artscapeレビュー

2013年05月15日号のレビュー/プレビュー

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

発行日:2013/04/12

村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読む。文体、比喩、形式、寓意と相変わらずの物語力である(これを謎解きのミステリーとして追いかけると、はぐらかされるだろうが)。今回は特に舞台となる名古屋ネタと主人公の駅設計業も楽しめた。ともあれ、本書では死ぬような思いをして生き残った主人公が、唐突に失われた共同体=美しい色のハーモニーをめぐって封印された過去/記憶と向きあい、未来に歩きだそうとする。はっきりと3.11には言及しないが、震災後文学でもある。

2013/04/20(土)(五十嵐太郎)

「夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史 北海道・東北編」展

会期:2013/03/05~2013/05/06

東京都写真美術館 3F展示室[東京都]

東京都写真美術館の「夜明けまえ」展を見る。シリーズでやっている日本近代の写真創成期の北海道・東北編だ。写真を通じて、すでに失われてしまった近代建築の姿をいろいろ見ることができる。動かない、新しい被写体として撮られたものだろうが、時間の経過はこれを歴史的なドキュメントに変えていく。また写真で記録された『明治三陸津波写真』や他の自然災害による被害状況も紹介されていた。このときは圧倒的に木造家屋の残骸であることがわかる。

2013/04/20(土)(五十嵐太郎)

マリオ・ジャコメッリ写真展 THE BLACK IS WHITING FOR THE WHITE

会期:2013/03/23~2013/05/12

東京都写真美術館 B1F展示室[東京都]

同館地下の「マリオ・ジャコメッリ」展は、印刷業を続けながら、日曜カメラマンとして活動した写真家を紹介する。白黒の対比が鮮明だ。初期は人物観察の深いドキュメンタリー的な作風だが、徐々に抽象度を上げ、現像時の操作などにより、超現実的な写真へと変わっていく後期が興味深い。志賀理江子に近いテイストの作品もある。壁や街など、一見偶発的に見える写真も、きちんと構図が計算されており、決まっている。

2013/04/20(土)(五十嵐太郎)

伊達伸明 展「ウクレレとウモレギ」、トークイベント「夜話:ほりおこすこと」

会期:2013/04/16~2013/04/28

アートスペース虹[京都府]

取り壊される建物を素材にウクレレを制作している伊達伸明の個展。今展では、昨年度仙台で開催された「亜炭香古学」というイベントの活動報告とともに、大阪の旧フェスティバルホールの建材から制作された《旧フェスティバルホール》ウクレレ、大正時代に建てられた駅舎から制作された《JR灘駅》ウクレレなど、7本が展示された。ウクレレはどれも誰かの手が触れた痕跡の残るものばかりでそれぞれの個性と建物にまつわるドラマが満載。毎回その凝ったつくりに感心してしまうのだが、特に今回は《フェスティバルホール》が凄かった。ボディ表板には、ステージの床材、裏板には反響板、内部にはロビーの大理石(の柱)などまで使われている。指揮台の赤いマットを中敷きに用いたハードケースも、旧フェスティバルホールに親しんだファンにはさぞたまらない一品だっただろう。20日の日曜日には、仙台市市民文化事業団の薄井真矢さんとのトークイベントも行なわれた。内容は今回展示されたウクレレ制作のエピソードと、亜炭に注目し開催された仙台での「亜炭香古学」のイベントのレポートがメイン。「亜炭」がなんなのかも今展まで知らなかった私だが、古代の樹木が火山による噴出物などで埋められ炭化してできたもので、戦後の仙台市内ではごく一般的に使用されていた燃料だという。現在では採掘されることも禁じられ、それを知っているのは65歳以上の高齢者ばかりだとのこと。「亜炭」にまつわる情報、思い出などが続々とお年寄りたちから寄せられ、大盛況であったという話も興味深いものだった。そういえば、このプロジェクトの過程を新聞にした伊達さん手作りの「亞炭香報」もユニーク。「亜炭香」の作り方を記載した号や、市民から寄せられたエピソードやアンケートが載っている号など、絵も内容も素晴らしい。「亞炭香報」はこちらでもダウンロードできる。http://www.sendaicf.jp/machinaka2012/blog/date/


トークイベント「夜話:ほりおこすこと(薄井真矢×伊達伸明)」


展示風景

2013/04/20(日),2013/04/28(日)(酒井千穂)

島田真悠子 個展「デイドリーム」

会期:2013/04/05~2013/04/25

ライズギャラリー[東京都]

白昼夢みたいな絵が10点ほど。犬から発せられるビーム、そのビームに当たって失神する人、トポロジカルな空間に引き込まれそうな人、花瓶の周囲を回る男たち……。タイトルも「ズキュン」とか「ふわっ」とか、もうやりたい放題。こういうの、おじさんには真似できませんね。

2013/04/21(日)(村田真)

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