2018年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

2016年08月15日号のレビュー/プレビュー

建築倉庫

[東京都]

新しくオープンした建築倉庫@天王洲アイルは、建築模型専用の収蔵庫を開放する試みである。実際、展示空間として歩くルートの幅や鑑賞のための引きがゆったり確保されているわけではなく、保存棚の隙間を歩くような感じで、コンセプトどおりの場だった。坂茂、隈研吾、名和晃平のSANDWICHらの模型を収蔵しており、これからも量は増えていく予定だ。僕の世代だと、香山壽夫らの模型に80年代の懐かしさを感じるなど、各時代の変遷を楽しんだり、学生だと模型制作のネタとして鑑賞できるだろう。

2016/07/02(土)(五十嵐太郎)

アルバレス・ブラボ写真展 ─メキシコ、静かなる光と時

会期:2016/07/02~2016/08/28

世田谷美術館[東京都]

期待にたがわぬ素晴らしい展示だった。このところ立て続けに紹介されているラテン・アメリカの写真家たちのなかでも、マヌエル・アルバレス・ブラボ(1902~2002)の回顧展は特別な意味を持つ。作品のクオリティの高さ、多様性、持続力、どれをとっても世界的なレベルで通用する大写真家であることが、まざまざと見えてくるからだ。192点という点数もさることながら、年代順に章を区切って代表作を並べるというむずかしいキュレーション(担当=塚田美紀)を、きちんと実現できたのはとてもよかったと思う。
とはいえ、ブラボの作品はメキシコやラテン・アメリカ写真の文脈にはおさまりきれないところがある。むろん彼は初期から、メキシコの広大な大地、遺跡、独特の風貌のインディオたちや彼らの生活ぶりをカメラにおさめており、メキシコ・シティの活気あふれる路上のスナップもある。だが、それらはブラボの写真世界の中心に位置を占めているのではなく、むしろごくプライヴェートな場面、身近な人物たちの写真が、彼にとっては重要な意味を持っていたのではないかと思える。しかも、それらの写真の基調になっているのは「静けさと詩情」であり、喧騒に満ちたエネルギッシュなメキシコの現実は、写真の背後に退いているのだ。
晩年の80歳代で制作された「内なる庭」(1995~97)が典型的だろう。このシリーズは、メキシコ・シティのコヨアカンの自宅の庭を、淡々と縦位置で写しとめたものだ。壁に落ちる植物の影、波打つカーテンなど、ひっそりとした事物のたたずまいを静かに見つめているのだが、そこには目に見えない精霊たちと戯れているような気配が色濃く漂っている。このような内省的(瞑想的)な眼差しのあり方こそが、ブラボの写真を特徴付けているのではないだろうか。驚くほど多様な被写体を扱いながら、そこには明確にブラボの物の見方が貫かれているのだ。
それにしても、メキシコ(ラテン・アメリカ)の写真はじつに面白い。ぜひどこかの美術館で、その全体像を概観する展覧会を企画してほしいものだ。

2016/07/03(日)(飯沢耕太郎)

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メアリー・カサット展

会期:2016/06/25~2016/09/11

横浜美術館[神奈川県]

日本で初の展覧会ではないのだが、個人的に彼女の名前を知ったのは、20年ほど前、シカゴ万博や女性建築家論を書くために調べものをしていたときだったので感慨深い。カサットはアメリカ人の裕福な家に生まれたが、絵の勉強のために渡航して以降はほぼパリで暮らしていた。こうして作品をまとめて見ると、印象派の作風は、母子像を含む日常生活を切りとる題材とも相性がよい。また展示では、浮世絵のデザイン的な構成が彼女に与えた影響も紹介していた。

2016/07/03(日)(五十嵐太郎)

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Noism劇的舞踊Vol.3「ラ・バヤデール─幻の国」

会期:2016/07/01~2016/07/03

KATT神奈川芸術劇場[神奈川県]

NOISM「ラ・バヤデール」@KAAT。平田オリザが参加したことによって、満州を想起させる政治的な設定が与えられたことよりも、イッセイ・ミヤケの衣装、各民族を表現する色彩、力強いカルメンに続く田根剛の空間デザイン(柱群のフォーメーションが変化することで場面の変化を表現し、最後は傾けて廃墟感を演出したり、舞台の左右でクロスする橋掛りを設けた)などの審美的な印象が残った。特に後半のアヘンによる幻想的な集団舞踏の場面が息をのむような美しさで、圧巻である。

2016/07/03(日)(五十嵐太郎)

浅田政志写真展「ほぼ家族。」

会期:2016/06/18~2016/08/04

入江泰吉記念奈良市写真美術館[奈良県]

昨年、写真家の百々俊二が館長になってから、奈良市写真美術館のラインナップが大幅に変わってきた。もともと入江泰吉の作品を中心に展示してきたのだが、大胆な内容の写真展を次々に開催するようになった。今回の浅田政志「ほぼ家族。」展(入江泰吉「まほろばの夏」展と併催)も、意表をついたいい企画だった。
浅田は2009年に自分自身を含む家族のパフォーマンスの記録、『浅田家』(赤々舎、2008)で木村伊兵衛写真賞を受賞してデビューする。その時点で、たしかに面白い写真には違いないが、写真家としてこの先どんな風にキャリアを伸ばしていくのかが心配ではあった。いわゆる「一発屋」ではないかと危惧していたのだ。ところが、彼はその後も次々に新しいプロジェクトを実行し、精力的に自分の作品世界を拡大しつつある。今回の展覧会では、2000年にスタートして、現在も撮り続けているという「浅田家」をはじめとして、「NEW LIFE」、「八戸レビュウ」、「アルバムのチカラ」、「卒業写真の宿題」、そして近作の「みんなで南三陸」といったシリーズが、盛りだくさんに並んでいた。
浅田の写真の特徴は、徹底して「記念写真」にこだわり続けていることだろう。「記念写真」は19世紀以来、写真撮影のもっとも基本的なあり方として機能してきたのだが、当事者(撮り手とモデル)にとっては重要な意味を持っていても、第三者にとっては、関係のない写真と見なされてきた。浅田の写真がユニークなのは、「記念写真」を風通しよく万人に開いていることである。綿密な打ち合わせによって「どう撮るのか」を決め、細やかな気配りで写真家とモデルとの共同作業を進めていくことで、彼の写真には観客を巻き込んでいくパワーが宿ってくる。特に東日本大震災を乗り越えていこうとする人たちを対象にした「アルバムの力」や「みんなで南三陸」を見ると、彼らを親密な「擬似家族」として撮影していく「記念写真」のスタイルが、とても有効に働いていることがわかる。

2016/07/07(木)(飯沢耕太郎)

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2016年08月15日号の
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