artscapeレビュー

2015年08月01日号のレビュー/プレビュー

Q『玉子物語』

会期:2015/07/08~2015/07/15

こまばアゴラ劇場[東京都]

「モテたいんじゃなくて、育てたい」。ぴったりそう言ったかは定かではないけれど、こんな台詞が飛び出した。舞台はアパート。屋上が鳩小屋?みたいに金網張りになっていて、そこにちゃぶ台とテレビとしゃがんで漫画を読む女たちがいる。そこでは女たちが卵を産み、その卵を食すのがそこに住む女主人公の楽しみになっている。異生物同士の交尾やそれによるハイブリッドが話題になったり、ストレスフルな女性の狂気じみた1人語りが取り上げられたりと、女性のまなざしから見える世界が描かれるのはいつものQらしいところ。今作でとくに際立っていたのは、そうした一場一場がまるでひとつのコント(小話)になっていて、それぞれがそれだけでひとつのテンションを保って築かれていたことだ。物語の展開を追う面白さだけでなく、一つひとつの場が形成する人と人の関係の妙に没頭してしまう。白眉だったのは、きゃしゃでチワワのような目をしたある登場人物が、小太りでグレーのスウェット姿の男とバレエを踊るシーン。男はこの女性のオルター・エゴであることが後でわかるのだが、女のいわゆるバレエ的な踊りを、醜い男が繰り返し模倣する場面は、異性というよりは異文化の接近遭遇の瞬間のようで、爆笑ものだったし、なんといえばよいか、エロティックだった。以前の作品にも取り上げられていたケンタウルスと暮らす女のイメージは、今作でも出てきた。過剰な性欲をなだめてくれる女の脇で、何度も何度も白い液体を放出せずにはいられないケンタウルスは滑稽だが、その滑稽で気味の悪いものと、どう共存すればよいのかと本作は問いかける。「育てたい」は、だから、この世をどうにか肯定したいがゆえの一言だろう。Q(市原佐都子)の「肯定する意志」の射程が見えた作品だった。

2015/07/15(水)(木村覚)

衣服が語る戦争

会期:2015/06/10~2015/08/31(08/09~08/16:夏期休館)

文化学園服飾博物館[東京都]

第二次世界大戦終結から70年になる今年、文化学園服飾博物館では戦争と衣服の関わりをテーマとした企画展が開かれている。人々の暮らしを構成する衣食住のなかでも、衣服はその視覚的性格もあり、時代を映す鏡としてその変遷を見ることができるようだ。
 展示は明治から大正、昭和、第二次世界大戦直後までの衣服を、実物やファッション誌などによって時系列にたどる。この間には日清・日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争、そして第二次世界大戦がある。すべての時期において衣服に同様の事象が見られたのではなく、国内事情、国際関係、戦況によって衣服の事情は変化してきた。第1室で最初に目に飛び込んでくるのは、大正中期から昭和初期につくられた日の丸を付けた戦闘機と飛行機雲をあしらった銘仙の女性用羽織だ。簡略化されたモダンなデザインと鮮やかな色彩が美しい。隣には、日英の旗を仲良く振る子どもたちの図案(日英同盟の頃のものと思われる)や、日章旗を掲げて行進する子どもたち(昭和10~15年頃)の男児着物、爆弾三勇士をモチーフにした女児着物(昭和7~10年頃)、提灯・花電車・日章旗とともにあしらわれたラッパを吹く兵士は木口小平か(女性用襦袢、昭和5~15年頃)。戦闘機と鉤十字があしらわれた男児着物(昭和12~15年頃)があったことにも驚かされる。こうした凝った図案の着物は富裕層向けの製品で、まだ戦況が逼迫する前の、趣味的に選ばれた品と推察される。第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦間期のヨーロッパでは女性の社会進出が見られたと同時にミリタリーテイストのファッションの流行があり、それが直接間接に日本のファッションにも影響したことが、実物や雑誌の表紙、記事などで示されている。
 戦中の衣服といえばもんぺや国民服が思い浮かぶが、そこに至るまでにはプロセスがある。物資節約のためのさまざまな取り組みやキャンペーンが行なわれ、スフ(ステープル・ファイバー)などの代用品の使用が奨励された。興味深い製品は絹製の子ども用シャツ。むしろ贅沢に思われるが、アメリカ向けに絹製品の輸出ができなくなったために生産された絹を国内で消費せざるをえなくなったのだという。昭和15年に制定された国民服に主導的な役割を果たしたのは、陸軍被服廠の外郭団体「被服協会」。講習会や展示会のほか、機関誌『被服』(昭和5~18年)を通じて教育指導を行なっていった。文化服装学院の教員たちもまた婦人標準服の普及に努め、講習会を行なっていたという。ただし、単に機能的、節約的であるだけではなく、そこにお洒落の要素を取り込む工夫がなされている点は婦人服ならではだろう。被服協会はアジア・ヨーロッパの民族衣装、アジア各地の市民の平常服を蒐集し『被服』で紹介していた。昭和20年で戦争が終結せず、アジアの植民地支配が続いていれば、これらの研究成果が利用されることになったのだろうか。
 戦後は物資が不足する一方で軍服を再生したり、放出された生地から洋服が仕立てられた。落下傘を解いて型染を施してつくられた女児の祝着など、とても興味深い資料だ。当時の落下傘には絹の羽二重地が用いられており、この着物には落下傘の継ぎ目を解いた跡が残っている。
 衣服に焦点を当てて明治から昭和、戦後までを通覧することで、総力戦へといたるもうひとつの道筋が見えてくる。戦中の暮らしを取り上げる展示は多いが、その姿もこのように長期にわたる歴史に位置づけることで相対化される。かといって、ことさら軍国主義、全体主義といった社会状況を強調することなく、資料によって丁寧に歴史を追った構成も好ましい。「戦争法案」が国会で審議されるこの頃、私たち自身が歩んできた歴史を読み直すために、見るべき展覧会のひとつだと思う。[新川徳彦]


ともに展示風景

2015/07/15(水)(SYNK)

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ルーヴル美術館展 日常を描く──風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄

会期:2015/06/16~2015/09/27

京都市美術館[京都府]

ルーヴル美術館所蔵の絵画のなかでも、16世紀から19世紀までの風俗画に焦点をあてた展覧会。クロード・ロラン、ブリューゲル、ミレー、ホガース、ヴァトー、ルーベンス、フラゴナール、コローなど、世に知られた画家たちの作品も少なからず出品されている。そして、本展の目玉はフェルメールの《天文学者》。2011年にBunkamuraザ・ミュージアムで開催された「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」が記憶に新しいが、その《地理学者》と対をなす一点である。初来日だそうだ。
「日常を描く」という副題に身構えることなく赴くと、会場入り口の解説によって、この展覧会の主題が絵画のジャンル論であることを知らされる。「風俗画」とは「日常の親密さや単純な感情を描いた」絵画で★1、絵画のなかでも比較的歴史が浅く軽視されてきたジャンルである。この「風俗画」の価値を問うことは、絵画表現の、芸術の意義を問うことでもあるわけだ。
風俗画のなかでも、17世紀オランダの風俗画はほかに先駆けて現われた特異な存在である。画家たちは「日常生活の題材、すなわち本質的に知的、文学的、歴史的要素のない出来事や逸話などを絵画化することを重視」し、「自身の作品に大いなる自律性を与えた」という★2。画家たちは、既存の文脈や価値観から離れ、自律する作品を目指したのである。例えば件のフェルメールの《天文学者》。ひとりの学者が思索にふける、ごくありふれた姿を描いたものだが、背後の壁面上の図像や人物の前に開かれた天文学の案内書、机上に置かれた最新型の天球儀など、一つひとつのモチーフを極めて精密に描くことで、科学者の研究にかける意志や意欲、さらには同時代の人々の科学への期待や関心までもが表わされている。なにより、窓から差し込む光とそれに映える衣服や布の青が明るく美しい。近年、日本ではフェルメールの人気が高まっている。もちろん、この人気は絵画におけるジャンル論とは無縁ではあろうが、当時の風俗画のなかで貫かれた、既存の価値観にとらわれない自由で開放的な精神性が多くの人々を魅了するのではないだろうか。[平光睦子]

★1──ヴァンサン・ポマレッド「『儚い世の美術』──16世紀から19世紀のヨーロッパの『風俗画』」(『ルーヴル美術館展 日常を描く──風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄』日本テレビ放送網、2015、13頁)。
★2──ヴァンサン・ポマレッド「『昔日の巨匠たち』と『新しい絵画』──19世紀フランスに置ける17世紀オランダ絵画の影響」(前掲書、48頁)。

2015/07/19(土)(SYNK)

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プレビュー:Art Court Frontier 2015 ♯13

会期:2015/08/01~2015/09/12

ARTCOURT Gallery[大阪府]

美術界の第一線で活躍するキュレーター、アーティスト、ジャーナリスト、批評家などが、出展アーティスト1名を推薦する形式で行なわれる年次展。13回目となる今年は、contact Gonzo(推薦者:安倍美香子/朝日新聞記者)、谷口嘉(推薦:以倉新/静岡市美術館学芸課長)、東畠孝子(推薦:豊永政史/デザイナー)、堀川すなお(推薦:吉岡恵美子/インディペンデント・キュレーター)の4組が出品。出展アーティスト数を敢えて例年の約半数に絞ることにより、展示スペースの制約を軽減し、よりダイナミックな展示が行なえるようになった。毎年レベルの高い展示が行なわれてきた同展だが、新方式の導入によるバージョンアップに期待が募る。

2015/07/20(月)(小吹隆文)

プレビュー:横尾忠則「続・Y字路」

会期:2015/08/08~2015/11/23

横尾忠則現代美術館[兵庫県]

2000年以降の横忠則の絵画作品を代表する「Y字路」。それは、彼が故郷・西脇を訪れた際に撮影した1枚の写真から始まった。写真には懐かしい風景が写っているはずなのに、郷愁から切り離された見知らぬ夜の風景にしか見えず、この経験を元に一切の私的要素を排した新たな絵画制作が始まったのだ。本展では横尾が2006年以降に制作した「Y字路」作品を中心に展覧。温泉地を巡ってゆかりのモチーフを詰め込んだ「温泉」シリーズ、全国各地の美術館での公開制作、闇夜のY字路を描いた実験的作品「黒いY字路」、Y字路をオーロラが包み込んでいく情景を描いた「オーロラ」という4系統を軸に展開される。近年の横尾の軌跡が窺える興味深い企画だ。

2015/07/20(月)(小吹隆文)

2015年08月01日号の
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