artscapeレビュー

2011年07月01日号のレビュー/プレビュー

ジパング展

会期:2011/06/01~2011/06/20

日本橋高島屋 8階ホール[東京都]

東京のミヅマアートギャラリーの三潴末雄がキュレイションを、京都のイムラアートギャラリーの井村優三がプロデュースを手がけたグループ展。両ギャラリー所属のアーティストを中心に31人による作品が一挙に展示された。会田誠や鴻池朋子、三瀬夏之介、山口晃といった、いわゆる「エース級」の美術家による作品が続く前半は、旧作が大半だったとはいえ、さすがに力量のある作品ばかりで、たしかに見応えがある。ただその反面、比較的若いアーティストをまとめた後半になると、とたんに尻すぼみになってしまい、落胆させられた。その要因は一人ひとりの美術家の力量不足にあるというより、むしろ作品の選定と空間の使い方にある気がした。「もっとよい作品があるのに、なぜこれなのか?」と思わずにはいられない絵画を壁面に並べただけの構成がきわめて単調だったからだ。空間の条件に違いがあるとはいえ、展示の構成に限っていえば、ほぼ同時期に東京は青山のスパイラルで催された「手錬~巧術其之貳」展のほうがすぐれていたように思う。「手錬」展と本展に共通している点があるとすれば、それはギャラリストが中心となって文化的アイデンティティを対外的にアピールしようとする戦略性。前者は超絶技巧系の現代アートによって、後者は「黄金の国」という他者からの呼称をわざわざ自称することによって、危機に瀕した自己同一性を再起動させようとしているわけだ。そこにさまざまな必要とメリットがあることは否定しない。しかし、たとえば本展ですでに金箔を貼りつけた作品がやたらと目についたように、表現上の類型化や脆弱さをもたらしかねないことも指摘しておかなければならない。

2011/06/17(金)(福住廉)

野口久光──シネマ・グラフィックス展

会期:2011/06/04~2011/07/31

西宮市大谷記念美術館[兵庫県]

映画は不思議なものだ。観客は映画そのものの表現やストーリーだけでなく、俳優のイメージ、背景となる風景、衣装、台詞や音楽、ときには映画を一緒に観た人やその日の出来事に至るまで、じつにさまざまな外的要素を絡み合わせながら、映画を記憶する。映画ポスターもまた、そうした映画にさらなる魅力を加える、外的要素のひとつであろう。本展は野口久光(1909-1994)が手がけた、1930年代から1960年代のヨーロッパ映画のポスターを中心に、ポスター原画、プログラム表紙、映画雑誌の表紙絵など、約220点余を紹介するもの。野口は戦前後における日本のジャズ・ミュージカル・映画評論の第一人者として知られるが、『望郷』『天井桟敷の人々』『禁じられた遊び』『第三の男』『大人は判ってくれない』など、1,000作品を超える映画ポスターを描いた、グラフィック・デザイナーでもある。彼は東京美術学校(現東京藝術大学)で学んだ確かな技量と感覚をもとに、映画に対する深い理解と愛情をもって映画ポスターを描き続け、とくに独特の書き文字レタリングは戦後のグラフィック・デザイナーたちに大きな影響を与えた。これまで評価されることの少なかった野口久光の仕事を振り返るという意味では十分評価に値する展覧会だが、似通った印象の作品が一律に並べられていて、最後の展示室に入ったときにはもう飽きてしまった。展示の仕方に少し工夫してほしかったと思ったのは、私だけだろか。[金相美]

2011/06/17(金)(SYNK)

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手ぬぐい Tokyo@Osaka──200人のクリエーターによる200の提案

会期:2011/05/31~2011/06/27

イーマ1F ディーバ[大阪府]

35×90�Bの手ぬぐいが200枚も一堂に並ぶと、じつに目に楽しい。展示されるのは、若手から大御所まで第一線で活躍中の美術家とデザイナーたち。規定は、手捺染の二色使いということだけ。よってその表現形式はさまざまである。宇野亜喜良が、オランダのボッスをモティーフにした独自の幻想的な絵画的表現を繰り広げれば、ひびのこづえはファッション・デザイナーらしく、予め結ぶとピンとなるよう意図された、黒一色の揺らぐ素敵な格子模様で魅了する。勝井三雄や和田誠をはじめとして佐藤可士和、佐藤卓らまで展示されているから、デザインに興味のある人にとっては興味深いだろう。ただ欲を言えば、そのディスプレイのしかたが惜しい。ギャラリーのスペースの関係が多分にあろうが、さらに一歩踏み込んで、手ぬぐいの「拭く・被る・包む」などの用途を関連させたり、使う側にとっての楽しい提案を反映した展示があればなおよかった。この商業施設の中にある「ディーバ」が、「デザインの場」と銘打たれ、空間デザインにはgrafの服部滋樹氏が関わっているから、こちらが勝手に望みすぎてしまうのか。[竹内有子]

2011/06/17(金)(SYNK)

Stack-ing Design展──積み、重ねる、カタチ。

会期:2011/06/16~2011/07/12

世田谷文化生活情報センター 生活工房[東京都]

身の回りのデザインに着目する生活工房の企画。今回のテーマはスタッキングである。灰皿、グラス、食器、弁当箱、トレイ、ボウル、重箱、スツール、スーパーのカゴやカート、ケロリンの湯桶、パイロン、ヘルメット、跳び箱……。積み重ねることができるようになっているさまざまなプロダクトが集められている。会場の間仕切りはスタックされたビールケースだ。企画を担当したデザインユニットdelibabは、重ねる行為から人とモノとのあいだに生まれるコミュニケーションを提案する。たとえばアルファベットが一文字ずつプリントされたカップは、重ねる順番によって現われる単語の意味が変わる。積み木に通じる楽しさだ。
会場ではとくにデザインをジャンル分けしたり、意味を示しているわけではないが、似た性格のプロダクトが集まると、自然とその類似点、相違点がみえてくる。重ねることの目的は第一に空間の節約であるが、そのときにモノに必要な面積だけが減るものと、容積も減るものとがある。使われている時間よりも使われていない時間のほうが長いものほど、より効率的なスタックが求められる。食器類はその典型。流通過程はもちろんのこと、家庭においても皿が実際にその用をはたすのは、一日のうちのほんの短い時間に過ぎないからだ。また、米俵やビールケース、タッパーウェア、衣装ケースなど、単体であるよりも積まれたカタチが常態のものもある。これらは中身が入った状態で長時間・長期間にわたって保管される点が共通している。
ユーザーが求めているのは空間の経済性であり、その課題をどのように解決するかがデザイナーの腕の見せどころである。展示されているスタッキング・デザインの数々は、現場で鍛えられたロングライフ・デザインともいうべきものばかり。ここには問題解決のためのヒントがたくさんある。[新川徳彦]

2011/06/17(金)(SYNK)

WHITE 桑山忠明 大阪プロジェクト

会期:2011/06/18~2011/09/19

国立国際美術館[大阪府]

美術館の常設展示室を3分割し、それぞれの部屋に真っ白な同一形態の平面作品が連続するインスタレーションを展示した。作品の表面は和紙で覆われており、ほんのりとした柔らかさが感じられる。桑山作品といえば無機質で金属的な印象が強いので、この感触は意外だった。ただし、桑山は1960年代以来、同様の作品をずっとつくり続けており、本作も決してイレギュラーではないそうだ。平面作品の点数は60点、1点のみ1963年制作で、ほかはすべて新作である。細部まで計算し尽くされた空間は堅牢で、意味を考えることすら跳ね返すほど隙がない。「インスタレーション」よりも「空間彫刻」と漢字で表現したくなったのは、私だけだろうか。

2011/06/18(土)(小吹隆文)

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2011年07月01日号の
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