2018年04月15日号
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artscapeレビュー

2015年09月15日号のレビュー/プレビュー

太田順一『無常の菅原商店街』

発行所:ブレーンセンター

発行日:2015年8月6日

太田順一の『無常の菅原商店街』は、やや不思議な構成の写真集だ。1995年の阪神大震災の直後に、神戸市長田区の菅原商店街の焼け跡を「カメラを下に向けておがむように」撮影した写真群が前後にあり、それらに挟み込まれるように、故郷の奈良県大和郡山とその周辺地域を2011~14年に撮影した写真がおさめられているのだ。この配置にどんな意図があるのかについては、はっきりと記されていない。「あとがき」に、2007年に刊行した写真集『群集のまち』に書いた「私は戦争による空襲を知らない。だが阪神大震災のとき一面がれきの焼け野原を見た。その目からすれば[中略]洗濯物が広がるこの群衆の街が、今、突然消えたとしても、それはべつだん不思議なことではない」という文章を引用しているだけだ。
菅原商店街の「焼け野原」と、大和の「子どもだったときとは町の様相がすっかり変わってしまっている」やや疎遠な風景を重ね合わせる時に浮かび上がってくるのが、タイトルになっている「無常」という思いなのだろう。「季節はめぐり、ものはみな風景となっていく。私もまた」。初老の時期を迎えつつある日本人なら、誰もが抱くであろう感慨を、太田もまた淡々と受け入れ、気負うことなく撮影の行為に結びつけているように見える。落ち着いた色味で、細部までしっかりと気配りして撮影された大和の眺めを見続けていると、撮ることと考えることとが一体化した太田の営みが、柔らかさを保ちつつも揺るぎない強度に達していることがわかる。いい写真集だと思う。

2015/08/01(土)(飯沢耕太郎)

ボストン美術館『In the Wake 震災以後:日本の写真家がとらえた3.11』

発行所:青幻舎

発行日:2015年5月15日

「震災以後」の写真表現については、これまでさまざまな形で紹介され、論じられてきた。当然、日本の美術館においても、展覧会が企画されていい時期にきている。だが、今のところ畠山直哉(東京都写真美術館)や志賀理江子(せんだいメディアテーク)らの単発の企画以外では、畠山直哉と宮下マキが出品した「3・11とアーティスト:進行形の記録」(水戸芸術館現代美術センター、2012年10月13日~12月9日)くらいしか思いつかない。よくありがちなことだが、日本の美術館関係者が足踏みしている間に、アメリカのボストン美術館が「In the Wake 震災以後:日本の写真家がとらえた3.11」展(2015年4月5日~7月12日)を企画し、カタログを刊行した。本書はその日本語版である。
出品作家は新井卓、荒木経惟、川内倫子、川田喜久治、北島敬三、志賀理江子、瀬戸正人、武田慎平、田附勝、畠山直哉、潘逸舟、ホンマタカシ、三好耕三、横田大輔、米田知子の15名。「写真というメディアで作品を制作する日本の芸術家」たちをフィーチャーする展覧会の人選としては、ほぼ過不足のない顔ぶれといえるだろう。震災を間近で撮影し、作品化している者だけではなく、荒木経惟や横田大輔のように、被災地から遠く離れた場所で「変わってしまったであろう私の意識」(横田)を取り込もうとしている作家にまで、よく目配りが利いている。日本の現代写真家たちの仕事が、グローバルなアート・ネットワークの中にしっかりと流通しはじめていることのあらわれといえそうだ。
作家たちの多くは、直接の被害の状況だけではなく、「見えない」放射線の恐怖や被災者のメンタリティをいかに可視化するのかというむずかしい課題に取り組んでいる。そのことも、写真表現の新たな領域を切り開くものとして評価できる。ただ、いかにも美術館の展覧会という枠組みの中に作品がおさまってしまうと、何かが抜け落ちてしまうような気がしないでもない。もし、日本の美術館で同じような展覧会がおこなわれるとしたら、もっと地域性や個人性にこだわった、偏りのあるものになってもいいと思う。バランスのとれた展示は、むしろ震災の体験を均質化してしまうのではないかと思うからだ。
一つ気になったのは「震災以後」という日本語版のタイトルである。「In the Wake」という原題は、「震災の最中」つまり震災がまだ続いているというニュアンスを含むのではないかと思うが、「震災以後」だと既に終わってしまったというふうに受け取られかねない。

2015/08/01(土)(飯沢耕太郎)

おいしいおかしいおしばい「わかったさんのクッキー」

会期:2015/07/23~2015/08/02

KAAT 神奈川芸術劇場[神奈川県]

岡田利規×金氏徹平「わかったさんのクッキー」@KAAT。夏休みのキッズ・プログラムなので、1時間くらいのコンパクトな内容だった。前半がクリーニングの配達、後半がロッククッキーづくりとなる。物語後半の展開はえらく遅くなるが、金氏の作風と通じる、多くのモノを組み合わせたにぎやかな舞台美術が、街であり、食べ物であり、さまざまに読み替え可能な別のモノに変化していく関係性が興味深い。

2015/08/01(土)(五十嵐太郎)

進撃の巨人 ATTACK ON TITAN 前編

実写版の『進撃の巨人』を見る。登場人物や舞台など、話題になった諸々の設定変更は、そもそも原作の物語構造がほかの状況でも通じる神話的な普遍性をもっているし、日本で実写の映画を制作するなら、これでもよかったと思う。中世ヨーロッパ風の街並みにこだわっていたら、むしろ悲惨な結果を招いたかもしれない。冒頭20分くらいまでのたたみかける特撮や、軍艦島を活用したシーンも悪くない。が、肝心の立体機動シーン、そして人物の造形、会話、行動はあまり感心しなかった。原作と違うからではなく、人間が描けていないからである。

2015/08/01(土)(五十嵐太郎)

林忠彦「カストリ時代 1946-56 & AMERICA 1955」

会期:2015/07/27~2015/08/25

キヤノンオープンギャラリー1、2[東京都]

東京・品川のキヤノンSタワーに新しいスペースが誕生した。そのオープンギャラリー1、2のお披露目を兼ねて開催されたのが林忠彦展である。代表作の「カストリ時代」と、これまでまとまった形では公開されてこなかった「AMERICA」の2部構成の展示は、そのオープニング企画としてふさわしいものといえるだろう。
林忠彦は、1955年7月にミスユニバース・コンテストの世界大会を取材するためにアメリカに飛んだ。カリフォルニア州ロングビーチでコンテストの様子を撮影したあと、2週間ほどニューヨークに滞在し、ロサンゼルス、ハワイを経て8月末に帰国した。約50日間の滞在でフィルム150本を撮り尽くしたという。林は敗戦直後の「焼け跡・闇市」の時代の世相を活写したスナップ写真群や、1948年から『小説新潮』に連載した「文士」シリーズで、一躍人気ナンバーワンの写真家になる。だが、1950年代になると、ワイドレンズの多用とやや演出過多の写真撮影に対してマンネリ気味という批判の声も聞こえはじめていた。言葉の通じないアメリカで、被写体と直接対峙するスナップ写真を撮り続けることは、その意味で彼にとって原点回帰の試みだったのではないだろうか。残された写真群には、抑えきれない撮ることの歓びがあふれ出ているように見える。
ただ、ちょうど同時期に『アメリカ人』(The Americans, 1959)の撮影を開始していたロバート・フランクの仕事と比べるまでもなく、50日という滞在期間はあまりにも短すぎた。林自身もそのことは充分承知していて、「皿洗いをしてもいいから、もう一度アメリカを撮りたい」と語っているが、残念ながらそれは実現しなかった。とはいえ、1940~50年代の復興期の日本と、黄金時代を謳歌していた1955年のアメリカを対比させる本展は、「戦後70周年」を思いがけない角度から照らし出す好企画だと思う。なお、展覧会にあわせて、徳間書店から写真集『AMERICA 1955』が刊行されている。

2015/08/02(日)(飯沢耕太郎)

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