2018年12月01日号
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artscapeレビュー

2013年06月15日号のレビュー/プレビュー

井上佐由紀「くりかえし」

会期:2013/03/30~2013/05/12

napp gallery[東京都]

前作の波をテーマとした「意思のない生物」(nap gallery、2012)あたりから、井上佐由紀は果てしなく同じ動きをくり返す自然現象を撮影し始めた。今回の「くりかえし」では、アイスランドの間欠泉の水面に巨大な泡のようなものが盛り上がり、崩れ落ちる様を撮り続けている。たしかに、このような対象をずっと見つめていると、目眩のような感覚とともに、生命の根源に直接触れているような気がしてくる。実際にわれわれの遠い先祖である生命体は、地熱で温度が上がった水の中に誕生し、波間を漂いながら形をとっていったわけで、彼女の写真が与えてくれる安らぎや懐かしさは、もしかしたらそのあたりから来ているのではないかとも思う。
だが今回は、プリントよりも画像のプロジェクションを中心にした展示だったこともあって、作品から受ける感触がやや拡散し、抽象的、概念的に流れてしまっている気がした。会場がやや狭いので、画像を落ち着いて見ることが難しいのだ。むしろ生命の根源へと遡るという彼女のコンセプトを、より徹底させることが必要になりそうだ。とすれば、被写体として人間を再び呼び戻す方がよいのではないだろうか。2009年に刊行された『reflection』(buddhapress)は、海辺で踊る少女を撮影した、爽やかな意欲を感じさせるいい写真集だった。自然の中に人を包み込む、あるいは人の中に自然を満たすための、何かよい方法が見つかるといいのだが。

2013/05/01(水)(飯沢耕太郎)

安彦祐介「スウィートホーム」

会期:2013/04/26~2013/05/06

RENSEI PRINT PARK[東京都]

井上佐由紀展を開催したnap galleyは、3331 Arts Chiyoda の2Fのスペースだが、その地下のRENSEI PRINT PARKでは、安彦祐介が個展を開催していた。安彦の作品はいつもいろいろ観客を楽しませる仕掛けを凝らしている。むろん今回の展示もその例に漏れない。
今回の「スウィートホーム」の主題は、安彦の生まれ故郷でもある北海道札幌市郊外の建て売り住宅群だ。それらを雪が積もった冬の季節に「ペンタックス6×7にソフトフォーカスフィルターをつけて」撮影し、全紙サイズにプリントしている。フィルターの効果によって、画面全体が柔らかにぼかされ、白い綿のような雪が、どちらかと言えばほんのりと温かみのある雰囲気で写っている。まさに「スウィートホーム」そのもののイメージなのだが、このタイトルは「札幌近郊で今年たまたま見つけた」実際の住宅の名称なのだそうだ。つまりパステルカラーのペラペラの建て売り住宅を、いかにもメルヘンチックに撮影しているわけで、そこにはむろん安彦独特の批評的な距離感が介在している。もし雪の積もっている時期に撮影しなかったならば、ノイズが多い、ただの安っぽい住宅写真になってしまうはずだ。雪という舞台装置とソフトフォーカスフィルターを巧みに使いこなすことで、むしろ「隠されているもの」に想像力が動いていくようにもくろんでいるのではないだろうか。
「北欧やロシアや中国でも、同じコンセプトで撮ってみたい」とのこと。それはそれで、比較の対象が増えて面白くなりそうだ。

2013/05/01(水)(飯沢耕太郎)

生誕120年「木村荘八 展」

会期:2013/03/23~2013/05/19

東京ステーションギャラリー[東京都]

木村荘八は牛鍋屋いろはの第8支店に生まれ、浅草の第10支店の帳場を担当しながら絵を描く。初期のころは岸田劉生によく似ているなと思ったら、大正時代に劉生らとともにフュウザン会や草土社の結成に参加した仲間だった。しかし1920年前後からモチーフも画風も大きく変わり、自分が働いていた《牛肉店帳場》をはじめ、《浅草寺の春》《新宿駅》といった身近な生活風俗を描くようになる。これらは正確に再現しているわけではないそうだが、戦前の東京という街の空気を知るには貴重な記録といえる。また舞台を描いた一連の作品は、絵画という虚構のなかに演劇という虚構を設定した「画中劇」として興味深い。ただし人の顔など描写が雑で、絵としての魅力に欠けるのが残念。ちなみに兄の荘太、異母弟の荘十、荘十二らはいずれも作家や映画監督で、荘八もゴッホやミケランジェロなどの翻訳をはじめ著作が多く、文学的才能にも恵まれていた。まあ、古きよき時代の芸術家ですね。

2013/05/02(木)(村田真)

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アートアワードトーキョー丸の内2013

会期:2013/04/27~2013/05/26

行幸地下ギャラリー[東京都]

チャラい絵が多いなかで異彩を放ったのが伊勢周平の作品。下地を施していないカンヴァスに灰色の円を描き、その下からさまざまな色の絵具が流れ落ちている。つまり灰色の円はいろんな色を混ぜてできたものであることがわかる。ただそれだけのことを完璧な技術で表現し尽くしている。もしこれが灰色でなければ、もしこれが四角であれば、もしこれが横長の画面だったら、まったく異なる意味を有していたはず。彼のみ作品に関してノーコメントと無粋なのもいい。天野太郎賞はうなずける。村田真賞も勝手に追加だ。あと印象に残ったのは、コップを描いた波部早紀子と、食べ物を描いた高木智子。藤田嗣治の《アッツ島玉砕》を黒一色で描き、ラメを散らせた平川恒太の作品も気になる。

2013/05/02(木)(村田真)

植田正治の「実験精神」

会期:2013/04/27~2013/06/30

植田正治写真美術館[鳥取県]

今年は植田正治の生誕100周年ということで、記念行事が相次いで開催されている。鳥取県伯耆町の植田正治写真美術館でも、代表作約250点を集成した展覧会が開催された。「植田正治の「実験精神」」というタイトルは、まさに山陰の地を舞台に冒険心、チャレンジ精神、遊び心を存分に発揮し続けたこの写真家にふさわしいものといえる。美術館の3つの展示室を全部使って、「1『かけ出し』時代 1930年代」「2 東京への挑戦 1937-40年」「3 演出写真 1948-51年」「4 造形的なイメージ 1950年代」「5 童暦 1959-70年」「6 小さい伝記 1974-85年」「7 音のない記憶 1972-73年」「8 白い風 1980-81年」「9 砂丘モード 1983-90年」「10 軌道回帰と大判写真 1987-92年」「11 幻視遊間 1987-92年」「12 印籠カメラ 1995-97年」と並ぶ作品群を見て、その多彩な「実験精神」の広がりにあらためて目を見張らされた。
特に注目すべきは、むしろ「砂丘モード」以降の「晩年」の作品ではないだろうか。70歳を超えてファッション写真に挑戦した「砂丘モード」をはじめとして、パノラマカメラ、35ミリインスタントスライドフィルム、20×24インチ(約50×60センチ)の超大判ポラロイドカメラ、コンパクトカメラなど、植田は一作ごとに撮影機材を変え、次々に新たな領域に踏み込んでいった。その創作意欲の高まりは驚くべきものがある。植田は2000年7月4日に急性心筋梗塞でなくなるのだが、その年の1月1日には「5分間の軌跡」と題して、太陽の光が壁際に並べたオブジェにあたって変化する様を撮影した連作を撮影していた。最後までその「実験精神」が衰えることはなかったということだ。
戦時中休刊していて、ようやく復刊したばかりの『カメラ』(1946年3月号)のアンケートに答えて、植田はこう書いている。「方針としては決めて居りませんが、只今の所、無茶苦茶に写したいです。自由に伸び伸びと、再び大いにやります」。この決意を最後まで守り通したということだろう。

2013/05/02(木)(飯沢耕太郎)

2013年06月15日号の
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