2018年10月15日号
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artscapeレビュー

2016年02月15日号のレビュー/プレビュー

梅津庸一個展「ラムからマトン」

会期:2016/11/20~2016/01/11

ナディッフギャラリー[東京都]

ギャラリーの中央にベッドが置かれ、上に衣服が被せられている。その端から頭髪がはみ出しているが、ホンモノではなさそうだ(以前、展覧会場で作品とともに寝泊まりしたことがあるので一瞬本人かと疑った)。サイドテーブルにはペットボトルや食べかけのお菓子が散乱し、黒く塗った壁には大作が1点と小品が7点。壁の隅には「真珠湾攻撃部隊一覧」として隊員名簿が張り出されている。センスのよい投げやりなインスタレーションだ。タイトルの「ラムからマトン」というのは、デビュー10年、子羊のラムから成熟したマトンに肉質が変わったということらしいが、10年やそこらで成熟してほしくないなあ。

2016/01/11(月)(村田真)

坂上チユキ展「陽性転移 第一章:中国趣味」

会期:2016/01/09~2016/02/07

MEM[東京都]

坂上は青を基調とする絵具やインクで極細の点描画を制作している画家。いわゆるアウトサイダー・アートの特徴を備えつつ、美術界でも高い評価を得ている。点で描くのは原始生物を思わせる有機的な抽象的パターンだが、今回は唐の時代の逸話をテーマにしているらしく、漢字のような形象も現われている。作家自身による略歴には「約5億9000万年前プレカンブリアの海にて生を授かる」で始まり、「4億3800万年前大気上層でオゾン層がつくられ、大気が安定した頃の海の青と空の青、これ即ちCeruleanならぬSilurian Blue。この青は未だ脳裏に鮮明に残っている」との記述があり、これが青を使う理由らしい。

2016/01/11(月)(村田真)

フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展

会期:2016/01/14~2016/03/31

森アーツセンターギャラリー[東京都]

フェルメールとレンブラントを中心とする17世紀オランダ絵画展。展示は風景画、建築画、海洋画、静物画、風俗画などジャンル別のオーソドックスな構成で、最後のほうにフェルメールの《水差しを持つ女》とレンブラントの《ベローナ》が登場する。このふたりの作品はこの2点だけだが、こうして順を追って見ていくと、このふたりが同時代の画家のなかでもいかに卓越していたかがよくわかる。とりわけフェルメールは時代すら超越する異次元の奇跡のようなものだ、といえば大げさか。ところでこの展覧会、京都市美術館で立ち上がったのはいいけれど、東京はなんでマンガ展ばっかりやってるような会場でやるんだろう。曲がりなりにもオールドマスターズなのに。しかもこの後、東日本大震災復興事業として福島に巡回するというから変わってる。変わってるといえばカタログも少し変わってる。同展は世界中の美術館や個人から借り集めた作品で成り立っているが、目玉のフェルメールとレンブラントはどちらもメトロポリタン美術館所蔵。変わってるのは、カタログの最初の論文が、同展実現に尽力したメトロポリタン美術館のオランダ・フランドル美術専門の学芸員、ウォルター・リートケの追悼文に当てられていることだ(彼は1年前の2015年2月3日、ニューヨークの地下鉄事故で死去)。本来なら彼の論文が最初に載るはずだったのに、それが不可能になったので追悼文を掲載したのかもしれないが、異例のことだ。しかもその追悼文を書いてるのが、彼のライバルともいうべきワシントン・ナショナルギャラリー学芸員で、フェルメール研究でも知られるアーサー・ウィーロックなのだ。もうひとつ、カタログには「ロンドン・ナショナル・ギャラリー略史とそのオランダ絵画コレクション」なる論文が載ってるが、ナショナル・ギャラリーからは目玉でもない3点の作品しか出されていない。なんかチグハグな印象を受ける。

2016/01/13(水)(村田真)

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川田喜久治「Last Things」

会期:2016/01/08~2016/03/05

PGI[東京都]

川田喜久治は2000年代以降、以前にも増して精力的に作品を制作し、発表し続けている。2002~2010年の写真は「World’s End(世界の果て)」、2011~2012年の写真は「2011──Phenomena(現象)」というタイトルでまとめられ、それぞれフォト・ギャラリー・インターナショナル(現PGI)で展示された。そしてその「最後の項」として提示されたのが、今回の「Last Things(最後のものたち)」のシリーズである。
目の前の事象を「滅び」の相の下に捉えていく視点は、最初の写真集である『地図』(美術出版社、1965)以来一貫している。だが、そのメランコリックで瞑想的なイメージの強度は、近作になればなるほどより増してきているようにも感じる。川田は1933年生まれなので、80歳を越えてから、なお新作を次々に発表しているわけで、その創作意欲の高まりは特筆すべきものといえるだろう。
2000年以降の3シリーズを比較すると、微妙な変化も生まれてきている。今回の「Last Things」は、デジタル画像の加工や合成のテクニックがやや過剰なほどに使われていた前作と違って、ストレート写真への回帰が目につく。それだけではなく、天体現象と地上の現実を対比させる導入部は旧作の「The Last Cosmology」(1996)を思わせるし、「気まぐれ Los Caprichos」(1972~75)や『ルードヴィヒII世の城』(朝日ソノラマ、1979)につながる写真もある。つまり「Last Things」には、どことなく彼の写真家としての軌跡を辿り直しているような趣があるのだ。
今回の発表で三部作の一応の区切りはついたようだが、川田自身はこれで終わりという考えは毛頭ないようだ。さらに次のステップへとたゆみなく歩みを進めていく、そんな覚悟が充分にうかがえる意欲的な展示だった。

2016/01/15(金)(飯沢耕太郎)

ボッティチェリ展

会期:2016/01/16~2016/04/03

東京都美術館[東京都]

去年Bunkamuraで「ボッティチェリとルネサンス展」をやったばかりなのに、またかよ。でも去年の展覧会がボッティチェリの紹介より、画家の活躍を支えていたフィレンツェという都市の経済や文化の紹介に重きを置いていたのに、今回は周辺の画家たちの作品も展示されるとはいえ、基本ボッティチェリの展覧会になっている。ボッティチェリといえば聖母子像がよく知られ、今回も何点か出ているが、なかでも《聖母子(書物の聖母)》と《聖母子と洗礼者聖ヨハネ》は、ほとんど死んだような聖母マリアの表情といい、いまだ中世を思わせる装飾的な背景といい、とても美しい。メディチ家3代の肖像に画家の自画像も入った有名な《ラーマ家の東方三博士の礼拝》は、30人を超す群像表現なので大作だと思い込んでいたが、縦1メートル強と意外に小さい。これもよく画集などで見かける《書斎の聖アウグスティヌス》は、もともと教会の壁に描かれたフレスコ画を切り取ったもの。運ぶのが大変そうだ。古代ギリシャの伝説の画家アペレスの失われた作品を復元しようとしたのが《アペレスの誹謗(ラ・カルンニア)》だが、前景の人物(誹謗、不正、無知などの擬人像らしい)がなにを意味しているのかわからないうえ、背景の細かい浮き彫り彫刻ばかりが目につき、違和感テンコ盛り。《磔刑のキリスト》は十字形に切り抜いた板にキリストを描く試みで、「シェイプト板絵」か。ほかにも画家の師であるフィリッポ・リッピ、ポッライオーロ、ヴェロッキオらの作品もあって、けっこうお腹いっぱい。

2016/01/15(金)(村田真)

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