川晋吾「長い間」

会期:2018/01/27~2018/02/25

横浜市民ギャラリーあざみ野[神奈川県]

毎年この時期になると、「あざみ野フォト・アニュアル」の一環として、現代写真家の企画展が開催される。今年は「蒸発」を繰り返す父親を撮影した「father」シリーズで注目を集めた金川晋吾(1980、京都府生まれ)をフィチャーした「長い間」展を見ることができた。

2008年から撮り続けられている「father」は、すでにかなりの厚みに達しており、2016年には青幻舎から同名の写真集も刊行されている。今回は出品点数を14点に絞り、大きめのプリントを並べて、父親のポートレートと観客とが正対するような展示にしていた。そのことによって、彼自身の人生をそのまますべて呑み込んでしまったような、なんとも不可解かつ曖昧な中年の男の存在感が、より生々しく露呈しているように感じた。金川は父親にカメラを預け、毎日自分の顔を撮影してもらうというプロジェクトも試みているのだが、それらの画像は映像作品としてスライドショーのかたちで見せている。その上映時間はなんと3時間22分。さすがに全部見ることはできなかったが、しばらく見続けていると、なかなか目を離せなくなってしまう。

もうひとつ、今回は金川が2010年から撮影し始めた「叔母」(父親の姉)のポートレート作品19点もあわせて展示されていた。彼女も理由がわからないまま失踪し、20数年間行方不明になっていたのだという。ここでも「father」と同じく、彼女の顔貌や微妙な身体の傾きを、ことさらに感情移入することなく淡々と写し取っているだけなのだが、やはり見ているうちに、写真に強く引き込まれていく。「人間とは何か?」という根源的な問いかけを受け止めないわけにはいかなくなる。どちらも、まさに「長い間」見続けていたくなる、奇妙な引力を持つ写真群だ。

なお同会場では、「平成29年度横浜市所蔵カメラ・写真コレクション展」として、「写真の中の身体」展が併催されていた。横浜市所蔵の古写真、写真機材のお披露目展だが、こちらもよく練り上げられたいい展示だった。

2018/02/07(水)(飯沢耕太郎)

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黄金町夜曲 山田秀樹の黄金町

会期:2018/1/26~2018/2/17

MZアーツ[神奈川県]

間口の狭い店から肌もあらわな女性たちが客を呼び込んでいる。一見、昭和の歓楽街を撮った写真かと見まがうが、90年代後半以降、つまり平成時代に撮られたものだという。なぜ昭和の写真と思ったかといえば、被写体のヤサグレたたたずまいもさることながら、ブレボケが激しく、場所や人物が特定できないからだ。しかしこのことが逆に被写体となった黄金町の正体をあらわにしている。ブレやボケが激しいのはカメラのせいではなく、いわゆる撮り逃げ、つまり許可を得ずに勝手にレンズを向けたからであり、それはとりもなおさずこの時期の黄金町がヤクザの支配する無法地帯だったからにほかならない。だから彼ら彼女らの表情や店の内部は撮れなかったが、そのことがかえってその場の緊張感を伝え、臨場感を増している。写真のほか、山田自身の絵も出ていて、これがなかなか味わい深い。1軒1軒の店構え、店名を書いた看板、壁を伝う配管、電信柱などを、ちょっと滝田ゆうを彷彿させる暗いリアリズムで描いているのだ。

同時に出されたカタログ(山田の写真集であると同時に、黄金町の歴史を綴った記録集でもある)に寄せたMZアーツの仲原正治氏の解説によると、黄金町は江戸時代に横浜の入江を埋め立ててできた吉田新田の一画で、明治期に水運の発達により街が発達し、1930年には京浜急行の前身である湘南電鉄が黄金町駅を開設。ところが第2次大戦で焼け野原となり、戦後は京急の高架下が麻薬や拳銃の密売、売春の地として栄えてしまう。そして95年の阪神大震災を受けて、高架下から追い出された売春宿が周辺に急増。山田がレンズを向けたのはこれ以後だ。しかし2005年に一斉取り締まりが入り、建ち並ぶ売春宿を次々アーティストのスタジオに改装して、アートで街を再生しようという計画が始まる。08年には横浜トリエンナーレと同時開催で「黄金町バザール」がスタートし、現在にいたっている。

さて、ではいまの黄金町から売春の記憶が払拭され、アートの街として再生したかというと、コトはそう簡単ではない。地元の人たちの思惑とは裏腹に、記憶はそうやすやすと消せるもんではないし、また消すべきでもないだろう。むしろアートはそういう「悪い記憶」を糧に「悪い場所」で育まれることもあるからだ。その意味でこれらの写真は貴重な資料として残しておくべきだし、そのためのアーカイブを設けるべきだろう。

2018/02/06(村田真)

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