2017年09月15日号
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artscapeレビュー

2015年04月15日号のレビュー/プレビュー

岸野藍子「輪の内に外にそのものに」

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会期:2015/03/09~2015/03/14

ビジュアルアーツギャラリー・東京[東京都]

毎年2月~3月には、いくつかの写真学校の卒業制作を審査・講評している。今年は東京ビジュアルアーツ・写真学科の審査がなかなか面白かった。デジタル化以降、学生の写真が多様化し(以前は学校ごとに同じような作品が並ぶことが多かった)、レベルも格段に上がってきている。今回は特に東京ビジュアルアーツの卒業制作に、熱気を感じさせるいい作品が多かったのだ。そのなかから2作品が優秀賞に選ばれたのだが、そのうちの一人の岸野藍子の個展「輪の内に外にそのものに」が、早稲田のビジュアルアーツギャラリー・東京で開催された(優秀賞のもう1作品は坂本瑠美の「#坂口美月」)。
テーマになっているのは、友人の実家である真言宗のお寺の仏壇である。鉦、燭台、経本などの仏具は、割に見慣れたものだが、まじまじと観察すると独特の存在感、物質感を備えた面白いオブジェであることがわかる。岸野は子供の頃に仏具に「触ってはいけない」と言われたことが、ずっと気にかかっていて、今回あえて「輪の内に」踏み込むことにした。そこにあらわれてきたのは、日常と非日常(彼岸)とを結びつける、宇宙的といっていいような広がりを備えた回路であり、そのことへの驚きが12点の写真パネル、及び母親の針箱を作り替えたという三幅対の箱形の作品で的確に表現されていた。まだ撮影やプリントの技術には甘い所があるが、持ち前の発想力と思考力をうまく発揮していけば、ユニークな作風が育ってくるのではないだろうか。学校から社会に出ると、自分の作品制作に集中する時間が取れなくなることが多いが、何とかうまく乗り切ってほしいものだ。

2015/02/12(木)(飯沢耕太郎)

せんだいデザインリーグ2015 卒業設計日本一決定戦 公開審査

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会期:2015/03/01~2015/03/01

東北大学百周年記念会館川内萩ホール[宮城県]

毎年恒例の卒業設計日本一決定戦/SDLだったが、個人的に10年審査に関わってきて、もっとも達成感がなかった。ほかの案よりはマシという消極的な理由で日本一を決めてしまったからである。審査を通じて、観衆を含めて全体が納得しながら、上位を決めるプロセスこそが、SDLというイベントの醍醐味だが、全体的に会話がまず成立しなかった。ベタしかなくて、メタ的な視点がない。建築的な説明を求めても、それを答えない、あるいはそもそもそうした言語をもっていないのか。したがって、審査員のバトルになる手前に留まり、皆で協力してファイナリストから聞き出すのに時間を使い切った。もちろん、彼らを選んでしまった審査員として責任を感じる。ファイナリストが決まった時点で少し不安を感じていた。通常はセミファイナルでの得票点数の上位と、ファイナルの審査員の一推しが、ほどよく混ざるのだが、場の流れで、そのいずれでもない感じの布陣になってしまった。それでも類い稀な学生が入っていれば盛り上がったのだが、その奇跡も起きなかった。数百の案から、短時間で10人を選ぶのは、陸上でタイムを計るのとは違い、どうやっても無理がある。これはこういう形式のイベントだと割り切るしかない。が、そのなかでもどうやったら、より多くの議論ができるか、観衆も満足度が上がるかは、デザイン可能である。今回の失敗が、その方法を見直す機会になればと思う。

2015/03/01(日)(五十嵐太郎)

山崎弘義『DIARY 母と庭の肖像』

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発行所:大隅書店

発行日:2015年2月25日

山崎弘義は森山大道に私淑し、ストリート・スナップを中心に発表してきた写真家だが、2001年9月4日から母親のポートレートを撮影し始めた。少し後には自宅の庭の片隅も同時に撮影し始める。母が86歳で亡くなる2004年10月26日まで、ほぼ毎日撮影し続けたそれらの写真の総数は3600枚以上に達したという。本書にはその一部が抜粋され、日記の文章とともにおさめられている。
山崎がなぜそんな撮影をしはじめたのか、その本当の理由は当人にもよくわかっていないのではないだろうか。認知症の母親の介護と仕事に追われる日々のなかで、「止むに止まれず」シャッターを切りはじめたということだろう。だが、時を経るに従って、その行為が「続けなければならない」という確信に変わっていった様子が、写真を見ているとしっかり伝わってくる。単純な慰めや安らぎということだけでもない。むしろ、カメラを通じて、日々微妙に変貌していく母親、人間の営みからは超然としている庭の植物たちを見つめつづけることに、写真家としての歓びを感じていたのではないかと想像できるのだ。あくまでも個人的な状況を記録したシリーズであるにもかかわらず、普遍性を感じさせるいい仕事だと思う。
なお、発行元の大隅書店からは、昨年『Akira Yoshimura Works/ 吉村朗写真集』が刊行されており、本書は第二弾の写真集となる。あまり評価されてこなかった、どちらかといえば地味な労作を、丁寧に写真集として形にしていこうという姿勢には頭が下がる。

2015/03/01(日)(飯沢耕太郎)

グエルチーノ展──よみがえるバロックの画家

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会期:2015/03/03~2015/05/31

国立西洋美術館[東京都]

たぶん美術史に詳しい人でなければグエルチーノの名前は知らないだろうけど、作品を見れば「ああ、西洋の美術館でウンザリするほど見かける宗教画」と思うはず。それほどグエルチーノ的な絵柄は広く出回ってるわけだが、グエルチーノ本人はキラ星ひしめくイタリア・バロックにおいて「その他多数」のひとりでしかない。もちろんそれは日本での見方であって、イタリア(とくに故郷のチェント)では偉大な画家として尊敬されており、ゲーテにいわせれば「グエルチーノといえば神聖な名前」だそうだ。本展にはグエルチーノだけでなく、師匠のルドヴィコ・カラッチやライバルのグイド・レーニら同時代の画家の作品も出品されているが、大半は聖母子、聖ヨハネ、聖フランチェスコ、聖カルロ・ボッロメーオなどの聖人を芝居がかったポーズで描いた宗教画。まさに日本人がイメージする西洋絵画の典型だろう。しかしなんでわざわざ知名度の低いグエルチーノの展覧会を開くのか。理由のひとつは、本展にも出品されてる《ゴリアテの首を持つダヴィデ》が国立西洋美術館の所蔵だからという縁だ。でもそれだけじゃ薄い。実はもうひとつ強力な理由があって、3年前にイタリア北部のチェントを大地震が襲い、グエルチーノのコレクションを有する市立美術館が被害を受けたこと。美術館は現在も休館したままで、再建の費用がほしいところに同じ地震大国の日本が手を差し伸べたのだ。だからこの展覧会はいわば震災復興事業に位置づけられる。それなら納得。

2015/03/02(月)(村田真)

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「クレオパトラとエジプトの王妃展」記者発表会

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会期:2015/07/11~2015/09/23

東京国立博物館[東京都]

西美の「グエルチーノ展」内覧会が1時から、東博の記者発表会が2時からなので、けっこうタイト。「クレオパトラとエジプトの王妃展」はこの夏の東博の目玉企画(7/11-9/23)で、王(ファラオ)ではなく4人の王妃や女王に焦点を当てたのがミソ。といってもハトシェプスト、ティイ、ネフェルトイティの3人はなじみが薄く、動員力がありそうなのはクレオパトラしかいないけど。彼女の鼻がもう少し低かったら歴史は変わっていたといわれるが、出品される石像の大半は鼻が欠けている。

2015/03/02(月)(村田真)

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