2018年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

2016年08月15日号のレビュー/プレビュー

新正卓「OROgraphy─ARAMASA Taku HORIZON」

会期:2016/07/06~2016/07/19

銀座ニコンサロン[東京都]

新正卓は、南米の日系移民を撮影した『遥かなる祖国』(朝日新聞社、1985、第5回土門拳賞受賞)や、日系人収容キャンプの記憶を辿った『約束の大地/アメリカ』(みすず書房、2000)など、ドキュメンタリーの秀作で知られる。だが、2007年に武蔵野美術大学教授を退官し、奈良に住み始めた頃から、外に向いていた眼差しを反転させ、内なる精神世界を探求し始めている。今回、銀座ニコンサロンで展示された「HORIZON」(20点)のシリーズは、2006年の退官記念展(武蔵野美術大学)で発表された「黙示」の延長上にある作品だが、その構想は「当初のプランを大きくはみ出し」て、より広がりと深みを増してきた。
写されているのは、植物(花)とその背後に広がる水平線だが、撮影場所は日本各地の海に面した崖である。つまり、その視線の先にあるのは見えない国境線ということになる。その茫漠とした眺めを強調するかのように、今回のシリーズは「OROgraphy」という特殊な技法で制作されている。19世紀から20世紀初頭に、滅びゆくネイティブ・アメリカンを撮影したエドワード・カーティスの「金泥を用いたガラス・プレート陽画」に倣って、画像の組成に金を加えてデジタル加工しているのだという。それだけではなく、一部の作品はピンホールカメラで撮影されている。つまり現実の風景を、さまざまな手法で魔術的に変換することがもくろまれているのだが、その狙いは成功と失敗が相半ばしているのではないだろうか。植物の猛々しい生命力はよく写り込んでいるのだが、それぞれの場所の固有の表情が、どれも均一なものに見えてくるのが、どうしても気になるのだ。
このシリーズは、まだこの先も変容し続けていきそうだ。その行方を見続けていきたい。

2016/07/15(金)(飯沢耕太郎)

宇山聡範「Ver.」

会期:2016/07/05~2016/07/16

The Third Gallery Aya[大阪府]

写真家の宇山聡範はこれまで、ビジネスホテルの室内を細密に写し取った「after a stay」、ビジネスホテルの窓から見える風景を四角い画中画のように切り取った「through a window」といったシリーズにおいて、普段とりたてて凝視されることのない光景を、限定された視点から写真的視覚として置換する試みを行なってきた。「after a stay」では、カーテンの襞やシーツの皺、壁紙の模様や凸凹といった表面の微細な起伏が注視されるとともに、室内空間が幾何学的な構図で切り取られ、写真によって平面性へと還元される。また、「through a window」では、室内の窓から外の風景を切り取るというシンプルな行為のうちに、「写真」への自己言及が何重にも胚胎する。暗い室内に開いた明るい窓によって切り取られた光景は、写真の起源のひとつとしての「カメラ・オブスキュラ」やフレームという視覚的制度への言及であるとともに、手前の桟やガラスに貼られたシールが黒い影として写されることで、レイヤー構造や空間的奥行きの圧縮としての写真が示される。
今回の個展「Ver.」では、火山の噴火などの地殻変動が生み出した地形が撮影されている。室内の光景から、窓越しの風景へと向かった眼差しが、「窓」の外へ出て風景と直接対峙するという導線を描くこともできるだろう。写されているのは、硫黄の噴出の跡が残る荒々しい岩肌や火山湖などだ。だが写真家の視線は、全景を視野に収めて視覚的充足を満たすのでもなく、岩肌のディティールに寄るのでもない。風景に対峙してはいるが、パノラマとして把握できる一望的な風景と、「モノ」として見ようとする視線のあいだで不安定に揺れ動いている(「空」が一切写されていないことも、全体像の把握を妨げる)。
宇山によれば、これらの撮影場所は、「地獄谷」といった架空のイメージや物語を貼り付けて眼差しを向けられてきた。だがそうした物語性は、風景への「解釈(version)」に過ぎず、キャプションの補足がなければ写真に写ることはない。ピントの操作による遠近感の撹乱、距離感の圧縮、平面性への還元・抽象化。物語性の剥奪は、写真的視覚への変換(convert)であり、それは同一性ではなく、つねに異なる場所を占めるもの(variation)として回帰する。

2016/07/16(土)(高嶋慈)

岩手県各所

[岩手県]

竣工:2012年

岩手県をまわる。各地の仮設住居や仮設商店街では、かなり役割を終え、空きが目立つところも散見される。久しぶりの田老町を訪れた。かつて街だったところに野球場が建ち、なるほど防潮堤の描くカーブに輪郭がうまく沿ってはいるが、以前は建物が建っていたことを知っていると、かなりシュールな風景だ。隣に立命館大の宗本研によるサッカーボール型の《ODENSE》が建つ。また近くでコンビニを建設中だった。そして海に散らばっていた、破壊された防潮堤のコンクリートの塊は消えている。建築としては柵に囲まれたたろう観光ホテルだけが震災遺構として、被災の痕跡を示す。もっとも、どこをどう補強して、公開しているのかが、わかりにくい。なお、近くの漁業協同組合に見覚えがあり、2011年に撮った写真を調べると、そのときと同じものが存在していた。つまり、あの津波に耐え、現在普通に使われているのだ。すごいと思うのだが、全然知られていないように思う。

写真:左=上から、仮設商店街、野球場、たろう観光ホテル 右=上から、《ODENSE》、漁業協同組合

2016/07/16(土)(五十嵐太郎)

宮古市の市役所周辺

[岩手県]

宮古市の市役所周辺へ。もう通常の様子だが、現地を訪れると、ここで前に見た風景を思い出す。やはり、一度でも現場でモノと対峙してると、データや写真ではわからない=代替できない全方位的なスケール感や空間の感覚が身体に残っている。点在している空き地は、おそらく建物が被災し、取り壊された跡だろう。

2016/07/16(土)(五十嵐太郎)

宮古市崎山貝塚縄文の森ミュージアム

[岩手県]

宮古の付近で、ちょうど崎山貝塚縄文の森ミュージアムのオープンの日に通りかかる。大きな屋根や蛇籠が目立ち、アトリエノルドの設計のようだ。埋蔵文化財センターのエリアが多いせいか、外観ほど展示スペースは大きくない。巻貝型土器など、展示物は面白い。屋外の公園には復元竪穴式住居などがある。

2016/07/16(土)(五十嵐太郎)

2016年08月15日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ