artscapeレビュー

2012年12月01日号のレビュー/プレビュー

坂田和實の40年 古道具、その行き先

会期:2012/10/03~2012/11/25

渋谷区立松濤美術館[東京都]

古道具坂田の店主・坂田和實の展覧会。坂田が収集してきた古今東西の古道具150点あまりを一挙に展示した。古道具といって侮るなかれ。一点一点の造形は、並大抵の現代アートを蹴散らすほどの迫力がある。
野良着や質屋の包み紙、水中メガネ、ブリキの玩具。雑巾があれば伊万里の小椀もあり、仮面や聖者像もある。いずれも古色蒼然としているが、いずれも味わい深く、なおかつ美しい。この展覧会のもっとも大きな特徴は、展示された造形が、文字どおりひとつも漏れなく、すべておもしろいという点である。これほどの珠玉をそろえた展覧会は珍しい。
例えば長剣のような造形物が屹立しているのでどこかの国の武器だろうと思ったが、キャプションを見るとコンゴの鉄通貨とある。ナイジェリアの鉄通貨も展示されていたから、アフリカには両手で抱えるほど大きな通貨が流通していたのだろうかと想像が膨らむ。
民俗学的な関心だけではない。出品作品のうち頻出していた図像はキリスト像だったが、その表現形態は木彫や金属、刺繍などさまざま。同じ図像だからだろうか、細密であったり簡素であったり、表現手段のちがいも際立っておもしろい。
しかも特筆すべきは、こうした造形物がいずれも無名性にもとづいているという点である。これだけ名もない人びとによる創意工夫の数々を目の当たりにすると、有名性を志向する「作品」のなんと浅薄なことだろうと思わずにはいられない。限界芸術の魅力が古今東西にわたって脈々と受け継がれてきたことを実証する画期的な展覧会である。
ただ唯一の難点は、一部の展示の仕方と図録のすべての写真に、中途半端な「アート」の色がつけられていたこと。ボロ雑巾をあえて「絵画」のように見せたり、図録の写真をすべてホンマタカシに一任することで造形の生々しさを根こそぎ「脱色」したり、造形の迫力を伝えるはずの美術館がそれをみずから損なってしまっていたのは理解に苦しむ。そんな小細工をせずとも、造形そのものが語りかける声に耳を澄ませばよいのだ。

2012/11/14(水)(福住廉)

志賀理江子 螺旋海岸

会期:2012/11/07~2013/01/14

せんだいメディアテーク[宮城県]

「北釜」を歩いた。
仙台駅から仙台空港駅まで鉄道で30分弱。駅のロータリーから延びる道に沿って海に向かう。ひしゃげた欄干の橋を渡ると、目前に現われたのはだだっ広い平原。神社と一軒の民家以外、何もなかった。乾いた雑草と、せわしなく往来するダンプカーの光景からすると、まるで荒涼とした埋立地のような印象だが、いたるところに残された剥き出しの基礎が、この街を壊滅させたすさまじい破壊力を物語っている。平原のなかにポツンと立つ一軒の民家は、奇跡的に破壊から免れたのだろうかと思って近寄ってみると、健在なのは2階だけで、1階は大半の壁が打ち破られ、数本の大黒柱が辛うじて2階を支えていた。
軽い丘を超えた松林のなかに志賀理江子のアトリエ跡があった。海風にあおられて陸のほうを向いた松林や硬い砂浜の上に転がった松ぼっくり。薄い雲の隙間から夕陽が差し込んでくる。護岸工事のために奮闘しているショベルカーの駆動音が聞こえなければ、とても現実とは思えないほど、荒涼とした光景である。まるで志賀理江子の写真そのものではないか。
そのとき、ふと気がついた。そうか、志賀理江子の写真は幻想的で非現実的な構成写真だと思っていたが、その構成と演出は、虚構の世界を構築するというより、むしろ現実社会のなかの幻想性を極端に強調したものだったのだ。此方と彼方を明瞭に区別しているわけではなく、此方が内蔵する彼方を引き出していたのだ。彼女の写真に描かれる死の世界が恐ろしいのは、それがいずれ訪れる死の光景を予見させるからというより、それが私たちの内側にすでに広がっていることを目の当たりにさせるからだ。そして何よりも恐ろしいのは、そのような写真をつくり出す志賀理江子の眼差しである。いったい、どんな世界を見ているというのだろう。そこに戦慄を覚えながらも、その視線が生み出す新たなイメージに、よりいっそうの期待を抱かずには入られない。

2012/11/16(金)(福住廉)

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Indiana University At School: group exhibition, Ku─空─Sky Project 2012

会期:2012/11/17~2012/12/29

theory of clouds[兵庫県]

写真作品の展示販売や、「うたかた堂」名義で写真集出版などを行なう神戸のギャラリーTANTOTEMPOが、新たなギャラリーを立ち上げた。theory of clouds(雲の生育理論)という風変わりな名称は、雲から発する雨が大地を潤すように、社会に美と知を届けるギャラリーでありたいとの願いが込められたものだ。活動の特徴は、海外の写真家、写真フェス、学校との連携に注力することで、交換展などプロジェクト主体の運営になる。その第1弾として行なわれているのが本展で、アメリカ・インディアナ大学のアートスクールで写真とアート・マネジメントを教えているオサム・ジェームス・ナカガワを迎えて、5名の若手作家を紹介している。商業的なハードルは高そうだが、これまで関西にはなかったタイプの画廊活動なのは間違いない。今後の活躍を期待する。

2012/11/17(土)(小吹隆文)

47 GOOD DESIGN──47都道府県のグッドデザイン賞

会期:2012/11/01~2013/01/27

d47 MUSEUM[東京都]

「d47 MUSEUM」は47都道府県を切り口にそれぞれのデザインやクラフトなどを紹介するスペース。ナガオカケンメイ氏がディレクターを務め、2012年4月に渋谷ヒカリエの8階にオープンして以来、4回目の企画展となる今回の展示のテーマは「グッドデザイン賞」。日本から海外への輸出品の模倣対策を主眼に1957年に発足したグッドデザイン賞は、日本のプロダクトの質を向上させると同時に、海外の模倣ではない日本独自のデザインの創造と発見にも資してきたものと思う。本来は日本対海外という枠組みでの話であるが、これまでの受賞作を生産者の都道府県別に分けると、クラフトのみならず工業製品にもローカリティが見えてくるのである。北海道・旭川や山形県・天童の木工家具、佐賀県や長崎県の陶磁器、福井県・鯖江のメガネや、新潟県・燕のカトラリなどは良く知られていよう。大阪府には画材や文房具、家電メーカーが集中しており、受賞製品も多い。もっとも意外であったのは、奈良県にプラスチック製品のメーカーがいくつも立地しており使い勝手に優れた日用品をつくっていることであった。[新川徳彦]

2012/11/18(日)(SYNK)

ジョミ・キム アウト・オブ・フォーカス

会期:2012/11/15~2012/12/01

Port Gallery T[大阪府]

壁に立てかけられた靴、カーテン、照明器具、窓越しの風景など、日常の一部を切り取ったピンボケ写真を、インスタレーション的に展示していた。画廊に置かれていた説明文によると、撮影の際、フォーカスを徐々にずらしていくと、ファインダーの向こう側にマジカルな情景が出現するという。それは、本人曰く「日常に最も近い非日常」。このコンセプトと作品配置にすっかり魅了されてしまった。彼女は今年度の「shiseido art egg」に入選しており、来年2月には資生堂ギャラリーで個展が予定されている。このチャンスを生かして、彼女が大きな飛躍を遂げることを期待している。

2012/11/19(月)(小吹隆文)

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