artscapeレビュー

2012年10月15日号のレビュー/プレビュー

ハーメルンの笛吹き男

会期:2012/09/15~2012/09/16

神奈川県民ホール[神奈川県]

神奈川県民ホールにて、世界初演のオペラ「ハーメルンの笛吹き男」を見る。一柳彗の作曲。演出はあいちトリエンナーレ2013で抜擢した田尾下哲である。有名な伝承をもとに、笛吹きを媒介にして、嘘をつくことをめぐって、子どもと大人の関係から再解釈するメッセージ性の強い作品に仕上がっていた。巻物のようにどんどんスクロールする背景、空中を移動するネズミの群れ、そして客席も巻き込む空間演出などが、田尾下らしい。

2012/09/17(月)(五十嵐太郎)

岡田敦「世界」

会期:2012/09/08~2012/10/04

B GALLERY[東京都]

木村伊兵衛写真賞はよく「写真界の芥川賞」と称される。この言い方が適切かどうかは微妙な所だが、両賞とも新人作家が自分の作品世界を広く世に問うていくきっかけとなっていることは間違いない。同時に、その受賞が本人のその後の活動を大きく左右していくことも多々ある。つまり、受賞をきっかけとして飛躍していく作家も、逆に賞の重みに押し潰されてしまう作家もいるというわけだ。
2008年に写真集『I am』(赤々舎)で第33回木村伊兵衛写真賞を受賞した岡田敦はどうかといえば、受賞後もコンスタントにいい仕事をしているひとりだろう。受賞後第一作の『ataraxia』(青幻舎、2010)もしっかりと組み上げられたシリーズだったが、今回赤々舎から写真集として刊行され、B GALLERYで展示された「世界」からも、彼が自分の作品世界の幅を広げようとしている意欲が充分に伝わってきた。このシリーズは、岡田が「不確かな世界を認識する」ことをめざして蒐集した、複数のシークエンスの集合体として構成されている。眼を中心にした顔のクローズアップ、リストカッターの少女(ヌード)、沼と森、赤ん坊の誕生、火葬場の骨、花火、樹間の眺め、妊娠中の女性(ヌード)、そして震災後の海辺の光景などが、次々に観客の前に呼び出されていく。技術的にもきちんとコントロールされ、前後の関係性を注意深く考えながら並べられたそれらの画像群は、現時点での彼の世界観を着実にさし示しているといえる。
だが、おそらく生と死、美と現実、エロスとカタストロフィなどを表象するはずのそれらの画像を見ていると、既視感というか、どうもすべて「想定内」に思えてきてしまうのも事実だ。この優等生的な予定調和を踏み破っていく、何か荒々しい力を召喚しないことには、岡田が今後さらに大きく飛躍していくことはできないのではないだろうか。

2012/09/18(火)(飯沢耕太郎)

福島現代美術ビエンナーレ2012

会期:2012/08/11~2012/09/23

[福島県]

福島現代美術ビエンナーレを見る。閉鎖されているわけではない、稼働中の空港が会場で、不思議な雰囲気だった。限られた予算のなかで、あいちトリエンナーレ2013にも参加するヤノベケンジとオノ・ヨーコが主軸となって全体を成立させている。福島のテーマは「SORA」。著名なアーティストは少ないが、学生を含む、多くの作品がこれと共鳴していたことに共感を覚えた。ちなみに、福島は円谷英二の出身地であり、空港にウルトラマンや怪獣の常設展示がある。ヤノベケンジのサンチャイルドも、その隣に立っていた。

2012/09/19(水)(五十嵐太郎)

福村真美 展

会期:2012/09/11~2012/09/23

ギャラリーモーニング[京都府]

アクリル絵具と油絵具を用い、「記憶に残る風景」を描いている福村真美の新作展。福村はこれまでもよくプールや池、噴水など、水辺の光景を描いていたが、水面の揺らぎやそこに映り込む景色の表現が、見るたびに豊かさを増していて毎回楽しみになる。今展にはモノタイプという版画の小さな作品も少しだけ展示されていたのだがそれらが福村ならではの瑞々しいイメージで魅力的。欲しいと思った作品はやはり当然(?)売約済みのシールが貼られていて、遅く行ってしまったのを後悔。

2012/09/20(木)(酒井千穂)

進藤環「Late comer」

会期:2012/09/20~2012/10/08

hpgrp GALLERY TOKYO[東京都]

進藤環も着実に自分の作品世界を深めつつあるひとり。自作の写真プリントを切り貼りしながら、カラーコピーを繰り返して、不思議な磁力を発する「風景」をつくり上げていく──そのスタイルはほぼ完成の域に達していると思う。昨年に引き続き原宿・表参道のhpgrp GALLERY TOKYOで開催された今回の個展では、モノクロームのプリントの比率が増え、よりピクトリアル(絵画的)な要素が強まってきている。さらに、植物や森などに加えて、岩、水、さらに建物のような人工物なども画面に配されるようになり、「風景」の骨格とでもいうべき要素がくっきりとあらわれてきた。彼女が旺盛な表現意欲で、新たなチャレンジを繰り返していることが伝わってくる展示だった。
ただ、このカット・アンド・ペーストの手法も、繰り返しているうちに、そろそろヴァリエーションが出尽くしてきているようにも見える。展示作品のなかに1点だけ技法に「鉛筆」と記されたものがあり、異彩を放っていた。次はもっと違う画像構築のシステムにも取り組んでもらいたいものだ。また、画面のスケール感についても、そろそろ考えなければならない時期にきているのではないだろうか。小さくまとめるのではなく、観客を圧倒するような巨大な作品も見てみたい気がする。そのときはじめて、作者にとっても見る者にとっても、予想をはるかに超えた「記憶や知識と、名もない場所が混在し立ち現れる風景」が姿をあらわすのではないだろうか。

2012/09/20(木)(飯沢耕太郎)

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