2018年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

2016年07月15日号のレビュー/プレビュー

《坂の上の雲ミュージアム》ほか

[愛媛県]

竣工:2006年

以前、長谷川逸子の《ミウラート》や安藤忠男の光明寺を仕事でピンポイントで訪れただけだったので、今回はゆっくりと松山市を散策した。木子七郎による《萬翠荘》(1922)は、アール・ヌーヴォーのテイストを入れたフランス風のRC造の洋館である。室内は地元の作家の展示にも活用されていた。ただし、建築の説明文は難ありで、なんとかしてほしい。
坂を下ると、安藤忠雄による《坂の上の雲ミュージアム》だ。三角形プランの外周をめぐりながら、展示や《萬翠荘》の眺望を楽しみ、最後は中央の吹抜けを一直掩に貫くコンクリートの階段を降りて帰る。展示では、明治時代の熱い自由民権運動を紹介していたが、平成のいまでさえ、そうした基本的な考え方が浸透しているのかと不安になった。まるで、多くの人たちは景気さえ良ければ、国に対する自由も権利もいらないかのようだ。
なお、《坂の上の雲ミュージアム》の背後に、長谷川逸子による《菅井内科》がちらりと見える。これは鋭角が多用される安藤建築とは対照的に、カラフルで波打つファサードになっており、両者の対比も興味深い。

写真:左=上から、菅井内科、《坂の上の雲ミュージアム》、《萬翠荘》 右=上から2つ《坂の上の雲ミュージアム》、《萬翠荘》

2016/06/19(日)(五十嵐太郎)

木子七郎《愛媛県庁舎》

[愛媛県]

竣工:1929年

クライン・ダイサム・アーキテクツによる《ラフォーレ原宿・松山》(すごい名前!)はすでに閉店したとは聞いていたが、敷地を訪れると、建物もなくなっており、別の施設が建っていた。商業施設ゆえの短命である。しかし、市電から不意に視界に入るドームをいただく巨大な《愛媛県庁舎》(1929)は、現代の都市に突如出現した様式建築のように見え、不意をつかれて驚く。これも《萬翠荘》を担当した木子七郎による設計だ。

2016/06/19(日)(五十嵐太郎)

大谷弘明/日建設計《愛媛県美術館》

[愛媛県]

竣工:1998年

大谷弘明/日建設計による、《愛媛県美術館》へ。丸みを帯びた展示室のヴォリューム群を太い柱で持ち上げ、それらを連結しつつ、ガラスで包む。震災前に東京で見たジブリのレイアウト展がちょうど巡回しており、超満員だった。ピクサー展と比較して、日本アニメの手による技や、天才型の作品制作がわかる。それにしても、ジブリの展示を訪れた100人に1人も、常設には流れていないというくらいのガラガラで残念である。せっかくジブリを契機に、美術館に足を運んだのだから、ここでつながらないともったいない。

写真:左=上から2つ《愛媛県美術館》 右=上から、《愛媛県美術館》、ジブリのレイアウト展

2016/06/19(日)(五十嵐太郎)

中村好文《伊丹十三記念館》

[愛媛県]

竣工:2007年

黒い焼杉による外壁が印象的な《伊丹十三記念館》へ。中村好文らしい落ち着いた、品のある上質の空間であり、中庭を囲む小さい建築だ。なお、展示デザインも中村が担当し、細やかさが感じられる。また伊丹の愛車を入れた別棟の小屋も、中村らしさがある。伊丹はマルチに活躍した人物だったが、まだまだ彼の知らない側面をいろいろと発見できる展示である。彼が映画を鑑賞しながら製作したメモが興味深い。この建物のすぐ近くに、伊東豊雄による《松山ITMビル》が建っていた。

写真:左=上から2つ《伊丹十三記念館》 右=上から、《伊丹十三記念館》、《松山ITMビル》

2016/06/19(日)(五十嵐太郎)

丹下健三/丹下健三計画研究室《愛媛県県民文化会館》

[愛媛県]

竣工:1985年

都心に戻って、丹下健三の《愛媛県県民文化会館》へ。前面の大きな広場と突き出すヴォリュームは、屋内のホールや施設の構成と響き合い、建築を都市スケールで展開する壮大なデザインの意図は理解できるが、まわりがあまりに殺風景なので、周囲との関係をつくるのが難しい敷地だ。ひとり相撲に陥っている。今治の丹下建築だと、ヒューマンなスケールとサイズなのだが、こちらは巨大過ぎるかもしれない。

2016/06/19(日)(五十嵐太郎)

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