artscapeレビュー

2013年04月01日号のレビュー/プレビュー

知られざるミュシャ展──故国モラヴィアと栄光のパリ

会期:2013/03/01~2013/03/31

美術館「えき」KYOTO[京都府]

ポスター作家として名高いアルフォンス・ミュシャ(1860-1939)。本展はミュシャの代表的なポスター作品とともに、これまであまり目に触れることのなかった油彩画や素描作品など、約160点余りを紹介している。油彩画や素描作品はおもに「チマル・コレクション」からのもので、日本での公開は初めてだという。南モラヴィア地方(現・チェコ共和国)に生まれたミュシャは、ウィーンとミュンヘンで美術を学んだ後、パリに移り下積み時代を過ごしていた。当時、依頼を受け制作したサラ・ベルナールの公演『ジスモンダ』のポスターが大ヒットし、ミュシャは一躍スター画家となった。パリで名声や商業的成功を収めた彼は、1910年、モラヴィアに帰郷し、デザイナーとしての第二の人生を過ごした。というのは、1918年にチェコスロバキア共和国が成立すると、ほとんど無償で、国章、紙幣、切手をデザインしたり、プラハ市庁舎ホールの装飾を手がけたりするなど、商業デザインではなく、祖国のためのデザインに力を注いだ。つまりパリ時代の華やかな画題とは異なる、祖国の人たちや祖国への思いを描き続けた。「チマル・コレクション」はミュシャの故郷に住む医学者チマル博士が親の代から長年にわたって集めてきたもの。ミュシャのパリ時代のポスター作品とは一味違って、素朴で故郷や人々への暖かい眼差しが感じられる作品が多い。巨匠の二つの時代が概観できる。[金相美]

2013/03/09(土)(SYNK)

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奥田輝芳 55 DRAWINGS

会期:2013/03/12~2013/03/17

ギャラリー恵風[京都府]

展覧会初日に55歳の誕生日を迎えた奥田が、語呂合わせなのか、2008年以降のドローイングから55点を選んで個展を行なった。ドローイングといっても画風はタブローと大差がなく、支持体がキャンバスか紙かの違い程度である。ただし、これらの作品はもともと発表を想定しておらず、その分トライアルの痕跡が生々しく残っている。ドットが浮かぶ作品、水平線が何本も並ぶ作品、少ない線で構造物のような形を描いた作品などがあり、時々の関心の変遷と、完成に至る道のりがつぶさにうかがい知れた。絵画作品は最後の表面しか見えないので、制作過程を読み取るのが難しい。時々このようなドローイング展を行なってくれると、観客としては大変助かる。

2013/03/12(火)(小吹隆文)

新聞錦絵─潁原退蔵・尾形仂コレクション─

会期:2013/02/09~2013/04/14

福生市郷土資料室[東京都]

新聞錦絵とは、明治7(1874)年から数年間発行された木版多色刷りの一枚物。新聞に掲載された事件や逸話を錦絵と文章でわかりやすく伝えたマスメディアである。本展は、国文学者の潁原退蔵から尾形仂へ受け継がれてきた新聞錦絵のコレクションが同室に寄贈されたことを記念した展覧会。新聞錦絵を中心に約100点の資料が展示された。
新聞錦絵といえば月岡芳年が知られているが、今回展示された新聞錦絵の大半は、「大阪錦絵新聞」のような上方の新聞錦絵。東京の新聞錦絵より判型が一回り小さいが、扇情的な画題を色鮮やかな錦絵と平明な文章で伝える形式は、ほとんど変わらない。取り上げられている出来事は、「夫が浮気した女房を殺害した話」「養女を折檻した鬼婆の話」「外国人が猟に行き誤って子どもを撃ってしまった話」など、センセーショナルな事件が多い。開港によって輸入された西洋由来の鮮やかなインク(とりわけ赤と紫)が、暴力描写を劇的に高めているのも頷ける。
ただ、細かくみてみると、「男性として7年間暮らした女性の話」や「料理屋の娘が華族のお誘いを粋に断った話」、「古狐が娘に化けていた話」など、画題は必ずしも刃傷沙汰に限られているわけではないことがわかる。平たく言い換えれば、「ひどい話」ばかりだけでなく、「おもしろい話」や「良い話」もあったのだ。だとすれば、新聞錦絵とは明治時代に固有のニュース・メディアであったのと同時に、落語や講談のような大衆芸能にも重なりあう、ハイブリッドなメディアだったのではないだろうか。
事実、本展でていねいに解説されていたように、従来の新聞が想定する読者層が知識人だったのとは対照的に、新聞錦絵のそれは一般大衆の婦女子であり、彼らが読みやすいように、新聞錦絵の文章は平仮名を中心に記述され、漢字を用いる場合であっても、すべて振仮名が振られていた。文体も、新聞記事の文章をそのまま転載したわけではなく、同じ内容を五七調に改めることで、言葉が跳ねるようなリズム感をもたらしている。つまり、新聞錦絵の錦絵が劇的に脚色されていたのと同じように、その文章もまた劇的に演出されていたのだ。
「ひどい話」をよりひどく、「おもしろい話」をよりおもしろく、「良い話」をより良く語ること。落語や講談が開発してきた独自の文法と、浮世絵から展開してきた錦絵との合流地点に新聞錦絵を位置づけることができるのではないか。

2013/03/13(水)(福住廉)

日本の木のイス展──くつろぎのデザイン・かぞくの空間

会期:2013/02/09~2013/04/14

横須賀美術館[神奈川県]

「椅子のデザイン」はデザイン史において必ずといってよいほど取り上げられる、デザインの王道ともいえる分野である。そうした「椅子のデザイン」のなかで、本展は「日本」の「木の椅子」に焦点を当てる。鹿鳴館で用いられた椅子など、若干の前史を経て、展示第I部では1920年代前後から60年代末までの住宅用の椅子が紹介されている。フランク・ロイド・ライト、西村伊作、ブルーノ・タウト、シャルロット・ペリアン、前川国男、吉村順三、吉阪隆正らの建築家、森谷延雄、松村勝男などのインテリア・デザイナー、秋岡芳夫、柳宗理、渡辺力など工業デザイナーの代表的な作品が会場に並ぶ。
 なぜかくも多くの建築家、デザイナーたちが椅子のデザインに魅了されてきたのであろうか。その理由はおそらく「制約」にある。身体を一定のかたちに支えるために必要な構造、機能、素材、技術は、椅子というオブジェの制作そのものに関わる制約である。これら多数の制約条件のそれぞれにどのような比重を置くかによって、デザインによる解は異なり、それゆえに多様な椅子のデザインが生まれる。本展は出品作を「木の椅子」に限定することで、これらの制約とデザイナーの挑戦とを際立たせている。しかし、身体と素材という制約は日本人に限らず、世界中のデザイナーたちが挑戦してきた課題である。日本の椅子には他の国とは異なる特徴があるのか。あるとすれば、それは何に起因しているのか。本展が提示するもうひとつの制約が「かぞくの空間」である。畳の間が中心となる日本の家屋に適した椅子とはどのようなものなのか。和洋折衷の家における椅子の役割はどうなのか。高度成長期の公団住宅で、椅子はどのように用いられたのか。住まい・家族・空間・間取りという制約は、国により、地域により、時代により異なる。展示を日本の家庭用の椅子に限定することで、本展は「かぞくの空間」における椅子の変遷、すなわち住環境と椅子のデザインが密接な関係にあり、それが日本の椅子のアイデンティティを生み出してきた様を見せてくる。展示室のキャプションは控えめだが、図録にはたくさんの資料写真、作家や作品の解説が掲載されている。ぜひ図録を片手に会場を回りたい。
 展示第II部では、横須賀で活動する3人の家具作家による椅子が展示されており、その座り心地を体験できる。どのような場所に置くのか。どのような場面で座るのか。さまざまな形、さまざまな構造の椅子を座り比べることで、家具作家たちの考えかたや、私たちの選択の基準が見えてくる。[新川徳彦]

2013/03/15(金)(SYNK)

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[デー デー デー ジー]グルーヴィジョンズ展

会期:2013/03/12~2013/04/26

dddギャラリー[大阪府]

人気デザイン・ユニットのグルーヴィジョンズが、代表的な仕事約670点からなる大規模個展を開催中。会場には、2体のチャッピーと、作品収納用と思しき巨大な木箱、そして展示室を斜めに横切る低い台の上に一連の仕事がずらりと並べられていた。展示台の一部は会場を突き抜けており、ビルの外までも作品が並ぶ大胆なプレゼンテーションだ。しかも作品の配置が色別になっており、黒~青~白~オレンジ~赤~ピンク~紫の美しいグラデーションを描いている。こんなところにも彼らの美学と一貫性が貫かれており、改めてその実力を思い知った。

2013/03/15(金)(小吹隆文)

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2013年04月01日号の
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