2018年04月15日号
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artscapeレビュー

2016年09月01日号のレビュー/プレビュー

ディズニープリンセスとアナと雪の女王展

会期:2016/07/16~2016/08/15

大丸ミュージアム<梅田>[大阪府]

ウォルト・ディズニーは、1937年に初めて長編アニメーション「白雪姫」を誕生させ、王子様と結ばれ幸福を掴む、一連のプリンセス像を創出した。本展は、「白雪姫・シンデレラ・眠れる森の美女・リトル・マーメイド・美女と野獣・アラジン・塔の上のラプンツェル・アナと雪の女王」の歴代プリンセス9人を取り上げて、ディズニー・アーカイヴの所蔵するコレクションからセル画・模型・フィギュア、実写版映画の衣装等を展示するもの。
ウォルト・ディズニー・カンパニーが生み出した、原作の童話とは異なる一定の「ヒロイン」像は戦後以降、全世界に広まって、テーマパーク・実写映画・ミュージカルへの展開も通じ、不動の地位を築いたといえよう。ディズニー・プリンセスのキャラクター造形をジェンダー問題からみるならば、作り手/男性の視点のみを反映した初期作品から、時代の変遷とともに新たな諸価値も取り入れられつつあることもわかる。言うなれば、保守的な価値観や秩序に従順なヒロインから、自ら運命を切り開こうとするポジティブな意思をもった女性像への転換である。加えて「アラジン」のジャスミンは肌の色が褐色であることから、国際化の進むなかで、昨今のディズニー映画がダイバーシティにも配慮している様子も窺える。通覧中、ディズニーが再生産し続ける少女にとっての「夢」の社会的影響と普遍性について思いを馳せつつ、展示の最終部「アナ雪」の映像シアターへ突入。ここに至って、手書きのセル画から3Dコンピューターアニメーションへの技術発展に関して、時代の大きな変化を実感した。[竹内有子]

2016/08/14(日)(SYNK)

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羽永光利アーカイブ展

会期:2016/07/23~2016/08/20

AOYAMA|MEGURO[東京都]

写真家・羽永光利(1933-1999)の写真アーカイヴを見せる展覧会。前衛芸術、舞踏、演劇、世相というテーマに整理された約400点の写真が一挙に展示された。会場の白い壁面を埋め尽くすかのように並べられたモノクロ写真の大半は、戦後美術史の現場を物語る貴重な写真ばかりで、たいへん見応えがあった。
平田実であれ酒井啓之であれ、美術の現場を記録する写真家には「時代の目撃者」という常套句が用いられることが多い。だが、とりわけ60~70年代に撮影された羽永の写真を見ていると、目撃者というより「共犯者」という言葉のほうがふさわしい気がしてならない。よく知られているように、ハイレッド・センターの《ドロッピング・イベント》(池坊会館屋上、1964年10月10日)の写真は、あらかじめ待機していた羽永が確信的に撮影したものだ。また今日、反芸術パフォーマンスとして歴史化されている、ダダカンこと糸井貫二の《殺すな》(1970)やGUNの《雪のイメージを変えるイベント》(1970年2月11日、15日)の記録写真も羽永が撮影したものである。それらの作品の作者がパフォーマンスを実行したアーティストであることは疑いないにしても、本来的にはその場かぎりで消え去ってしまう身体行為を写真として定着させた写真家の働きを過小評価すべきではない。事実、羽永によって撮影された糸井とGUNのパフォーマンス写真は、いずれも雑誌のグラビアに掲載されることで、その決定的なイメージを大衆に届けることに大いに貢献したのである。今日誰もが思い浮かべることができる、そのようなパフォーマンスのイメージは、羽永の視線と手に由来しているのだ。
翻って今日、はたして「共犯者」としての写真家はありうるだろうか。戦後美術の現場を記録した羽永の写真群を見ているうちに気づかされるのは、それらと今日における写真家の位置性と役割との偏差である。かつての写真家は、アーティストとして自立していないわけではなかったにせよ、美術家の作品を記録する役割を負わされていた。やや極端な言い方だが、写真家は美術家に従属していたと言ってもいい。だが今日の写真家は、「フォトグラファー」という呼称が定着しているように、アーティストとしての評価を高め、美術家の作品を記録する役割から相対的に解放されつつある。それは、端的に言えば、美術家自身が写真を撮影する役割を担うようになったからだろうが、より根本的には、写真そのものの性質が変容してしまったからではなかろうか。今日の写真は、とりわけデジタル技術の普及以降、大量に撮影することが可能となった反面、一回性の強度が失われ、「カメラ」に写真と動画の撮影機能があらかじめ組み込まれているように、相対的には映像との境界が曖昧になりつつある。パフォーマンスの現場を記録するという点で言えば、写真より映像のほうがふさわしいのかもしれないが、視覚的イメージの強度という点で言えば、羽永が盛んに撮影していた60~70年代に比べると、今日の写真は著しく脆弱になっていると言わざるをえない。羽永のような決定的なイメージを見せる写真家も、あるいはまた、そのような決定的なイメージに足る肉体表現を見せるパフォーマーも、今日のアートシーンのなかから見出すことは難しいからだ。
本展で発表された羽永の写真の背後に垣間見えたのは、写真による記録という表現行為に揺るぎない価値が与えられていた時代である。逆に言えば、そのように価値が機能していたからこそ、反芸術パフォーマンスはあれほどまでに強力な肉体表現を繰り返すことができたのだろう。今後、私たちはある種の信頼関係に基づく共犯関係を取り戻すことはできるのだろうか。

2016/08/17(水)(福住廉)

鴻池朋子展「根源的暴力vol.2 あたらしいほね」

会期:2016/07/09~2016/08/28

群馬県立近代美術館[群馬県]

この夏、中国は重慶に長期間滞在した。重慶市は北京や上海と並ぶ直轄市のひとつで、中国内陸部における重要な経済拠点である。長江と嘉陵江が合流する盆地は起伏が激しく、急な斜面におびただしい超高層ビルが立ち並んでいるため、東京以上に立体的で重層的な都市風景が広がっている。街中には仰々しい高級外車と簡素な三輪自動車がめまぐるしく行き交っており、貧富の差が歴然としている感は否めない。けれどもその一方で、まるまるとした腹を出した中年男性が煙草を吹かしながら路上を堂々と闊歩したり、大勢の高齢者たちが夜な夜な広場で大音量の音楽にあわせてみんなで踊ったり、重慶の街には人の熱気というよりむしろ生きることの肯定感が強烈に立ちこめていた。言い換えれば、社会主義国であるにもかかわらず、彼らは自由に生きており、その生き様が幸福に満ちあふれているように見えたのだ。それは帰国した後、管理と自主規制が常態化した息苦しい東京から振り返ったとき、ありありと浮き彫りになった偽ざる実感である。いったいどちらが資本主義国でどちらが社会主義国なのか、しばらく考えあぐねてしまったほどだ。
とりわけ印象深かったのが、車道における歩行者の横断である。車道はあくまでも自動車の専有道路として認識されている日本とは対照的に、重慶では歩行者が車道を平気で横断する。むろん横断歩道や信号が機能していないわけではないが、それらとはまったく無関係に、まるで空いている場所を埋めるかのように、歩行者が自動車の往来を見計らいながら自由に車道を横切って行くのだ。しかも、それは一部の無法者による逸脱行為などではなく、老いも若きも、あらゆる人々が普通にそうしているのであり、さらに言えば、歩行者のみならずドライバーにも共有されている、社会一般の暗黙の了解であるようだ。
文化的な習慣の相違と言えば、そうなのかもしれない。だが、あえて深読みすれば、ここには土地をめぐる認識の根本的な相違、つまりは世界観の大きなちがいが現われているような気がしてならない。国家の体制がどうあれ、人はみな土地の上でものを考えながら日々の日常を生きている以上、思想と土地は分かちがたく結びつけられていると考えられるからだ。
周知のように、中国は社会主義国であるから土地の私有は認められていない。所有権は国が持ち、国民には使用権が与えられるにすぎない。日本でしばしば問題化されるジェントリフィケーションによる強制退去がほとんど問題にならないほど、中国では人の退去や移動、あるいは共同体の解体と再構築が頻繁に行なわれているのだ。事実、重慶の街を歩いてみても、古い街並みを丸ごと高層住宅街につくり変えている工事現場をいくつも目撃した。
それゆえ郷土愛にしても、ないわけではないが、その質は日本のそれとはかなり異なっているようだ。中国人の友人によれば、日本のように先祖代々受け継がれてきた土地を守るという使命感は、中国ではほとんど見受けられないという。先祖が暮らしていた土地と同じ場所で生きている人はきわめて稀だからだ。つまり土地に対して、よく言えば執着心がなく、悪く言えば責任感がない。言い換えれば、私の所有物ではないが、同時に、あなたの所有物でもない。そのような割り切った土地への意識が、おそらく車道を自由に歩行する身ぶりにつながっているのではないか。すなわち車道といえども、車のものではないし、私のものでもない。しかしだからこそ、空いていれば、そこは誰であれ公平に使用しうるのだと。
むろん、これは想像的な推察にすぎない。中国人の当事者からは異論が出るかもしれない。だが重慶の街並みで感じた快適で自由な雰囲気は、このような土地意識の反映ではなかろうか。歩道や広場、電車といった公共空間で中国の人々は誰もが他者への無関心を貫いている。いや、「無関心を貫く」というより、そもそも「関心がない」と言うべきか。たとえ私のような外国人が紛れていたとしても、基本的には無視されるし、一瞥されることはあっても、それ以上は何もない。個々人がそれぞれの自由を勝手に追究しているのだ。むろん国家権力による統制がないわけではないが、少なくとも市井の人々の水準で言えば、その放っておかれる雰囲気がたまらなく心地よいのだ。こうした、いわば社会主義国における徹底した個人主義は、自由社会を謳いながらも、その実たえず周囲の人々の言動に眼を光らせている日本の不自由な公共空間のありようとは、きわめて対照的だった。土地や公共空間の意味が、ことほど左様に異なることを、まざまざと実感したのである。
鴻池朋子による本展は、昨年、神奈川県民ホールギャラリーで催された展覧会の巡回展である。だが基本的な構成は踏襲しながらも、最近制作された新作もあわせて含まれているため、たんなる巡回展というより、むしろ制作しながら生きている鴻池朋子の同時代的な時間性をそのまま凝縮した現在進行形の展覧会と言うべきかもしれない。事実、全長24メートルにも及ぶ大作《皮緞帳》は新たに加筆されたうえで展示され、前回の展示には含まれていなかった版画作品なども新たに展示された。「もはやおなじものではいられない」という鴻池自身の言葉を体現したような展観であった。
この言葉には、はたしてどんな意味が含まれているのか。「全国の美術館を渡り歩きながら庶民とはかけ離れた「現代美術」を再生産するアーティストのありようが打ち棄てられているのか。あるいは、震災によって決定的な断絶を経験したにもかかわらず、その裂け目を直視することから逃避し続けている私たち自身の自己保身が撃たれているのか。いずれにせよ、この世界を構成する生命体が有機的に接合したイメージを全身で体感すればするほど、ある種の大きな切断面が心の奥底に広がるのである」。前回の「根源的暴力」展について、こう書いた。基本的な評価は変わらない。根源的暴力とは、来場者をその切断面や裂け目に直面させることを意味していると解釈する点も同じだ。けれども牛皮を縫合したポンチョの作品だけは、印象がかなり異なっていた。
前回、彼らは会場の一角にうずくまるようにして設置されていた。いずれも中身が黒いマネキンであるため、その空虚を埋める新たな身体──すなわち、「あたらしいほね」──が要請されているように見えた。「もはやおなじではいられない」のだとすれば、ではどんな身体がふさわしいのか。来場者の想像力はポンチョに収める身体のありようをめぐってどこまでも広がったのである。しかし今回の展覧会では、彼らは会場の中にも設置されていたが、大半は会場入口前のロビーにまとめて展示されていた。注目したいのは、ひな壇状に立ち並んでいたせいか、彼らを見上げると、私のもとから立ち去っていくように見えたことだ。私たちが追いつくのを待っているのかもしれないが、みな背を向けているため、いまにもこの場から飛び立ってしまうかのようだ。この違いは決して小さくない。
去りゆく彼らと残される私たち──。その非対称性を思い知ったとき、急激に浮上してきたのが土地だった。むろん美術館であるから土地そのものが剥き出しになっているわけではない。けれどもいまにも飛翔せんばかりのポンチョたちを見上げていると、逆説的に、自分たちが依って立つ土地のありかに思いを巡らせることになったのだ。向こう側の世界に消え去ってしまうかのような彼らのイメージが、こちら側の世界で生きる私たちの足元を逆照したと言ってもいい。「もはやおなじものではいられない」のだとすれば、「あたらしいほね」が必要だろう。だがそのとき、土地はどんな土地がふさわしいのか。私たちはどんな土地に立つことができるのだろう。自由や幸福はどんな土地で育まれるのだろう。どんな土地で生きていけばよいのだろう。

2016/08/17(水)(福住廉)

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日本のポータブル・レコード・プレイヤー展

会期:2016/07/30~2016/08/28

世田谷文化生活情報センター:生活工房ギャラリー[東京都]

高円寺円盤のオーナー、田口史人氏がコレクションしたポータブル・レコード・プレイヤー、約100点が所狭しと並ぶ。時代は概ね1960年代から、レコードがCDに取って代わられる80年代まで。メーカーはオーディオメーカー、電機メーカー、おもちゃメーカーまでさまざま。機能や音を重視した正統的なものもあれば、持ち運びできるかたち・サイズに最低限の機能を落とし込んだデザインもある。モダンなデザインもあれば、カラフルでポップなものもある。機能面も多様で、レコードを聴くだけのシンプルなものから、ラジオやカセットテープ、はたまたキーボードまで詰め込んだ商品がある。コレクションにはバイアスがあるかもしれないが、ポップで見た目が楽しいプレイヤーが多いのは、ポータブルという製品の特徴から、持ち運びのとき、使用するときに他人の目に触れるからなのだろう。同時に、機能的デザイン的にさまざまな冒険ができるだけのマーケットが存在していただろうということが、ここからうかがわれる。OEM製品もあるだろうが、日本のメーカーからだけでもこれほど多様なデザインのプレイヤーが製品化されていた事実は、レコードを巡るカルチャーの同時代の証言としても興味深い。田口氏のコレクションはすでに書籍になっているが、実物の色彩、質感、スケールはやはりすばらしい。[新川徳彦]

★──田口史人『日本のポータブル・レコード・プレイヤーCATALOG 奇想あふれる昭和の工業デザイン』(立東舎、2015)

2016/08/17(水)(SYNK)

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プレビュー:古都祝奈良(ことほぐなら) 時空を超えたアートの祭典

会期:2016/09/03~2016/10/23

東大寺、春日大社、興福寺、元興寺、大安寺、薬師寺、唐招提寺、西大寺、ならまち、他[奈良県]

日中韓の3カ国で、文化による発展を目指す都市を各国1都市選定し、さまざまな文化プログラムを通して交流を深める国家プロジェクト「東アジア文化都市」。今年は日本の奈良市、中国の寧波市、韓国の済州島特別自治道が選ばれた。奈良市の「美術部門」では、奈良を代表する8つの社寺で、蔡國強、川俣正、サハンド・ヘサミヤン(イラン)、アイシャ・エルクメン(トルコ)など国際的に活躍する8組のアーティストがインスタレーションを展開。江戸時代後期からの街並が残るならまちでは、宮永愛子、西尾美也、紫舟など6組のアーティストがサイトスペシフィックな展示を行なう。また、「舞台芸術部門」として、平城宮跡で維新派とSPAC(静岡県舞台芸術センター)、なら100年会館でオペラ「遣唐使物語」の公演が行なわれるほか、「食部門」として、奈良の食のルーツやシルクロードを通じた東アジアの食の変遷、歴史をテーマにした催しも実施される。奈良でこのような大規模プロジェクトが行なわれるのは珍しく、特に8つの社寺が共同歩調をとるのはきわめて稀だ。幸い、電車とバスで会場間を移動できるので、初秋の一日をこのイベントに費やしてみようと思う。

2016/08/20(土)(小吹隆文)

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