2018年07月15日号
次回8月1日更新予定

artscapeレビュー

2016年08月15日号のレビュー/プレビュー

陶器浩一、大西麻貴+百田有希/o+h、永井拓生、高橋工業《さとうみステーション》ほか

[宮城県]

竣工:2013年

大西麻貴+百田有希の《さとうみステーション》へ。大胆な曲線が立面に展開し、道路からもすぐにわかる強い視認性をもった形態である。こちらも日曜で休みだったが、内部はよく見える。6mmの鋼板を曲げた大小のアーチを複数組み合わせながら、建築空間をつくる。手すりなどの細部はかわいらしい。構造は陶器浩一、施工は被災した気仙沼の高橋工業である。すぐ近くには、チャオ・ヤン、妹島和世、渡瀬正記らによる気仙沼大谷のみんなの家と、陶器浩一研による竹や土を使った《竹の会所》が建てられていた。いずれも海に面しており、よく使われているようだった。くまもとアートポリスのように建築家物件が点在するが、3.11後の被災地は小さく明快でシンプルな作品が多く、必ずしも公共建築ではなく、独自にファンドレイジングしているケースも少なくない。

写真:左上2枚=《さとうみステーション》 左下・右上=《気仙沼大谷のみんなの家》 右中上=《浜の会所》 右下2枚=《竹の会所》

2016/07/17(日)(五十嵐太郎)

手塚建築研究所《あさひ幼稚園》ほか

[宮城県]

竣工:2012年

南三陸では、手塚建築研究所による《あさひ幼稚園》を探した。移築だろうか、復興ニュータウンの入口にあたる高い場所に建つ。そして久しぶりに防災庁舎に向かうと、場所がわからない。ここも巨大なマスタバ群で完全な異世界に変貌している。ようやく土の山のあいだにちょこんと残る目的地を発見したが、被災後に風景があまりに変わったことに改めて衝撃を受ける。

写真:上から、《あさひ幼稚園》、防災庁舎

2016/07/17(日)(五十嵐太郎)

ガラスと土の造形

会期:2016/07/02~2016/09/25

遠山記念館[埼玉県]

「竹岡雄二展」を見るため川越からバスに乗り、牛ヶ谷戸というネーミングからして田舎なバス停で降り、周囲は田園なので日差しをさえぎるものもない炎天下、田んぼのなかをとぼとぼ途中2度ほど道を間違えながら、また同好の士と合流しつつ30分ほど歩いて遠山記念館に到着。そういえば前に来たときはタクシーだったな。同館は美術館とお屋敷に分かれていて、まず美術館を見てから遠山邸内の竹岡作品を鑑賞という順路になっているのだが、これは結果的に好都合だった。汗びっしょりだったので、クーラーの効いた美術館内は天国じゃ。さすがに1930年代に建てられた純和風の屋敷のほうにはクーラーは期待できないからな。美術館では「ガラスと土の造形」を開催中で、中東からヨーロッパ、南米、中国、日本までの陶器、ガラス器、モザイク画などを展示していたが、思考停止のまましばらく身体を冷却してから出た。

2016/07/18(月)(村田真)

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竹岡雄二 台座から空間へ

会期:2016/07/09~2016/09/04

遠山記念館[埼玉県]

本命の竹岡雄二作品は、広大な、というより廊下で細長くつながった屋敷内5カ所と庭に1点、置かれている。土間にガラスの容器で覆われた金属板、正方形の和室に白い立方体、縁側にブロンズ板の両端を内側に湾曲させた台座、庭に高さ130センチほどの石柱、などだ。20世紀に彫刻から台座が失われた理由は、作品自体が抽象化して台座との差異化がつかなくなったことのほかに、彫刻作品が美術館で鑑賞されるようになったからでもある。もともと台座は現実空間と彫刻とのあいだのクッションの役割を果たしていたが、美術館のとりわけホワイトキューブの展示室は、それ自体が現実空間とは隔絶した台座の役割を果たすからだ。だから美術館で見た竹岡の「台座」は、一種のミニマル彫刻として立ち現われたのだ。では、もう人が住んでいないとはいえ、この現実空間の屋敷内に置かれた「台座彫刻」はどのように見えただろう。意外なことに(いや当然のように、というべきか)美術館以上に作品としての存在感を主張するように感じられたのだ。それはおそらく空間的に開けた和風建築だからかもしれない。これが隙間のない密閉された洋風建築だったらまた違う印象を与えたはずだ。いやあ苦労して見にきてよかった。

2016/07/18(月)(村田真)

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吉増剛造「瞬間のエクリチュール」

会期:2016/07/01~2016/08/07

NADiff Gallery[東京都]

吉増剛造の写真表現がもっとも精彩を放つのは、むしろポラロイド写真かもしれない。『アサヒグラフ』に2000年初頭から37回にわたって連載された「瞬間のエクリチュール─吉増剛造ポラロイド日記」は、彼が日記のように撮影したポラロイド写真の表面および裏面に、白、銀、金などの細いペンでびっしりと言葉を書き連ねた連作だった。この「詩作品としてのポラロイド写真」には、ほとんど推敲もなしに、即興的な「生の言葉」が記されている。その自動記述を思わせるスタイルは、画像をほぼコントロールすることができないポラロイド写真に似つかわしいものといえるだろう。元来、吉増の写真は多重露光などによって、何ものかを呼び込むことをもくろんでおり、この「瞬間のエクリチュール」はその志向をほぼ極限近くまで追求した作品群といえる。
この時期、吉増はアリゾナ、フランス各地、石狩、花巻、奄美大島、沖縄などに移動を重ねていた。その旅の途上の、浮遊感を伴う身体と精神のありようが、ポラロイドの画像にも文章にも浸透している。特徴的なのは、ネイティブ・アメリカンのホピ族が儀式に使うカチーナドールが頻繁に登場すること。このカチーナドールは、まさに偶然を必然に変換する護符、彼方へと差し出された依り代といえるのではないだろうか。
今回の展示は、1999~2000年に制作されたポラロイド作品74点を、ほぼそのままの質感で再現して箱におさめた写真集『瞬間のエクリチュール』(edition.nord)の出版記念展である。写真集のデザインも担当した秋山伸が会場を構成している。なお写真集は通常版(初版300部)のほかに、直筆カリグラフィー(透明板)付きの特別版(限定30部)も刊行された。

2016/07/18(月)(飯沢耕太郎)

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