2018年04月15日号
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artscapeレビュー

2016年09月15日号のレビュー/プレビュー

《唐櫃美術館》

[香川県]

豊島の家浦港からボルタンスキーの《心臓音のアーカイブ》に行く途中にある海苔工場をリノベーションした《唐櫃美術館》は、東北大五十嵐研+はりゅうウッドスタジオを中心にコンテンツを制作したものだ。現地の産業フィールドワークを展示しつつ、2階では被災地のナミイタ・ラボも紹介する。海苔でできたチケットで入場し、タンク内の螺旋階段を降りる空間体験も含む。

2016/08/14(日)(五十嵐太郎)

高倉大輔 作品展「monodramatic/loose polyhedron」

会期:2016/07/29~2016/08/18

Sony Imaging Gallery[東京都]

デジタル化によって画像合成が自由にできるようになると、1人の人物が多数のポーズをとった画像を、同一画面に合成するような作品が簡単に制作できるようになった。高倉大輔のように、もともと演劇に関わっていた写真家にとって、演出力が問われるこの種の写真は、自家薬籠中の物なのではないだろうか。漫画喫茶、映画館、コインランドリー、公園などの日常的な空間に、さまざまなポーズの若者たちをちりばめるように配置していく「monodramatic」のシリーズには、その才能がのびやかに発揮されており、清里フォトアートミュージアムが公募する2015年度ヤングポートフォリオに選出されるなど、評価が高まりつつある。
今回のSony Imaging Galleryでの個展では、その「monodramatic」に加えて新作の「loose polyhedron」のシリーズが展示されていた。モデルに自分自身の喜怒哀楽について「感情のバランスチャート」を書いてもらい、それにあわせて表情をつけ、「レンズからの距離感」を調整して撮影した写真を、モノクロームの画面にはめ込んでいくというポートレート作品である。こちらも、アイディアをそつなく形にしているのだが、そのバランス感覚のよさが逆に物足りなく思えてしまう。感情を喜怒哀楽という4種に固定したことで、そこからはみ出してしまうような部分がカットされ、どの写真も同じように見えてくるのだ。モデルが、若い男女(おそらくほとんどは日本人)に限定されていることも、全体にフラットな印象を与える要因になっているのだろう。
高倉に望みたいのは、あらかじめ結果が予想できてしまうような手際のよさを、一度捨て去ることだ。持ち前の演出能力を発揮する場を、より大胆に拡張していってほしい。例えば、海外で撮影するだけでも、画面のテンションは随分違ってくるのではないだろうか。

2016/08/15(飯沢耕太郎)

香川県庁舎東館 ガイドツアー

会期:2016/07/18~2016/09/04

香川県庁舎東館[香川県]

香川県庁舎東館のガイドツアーに参加する。おかげで、これまで入ることがなかった空間を隅々まで見学できた。今更だが、この丹下建築は本当に傑作なのだとあらためて思う。戦争未亡人の清和会が長いあいだ、丁寧に掃除を続ける仕事を得て、現在は職員らが毎日建築ツアーを実施している。すぐれた建築が愛されていることを実感できる場だ。

2016/08/15(月)(五十嵐太郎)

男木島

[香川県]

二度目の男木島へ。大岩オスカールの《部屋の中の部屋》、漆の家プロジェクト、栗真由美の《記憶のボトル》、松本秋則《アキノリウム》、オンバ・ファクトリー、眞壁陸二らの作品をめぐる。が、ここはなんと言っても港から見える、斜面と坂道に沿って形成された独特な家屋群のかもし出す風景がかわいく、そこを歩く体験が素晴らしい。

写真:左上=男木島 左下=大岩オスカール《部屋の中の部屋》 右上=松本秋則《アキノリウム》

2016/08/15(月)(五十嵐太郎)

12 Rooms 12 Artists 12の部屋、12のアーティスト UBSアート・コレクションより

会期:2016/07/02~2016/09/04

東京ステーションギャラリー[東京都]

スイスのグローバルな金融グループ、UBSは現代美術作家を長年にわたって支援してきたことで知られている。本展は、その3万点に及ぶというUBSアート・コレクションから厳選して、東京ステーションギャラリーの展示スペースを「12の部屋の集合に見立て」、12人の作家の作品、約80点を展示するという試みである。荒木経惟、アンソニー・カロ、陳界仁、サンドロ・キア、ルシアン・フロイド、デイヴィッド・ホックニー、アイザック・ジュリアン、リヴァーニ・ノイエンシュヴァンダー、小沢剛、ミンモ・パラディーノ、スーザン・ローゼンバーグ、エド・ルーシェイという出品作家の顔ぶれは、まったくバラバラだし、何か統一したテーマがあるわけではない。たしかに現代美術の多面性をよく示しているといえそうだが、このままではあまりにも場当たり的、総花的といえるだろう。
だが、写真という表現メディアを、12人中5人(荒木、ホックニー、ジュリアン、ノイエンシュヴァンダー、小沢)が使用しているという点は注目してよいだろう。台湾の歴史と社会状況を繊維産業の女性労働者の視点から再構築しようとする、陳の映像作品《ファクトリー》(2003)を含めれば、じつに半数のアーティストが写真/映像を最終的な発表の媒体としている。絵画や彫刻などの伝統的表現が、20世紀後半以降、急速に写真/映像化の波に覆い尽くされていったことが、くっきりと見えてくる展示といえそうだ。
特に注目すべきなのは、「国内未発表」という荒木経惟の連作「切実」(1972)である。荒木はこの頃、広告代理店の電通に勤務しながらゲリラ的な作品制作・発表の活動を続けていたのだが、UBSの購入時は「The Days We Were Happy」と題されていたというこの7点組のシリーズも、その時期の彼の表現意欲の高まりをよく示している。広告写真として撮影されたと思しき、タレントが登場するカラーTV、電気毛布などの写真を、まっぷたつに切断し、セロハンテープでつなげるという行為には、高度消費社会のイメージ操作を逆手にとって、批評的な写真表現につなげていこうとする荒木の意図が明確に形をとっている。『ゼロックス写真帖』(1970)や『水着のヤングレディたち』(1971)とともに、荒木の初期作品として重要な意味を持つ仕事が、このような形で出現してきたことは、驚き以外の何物でもなかった。

2016/08/16(飯沢耕太郎)

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