2018年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

池田葉子「Crystalline」

会期:2018/06/08~2018/07/07

gallery ART UNLIMITED[東京都]

池田葉子は今年の1月に、「壁面をきらびやかに埋め尽くすヨーロッパ古典絵画」の展覧会をたまたま見て、作品を「コレクティブに見せる」展示の仕方に強い印象を受けた。今回のgallery ART UNLIMITEDの個展では、そのパワフルな視覚的効果を再現するために、一番大きな壁に大小さまざまな写真18点を、「結晶体=Crystalline」に見立てて展示構成していた(ほかに11点を出品)。

京都、北海道、ロサンゼルス、ロンドン、台北など撮影地はさまざまだが、被写体の切り取り方には独特の美意識とリズムを感じる。クローズアップで、何が写っているかわからないほどに抽象化された写真が多いのだが、色味をコントロールして柔らかいトーンでまとめているので、目に気持ちよく飛び込んでくる。今回、特に特徴的だったのは「結晶体=Crystalline」といっても輪郭がくっきりと際立った鉱物質ではなく、どちらかといえばエッジがぼかされた有機的な印象を与える、画面の一部がブレたりボケたりした作品だった。フレームの色や材質もそれぞれの写真で変えるなど、会場全体のインスタレーションも注意深く整えられていて、新たな方向に踏み出していこうとする強い意欲を感じた。

2016年に第32回東川賞新人作家賞を受賞したことで、池田の写真家としての営みに弾みがついてきているようだ。こうなると、モノや風景だけでなく、ヒトを撮影した写真も見たくなってくる。

2018/06/21(木)(飯沢耕太郎)

百々武「もう一つのものづくり MOTTAINAI ARIGATAI」

会期:2018/06/14~2018/06/20

キヤノンギャラリー銀座[東京都]

百々武が2017年に刊行した『もう一つのものづくり』(赤々舎)は、とても興味深いテーマの写真集だった。被写体になっているのは岡山に本拠を置く産業廃棄物処理会社、平林金属の作業場である。OA機器や家電から自動車や船舶まで、驚くほど多種多様な廃棄物を「選別・破砕・切断・解体・圧縮」して、リサイクル資源として活用していく現場が、克明に描写されていた。

今回のキヤノンギャラリー銀座の個展では、基本的には写真集のコンセプトを活かしつつ、展示作品のインスタレーションに工夫を凝らしている。かなり大判のプリントに引き伸ばされ、アクリル加工された写真(15点)には、それぞれの画面にのみエリアスポットライトで光を当て、あたかも現代美術の彫刻作品を思わせる産業廃棄物のフォルムや質感を強調している。また、金属やプラスチックの塊を、黒バックで「宝石のように」撮影し、モザイク状に並べて背後からの透過光で浮かび上がらせるインスタレーションもあった。この種の作品の場合、どうしても「モノ」中心の構成になりがちだが、作業員の存在をきちんと取り込み、ヒトの匂いのする空間として撮影していたのもよかったと思う。

大事なのは、産業廃棄物処理という仕事が、「処理ではなくものづくり」であり、その現場は「factoryではなくfarm」であるという認識が、きちんと貫かれているということだ。写真を通じて、そのことをけっして押し付けがましくなく、謙虚な姿勢で伝えようとしていた。「farm」としての工場というのは面白い観点だと思うので、被写体の幅を産業廃棄物だけでなく、もっと広げていってほしい。なお本展はキヤノンギャラリー名古屋(2018年7月5日~7月11日)、同大阪(2018年7月19日~7月25日)にも巡回する。

2018/06/20(水)(飯沢耕太郎)

ミウラカズト「とどまる matter」

会期:2018/06/13~2018/06/30

ギャラリーヨクト[東京都]

1946年生まれのミウラカズト(三浦和人)は、桑沢デザイン研究所での牛腸茂雄の同級生。1983年の牛腸の逝去後、彼の遺したネガやプリントを管理するとともに、やはり桑沢の同級生だった関口正夫と二人展「スナップショットの時間」(三鷹市市民ギャラリー、2008)を開催するなど、コンスタントに写真家としての活動を続けてきた。今回は「50年目の写真 ○いま、ここに─」と題して、東京・四谷のギャラリー ヨクトで、関口正夫との連続展を開催した。

展示作品の「とどまる matter」(30点)はデジタルカメラで撮影された新作である。ずっと銀塩のフィルム、印画紙で制作してきたミウラにとって、デジタルカメラとデジタルプリントに切り替えるのはそれほど簡単ではなかったようだ。試行錯誤の末に、オリンパスEM1にライカのレンズを付けて撮影し、ピクトラン局紙バライタに出力するというシステムがようやく確立した。都市の路上の経験を、それぞれの場所の地勢や光の状態に気を配りつつ、細やかに撮影していくスナップショットスタイルに変わりはない。だが、モノクロームの銀塩印画紙とカラーのデジタルプリントでは、自ずと見え方が違ってくる。それを微調整するために、撮影・プリントのフォーマットを3:4(6×7判や4×5判のカメラと同じ比率)に変更し、プリントの彩度をやや落とし気味に調整している。結果として、彼が銀塩プリントで鍛え上げてきたプリントのクオリティの基準を、充分クリアーできる出来栄えになっていた。

デジタルプリントが出現してから20年以上経つわけだが、いまだにその「スタンダード」が定まっているわけではない。写真家一人ひとりが自分勝手に色味や明暗のコントラストを決めているわけで、そろそろその混乱に終止符を打つべき時期が来ているのではないだろうか。ミウラの試みは、その意味でとても貴重なものといえるだろう。

2018/06/17(日)(飯沢耕太郎)

小林秀雄「中断された場所 / trace」

会期:2018/06/08~2018/07/07

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

小林秀雄は1990年代後半から2000年代にかけて、HOKARI Fine Art Galleryやツァイト・フォト・サロンでクオリティの高い作品を発表して注目された写真家である。2014年には、EMON PHOTO GALLERYでひさびさの個展「SHIELD」を開催した。今回の展示は、旧作のニュー・プリントによるものだが、あらためて彼の作品の持つ喚起力の強さを感じた。

「中断された場所」は「繋ぎ合わせたコンクリートの壁で風景の一部を覆い、隔離する」シリーズで、ゴミ捨て場や空き地のような見慣れた空間が、架空のステージに変質させられている。「trace」は林や草むらのような場所で「ストロボを均等に発光」することで、やはりテンポラリーな虚構空間を出現させる。どちらも日常性と非日常性を逆転(あるいは往還)させるという発想を、緻密なコンセプトと完璧な技術で実現しており、日本の写真家には珍しいタイプの仕事を粘り強く続けてきたことがよくわかった。

小林の作品は一部では評価が高いのだが、一般的にはほとんど知られていない。それはひとつには、彼が被写体として選んでいる場所が、地域的な特性をほとんど持っていないからだろう。茨城県在住の彼の自宅の近くの、これといった特徴のない空間を舞台に展開されていることで、例えば「ヒロシマ」や「フクシマ」といった社会的、歴史的文脈へと観客を導く回路を設定することを頑に拒否しているのだ。だが、逆にいえば「なんでもない場所」への一貫したこだわりが、彼の写真作品の真骨頂ともいえる。近作を含めて、もう少し大きな会場での展示をぜひ見てみたい作家のひとりだ。

2018/06/13(水)(飯沢耕太郎)

MOTOKO「田園ドリーム」

会期:2018/06/01~2018/06/06

オリンパスギャラリー東京[東京都]

MOTOKOは2006年に写真の仕事で滋賀県高島市針江地区を訪れ、農業に関わる環境の「目には見えない多様な世界」に強い興味を覚えるようになる。2008年からは、滋賀県長浜市と高島市で、都会からUターンして米農家を継いだ若者たちを撮影し始めた。こうして「田園ドリーム」と名づけた写真シリーズが形を取っていった。

さらに東日本大震災以降、「田園ドリーム」の撮影・発表が呼び水となって、「カメラを使って地域の人が地域の魅力を発信する」という「ローカルフォト」の運動が、香川県小豆島、滋賀県長浜市、長崎県東彼杵町、静岡県下田町、山形県山形市などで相次いで生まれてくる。東京写真月間のテーマ展示「農業文化を支える人々──土と共に」の一環として開催された本展では、MOTOKOの「田園ドリーム」の作品とともに「小豆島カメラ」、「長浜ローカルフォトカメラ」のメンバーたちが撮影した写真、「真鶴半島イトナミ美術館」の活動を紹介する映像などが展示されていた。

展示を見て強く感じたのは、デジタルカメラとSNSの進化によって、写真を撮影・発表するシステムが大きく変わってきたということだ。MOTOKOがあえて「集合写真を撮る」ことにこだわり続け、カメラと正対するストレートな撮り方を基本としていることもあるが、プロとアマチュアの写真の質的な差異はほとんど解消されている。「誰でも簡単に質の高いデザインや写真が発信できる」いま、むしろ「ローカルフォト」の参加者の自発的なエネルギーを引き出しつつ、どのようにアウトプットの場を育てていくのかが重要になる。その意味では、彼らの活動自体が、カメラメーカーの運営するギャラリーの空間にはおさまりきれなくなってきそうだ。それぞれの「写真チーム」が、自分たちのやり方で発表の媒体をつくり上げるとともに、各プロジェクトの横のつながりも必要になってくるのではないだろうか。

2018/06/06(水)(飯沢耕太郎)

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