artscapeレビュー

2012年09月15日号のレビュー/プレビュー

プレビュー:東日本大震災災害支援チャリティーオークション「サイレント・アクア2012」

会期:2012/09/15~2012/09/30

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA[京都府]

9月15日~30日まで京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで開催される東日本大震災の災害支援のチャリティーオークション。京都市立芸術大学の学部生、院生、留学生、教員、旧教員、卒業生、修了生が出品する作品はハガキ程度のサイズ。サイレントオークションのスタイルで、作品展示でも作家名は伏せられているそうだが、出品作家名は会場とウェブサイト上でも公表される。このオークションの収益は、経費分を差し引き全額が寄付される。9月22日には関連イベントとして、311仙台短篇映画祭映画制作プロジェクト作品『明日』の特別上映会も開催される。出品作家はこちら

2012/08/03(金)(酒井千穂)

藤浩志の美術展「セントラルかえるステーション──なぜこんなにおもちゃが集まるのか?」

会期:2012/07/15~2012/09/09

3331 Arts Chiyoda 1階メインギャラリー[東京都]

子どもたちが要らなくなったおもちゃを持ち寄り、自分たちでおもちゃの価値を査定して、ほかのおもちゃと交換できるシステム「かえっこ」は、藤浩志による発案以来13年間、国内外の1,000カ所、5,000回以上にもわたって開催されてきたという。本展では、藤の作家としての活動を紹介する展示とともに、これまでの「かえっこ」で集まった大量のおもちゃを用いたインスタレーションやワークショップ、サイレント・オークションなどが行われていた。目を見張るような夥しい量のおもちゃが山積みだった会場。ぬいぐるみやミニカー、フィギュアなどじつにさまざまなものがあったのだが、なかでも目につくのがファーストフードの子ども向けセットについてくる“おまけ”の量だった。ずらりとそれらが並ぶありさまに違和感を覚え、なぜこんなにおもちゃが集まるのか?という今展の問いは否応なく消費生活のイメージと直結して、“要らなくなっていく”おもちゃへ連想を掻き立てる。それにしても、かえる(変える、還る、換える、買える)」をテーマにしたこの展覧会は、大人と子ども両方の意識に働きかけようとする狙いがある。私が訪れたとき、展示ゾーンには子どもの姿はなかったのだが、誰かが“要らなくなった"、この大量のおもちゃを前に子ども達はどんな反応を示すのだろうかと気になった。ここでいっときは無邪気に遊ぶかもしれない。けれど、そのあとなにかを思うだろうか。この展覧会から、モノを大切にするということを学べるだろうか。その想像は私にはなかなか難しく、やや消化不良の気分にも。個人的には、藤浩志がこれまで取り組んできたプロジェクトを解説する作家年表や写真パネルの展示のほうが面白く、アーティストとしての藤のエネルギッシュな活動の魅力に惹きつけられた展覧会だった。


左=夥しい量のおもちゃが山積みの会場
右=2010年の青森ねぶた1台分の廃材から制作された《飛龍》が展示された空間

2012/08/03(金)(酒井千穂)

山中たろう「Fifth Door」

会期:2012/07/07~2012/08/03

Takashi Somemiya Gallery[東京都]

年に一度くらいのペースだろうか、こつこつ制作を続け作品を発表している山中たろう。大学卒業後しばらくは京都を拠点にしていたが、現在は東京で作家活動を続けている。新しくオープンしたギャラリーで個展を開催しているのをたまたま知り、見に行った。古民家をオーナー自身が改築、改装したという会場のギャラリーは、大通りからは外れた目立たない場所にあったのだが、神田川沿いの静かな環境で、二階建ての建物も雰囲気のある佇まい。会場に展示されていたのは森や山などの自然、プールやサッカーのグラウンドに、ぽつりと小さく人物や動物を描いた油画作品。明るい色彩と爽やかでありながら穏やかな光の表現、山中自身の記憶のイメージを元に描かれるそれらの絵画は、画面の枠外に続く光景や、少し先の未来の物語の想像を喚起する。ただ、私自身は数年ぶりに山中の作品をみる機会だった今回、全体に以前見た印象とほとんどど変わらない作風であったのは少し残念だった。これからも活動を続けてほしい作家のひとり。まだまだ新たなものにも挑戦しながら作品を発表してほしい。

2012/08/03(金)(酒井千穂)

SHINING REPLACE

会期:2012/07/04~2012/08/03

第一生命南ギャラリー[東京都]

これはすごいなあ。ひとことでいえば都市風景なんだけど、オレンジ色の明かりが点々と灯る夜景とか、歪んだ鏡に映したように波打つビルとか、得体の知れぬ光の粒に覆われた都市とか、そのイメージはとても斬新だ。あるいは「モナリザ」の背景だけをつなげたり、ガラスかダイアモンドみたいな透明なものの集積を描いたり、難題にも挑戦している。ふと歪んだ都市像や漂う光の粒に、津波と原発事故を思い出してしまうのは過剰反応か。でもこれらの絵が、比べるのも気が引けるが、たとえばヒロ・ヤマガタのイラストなどに見られるにぎやかで華やかなだけの都市風景には望むべくもない不気味な奥深さをたたえているのはたしかだ。

2012/08/03(金)(村田真)

画廊からの発言──新世代への視点2012

会期:2012/07/23~2012/08/04

ギャラリーなつか+コバヤシ画廊+ギャラリイK+ギャラリー現+ギャルリー東京ユマニテ+藍画廊+なびす画廊+ギャラリーQ+ギャラリー58+ギャラリー川船+GALERIE SOL+gallery21yo-j[東京都]

1993年に銀座と京橋の10画廊で始めたこの企画展、立ち上げ当初はバブルの余韻が残るものの景気が下降し始めた時代。それから10年は不況が続き、ゼロ年代なかばにちょっとしたアートバブルが起こったけれど、それもリーマンショックであえなくついえ……といったように浮沈を繰り返してきた(浮より沈のが長いけど)。当初の10画廊のうち現在も続けているのは7画廊で、そのうち移転もせずにがんばっているのはたった3画廊のみ。けっこう動きが激しい業界ではある。現代美術や若手作家を巡る状況もずいぶん変わったような気がするが、でも基本的になにも変わってないような気もする。いちばん変わったのは、「現代美術」「作家」という言葉が「アート」「アーティスト」に置き換えられたことかもしれない。「若い現代美術の作家たちへの支援と育成」を目的に始まったこの企画展も、このままずっと続けてほしいと思う反面、時代に即してどんどん変わっていってほしいとの思いもある。この炎天下、12軒全部回るのはツライので、少し離れたソルと遠く離れた21yo-jはあきらめて、計10画廊を回った。強く印象に残ったのは、日常的なゴミや紙くずなどを搬入用のバッグとともに展示した小栗沙弥子(コバヤシ画廊)と、モノクロームのドローイングと起き抜けのベッドや脱ぎ捨てた服を撮った写真の大森愛(川船)。このふたりに共通するのは、自分の身近な物事に固執していること、見た目に美しいわけでもおもしろいわけでもないこと。これって「アート」っていうより「現代美術」だよね。

2012/08/03(金)(村田真)

2012年09月15日号の
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